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第一章  【モイスティア】

1-19 悪夢と奇跡_2

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黒いローブの二人は、町を出て森の中を走る。
何が怖いというわけでもないが、そのように"命令"されていた。

その命令とは、以下の通り。
  ・捕らえられた人質を壊すこと
  ・陽動作戦としてスプレイズの家を襲撃すること
  ・決して追跡されないこと
  ・姿を見られた場合は始末すること



一番最後だけは、マイヤ達の力によって阻まれたが情報漏洩の阻止としては達成した。
大きな出来事を起こしても、足跡さえ残さなければ何とかなる。そう思い、ひたすら走って町に管理されていない森の中を疾走した。
道なき道を進み、なるべくその形跡を残さぬよう極力、枝や草木などは折らないように。

人ではなかなか追いつけないスピードで走り続け、約三十分も走ったところで速度を落とした。




「……ふぅ。もう、この辺まで来たら大丈夫だろ」



疲れた様子はないが、逃げるという行為は男にとっては面白くなかった。
それに対して、片袖のとれたローブの少女が応える。



「もう追いかけてくる気配は……なしっと。今回はちょっと遊び過ぎて油断しすぎたわ」


「ったく、ずるいぜ。俺にばっかり厄介なこと押し付けてさ!」


「警備隊のヤツらをやらせてあげたでしょ!? アレで我慢しなさい! それに、始末した身内の情報(記憶)はあなたじゃ回収できないでしょ?グダグダ言ってると消すわよ」



核心を突かれ、引き下がるディゼール。
今回の二人の目的は、マイヤとソフィーネによって拘束された二人の”口止め”とその情報を収集することが目的だった。
途中見知らぬ女性たちに抵抗されたが、最終的には痕跡を消すために拘束された二人を処理できたので問題ないと考えた。
奪った二人の記憶から、こちらの秘密は洩らされていないことがわかったし拘束された時の二人いた女性の一人が、襲撃場所で少し骨のある女性であったことが分かった。



「……ちぇっ。まぁいいか、少し骨のある美人さんとお知り合いになれたしな」

「あの女ね……少しはやれるみたいだったわね。それ以外は全く……いや、とってもいい音色の楽器だったわ。特に最後の精霊使いの声は……なかなかのものだったわよ♪」



その笑顔はこの世で一番楽しいといったものだったと、言わんばかりに嬉しそうに話す。

(何が良いかのか俺には理解出来ないね……まったくよぉ)

そういうため息をこぼし、額の汗を拭おうとしたその時。




『――その品のない笑みは、見ていて気分が悪くなるのでやめて頂きたいわね』



どこからともなく、声が聞こえるが、全くその気配を感じさせていない。



「なに!?」



二人は見えない敵に警戒する。
つい先ほどまで、追跡されている気配は感じなかった。
男は袖の中に仕込んであるショートソードを握りこんだ。



「――誰だ!?」



『別にあなた達に姿を見せる義理もないけど、不意打ちなんて言われるのも嫌だから……ね』



二人の前につむじ風が起き、光の粒が集まる。
光の粒はやがて人型になり、眩しく輝く光の中にその容姿を現す。




「――お、お前は!」



ヴィスティーユは小さな目を見開いて驚く、本来ならこんなところにはいるはずのない存在。
そこから発せられるオーラは、この身を吹き飛ばしてしまうほどの相性の悪いオーラが出ている。



「ラファエル!!」



『あら。私のことご存知なのね、嬉しいわ』




(ラファエルだって!?伝説上の大精霊のひとりじゃねーか!)




ディゼールは、驚愕する。
目の前の精霊は、存在しているだけで吹き飛ばされそうなオーラを感じる。
ヴェスティーユに目をやると、身体から黒い霧状のものがそのオーラによって蒸発させられているのがわかる。
自身の身体には影響がないが、一挙一動がこの空間の中では監視されているような感じが鎧の隙間からジリジリと感じている。



『随分と好き勝手にやってくれていたようだけど、もちろん自分たちもやられる覚悟があってのことよね?』



ヴェスティーユはラファエルが何を言っているのかわからなかった。
今まで自分より優れた者など、【あのお方】以外見たことがない。マイヤのような強者は数えるくらいはいたが、魔属性の力の前では脅威とはならなかった。
大精霊とは属性の相性は悪いが、相手も同様の条件。
伝説上の人物とはいえ、誰も見た事がないのだ。


