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第三章 【王国史】
3-82 一本目
しおりを挟む「それでは準備はよろしいですか……はじめ!!」
長老の合図で、大きな砂時計が返され砂がゆっくりと時を刻み始めた。
対峙したままわずか数十秒経過したが、それでもこの緊張感から数分にも感じられた。
そんな状況の中、ワイトは素早い打ち合いには不利と思われるロングアックスを構えたまま、アルベルトに言葉をかける。
「……このまま様子を見ているだけでも、俺は全く構わんのだぞ?ただ時間は過ぎていくばかりだがな」
そんなことは忠告されなくとも、アルベルトは状況を理解していた。
その言葉の意味は、忠告と相手を焦らせることや挑発する意味もあることもわかっていた。
アルベルトは軽く空気を吸い、落ち着かせるように口から吐き出す。
「そうだな、あなたの言う通りだ。この勝負、待っていても意味が……ない」
「ほぅ……ではどうする?」
ワイトは、感心する。
アルベルトには全く、動揺するそぶりが見られない。
この男、かなり鍛えられている――と、その言葉から感じ取った。
それは果たして無力を痛感しているのか、何かここ乗り切る策や実力があるのか、それとも何も考えていない痴れ者か。
その答えは、もうすぐ出てきそうだった。
ワイトは、武器の柄を握り直してアルベルトの一挙一動を見逃さない様にした。
アルベルトの構えた刀の切っ先が、ワイトの首元をにらみ冷たい光を放っている。
時間制限がある分、ドワーフ側に優位性がある。
だが、張り詰めた嫌な空気がワイトの周りに漂い始める。
表情こそ崩しはしないが、背中に汗が伝っていくのを感じる。
――カチャ
アルベルトの柄を握ぎり直した音がした。
そろそろ、この静寂が破られそうな雰囲気を感じたその時――
タッ
アルベルトが床を蹴り、間合いを詰めてくる。
依然、切っ先は首を一直線に狙ったままだ。
しかも、幅が細いため距離感と認識が非常にしづらい。
「むぅっ!!」
ワイトは刀の軌道上に斧の刃を持っていき、その攻撃を防ごうとした。
キン!
斧の端に当たり、剣の軌道が上に上がる。
ワイトの耳の横をかすめ、切られた髪が埃のように舞った。
この一撃で、ワイトの目の色が変わる。
(――やはりただ者ではなかったか!?)
防御に徹していた構えが、アルベルトを舐めていた証拠だった。
だが、それが過ちだと気付いた。
部位期の扱い、速さ、威力、そして胆力。
どれをとっても、ドワーフ兵の中でアルベルト戦えるものは少ないだろう。
ワイトは、本気でアルベルトを戦士として認識した。
その雰囲気を感じ取ってか、アルベルトも本来の剣の使い方をする。
「次はこちらの番だ!」
ワイトは、ロングアックスを軽々と振り回す。
しかもその攻撃は早くて、重い。
三回に一度は、よけきれずに刀でその軌道を弾く。
だが、角度や速度を誤ってしまうとこの剣自体が折れる可能性が十分にある。
そこはアルベルトの今までの経験と技術によって、ワイトの攻撃を無効化させていた。
「どうした?さっきの一発だけか?逃げ回っているだけでは、この勝負勝てぬぞ!」
そう口では告げるが、ワイトはアルベルトを恐ろしく感じている。
振り回した斧が弾かれる中で、アルベルトはワイトの”指”を狙ってきていた。
切断などはないだろうが、ズキズキと痛みを感じる。
(この攻撃をかわしつつ、こんな繊細な場所を狙えるとは……)
確かに防具があればここまでのダメージはなかっただろうが、戦い中にそうそう狙えるものでもない。
砂時計に目をやると、まだアルベルトの初弾から数分しか経過していない。
アルベルトは徐々に刀の扱い方がうまくなってきている。
今まで使っていた剣と日本刀の違いが判ってきたようだった。
さらに、ワイトとの間合い見切られ始めている。
最初は三回に一回で刀で攻撃を弾いていたが、今となってはその斧でアルベルトをとらえることが難しくなっていた。
(くそっ、くそっ!……当たれ、当たれ、この!?)
中距離短距離と軌道を変え、間合いに入らせないようにするワイト。
だが、アルベルトは既にその軌道を見切っており徐々に間合いを詰めていく。
その距離に嫌気がさしたワイトは、横一線に目の前を本気で薙ぎ払った。
が、しかし斧には何の当たった感触はない。
(――マズい!?)
そう感じたワイトは、バックステップで距離をとった。
――ドン
何もないはずの空間で、背中に当たる者があった。
それは壁のような冷たくて硬いものではなく、人の身体にぶつかったような感触だった。
そして、視界の左端からスラっとした刀の刃が視界に入る。
その刃は、喉元に向いていた。
「……終わりだ」
ワイトの後ろから、先ほどまで目の前にいた男の声が聞こえてきた。
その声を聞いて、ワイトは観念して構えていた斧を降ろした。
「俺の……負けだ」
その声を聞き、アルベルトは刀を下げた。
「一本目、勝者アルベルト!」
長老の一人が、声を張り上げて商社の名前を呼んだ。
もう一人の男が、その場に座り込んだワイトを起こし慰めた。
「次は任せておけ、お前の戦い方を参考にさせてもらう。決して無駄ではなかった」
そう言って、グレイは懐からもう一つ砂時計を取り出した。
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