上 下
16 / 35

15:リズとエリザベスと茜

しおりを挟む



『私』が目覚めると、いつもと違う部屋だった。
 サロンでもシャーロットの部屋でも、まして執務室でも無い。
「え?どこよ、ここ」
 声を出して驚いた。
 いつもの「にゃ~ん」と言う可愛い声では無い。

 起き上がると、視界に入ったのは長い艶やかな黒髪。
 豊かな胸に、華奢な腕。
「人間になってる!」
 驚いて手を持ち上げて確認しようとすると、右手は誰かにしっかりと握られていた。
 視線を向けると、ベッド脇のスツールに座り、布団に突っ伏して寝ている白い頭。

「これは第二王子……ダニーよね」
 薄闇の中でも、輝く白金の髪。
 そして『私』は思い出した。
 猫の姿の時にダニエルにくちづけられた事。
 それとほぼ同時に、エリザベスの記憶がよみがえった事。

「だけど残念ながら、中身はまだ前世の日本人、茜のままなのよね」
 『私』の記憶もより鮮明になり、前世の『茜』と言う名前も思い出した。
「ごめんね、完全なエリザベスじゃなくて」
 茜はそこにある白い頭を、よしよしとでもいうように、優しく撫でた。



「……と、言うわけで、私はエリザベスの記憶を持った茜と言う人間です」
 茜は早朝かと思っていたが、実はまだ同日の夕方だった。
 魔術師長とセザールも屋敷居ると知り、仕事から帰って来ていたウェントワース侯爵も含めて、主要メンバーを部屋に呼んでもらった茜は、正直に今の自分の事を話した。
 因みに洋服はシャーロットの物を借りている。

「イライザとしての記憶は有るのだな?」
 ダニエルの問いに、茜は頷く。
「ですがドラマ……えっと、舞台を見たかのように他人事なので、本当に記憶だけなんです」
 申し訳なさそうに言う茜を見て、ダニエルは複雑な表情をする。
 見た目は間違い無くエリザベスなのに、口調が全くの別人だった。

「今の状態のエリザベス様の事は、まだ秘密にした方が良いでしょう」
 魔術師長が静かに提案する。
「必要なら、姿変えの魔導具を用意します」
 そう付け足したのは、セザールだった。
 王家保有の国宝に、姿変えのネックレスがある。それは動物に姿は変わるが言葉は話せるすぐれ物だった。


「あ!子供の頃に悪戯して怒られたアレですね!ダニーが虎になって、セザール様が犬になって、私が猫になったネックレス!」
 姿変えのネックレスの事は王族や、国の重鎮ならば知っている。
 子供達が悪戯して叱られた事も。
 しかし王子二人とエリザベスが何に変化へんげしたのかは、三人だけしか知らないはずだった。
 茜の中には、確かにエリザベスが居る。

「今のままでは学園に通うのも不安ですし、リズとして置いていただけないでしょうか?」
 茜があざとく、上目遣いでオネダリをする。
 この辺は前世の25歳社会人が出ていた。もっとも、当時は同僚に仕事の手伝いをお願いする程度だったが。

「私からもお願いする」
 ダニエルが茜の横で、ウェントワース侯爵に頭を下げた。


「殿下!おめ下さい!!」
 ウェントワース侯爵が悲鳴のような声を上げる。
 この場には殿下は二人居るのだが、そこを気にする余裕も無い。

 駄目押しとばかりにセザールも頭を下げようとしたのを、シャーロットに気付かれ「第三王子殿下?」と声を掛けられて姿勢を直した。


しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

婚約破棄は計画的に。

秋月一花
恋愛
「アイリーン、貴様との婚約を――」 「破棄するのですね、かしこまりました。喜んで同意致します」  私、アイリーンは転生者だ。愛読していた恋愛小説の悪役令嬢として転生した。とはいえ、悪役令嬢らしい活躍はしていない。していないけど、原作の強制力か、パーティー会場で婚約破棄を宣言されそうになった。  ……正直こっちから願い下げだから、婚約破棄、喜んで同意致します!

今世は好きにできるんだ

朝山みどり
恋愛
誇り高く慈悲深い、公爵令嬢ルイーズ。だが気が付くと粗末な寝台に横たわっているのに気がついた。 鉄の意志で声を押さえ、状況・・・・状況・・・・確か藤棚の下でお茶会・・・・ポットが割れて・・・侍女がその欠片で・・・思わず切られた首を押さえたが・・・・首にさわった手ががさがさ!!!? やがて自分が伯爵家の先妻の娘だと理解した。後妻と義姉にいびられている、いくじなしで魔力なしの役立たずだと・・・・ なるほど・・・今回は遠慮なく敵をいびっていいんですわ。ましてこの境遇やりたい放題って事!! ルイーズは微笑んだ。

【完結】巻き戻したのだから何がなんでも幸せになる! 姉弟、母のために頑張ります!

金峯蓮華
恋愛
 愛する人と引き離され、政略結婚で好きでもない人と結婚した。  夫になった男に人としての尊厳を踏みじにられても愛する子供達の為に頑張った。  なのに私は夫に殺された。  神様、こんど生まれ変わったら愛するあの人と結婚させて下さい。  子供達もあの人との子供として生まれてきてほしい。  あの人と結婚できず、幸せになれないのならもう生まれ変わらなくていいわ。  またこんな人生なら生きる意味がないものね。  時間が巻き戻ったブランシュのやり直しの物語。 ブランシュが幸せになるように導くのは娘と息子。  この物語は息子の視点とブランシュの視点が交差します。  おかしなところがあるかもしれませんが、独自の世界の物語なのでおおらかに見守っていただけるとうれしいです。  ご都合主義の緩いお話です。  よろしくお願いします。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~

桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」 ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言? ◆本編◆ 婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。 物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。 そして攻略者達の後日談の三部作です。 ◆番外編◆ 番外編を随時更新しています。 全てタイトルの人物が主役となっています。 ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。 なろう様にも掲載中です。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

誰ですか、それ?

音爽(ネソウ)
恋愛
強欲でアホな従妹の話。

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

処理中です...