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第一章
20.王城と余談②
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その日の王城は、なんだか騒がしかった。
なにせ次から次へとお貴族様たちが城の外へ出て行くのだ。しかもなにがおかしいって、日頃は大層ご立派な身形で王城内を呑気に練り歩いている官僚達が、我こそはなんて勢いで飛び出してきて、馬も引かずに門へと走っていくことだ。
はてさて一体何事やら。桶を片付けていると「おーい」と慣れた声が聞こえた。顔を向けた先には、栗色の前髪を鬱陶しそうにかきあげながら、しかしのんびりと歩いてくる親友がいた。
「なんだニコラウス、お前までお出かけか。今日はみんなお忙しいことだな」
「そうか、お前まではまだ回ってきてないのか」
「回ってきてないって、何の話が?」
さも意味ありげに、ニコラウスはその口角を吊り上げた。幼い頃から嫌というほど見てきたので、この手の顔をするときは性格の悪い企みがあると決まっている。
「今度はなんだ、例の法務卿のスキャンダルでも嗅ぎつけたか?」
「あんなヤツ、放っておけば勝手に失脚するさ。それよりもっと面白い、しかも一攫千金の話がある」
出た出た。桶をひっくり返して並べながら、もう聞くのをやめたくなった。ニコラウスが「面白い」というときは本当にろくなことがない。幼い頃に何度その口車に乗せられ、そして何度旦那様に叱られたことか。
「さして面白くもないと思っているんだろう。しかし聞けば気が変わるぞ――ヴィオラ様の神獣が行方不明になったそうだ」
「何?」
そう決意したはずが、その大事件にはもう一度顔を向けずにはいられなかった。ニコラウスのしてやったりな顔を見て「しまった」と気が付いたときにはもう遅い。断るより先に乱暴に肩を組まれた。
「なあニコラウス、お前は殿下のお散歩に付き合って見たことがあるだろう? ヴィオラ様が連れている白ウサギを」
「ああ見たことがあるよ、耳に宝石つきの紫色のリボンをしたウサギだろ? まさかヴィオラ様から神獣探しのおふれが出て、お貴族様たちが我先にと森へ冒険に出かけているのか?」
「半分正解だ。おふれを出したのは殿下だよ、もちろん裏ではヴィオラ様が泣きついたんだろうけど」
「で、それがなんだっていうんだ。代わりに俺に探して来いっていうんじゃないだろうな?」
言いながら、ニコラウスがそんな“優しい”命令をするわけがないとは思っていた。そして、内緒話のように顔を近づけ声を潜めて発せられたその提案には耳を疑った。
「適当な白ウサギを連れてこい」
「はあ?」
いやいや……いやいや。返事をする前に首を横に振ってしまった。なにを言っているんだ、コイツは。
「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか? ただのペットが逃げ出したのとはわけが違う、神獣が行方不明なんだ」
「じゃお前、ヴィオラ様が神獣の守護を受けているというのを信じているわけか?」
「信じるもなにも、だからヴィオラ様は殿下と婚約なさるんじゃないか」
こんなヤツに関わっていたら厩番の仕事がなくなり、口をきいてくれた旦那様に顔向けできないどころか父親に勘当されてしまいかねない。分かっていないふりをしてニコラウスの腕を肩から外そうとしたが、ニコラウスは体格のわりに力が強い。
「その婚約発表も、ヴィオラ様の体調が優れず流れてしまったというが、今はそんな話はどうでもいい。ヴィオラ様の神獣を見つけて連れて帰ってくると金一封だそうだ」
「俺はともかく、お前にとってははした金だろ? くだらない遊びに俺を付き合わせるのはやめてくれ」
「いやいやアレクシス、これはまったくもってくだらなくなどない。むしろ非常に興味深い事件なんだ」
もってまわった言い方に、顎に手を当てるその仕草、まるで難事件を解決しようとしているかのようだった。髭の手入れが行き届いているせいで貫禄不足なのが惜しい。
