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第9話 正体暴露
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そうして魔物を一匹残らず殲滅した後も、学院はしばらく混乱の中にあった。被害は最小限に食い止めようと奮闘したつもりだったのだけれど、怪我人が全くいないとはいかなかったらしい。それこそ、フレデリク殿下もヒロインの『聖女の涙』で治癒を受けている真っ最中だ。
最前線に立っていた私とベルンハルト殿下(ただし共にほぼ無傷)は、アントワネットのブルークレール家の魔術師がせっせと事後処理に奔走するのを他人事のように眺めていた。
「……シルヴィア、なぜ教えてくれなかった」
「『魔力転生』のことですか? 訊かれてもいないことを喋るのを人は自慢と言うんです」
「……しかし……いや、まあ、そうだな……」
「ところで、もう卒業式も終わりましたけれど、アントワネットとの婚姻はお考えになりましたか?」
ベルンハルト殿下が、ぐ、とその形のいい唇を噛む。つくづく何をやっても絵になる人だ。その意味では華やかな背景を作りたいときに便利だったのかもしれない。
「確かにフレデリク殿下の元婚約者という肩書は若干ケチがついているようなものですが、エクロール国なら問題ないでしょう?」
「……まあな」
「ところでベルンハルト殿下、いまは周囲に人もいませんし、お訊ねしてもよろしいですか?」
「ああ、なんだ」
「貴方はいつからベルンハルト殿下なんですか?」
顔を向けると、藍色の双眸が、ぱちり、と静かに瞬いた。
「……どういう意味だ?」
「そういう意味ですよ、ベルンハルト殿下――いいえ、ロード・ルトガー」
ぱたりぱたりと、ベルンハルト殿下――いや、ベルンハルト殿下を自称するロード・ルトガーが、もう何度か瞬きをする。その反応を見ても、自分が間違ったことを指摘しているとは思わなかった。
「貴方は、ベルンハルト・ホルテンシア王子殿下を名乗っているけれど、本当はルトガー・ジルバンでしょう」
視線の先では、“ロード・ルトガー”が、アントワネットの身の安否を確認しているところだった。
「対外的にルトガー・ジルバンを名乗っているあの方が、ベルンハルト・ホルテンシア殿下」
おそらく、アントワネットのいう「ベル王子ルートは初見殺し」はこれだ――ベルンハルト王子を名乗っている男が護衛のロード・ルトガーで、ロード・ルトガーを名乗っている護衛が実はベルンハルト王子本人。
「……なぜそう思った」
「離宮が火事になったときもそうだったけど、護衛を連れる王子があんなに前面に出て戦うわけないでしょ。護衛がつく要人は大人しく引っ込んでなんぼ、現にロード・ルトガーは必要最小限の立ち回りしかしませんでしたし」
まあエクロール国が軍事大国ということを加味すればその違和感には目を瞑っていいかもしれないが、それにしたって率先して前に出る王子はそういない。
「というか、一番おかしかったのはお茶会です」
「……なるほどな、バレバレだったのか」
ふむ、とベルンハルト殿下だったロード・ルトガーは顎を指で挟みながら、口調まで変えて笑ってみせた。相変わらずきれいな横顔だ、王子でないと判明しても格好いいものは格好いい。
「はい。もちろん最初は気が付きませんでしたし、カフェで飲み物を間違えたときは緊張のせいかと思いましたが――」
あの日以外、ロード・ルトガーを自称するベルンハルト殿下は外で飲食をしなかった。自分は護衛なのでいいですよ、とらしくない遠慮をして。
「いつも真っ先に紅茶に口をつけるのも、お菓子を手に取るのも、全部毒見のためだったんですよね」
王子と護衛が入れ替わっているとバレないように、しかしきちんと毒見をするために、必ず先に口に含む。外で飲食をしないのは、個別に分けられた食事を毒見しようとすると不自然になってしまうから。
きっと、ゲームでもさり気なく、しかしはっきりとシーンとして表示されるのだろう。そうして二人の入れ替わりを見抜くためのヒントは散りばめられているのだ、“攻略”のために。
クク、と、ロード・ルトガーは笑った。
「大正解だ。さすがだな、シルヴィア」
「だから最初は気が付きませんでしたってば。まあ、そう考えると色々納得したんです、なんで“ロード・ルトガー”が私と殿下の婚姻を提案するんだろうとか。分かってみれば、ベルンハルト王子殿下本人が求婚しただけというわけですね」
しかし、あの場で頷かずによかった……。つい、本物のベルンハルト殿下に視線を向けてしまう。会うたび歯の浮くようなセリフを投げてくるあの王子様は好みとは程遠いのだ。もちろん、王子という身分そのものが願い下げではあったのだけれど。
