上 下
17 / 67
リセットされました

16:

しおりを挟む



 マティアスがニコラウス・ヘルストランド侯爵令息を家に招いてから半年後。
 クラウディアは誕生日を迎えていた。
 6才を過ぎた子供の誕生日は、客を招いてパーティーを催して過ごすのが高位貴族の常識である。
 7才になったクラウディアも例外では無い。

 招待客は、クラウディアと歳の近い子供のいない親戚が主である。
 当然、王子二人は呼ばれていない。
 唯一呼ばれた同年代の子供は、ニコラウスだけだった。

「今回はいらっ……来てくださるみたいね」
 クラウディアが言い直しながらマティアスと会話する。
 今日は親戚とはいえ外部の人間が数多くいる。
 あまりにも正しい言葉遣いは子供らしくないので、二人だけの雑談でも使わないよう決めたのだ。
 壁に耳あり、というくらいなのだ。油断は命取りである。


「無理しないで大丈夫だと招待状には書いたけど、どうだろう? あまりにも顔色が悪かったら客室で休ませよう」
 マティアスがキョロキョロと周りを見回す。
 王家の誕生日パーティーと違い、主催が後から出て来て挨拶……という形はとっておらず、逆に招待客を迎える為にアッペルマン公爵家の面々は既に会場内に居た。

 子供の誕生日パーティーなのもあり、招待客の少ない小規模で家庭的な雰囲気のパーティーにしてあった。



 入り口の方がざわつき、新たな客の来訪を知る。
 他の客が来た時よりも浮き足立った雰囲気を感じ、クラウディアとマティアスは顔を見合わせる。
「さすが美形一家、大人気ね」
「大人になったニコラウスの色気は父親以上だぞ」
「影がある男って、魅力的って言うものね」

 二人でコソコソと話していると、ルードルフが近付いて来る。
「お客様、お迎えに行く?」
 満面の笑みでそう提案してきたルードルフを見て、ニコラウスと気が合いそうだ、とクラウディアは小さく笑った。


「今日はお招きいただき、ありがとうございます」
 優しく微笑む顔は少し男臭さがあり、既婚者なのに結婚したい男として社交界で大人気のヘルストランド侯爵である。
 その横で微笑むのは、儚げな美人妻。
 同じ女性のクラウディアでも、思わず見惚れてしまう。

「おめでとうございます」
 美形な二人に挟まれても遜色無い麗しい笑顔で、ニコラウスが祝いの言葉を口にする。
「ありがとうございます」
 お礼を言いながら、クラウディアは心の中で違和感を感じていた。
 先日会った時の天真爛漫さが鳴りを潜め、どこか影を感じてしまったからだ。

「またお会い出来て、嬉しく思います」
 そう言ったニコラウスの言葉に矛盾は無い。実際、第二王子の誕生日パーティーで会っているのだから。

「体調は大丈夫なのかい?」
 マティアスが問うと、ニコラウスが胸に手を当て頭を下げ、また姿勢を正す。
「お久しぶりです、アッペルマン公爵……令息」
 妙に間を空けた変な呼び方は、わざとだろう。
 何を意図しているのか。


 あぁ、そうか。
 クラウディアは目の前のニコラウスを見て、違和感の理由に気が付いた。
 目が笑っていないのだ。
 前回パーティーで会った時の、心から笑っている笑顔では無く、瞳に光の無いくらい笑顔。

 私はこの瞳を知っている。



「お誕生日おめでとう!」
「クラウディア! クラウディアはどこにいる?」
 招待客が全員集まり、アッペルマン公爵の乾杯の挨拶と、クラウディアのお礼の挨拶も済み、それぞれが好き勝手に歓談を楽しんでいる時にそれは起こった。

 突然、閉めてあった扉が大きく開かれ、招かれざる客が現れたのだ。

 可哀想な使用人達は、騎士に守られた闖入者ちんにゅうしゃ達の後ろでオロオロしている。
 通常は招待状を持っていない事を理由に、キッパリと断る事が出来る。
 しかし、公爵家でもそれが出来ない相手が極小数存在した。
 それが今、扉の所で偉そうにふんぞり返っている者達だ。

「チッ」
 クラウディアの斜め上から舌打ちの音が聞こえる。マティアスだ。
「今日って、王太子殿下と第二王子殿下招いてたっけ?」
 ルードルフが扉の方を見ながら、首を傾げている。

「呼んでないわよ」
 冷たく言い放ったのはクラウディアでは無い。いつの間にか側に来ていたヒルデガルドだ。
「マティアス。ニコラウス卿も一緒に屋敷の奥へ」
 子供達を隠すようにして、イェスタスがマティアスへ指示を出す。

「はい」
 短く返事をしたマティアスは、ルードルフに身振りでニコラウスを連れて来るように伝えた。
 無言で頷いたルードルフは、ニコラウスの腕を取り、二人の元へと戻って来る。
 そのまま四人は、奥の扉からこっそりと屋敷の中へと進む。

 扉が閉まる寸前に、イェスタフの「子供達は街へ買い物に出掛けました」と言う声が聞こえた。
 さすがに無理が有るのでは? と思い苦笑したが、クラウディアは素直に両親に感謝した。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

殿下が好きなのは私だった

恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。 理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。 最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。 のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。 更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。 ※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

跡継ぎが産めなければ私は用なし!? でしたらあなたの前から消えて差し上げます。どうぞ愛妾とお幸せに。

Kouei
恋愛
私リサーリア・ウォルトマンは、父の命令でグリフォンド伯爵令息であるモートンの妻になった。 政略結婚だったけれど、お互いに思い合い、幸せに暮らしていた。 しかし結婚して1年経っても子宝に恵まれなかった事で、義父母に愛妾を薦められた夫。 「承知致しました」 夫は二つ返事で承諾した。 私を裏切らないと言ったのに、こんな簡単に受け入れるなんて…! 貴方がそのつもりなら、私は喜んで消えて差し上げますわ。 私は切岸に立って、夕日を見ながら夫に別れを告げた―――… ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!

Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。 そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。 病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。 そして結婚に関して、ある条件を出した。 『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』 愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは ただただ戸惑うばかり。 二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…? ※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。  苦手な方はご注意下さい。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。

ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。 ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も…… ※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。 また、一応転生者も出ます。

結婚記念日をスルーされたので、離婚しても良いですか?

秋月一花
恋愛
 本日、結婚記念日を迎えた。三周年のお祝いに、料理長が腕を振るってくれた。私は夫であるマハロを待っていた。……いつまで経っても帰ってこない、彼を。  ……結婚記念日を過ぎてから帰って来た彼は、私との結婚記念日を覚えていないようだった。身体が弱いという幼馴染の見舞いに行って、そのまま食事をして戻って来たみたいだ。  彼と結婚してからずっとそう。私がデートをしてみたい、と言えば了承してくれるものの、当日幼馴染の女性が体調を崩して「後で埋め合わせするから」と彼女の元へ向かってしまう。埋め合わせなんて、この三年一度もされたことがありませんが?  もう我慢の限界というものです。 「離婚してください」 「一体何を言っているんだ、君は……そんなこと、出来るはずないだろう?」  白い結婚のため、可能ですよ? 知らないのですか?  あなたと離婚して、私は第二の人生を歩みます。 ※カクヨム様にも投稿しています。

【改稿版・完結】その瞳に魅入られて

おもち。
恋愛
「——君を愛してる」 そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった—— 幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。 あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは…… 『最初から愛されていなかった』 その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。 私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。  『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』  『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』 でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。 必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。 私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……? ※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。 ※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。 ※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。 ※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。

処理中です...