「神獣というものが果たして行方不明になるものだろうか? 伝承によれば、神獣とは通常の獣とは一線を画す知能を持ち、また主人となる者の生まれしときになるとどこからともなく現れ、その忠誠心を疑わせることなく一生仕え、そして主人およびその周辺に加護をもたらし、主人が亡くなるといつの間にかその姿を消し、また次の主人となるべき存在が生まれるのを待つ……不思議に思わないか、アレクシスよ」
「……ヴィオラ様の神獣には忠誠心が足りないんじゃないかって?」
「果たして忠誠心の足りない神獣などいるだろうかと、俺は素朴な疑問を抱いているのだ。そしてアレクシス、お前によればロザリア様の神獣はお喋りだったそうじゃないか」
「最初に話したときは信じなかったじゃないか」
「まあそれはさておきだ、しかし誰一人としてヴィオラ様と例の神獣が言葉を交わしているのは見ないわけだ。いや、メイド長は聞いたことがあると話していたが、ヴィオラ様のメイド長だからこれはカウントせずにおこう」
話が見えてきた。要はニコラウスは、ヴィオラ様に適当な白ウサギを突き出して金一封を与えられたら、ヴィオラ様が連れていたのは神獣ではなくただの野ウサギだったことになると言っているのだ。
そしてそれを俺にやれと! ニコラウスの悪戯にはよく付き合ってきたが、さすがに将来の王妃を欺き、あまつさえ金を毟り取ろうなんて、さすがに悪戯で済まされる話しではない。
「いいかニコラウス、俺は厩番に口をきいてくれた旦那様に感謝しているし、その時だけはお前が主人でよかったと思った。しかしそのときだけだ、俺は生まれてこの方、お前が主人であることに嘆いたことしかなかったぞ!」
「しかしアレクシス、お前は神獣より利口だろう。神獣でさえ忠義を疑わせることがない、そしてお前も俺の頼みを断れたことがない」
「いいやニコラウス、今度という今度は付き合いきれん! 将来の王妃を謀るなんて恐ろしい真似、断じて俺は協力しないからな!」
――と話してほんの一時間と経たないうちに、俺は白ウサギを抱え、『大地の間』でヴィオラ様に謁見を願い出ていた。
なにせ次から次へとお貴族様たちが城の外へ出て行くのだ。しかもなにがおかしいって、日頃は大層ご立派な身形で王城内を呑気に練り歩いている官僚達が、我こそはなんて勢いで飛び出してきて、馬も引かずに門へと走っていくことだ。
はてさて一体何事やら。桶を片付けていると「おーい」と慣れた声が聞こえた。顔を向けた先には、栗色の前髪を鬱陶しそうにかきあげながら、しかしのんびりと歩いてくる親友がいた。
「なんだニコラウス、お前までお出かけか。今日はみんなお忙しいことだな」
「そうか、お前まではまだ回ってきてないのか」
「回ってきてないって、何の話が?」
さも意味ありげに、ニコラウスはその口角を吊り上げた。幼い頃から嫌というほど見てきたので、この手の顔をするときは性格の悪い企みがあると決まっている。
「今度はなんだ、例の法務卿のスキャンダルでも嗅ぎつけたか?」
「あんなヤツ、放っておけば勝手に失脚するさ。それよりもっと面白い、しかも一攫千金の話がある」
出た出た。桶をひっくり返して並べながら、もう聞くのをやめたくなった。ニコラウスが「面白い」というときは本当にろくなことがない。幼い頃に何度その口車に乗せられ、そして何度旦那様に叱られたことか。
「さして面白くもないと思っているんだろう。しかし聞けば気が変わるぞ――ヴィオラ様の神獣が行方不明になったそうだ」
「何?」
そう決意したはずが、その大事件にはもう一度顔を向けずにはいられなかった。ニコラウスのしてやったりな顔を見て「しまった」と気が付いたときにはもう遅い。断るより先に乱暴に肩を組まれた。
「なあニコラウス、お前は殿下のお散歩に付き合って見たことがあるだろう? ヴィオラ様が連れている白ウサギを」
「ああ見たことがあるよ、耳に宝石つきの紫色のリボンをしたウサギだろ? まさかヴィオラ様から神獣探しのおふれが出て、お貴族様たちが我先にと森へ冒険に出かけているのか?」