「伝説は物語の中だけなんだろ?ホントは大したことないないんじゃないの?」



『……言いたいことはそれだけ?それじゃあ、覚悟はよろしいかしら?』

ラファエルは背中から杖を取り出し横に一振りする。
その軌道上には無数の光を帯びた風の円盤が高速で回転をしており、攻撃対象へ突撃する命令を待つ。


杖で地面にコツンと鳴らすと同時に、無数の円盤は目の前の標的に向かい攻撃する。




「うぉ!……なんだコレ!……ちょっ……タンマ!!」




ディゼールは目の前で腕を交差させ、無数の攻撃に抗う。
この攻撃は大きなパワーで粉砕するのではなく、細かな攻撃で徐々に装備を無効化にしている。


(おいおい、俺のデモンズメイルが切り刻まれてるじゃねーか!?……なんだこれ!)


魔属性は絶対的な自信を持てる装備だが、反対属性には弱い。
光属性の攻撃など滅多に使えるものなどいないため、ディゼールは油断していた。



数分間の攻撃をかろうじて耐えてみせたが着ていたローブは端切れのようになり、その下の自慢の防具も哀れな姿になっていた。
横に目を向けると、ヴェスティーユの姿もあり得ない姿になっていた。
首は皮一枚でぶら下がり、下腿は切り落とされ、腕の関節も本来曲がらない方向に曲がっている。



「――ヴェスティーユ!!」


思わず声を上げるディゼール。
しかし、すぐに落ち着きを取り戻す。




「……長い間馴染ませて……ようやく手に入れた身体を……よくも……よくもやってくれたなぁ、ラファエルゥゥ!!!!」



ヴェスティーユは、苦労して手に入れた幼女の身体の入れ物を壊されたことに対する怒りが込み上げる。



『ふんっ……忌々しい物体だこと。そんな不自然で美しくないものがこの世にあること自体、許せませんわ』




「な!?……このォ、精霊の分際でぇぇ!!!」



ヴェスティーユは幼女の身体(いれもの)を捨て、黒い霧となって襲い掛かる。



「愚かね。周りも見えなくなるくらいに逆上してしまうなんて……ね」




ラファエルは真上に残していた風の円盤を、向かってくる黒い霧に放つ。




――ギィヤァアアァアアァアァァ!!!



霧は真っ二つに切りはなされた切り口から、光で浄化されていく。


ディゼールは、慌てて懐から小さなガラス瓶を出す。
蓋を開けると、黒い霧の一部が吸い込まれる。
これは、緊急時にヴェスティーユに渡されていたものだった。


(悪いけど、これ以上は危険だ。撤退させてもらう……)



ディゼールは無抵抗の意味も込めて、全ての装備を脱ぎ捨て逃走を図ろうとする。



「た……助けてくれー!オレは騙されてただけなんだ!本当なんだ!お……脅されてやっただけなんだ!」



みっともないくらいに泣きながら、土下座をして詫びる。
いかにも正気を取り戻した、といった雰囲気を出しながら。


ラファエルは哀れみの瞳を、ディゼールに向ける。
そして近づいて、その優しく頭の上に手を置いた。



(オイオイ、騙されやすいなコイツ。これで助かっ……パっ!?)



ラファエルのその手の中には、青いガラス玉がある。
それを無表情で、握り潰す。



「うへぃ……うへへへへぇ!キャパパパパパ!」


ラファエルは、ディゼールの記憶の全てを感情だけ残し破壊する。
これでディゼールの人格が崩壊した。
このまま生きることには問題はないが、まともな生活は送ることはできないだろう。




『この期に及んで、愚策で私を騙そうとするなんて……なんて愚かな行為なのかしら』


脱ぎ捨ててあった、ボロボロのデモンズメイルも杖の先から発した光で蒸発させた。



満足したラファエルはまた光の粒となり、どこかへと転移していく。
使い物にならなくなった人間と黒い霧の入ったガラスの小瓶を残して。










マイヤ達は、スプレイズ家で休養していた。

キャスメルとハルナはダメージが大きく、エレーナもなかなか目が覚めなかった。


しかし、今ではすっかり元に戻っていた。
何事もなかったかのように。


ハルナについては、目が覚めた横にフウカが隣で寝ていたときは
(……あぁ、私また死んでしまったのね。フウカちゃんと一緒にいるなんて)
と、勝手に違う世界にいこうとしていた。


