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29:黒猫『リズ』
しおりを挟む「もうアカネは出て来ないの?」
学園の食堂で、シャーロットがエリザベスに問い掛けた。
あの国を騒がせた第一王子廃嫡から、既に3ヶ月が経過していた。
「私が直接交流出来る訳ではございませんので断言は出来ませんが、もう1ヶ月以上は出て来ておりませんわね」
エリザベスがデザートのモンブランを1口食べて口元を緩める。
エリザベスが戻ってからも暫くは、エリザベスが寝ている間に『茜』になっていたそうだ。
主にキャンピアン公爵に「領地の発展に役立ちそうな知識」を伝授していたらしい。
ウェントワース侯爵宛にも、似たような内容の手紙が届いていた。
そしてエリザベス宛にも、手紙が置いてあった。
不思議な事に、エリザベスは『茜』の行動を覗き見る事は出来なくなっていた。
完全に別の人格に戻っていたのだ。
エリザベス宛の手紙には、勝手に体を使う事への謝罪と、その間に何をしたのかが簡素に書かれていた。
『部屋にある植木鉢にトマトの種を植えたので、世話をお願いね』
最後に書かれた一文に、エリザベスはなぜか涙が流れた。
本来居るはずの無かった茜の存在。
ただ消える事に、茜が抵抗しているかのようだった。
それでも蜜柑などの木ではなく、収穫したら終わるトマトなのが、尚更物悲しい。
エリザベスは、庭師に聞いて一所懸命に世話をした。
黄色い花が咲き、今では小さな小さな緑の膨らみが出来ている。
「トマトって、こんなにたくさんのお花が付きますのね」
薔薇やガーベラや百合などの観賞花とは違う花に、エリザベスは驚き、ダニエルやシャーロットに伝えていた。
「実が赤くなったら、皆で食べましょうね」
エリザベスの言葉にダニエルは勿論、シャーロットもセザールも同意した。
そしてその種がまた植えられ、何年も育てられるとは、さすがの茜も想像していなかっただろう。
数年後。
王太子になったダニエルの横には、完璧な淑女と名高いエリザベスの姿があった。
いつでも凛としていて隙の無い王太子妃。
あのように可愛げのない女性が妻では疲れるでしょう?
側妃や愛妾を狙い若い令嬢や、その父親達がダニエルに近付くが、ことごとく失敗に終わっていた。
「私の妻はこの世で1番可愛いし、癒しだ」と、ダニエルは一蹴してしまうからだ。
そしてエリザベスへも、「いつもそんなに気を張っていたら疲れてしまうでしょう?私が安らぎを与えましょう」と近付く不埒者が後を絶たない。
その者達は知らないだけだ。
完璧な淑女のエリザベスは、偶に姿変えのネックレスを着けて黒猫『リズ』になり、ダニエルの膝の上で丸くなっている事を。
そしてその『リズ』を撫でるダニエルの手が優しく、顔がどれほど甘いかを。
了
「って、ちょっと待ちなさいよ!」
エリザベスの中で、茜が叫ぶ。
茜は外に出られなくなっただけで、存在が消えたわけでは無かった。
「トマト~!昼間の世話はよろしくって意味だったのにぃ~食べたかった~」
感動が台無しである。
意識だけの存在になったからか、茜はエリザベスの中で前世のような生活をしていた。
今まで食べた事のある物は冷蔵庫の中にあったし、調理する事も出来た。
逆に面倒ならば食べなくても支障は無い。
ゲーム機もあったし、漫画や小説などもあった。
室内ではあるが、運動器具もある。
全て前世で使用した物ばかりだ。
そしてテレビを見るように、エリザベス視点の映像を見ている。
見たくない時は、やはりテレビのように消す事も出来た。
「多分、エリザベスが天に召されるまでは、私はこの『エリザベス物語』のドラマを見せられるのね」
手元には、前世で読んでいた例の漫画がある。
「悪魔とか出て来なくて良かった!」
エリザベスの視線の先には、仲良く並んで座っているシャーロットとセザールが居る。
「天国に行く時は、迎えに行くからね!」
茜は画面に向かい、サムズアップをしてみせた。
────────────────
これで綺麗に爽やかに終わるか、いつも通りざまぁされた人達のその後を書くか、悩んでおります……
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