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学園編
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しおりを挟む今日は嬉し恥ずかし入学式である。
先に登校して行ったルードルフ以外、全員がエントランスホールに集まっている。
残念ながらお腹に子供のいるカルロッタは見送りだが、両親とマティアスは入学式に保護者として参加するのだ。
「安定期に入ったから大丈夫なのに」
本当に残念そうな様子のカルロッタに、クラウディアは笑う。
「入学式など退屈なだけですわ」
それは前回にクラウディアが感じた、素直な感想である。
長々とした意味の無い偉い人達の挨拶と、やたらと偉そうな王太子の挨拶があるはずだ。それどころか今回は、前回は無かった国王の王子褒めまくり話まであるかもしれない。しかも二人分。
妊婦には要らない精神的負担が掛かってしまうだろう。
「この国の入学式を見たかったのだけど、この子の時の楽しみに取っておくわ」
カルロッタの笑顔に、クラウディアも笑顔を返す。
「その時は、私も参加しますね」
自然と出た言葉に、クラウディアは自分でも驚く。
顔も見た事の無い甥っ子。
公爵家でのお披露目には参加出来ず、彼の社交デビューの時には、もうクラウディアはこの世に居なかった。
「勿論、私も一緒に」
いつの間にか来ていたらしいニコラウスが、クラウディアの肩を抱き寄せながらカルロッタの前に居た。
こういう時は、もう少し気配を出して欲しい、とクラウディアは密かに思う。
「あら、おはよう。ニコラウス卿」
カルロッタが挨拶をしながら、ニコラウスを上から下まで観察する。
「思ったより普通ね」
どこか残念そうにしているカルロッタは、どれほどの重い愛を想像していたのか。
「やはり白金と青の、2色での刺繍の方が良かったですかね」
クラウディアから手を離し、両腕を広げて全身を見せるニコラウスへ、カルロッタが何かを言おうとする。
しかし、それは言葉にならなかった。
マティアスが肩を抱き寄せ、言葉を止めたからだ。
「それくらいが良い塩梅ですよ」
褒めているようだが、視線は冷たい。
暗に「それ以上やったら下品だから止めろ」と言っている。
「害虫が青くなければ、私もこれで満足なのですがね」
ニコラウスは掌を上に向けて肩を竦めて見せた。
害虫とは、アッペルマン公爵家で王子二人を示す隠語である。
このとても貴族らしい会話が二人は好きなようで、昔からよく交わしている。
まだいまいち理解出来ないルードルフがこの場にいたら「今のはどういう意味?」と聞いていただろう。
「刺繍より、青いサッシュの方が良いわ」
カルロッタが侍女から箱を受け取った。
「入学おめでとう」
その箱をニコラウスへと渡す。
「開けても良いですか?」
受け取ったニコラウスが問うと、カルロッタは笑顔で頷く。
すぐに使うと予想していたのだろう。簡単なリボンが掛けてあるだけの、簡易包装である。
箱の中から出てきたのは、クラウディアの瞳と遜色の無い青いサッシュである。
濃くも薄くも無い、そのままの色。
「本当にお義姉様はこういうのが大好きなのだから」
少し呆れたような声を出しながら、クラウディアは自身の髪を耳に掛ける。
そこには、血のように赤い紅玉があった。
「私の祖国には無い伝統だから楽しくて」
楽しそうに笑うカルロッタを飾る宝飾品は、全て白金に緑の宝石が付いている。
無論、マティアスの髪色に瞳の色である。
「はい、はい! そろそろ出発しないと遅刻しますよ」
両手を叩いてそう告げたのは、緑の生地に銀色の、見事な刺繍の入ったドレスを着たヒルデガルドである。
その姿を見て満足そうにしているイェスタフは、同色の生地のジャケットに、金色の刺繍が施されている。
袖口の折り返しなどが青色なのは、ヒルデガルドの瞳の色だからだろう。
「相変わらず、鉄壁な愛の深さだな」
マティアスが感心したように言うのに、カルロッタが無言で頷く。
「刺繍は色違いの同じ意匠なのですね」
クラウディアも素直に感心する。
蔦柄に拘らなくでも、これならば周りに「愛の主張」が出来る。
因みにニコラウスとクラウディアの制服の蔦柄は、伝統的な意匠だが同じ物では無い。
男女では刺繍の紋様が違うのが一般的なのだ。
「婚約発表の時は同じ青色の服を着て、ディディは黒の、私は白金の同じ意匠の刺繍にしようか」
学園に向かう馬車の中。
突然告げられた内容に、クラウディアは目を見開いた。
まるっきり同じ事を考えていたからだ。
赤いドレスでは、婚約発表の席で着るには毒々しく、黒では祝いの主人公らしくないと悩んでいたのだ。
同色の青色にし、いつものように黒いレースで飾るにしても、せっかくの婚約発表なのだから、あともう一押しが欲しかったのだ。
「男女で同じ刺繍。さすがにその発想は無かったね」
年相応の顔で笑うニコラウスを、クラウディアも年相応の顔で幸せそうに見つめた。
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