「……じゃあ君は、俺が殿下じゃないと知って婚姻を断ったのか。アントワネットとの婚姻を勧めたこと然《しか》り」
「はい。私は本物のベルンハルト王子殿下とアントワネットが婚姻するといいのではないかと思っています」
ふ、とロード・ルトガーは今まで見たことのない嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……よく分かった。殿下に伝えとこう」
そこへ、ぱたぱたとベルンハルト殿下とアントワネットが駆け寄ってくる。アントワネットは「大丈夫ですか?」と少し焦った様子で、そしてロード・ルトガーの火傷に目敏《めざと》く気が付く。
「大丈夫だ、大したことではない」
「いえ、小さな怪我も侮《あなど》れませんわ」
ロード・ルトガーは腕を引くが、それを掴み直し、祈りを捧《ささ》げるように手を組んで目を閉じる。途端、その腕が光に包まれ、その火傷が治っていく。
その様子に、ロード・ルトガーもベルンハルト殿下も目を瞠《みは》る。怪我を一瞬で治癒する回復系魔法はヒロインの『聖女の涙』に匹敵する能力だからだ。
「……レディ・アントワネット……貴女は、いま何を……?」
「……私の能力、『聖域指定』です。私が指定した空間にいる方の魔力を回復しつつ、怪我を治癒することができるのです。もちろん空間は狭いですし、治癒することのできる怪我にも限度がありますが……」
ヒロインの『聖女の涙』は死んでさえいなければ全ステータスを回復することができるらしいので、アントワネットの能力は下位互換に当たる。それでも希少な能力であることには変わりない。
どこか自嘲じみた表情 (演技だろうか?)を浮かべたアントワネットに、ベルンハルト殿下とロード・ルトガーは顔を見合わせる。
「……まさか、そんな力を持つ者がいるとは」
「……ですね。存じ上げませんでした……」
これを目にすれば、一国の主となる者が欲しがらないわけがない。うむ、と私は一人満足して頷いた。
婚約破棄されたアントワネットは気軽な独り身、しかも希少な能力の持ち主。ベルンハルト王子殿下の婚姻相手として申し分ないだろう。
そして、婚姻してくれれば合法的にアントワネットをエクロール国へ追いやることができるのだ。
「さて、ロード・ルトガー。そういうことですので、先日私がお伝えした婚姻の件、いいお返事をしていだけますと幸いです」
ぺこり、とロード・ルトガーに頭を下げる。二人の正体に気付いていると知ったアントワネットが目を瞠《みは》ったが、気付かないふりをして私は退散した。
最前線に立っていた私とベルンハルト殿下(ただし共にほぼ無傷)は、アントワネットのブルークレール家の魔術師がせっせと事後処理に奔走するのを他人事のように眺めていた。
「……シルヴィア、なぜ教えてくれなかった」
「『魔力転生』のことですか? 訊かれてもいないことを喋るのを人は自慢と言うんです」
「……しかし……いや、まあ、そうだな……」
「ところで、もう卒業式も終わりましたけれど、アントワネットとの婚姻はお考えになりましたか?」
ベルンハルト殿下が、ぐ、とその形のいい唇を噛む。つくづく何をやっても絵になる人だ。その意味では華やかな背景を作りたいときに便利だったのかもしれない。
「確かにフレデリク殿下の元婚約者という肩書は若干ケチがついているようなものですが、エクロール国なら問題ないでしょう?」
「……まあな」
「ところでベルンハルト殿下、いまは周囲に人もいませんし、お訊ねしてもよろしいですか?」
「ああ、なんだ」
「貴方はいつからベルンハルト殿下なんですか?」
顔を向けると、藍色の双眸が、ぱちり、と静かに瞬いた。
「……どういう意味だ?」
「そういう意味ですよ、ベルンハルト殿下――いいえ、ロード・ルトガー」
ぱたりぱたりと、ベルンハルト殿下――いや、ベルンハルト殿下を自称するロード・ルトガーが、もう何度か瞬きをする。その反応を見ても、自分が間違ったことを指摘しているとは思わなかった。
「貴方は、ベルンハルト・ホルテンシア王子殿下を名乗っているけれど、本当はルトガー・ジルバンでしょう」
視線の先では、“ロード・ルトガー”が、アントワネットの身の安否を確認しているところだった。
「対外的にルトガー・ジルバンを名乗っているあの方が、ベルンハルト・ホルテンシア殿下」
おそらく、アントワネットのいう「ベル王子ルートは初見殺し」はこれだ――ベルンハルト王子を名乗っている男が護衛のロード・ルトガーで、ロード・ルトガーを名乗っている護衛が実はベルンハルト王子本人。
「……なぜそう思った」
