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02:ウェントワース侯爵家
しおりを挟む猫になった『私』は、常にシャーロットに抱えられての移動となった。
まだ家主……当主であるウェントワース侯爵の許可を貰っていないので、野良猫扱いなのだ。
シャーロットは野良猫を屋敷内に連れ込んだ事になる。
シャーロットの部屋は、『私』の想像とは違ってとてもシンプルなものだった。
〈もっとギラギラした派手な部屋を想像していたわ〉
『私』は下ろされたクッションの上から部屋を見回す。
カーテンは落ち着いた色味で、家具も素材の木目を利用した物だ。
長年使い込むと味の出る、とても良い物。
〈何で、ドレスだけ趣味が悪いのかしら〉
漫画のシャーロットのドレスは、露出が多めで真っ赤なドレスだった。
今の服は、落ち着いた深緑のワンピースで、襟だけ白のレースが使われていて、とても上品で趣味が良い。
貴金属も付けておらず、漫画のシャーロットとは正反対過ぎた。
「あなたの名前を決めなくてはね」
まだ父親である侯爵に許可を貰っていないのだが、シャーロットの中では飼う事が決定していた。
「艶々の黒い毛並み……そして、金色の瞳。まるでエリザベス様みたいね」
フフッとシャーロットは笑う。
「第二王子殿下の婚約者で、凛としていてとても美しいのよ。そうだ!あなたの名前はリズにしましょう」
『私』の名前が『リズ』に決まった。
「エリザベス様は、体調を崩されて療養中なのですって。一緒に学園に通える事を楽しみにしていたのに」
なるほど、と『リズ』は納得した。
だから漫画には第二王子の婚約者が出て来なかったのかと。
夕方、屋敷に帰って来たウェントワース侯爵は、シャーロットが『リズ』を飼う事をすぐに許可した。
「滅多に我儘を言わないロッティのお願いだからな」
どこか嬉しそうに言う侯爵の言葉に、嘘は無さそうだ。
〈滅多に我儘を言わない……?〉
漫画のシャーロットは我儘放題だと、主人公のお助けキャラだった妹のティファニーは言っていた。
「名前はリズにしましたの」
笑顔で『リズ』を紹介するシャーロット。
まじまじと『リズ』を眺めた侯爵は、なるほどな、と呟く。
「見事な黒髪に金眼、確かに『リズ』という感じだな」
見つめられた『リズ』がコテンと首を傾げると、侯爵が「ふおぉぉ!」と奇声を発した。
驚いた『リズ』は、シャーロットの腕の中へと飛び込むが、侯爵はそれを追う。
「何だ、この可愛い生き物は!」
両手をワキワキと動かしながら美少女の胸元に近付く姿は、正直変質者に見える。
「お父様!リズが怯えます!」
侯爵から庇うように、シャーロットは更に『リズ』を抱え込む。
「しかし、私を見ても逃げない猫など始めてて……」
ジリジリと近付く父親を、シャーロットは見つめた。
ウェントワース侯爵は、シャーロットと同じ金髪碧眼であり、とても彫りの深い顔をしている。
美丈夫と言われ、社交界ではいまだに人気が高い。
しかし背が高くそれなりの体格もしており、なまじ顔が良いだけに威圧感もある。
初対面の子供は、必ず恐れるのだ。
危機管理能力の高い小動物も、例に漏れず侯爵を怖がって逃げて行った。
「昼間、私が学園に行っている間でしたら、お膝に乗せても良いですわよ」
シャーロットの言葉に、侯爵が満面の笑みを浮かべる。
ウェントワース侯爵家での『リズ』の待遇が最高級に決まった瞬間だった。
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