「半分正解だ。おふれを出したのは殿下だよ、もちろん裏ではヴィオラ様が泣きついたんだろうけど」
「で、それがなんだっていうんだ。代わりに俺に探して来いっていうんじゃないだろうな?」
言いながら、ニコラウスがそんな“優しい”命令をするわけがないとは思っていた。そして、内緒話のように顔を近づけ声を潜めて発せられたその提案には耳を疑った。
「適当な白ウサギを連れてこい」
「はあ?」
いやいや……いやいや。返事をする前に首を横に振ってしまった。なにを言っているんだ、コイツは。
「お前、自分が何を言っているのか分かってるのか? ただのペットが逃げ出したのとはわけが違う、神獣が行方不明なんだ」
「じゃお前、ヴィオラ様が神獣の守護を受けているというのを信じているわけか?」
「信じるもなにも、だからヴィオラ様は殿下と婚約なさるんじゃないか」
こんなヤツに関わっていたら厩番の仕事がなくなり、口をきいてくれた旦那様に顔向けできないどころか父親に勘当されてしまいかねない。分かっていないふりをしてニコラウスの腕を肩から外そうとしたが、ニコラウスは体格のわりに力が強い。
「その婚約発表も、ヴィオラ様の体調が優れず流れてしまったというが、今はそんな話はどうでもいい。ヴィオラ様の神獣を見つけて連れて帰ってくると金一封だそうだ」
「俺はともかく、お前にとってははした金だろ? くだらない遊びに俺を付き合わせるのはやめてくれ」
「いやいやアレクシス、これはまったくもってくだらなくなどない。むしろ非常に興味深い事件なんだ」
もってまわった言い方に、顎に手を当てるその仕草、まるで難事件を解決しようとしているかのようだった。髭の手入れが行き届いているせいで貫禄不足なのが惜しい。
「神獣というものが果たして行方不明になるものだろうか? 伝承によれば、神獣とは通常の獣とは一線を画す知能を持ち、また主人となる者の生まれしときになるとどこからともなく現れ、その忠誠心を疑わせることなく一生仕え、そして主人およびその周辺に加護をもたらし、主人が亡くなるといつの間にかその姿を消し、また次の主人となるべき存在が生まれるのを待つ……不思議に思わないか、アレクシスよ」
「……ヴィオラ様の神獣には忠誠心が足りないんじゃないかって?」
「果たして忠誠心の足りない神獣などいるだろうかと、俺は素朴な疑問を抱いているのだ。そしてアレクシス、お前によればロザリア様の神獣はお喋りだったそうじゃないか」
「最初に話したときは信じなかったじゃないか」
「まあそれはさておきだ、しかし誰一人としてヴィオラ様と例の神獣が言葉を交わしているのは見ないわけだ。いや、メイド長は聞いたことがあると話していたが、ヴィオラ様のメイド長だからこれはカウントせずにおこう」
話が見えてきた。要はニコラウスは、ヴィオラ様に適当な白ウサギを突き出して金一封を与えられたら、ヴィオラ様が連れていたのは神獣ではなくただの野ウサギだったことになると言っているのだ。
そしてそれを俺にやれと! ニコラウスの悪戯にはよく付き合ってきたが、さすがに将来の王妃を欺き、あまつさえ金を毟り取ろうなんて、さすがに悪戯で済まされる話しではない。
「いいかニコラウス、俺は厩番に口をきいてくれた旦那様に感謝しているし、その時だけはお前が主人でよかったと思った。しかしそのときだけだ、俺は生まれてこの方、お前が主人であることに嘆いたことしかなかったぞ!」
「しかしアレクシス、お前は神獣より利口だろう。神獣でさえ忠義を疑わせることがない、そしてお前も俺の頼みを断れたことがない」
「いいやニコラウス、今度という今度は付き合いきれん! 将来の王妃を謀るなんて恐ろしい真似、断じて俺は協力しないからな!」
――と話してほんの一時間と経たないうちに、俺は白ウサギを抱え、『大地の間』でヴィオラ様に謁見を願い出ていた。
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