「離宮が火事になったときもそうだったけど、護衛を連れる王子があんなに前面に出て戦うわけないでしょ。護衛がつく要人は大人しく引っ込んでなんぼ、現にロード・ルトガーは必要最小限の立ち回りしかしませんでしたし」
まあエクロール国が軍事大国ということを加味すればその違和感には目を瞑っていいかもしれないが、それにしたって率先して前に出る王子はそういない。
「というか、一番おかしかったのはお茶会です」
「……なるほどな、バレバレだったのか」
ふむ、とベルンハルト殿下だったロード・ルトガーは顎を指で挟みながら、口調まで変えて笑ってみせた。相変わらずきれいな横顔だ、王子でないと判明しても格好いいものは格好いい。
「はい。もちろん最初は気が付きませんでしたし、カフェで飲み物を間違えたときは緊張のせいかと思いましたが――」
あの日以外、ロード・ルトガーを自称するベルンハルト殿下は外で飲食をしなかった。自分は護衛なのでいいですよ、とらしくない遠慮をして。
「いつも真っ先に紅茶に口をつけるのも、お菓子を手に取るのも、全部毒見のためだったんですよね」
王子と護衛が入れ替わっているとバレないように、しかしきちんと毒見をするために、必ず先に口に含む。外で飲食をしないのは、個別に分けられた食事を毒見しようとすると不自然になってしまうから。
きっと、ゲームでもさり気なく、しかしはっきりとシーンとして表示されるのだろう。そうして二人の入れ替わりを見抜くためのヒントは散りばめられているのだ、“攻略”のために。
クク、と、ロード・ルトガーは笑った。
「大正解だ。さすがだな、シルヴィア」
「だから最初は気が付きませんでしたってば。まあ、そう考えると色々納得したんです、なんで“ロード・ルトガー”が私と殿下の婚姻を提案するんだろうとか。分かってみれば、ベルンハルト王子殿下本人が求婚しただけというわけですね」
しかし、あの場で頷かずによかった……。つい、本物のベルンハルト殿下に視線を向けてしまう。会うたび歯の浮くようなセリフを投げてくるあの王子様は好みとは程遠いのだ。もちろん、王子という身分そのものが願い下げではあったのだけれど。
「……じゃあ君は、俺が殿下じゃないと知って婚姻を断ったのか。アントワネットとの婚姻を勧めたこと然《しか》り」
「はい。私は本物のベルンハルト王子殿下とアントワネットが婚姻するといいのではないかと思っています」
ふ、とロード・ルトガーは今まで見たことのない嬉しそうな笑みを浮かべた。
「……よく分かった。殿下に伝えとこう」
そこへ、ぱたぱたとベルンハルト殿下とアントワネットが駆け寄ってくる。アントワネットは「大丈夫ですか?」と少し焦った様子で、そしてロード・ルトガーの火傷に目敏《めざと》く気が付く。
「大丈夫だ、大したことではない」
「いえ、小さな怪我も侮《あなど》れませんわ」
ロード・ルトガーは腕を引くが、それを掴み直し、祈りを捧《ささ》げるように手を組んで目を閉じる。途端、その腕が光に包まれ、その火傷が治っていく。
その様子に、ロード・ルトガーもベルンハルト殿下も目を瞠《みは》る。怪我を一瞬で治癒する回復系魔法はヒロインの『聖女の涙』に匹敵する能力だからだ。
「……レディ・アントワネット……貴女は、いま何を……?」
「……私の能力、『聖域指定』です。私が指定した空間にいる方の魔力を回復しつつ、怪我を治癒することができるのです。もちろん空間は狭いですし、治癒することのできる怪我にも限度がありますが……」
ヒロインの『聖女の涙』は死んでさえいなければ全ステータスを回復することができるらしいので、アントワネットの能力は下位互換に当たる。それでも希少な能力であることには変わりない。
どこか自嘲じみた表情 (演技だろうか?)を浮かべたアントワネットに、ベルンハルト殿下とロード・ルトガーは顔を見合わせる。
「……まさか、そんな力を持つ者がいるとは」
「……ですね。存じ上げませんでした……」
これを目にすれば、一国の主となる者が欲しがらないわけがない。うむ、と私は一人満足して頷いた。
婚約破棄されたアントワネットは気軽な独り身、しかも希少な能力の持ち主。ベルンハルト王子殿下の婚姻相手として申し分ないだろう。
そして、婚姻してくれれば合法的にアントワネットをエクロール国へ追いやることができるのだ。
「さて、ロード・ルトガー。そういうことですので、先日私がお伝えした婚姻の件、いいお返事をしていだけますと幸いです」
ぺこり、とロード・ルトガーに頭を下げる。二人の正体に気付いていると知ったアントワネットが目を瞠《みは》ったが、気付かないふりをして私は退散した。
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