107 / 1,278
第二章 【西の王国】
2-76 脱出
しおりを挟むハルナは、その言葉に対して準備は出来ていた。
他の三人も、同じ結論に至っていた様子だった。
「やっぱりそうでしたか……クリエさん、預かっているあれを」
ハルナはクリエに言って、アーリスから預かったものを差し出した。
「こ、これは……ま、まさか!?」
「あのぉ、勘違いなさらないでくださいね。アーリスさんは、ご無事ですよ」
どうやら、男はこのバッジを遺品として勘違いしていたようだった。
このバッジの使い方としては、本来そういう意味合いがある。
今回は、たまたま身分証明書としての役割でこのバッジを託されただけだと説明した。
「そうでしたか……すみません、アーリスがご迷惑をお掛けして」
「いいえ、こちらとしても西の国の方ともつながりが出来て、このように話しやすくもなっておりますから」
ハルナは、いま牢屋の中で言う気遣いではないと言ってから反省した。
その恥ずかしさから、とっさに話題を切り替えた。
「ところで、お名前をお伺いしても?」
「あ、申し遅れました。私はエルメト。”エルメト・ノーウェル”です」
入口の方から、警備兵がしびれを切らしたかのようにエルメトに対して怒鳴る。
「――おい!食事を渡すだけなのに、いつまで手間取っているんだ!さっさとしろ!」
食事を渡すだけならば、長すぎると感じる時間が経過していた。
これ以上は入り口の警備兵の警戒心が強まるため、エルメトは早々にこの場を離れることにした。
「すみません、何とかここからお出しできるように手配しますので、今しばらくお待ちください。あと――」
エルメトは、確認を終えたアーリスのバッジをクリエに手渡した。
「これは、あなた方が持っていてください。そして、このことについては、まだ誰にも話さない様にお願いします」
そう告げて、エルメトは急いでヘルメットを着用し入口の方へ歩いて行った。
エルメトは警備兵に何かを言われていたようだが、その声は洞窟の中で反射し、よく何を言っているのかわからないが怒られている様子だった。
「ハルナたちは、大丈夫かしら……」
エレーナは昼食のパンを片手に、山の向こう側のハルナたちを心配する。
「大丈夫ですよ、向こうには私の兄も警備兵をしているんです。あのバッジを出せば、きっと……取り次いでくれるはずです」
「しかし、西の警備兵も様々な考えの方もいらっしゃるんですよね?あの男のように」
ルーシーはそう付け加えて、オリーブが作った石の檻の中に入った男たちの姿を見る。
話しを聞くと、あの男たちはとても短絡的な行動に出ていたようだ。
問題となっていた”コボルドによる人間への襲撃”は、森を焼きつくし敵を全滅させる。
誰も解決できなかったその問題を、どんな手段でも解決さえすれば誰にも文句を言わせない……
今までもそのやり方で、やってきたのだろう。
ルーシーが尋問すると、主犯格の男はそれ以上のことは何も考えていなかったようだ。
自分の手法に、何の疑問を抱いていなかったのだから。
だが共有している山脈ではあるが、東側の領地で被害を出していることは確かだった。
今回の話し合いの点は、その事実を元に西の国と交渉することになる。
決して西と揉め事を起したいわけでも、お互いの勝ち負けを決めたいわけでもない。
『……では、お前たちは一体何が目的でこんなことをやっているんだ!?』
尋問の際、男にそう問われると正直困ってしまった。
ルーシーはその質問が、ずっと耳にまとわりついて消えなかった。
今回の責任を取ってほしかった。
だが、その最終的な要求は一体?
