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しおりを挟む「あの馬鹿、多分前回の記憶と今回の記憶が混じってるのだと思うよ」
久しぶりの三人でのお茶会で、そう告げたのはニコラウスだ。
因みにルードルフは、まだ学園に居る時間である。
「記憶が混じる?」
可愛く首を傾げて見上げるクラウディアに、ニコラウスは思わず笑みを向ける。
それを見たマティアスは態とらしく大きな咳払いをして、話の先を促す。
「大きな違いを説明しよう。まず、馬鹿はディディと婚約していない」
ニコラウスが指を1本立てる。
「ルードルフが死なない」
2本。
「うち……ヘルストランド侯爵家が没落しない」
3本。
「ノルドグレーン侯爵家廃家」
4本。
「第二王女リネーアの婚姻」
5本。
そこまでして、また1本に戻す。
「第二王子誕生もあったね」
そこでディディと僕が運命的な出会いをする、と2本目の指を立てながら、ニコラウスは笑う。
そしてスッと表情を消した。
「僕は、前回の記憶を取り戻した時に、その違いに戸惑い混乱した。特に私は壮絶な人生を歩んできましたからね。子供には衝撃過ぎて何日も寝込んでしまいましたよ」
6才の子供に暗殺者の前回の記憶がよみがえれば、確かにそうなるだろうとクラウディアもマティアスも納得する。
「僕よりも衝撃は少ないだろうけど、期間が長いせいで、あの馬鹿は混乱しているのだと思う」
ニコラウスの言葉に、クラウディアは頷く。マティアスは、更に真剣な表情をして頷いた。
「解る気がする。記憶が戻った直後は、一切交流が無いのを知っていたのに、あの馬鹿と婚約していないか不安になった」
一言も口を利かなかったと聞いていたのにね、とマティアスは言葉を付け足した。
「王太子は前回の記憶を、今回の物だと思い込んでいると?」
マティアスの問いにニコラウスが頷く。
「元ノルドグレーン侯爵令嬢との交流を、ディディとの物だと勘違いしている可能性もある」
あぁ、とクラウディアも頷く。
王太子が8才の時のお茶会で、婚約者に決まった令嬢が確かにいたな、と思い出す。
その後の侯爵夫人の件が大き過ぎて、殆ど記憶に残っていなかったのだ。
「え? 待って。まさか王太子は、私が愛していたから10年も耐えたと本気で思っているの? それを今回も引き継いでいると?」
クラウディアの嫌悪感丸出しの珍しい表情に、ニコラウスが笑う。
「多分ね。だからあのような威丈高な求婚の台詞が出たのだろうし、今回のディディも王家に尽くして当たり前、みたいな……王太子、頭弱いな」
自分で言っておきながら、ニコラウスは眉間に深い皺を刻んだ。
「やっぱり消して良いかな、アイツ」
瞳から光を消したニコラウスの口元が弧を描く。
「やるなら徹底的に追い詰めて、廃太子にして屈辱を味わわせてからかなぁ」
遠くを眺めながらマティアスが呟いた。
王太子の衝撃の求婚から半年。
アッペルマン公爵家にラーシャルード学園の制服が届いた。
クラウディアが着る物である。
白と紺の質素な意匠の制服は、華美になりすぎない程度の改造が許されている。
クラウディアの物は、スカートの裾に黒いレースが施されていた。
因みにニコラウスの制服には、袖口や襟など、至る所に青色で蔦柄の刺繍が施されている。
蔦柄は束縛を意味し、決まった相手がいます……との意味で使われる事の多い柄だ。
実はクラウディアの服も、紺色の部分に黒で蔦柄刺繍があるのだが、これは敢えて目立たないようにしてある。
「紺に黒……秘めた愛って感じで良い」
クラウディアの制服姿を見ながら、ニコラウスが満足気に顔を緩める。
「ネロはもう少し秘めて欲しいわ」
「秘めたでしょう? 刺繍を白金ではなく、青にしたのだから」
濃い紺色の中での青色の刺繍なので意外と目立つのだが、ニコラウスの中ではそれでもかなり抑えたつもりだった。
本当は黒地に白金の糸、白地に青色の糸での刺繍を考えていたのを考慮すると、確かに抑えたと言えるかもしれない。
勿論、その事をクラウディアは知らない。
ふと、クラウディアは前回の王太子の制服姿を思い出した。
制服の改造は無かったが、腰に淡い桃色のサッシュを巻いていた。
リンデル伯爵令嬢の髪色は、ピンクゴールドである。
ルードルフの入学式で見た王太子は、その特徴的なサッシュを巻いていなかった。
「リンデル伯爵令嬢とは、順調に愛を育んでいるのかしら?」
前回はクラウディアという婚約者がいたので正式な婚約者にはなれず、正妃の不妊を理由に側妃として選ばれた……事にした。
実際には側妃となる18才よりも7年も前に出会っていたし、人目も憚らずに恋人として振舞っていたが。
今回はすぐに婚約者になるかと思いきや、どうやら王太子の記憶が戻った事で保留されたらしい。
誤算である。
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