だがこの世界に引き戻されるまで、そんなに時間はかからなかった。
何故なら、空腹感がハルナに襲い掛かる。
ベット横に置いてある、テーブルの上の冷水の入ったピッチャーからコップに注いで口にする。


ほんの少し柑橘系の香りがする。誰かが気を効かせてくれていたのだろう。

水が喉・食道・胃と順に通過していくのが、よくわかる。
本来ならば、腸を通過する際に水分は吸収されるが、胃に入った時点で全身が潤っていく感覚が広がる。

するとフウカも目が覚めた様で、ハルナの目覚めを喜んだ。
ハルナもフウカの無事を確認し、その喜びを二人は分かち合った。

その中で、気付いた事があった。
フウカとの会話が、少し成長して大人っぽくなっていた。


何があったのかを聞いてみると、あの”先生”が夢の中に出てきたらしい。
そこは、始まりの場所で降りてくる前の世界に似ていたとのこと。

フウカは、ハルナを助けたあと、真っ暗な闇の中で、身体も実体もなく意識だけの状態だった。
その後、ハルナ達が助かったのかどうなのか。
もうハルナ達に会うことはできないのか……



悲しくなってきたときに、部屋の明かりがついたように明るくなった。
落ち着いて慣れてくると、その場所は懐かしい場所だとわかった。
一緒にいた友達は、眠っていた。
意識だけのフウカに声をかけたり、起こしたりすることはできなかった。

それでも、暗闇の中で一人きりでいるよりはマシだった。
フウカはみんなのいる安心から、みんなと一緒に眠りにつこうとした時、”先生”に呼ばれたのだ。



『――フウカ、あなたはよく頑張りましたね』

そう声を掛けられ、フウカは今まで我慢していたものが込み上げてきて我慢ができなくなった。


大声で泣いた。友達が近くで寝ていても。
周りも気にせず泣いた。
精霊も悲しいときには泣くのだった。
フウカは不安な思いを口にしながら泣いた。


暗闇の中で心細かった。
ハルナ達はどうなったのか、無事なのかどうなのか。
自分の力が足りなかった。
一緒にいて楽しかった人にもう会えなくなった。
もうハルナ達に会えなくなった。
もっと一緒に居たかった……



それを慰める”先生”。

フウカはよく働いていた。
フウカは成長していた。

送り出したものとして、その成果はとても喜ばしい。




「……みんなのところに帰りたい」



フウカは、今一番かなえたい願いを口にした。


『あなたの気持ち、よくわかりました。その前に少し私が様子を見てきます。ここで待っていられる?』


”先生”にそう告げられると、フウカは力強く頷いた。

フウカににっこりと微笑み、”先生”は光の粒となって消えていった。
そこで、フウカの意識は一度途切れる。




眼が覚めると、ハルナの隣で寝ていたらしい。
ハルナは眠っていたが、顔を触ると触れる感触が伝わり、安心して隣で眠っていた。



ハルナの方は、フウカが消されたショックで気を失いっていた。
それ以降の記憶は今、目覚めるまでない。


二人して意識のない時間帯があるが、一通りの確認が終わった。
と同時に、部屋のドアを叩く音がして、ソフィーネが入ってきた。


「ハルナ様、お目覚めになられたのですね。よかった……」



続けてマイヤも入室してきた。


「ご無事な様子で何よりです、ハルナ様。具合はいかがですか?」



問題ないことを告げると、エレーナがどうなったのかを質問する。
エレーナは、つい先ほど目が覚めたようだった。
キャスメルも無事だった様だ。


これであの場にいた全員が、無事であることが確認できた。
マイヤはラファエルとの約束を思い出すが、今はゆっくりと疲れた身体を休ませることを優先させた。


それから数日が過ぎ、身体を動かしても問題がないくらいに回復した。
逆に、誰もあの時のことを何も話さないので、それが気になって悶々としてしまうほどだ。


ようやくみんなが回復し、マイヤはあの時に何が起こったのかを説明することにした。
この場にいるのは、ソフィーネ、マイヤ、キャスメル、エレーナ、ハルナ、それに家の主のティアドの六名。



――ラファエルがきてハルナに乗り移っていたこと。
――エレーナがガブリエルに助けられたこと。
――キャスメルのあの時の感情だけが消されたこと。



「うそ……信じられない」


そう告げたのは、エレーナ。しかし、自分がいまこうして無事でいることがその証明であると気付いた。
ハルナはその時の記憶がなく、この数日でフウカと確認したことを伝えた。



「そこから考えると、フウカ様が消滅してしまった時からハルナに乗り移るまでの記憶がその話しになりますかね?」



フウカ自身は意識だけの状態で、数日は経過しているような感覚だったとのこと。
現実では、ラファエルがハルナの身体を借りて姿を見せるまでは十分以内に起きた出来事だった。
そのため、時間によるエレーナの身体のダメージが少なく、治療が出来たのだろう。そう判断したのは、ソフィーネだった。

最後に、キャスメルについて。
あの時の記憶自体はあり、何が起こったのかは理解している。が、それに関わる感情が何一つ残っていなかった。
恐怖、悔しさ、怒り、悲しみ……、あの時に生じた感情が何も残っていなかった。


「ラファエル様がおっしゃるには、不要な感情は排除し、記憶は経験となるため今後に生かせるとのことでこのような処置をされたと」


どういう意図があるのかわからなかったが、キャスメルの人格も保たれており当時の状況も気絶する直前まで記憶されているため特に問題としないこととした。



「……そして、最後に”お返しをしに行く”といって消えてしまわれました」



一通り説明が終わり、大精霊の能力に一同は唖然とする。



「な……なんて能力(ちから)なの……?」

「さすがは、大精霊様!」

「その場面、見てみたかった……」




それぞれが、別々の感想を口にした。



「でも、どうしてハルナなのかしら?」


エレーナが疑問を口にした。
その疑問に反応したのは、意外にもティアドだった。


「それは、風の精霊と契約したことと、その指輪……大精霊(ラファエル)様に認められたからではないかと」


エレーナも薄々は感じていたが、誰かに同意してもらうまでは自信が持てなかった。
少しずるいが、この場所で意図的に問いかける形にしたのだった。


「ラファエル様は我が姉が契約していた精霊の最上位におられる御方で、風の精霊使いの方々に、お優しかったと聞きました。ハルナさんは指輪を持っておられるため、その力がなじみやすいハルナさんに身体を通じて顕現されたのだと推測します」




「おおよそ、その考え方で合ってるみたい。先生のエネルギーは大きすぎるから、エレーナさんには入れなかったし他の属性だから整えるのが難しかったみたい。だから先生はエレーナさんには、同じ属性の先生を呼んで治療してもらったみたい。特に水属性は生物にとって治癒の方法があるみたい。生物は水でできてるようなものだからだって。ハル姉ちゃんはあの時、記憶と感情の混ざり合って暴走していたから、それを解いて落ち着かせたんだって。だけど外からだと面倒だから、身体の中に入って整えたんだって!」


「え?……フーちゃん。それ、誰かに教わったの?」


「うん!先生が教えてくれてたみたい!」


「ラファエル様は……どうやら、人間だけでなく精霊の記憶も操作できるみたいね……」


全員、フウカのいう先生がラファエルであることに気付いた。
少し、精霊との繋がりの入り口が見えた気がした。




――コン、コン

ソフィーネがドアに向かって歩く。
ドアを開けると、他のメイドが立っていた。
ソフィーネに耳打ちし、何かを告げている。


室内の他のメンバーはただただ、静かにその様子を見守る。


伝え終えたメイドは一つ礼をし、静かにドアを閉めて退室した。


ソフィーネは室内全員に聞こえるように、ティアドに報告する。


「周辺地域を警備していたものからの報告です。怪しい人物をそれぞれ二名発見したとの報告が入っています」


「それで、その方の身元は?」


「はい。一人は不明ですが、男性で錯乱した状態で発見され、近くには黒いローブが落ちていました。多分詰め所を襲撃した人物ではないかと思われます」



「もう一人は?」



「カルローナ様が発見されました」


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