「そこは、クリエ様とハルナ様にお任せしましょう……」
その答えに悩むルーシーとエレーナに、メイヤは優しく告げた。
実際に西の国で交渉しているのはあの二人だった。
敵の領地に身を置いている分、危険にさらされる確率も高い。
無事では済まされないこともあるだろう。
「そうね、ハルナたちなら……きっと上手くやってくれるわ!」
エレーナは根拠はないが、実際そうなるかのような自信に満たされていた。
ハルナたちは、エルメトと会話してからさらに数時間の時を過ごしていた。
その間、何もしなかったわけではない。
クリエの力で、洞窟の壁を精霊の力で変化させることが出来るか試していた。
その結果――
「ここは普通の山の中なので、精霊の力で何とかなります。いざとなれば、横穴を作って逃げましょう!」
クリエは嬉しさのあまりに、警備兵に聞こえそうな声で話してしまい、カルディに注意された。
しかし、外で起きていた事件に、その声は警備兵には届いていなかった。
「ご苦労さん、警備を交代しよう」
別の場所からやってきた警備兵が告げる。
「なに?まだ交代の時間ではないはずだが……ウゴッ!?」
入り口を守っていた警備兵は、また別な人物に後ろから片手で口をふさがれ、もう片方の腕で頚動脈を閉められて失神してしまった。
そのまま力が抜けた警備兵を、洞窟の中へ引きずりながら運んでいく。
最初に話しかけた警備兵は、代わりに入り口の警備についた。
その後ろからは、小柄な体格の男を先頭に数人の人影が洞窟の中に入ってくる。
洞窟の中に、数人から成る足音が反響する。
人影の集団は、ハルナ牢屋の前で立ち止まる。
ハルナたちは警戒したが、その顔を確認し驚いた。
「ボーキンさん!?」
「ハルナ殿、クリエ殿。ご無事でしたか!?」
この牢屋に閉じ込めた本人としては、可笑しな質問をする。
「このような状況になり大変申し訳ございませんでした。いま、鍵を開けますので」
――カチャ
ボーキンは腰にぶら下げていた鍵の束の中から、一発でこの牢屋のカギを開ける。
開けた扉の外から、ボーキンは手を差しのべて、出てくるように促した。
しかし、ボーキンの顔を見て機嫌を悪くしたクリエは、その手を無視して牢屋から出ていく。
カルディも後に続き、クリエの力に頼らずとも窮屈な場所から全員外に出ることが出来た。
それを確認して、ボーキンの後ろから小さな女性が姿を見せる。
「アーリスから聞きました。今回は、うちの警備兵がご迷惑をお掛けした様で……大変申し訳ございませんでした」
クリエよりもさらに若い女性……少女は、丁寧で威厳のある口調でハルナたちに詫びた。
その雰囲気に何かを感じたソフィーネが、ボーキンに質問する。
「失礼ですが、その方は?」
「このお方は、次期王の候補。ニーナ王女でございます」
紹介された王女は、ハルナたちに向かい一礼をした。
0
お気に入りに追加
370
あなたにおすすめの小説
転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~
深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。
ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。
それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?!
(追記.2018.06.24)
物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。
もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。
(追記2018.07.02)
お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。
どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。
(追記2018.07.24)
お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。
今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。
ちなみに不審者は通り越しました。
(追記2018.07.26)
完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。
お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ
如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白?
「え~…大丈夫?」
…大丈夫じゃないです
というかあなた誰?
「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」
…合…コン
私の死因…神様の合コン…
…かない
「てことで…好きな所に転生していいよ!!」
好きな所…転生
じゃ異世界で
「異世界ってそんな子供みたいな…」
子供だし
小2
「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」
よろです
魔法使えるところがいいな
「更に注文!?」
…神様のせいで死んだのに…
「あぁ!!分かりました!!」
やたね
「君…結構策士だな」
そう?
作戦とかは楽しいけど…
「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」
…あそこ?
「…うん。君ならやれるよ。頑張って」
…んな他人事みたいな…
「あ。爵位は結構高めだからね」
しゃくい…?
「じゃ!!」
え?
ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!
この称号、削除しますよ!?いいですね!!
布浦 りぃん
ファンタジー
元財閥の一人娘だった神無月 英(あずさ)。今は、親戚からも疎まれ孤独な企業研究員・27歳だ。
ある日、帰宅途中に聖女召喚に巻き込まれて異世界へ。人間不信と警戒心から、さっさとその場から逃走。実は、彼女も聖女だった!なんてことはなく、称号の部分に記されていたのは、この世界では異端の『森羅万象の魔女(チート)』―――なんて、よくある異世界巻き込まれ奇譚。
注意:悪役令嬢もダンジョンも冒険者ギルド登録も出てきません!その上、60話くらいまで戦闘シーンはほとんどありません!
*不定期更新。話数が進むたびに、文字数激増中。
*R15指定は、戦闘・暴力シーン有ゆえの保険に。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる