234 / 1,278
第三章 【王国史】
3-65 交渉
しおりを挟む「穴の開いた金貨を拾っただろう?。この娘と交換だ、今すぐここに持ってこい!」
真っ先に逃げていた男は、昨日の態度とはうって変わり攻撃的で焦っているのがはっきりと見て取れる。
警備にあたっていた人物はポッドへ連絡し、来訪者のことを告げる。
併せて、ポッドはステイビルにも伝えるように指示した。
目当ての金貨は、ステイビルが管理をしていたからだった。
「まだか!?早くしろ!!この娘がどうなってもいいのか!?」
「……今日は昨日と違って、意気込みがすごいな?」
ステイビルがその場に姿を見せる。
「お前か?俺の金貨を持っているのは」
「なんのことだ?それよりも早くチュリーを離してやれ」
ステイビルは一度はとぼけてみせた、向こうのペースで進みかけている交渉をこちらのペースに変えようとしていた。
すると、それが気に入らなかったようで、懐から短剣を抜いてチュリーの顔に近付ける。
その様子を慌てずにステイビルはじっと見守る。
「ふざけたことを言っていると、この子の顔に傷がつくぞ?」
ポッドはステイビルの後ろで、その様子を見て慌てふためく。
妻もポッドの背中を握りしめて、チュリーの名前を何度も口にしている。
「大丈夫ですよ、奥さま……いざとなったら私たちが」
エレーナがそう言って落ち着かせようとするが、娘に危険が迫っているのをみては落ち着くことなどできはしないだろう。
だが胸中を察しながらも、いまは言葉を掛ける以外のやることが見当たらない。
エレーナとハルナは事前に、ステイビルからは男に手出しをしない様に言われていた。
ただし、チュリーの身に危険が迫った場合だけ動いていいことになっていたが、まだその時ではないと判断していた。
「分かった、お前が探しているのはこれか?」
ステイビルはポケットから取り出した金貨を、母指と示指でつまんで見せた。
開けられた金貨の穴からは、ようやく見つけたという安堵の表情をした男の顔が見えた。
男は焦る、すぐにでもあの金貨を取り戻したい。
だが、急ぎ過ぎれば自分の身が危なくなる。
(上手く娘を使って、先に金貨を手にするには……)
男は、勝利までの道筋をフル回転で頭の中で組み立てていく。
しかし、目の前の交渉相手は、考えがまとまるよりも早くその行動にでた。
キーーーン……
金のいい音色とその余韻が、辺りに響き渡る。
金貨の中に開いてある穴が、その響きを良くしているのだろう。
ステイビルは金貨を指で弾き、クルクルと回転しながら放物線を描く。
その子金貨は、向かい合った男の前に落ちたが今の位置ではどうしても届かない場所にあった。
男は短剣をチュリーに近付けたまま、足を伸ばし金貨をこちらに引き付けようとする。
だが足先は、むなしく空を切るだけだった。
ここから離れてしまえば自分を守る交渉材料の娘と離れてしまう。
相手はその隙を狙ってくるに違いない、そう考えた男は誰かに拾わせるようとした。
その考えも男は、一瞬にして否定した。
あの男は一瞬にして距離を縮めて、この娘を奪いに来ることが可能であろうと気付いた。
(くそっ!どうすれば……どうすれば)
男は次第に焦り始める、こちらが優位に運ぶはずだった交渉がすっかり相手の策に嵌ったような気がしてしまった。
そのことも、男がこの状況を気に食わないと感じる理由の一つだった。
男は、この状況をどのように打開するかに思考を戻した。
そして、ようやく一つの名案にたどり着いた。
男は戦略対戦型のボードゲームで、勝ったような気持ちになる。
このやり取りに読み勝ったと勝利を確信した。
(ククク……俺の勝ちだ)
男の顔には、思わず笑みが零れてしまった。
男は口に短剣を咥え、空いたもう片方の手を使いチュリーを馬の上から降ろす。
そして再び短剣の柄を、手に握った。
男はチュリーをそのまま抱えて、周囲に気を配りながら金貨を拾う行動に出た。
今いる場所からは、二歩ほど前に出れば手の届く範囲となる。
一歩、もう一歩。
男は目の前のステイビルを警戒しながら、ゆっくりと目的の場所まで近づいた。
膝を折って姿勢をかがめ、さらに警戒しながらゆっくりと金貨へ手を伸ばしていく。
(もう少し……もう少し)
男は、口元をニヤニヤさせながら上目遣いでステイビルのことを警戒する。
しかし、ステイビルは動く気配はない。
「へへ……そこを動くなよ?」
ようやく男の指先に、冷たい金属の感触が触れた。
男はさらに警戒をしながら、指を走らせ金貨を引き寄せる。
そして、男はその金貨をつまむことに成功した。
「……ヨシ」
その瞬間、状況が動きを見せた。
チュリー抱えた反対側の視界の端から、何かが飛び出してくるものがあった。
横を振り向き短剣を構えようとするが、つかんだ金貨が落ちそうになりうまく短剣を扱えなかった。
男は金貨と短剣がうまく握れるように、柄を握り直したが既に遅かった。
アルベルトは男の手を叩きつけ、短剣と金貨を落とさせた。
そして反対側の手で持つチュリーを抱きかかえる力が弱まっているのを感じそのまま抱きかかえて救助した。
「なに!?」
男は、弾かれた腕の痛みを堪えながら奪われた自分の切り札であるチュリーを追っていこうとした。
――!!
男の肩に鋭い痛みが走り、自分の身体が地面に押し付けられているのがわかった。
「そこまでだ」
後ろからステイビルが、男の腕を後ろで引き上げられ身動きが取れなくなっていた。
0
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
この称号、削除しますよ!?いいですね!!
布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。
ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。
注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません!
*不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。
*R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる