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重なる罪
23:嵐の後は青空
しおりを挟む縄に縛られ、連行されて行くシルヴィとモルガンを見て、フローラは我慢出来ずに吹き出していた。
「何笑ってんのよ!」
シルヴィがフローラに気付き叫ぶが、それに何かを応える事も出来ない。
それくらい、フローラは笑っていた。
二人を縛る縄を持っているアルベールは、満足そうな顔をしている。
「あの……犯人は、アル、なの……ね」
苦しい息の下でフローラが囁く。
視線の先は、モルガンの頭である。
モルガンの薄茶色の髪は、頭頂部が見事に無くなっていた。
秋の枯れ草の中に、ポッカリと荒地が在るかの如く。
存在を主張するモルガンの髪型。
怒りに任せて剣を振るったアルベールではあるが、さすがに相手の命を脅かすような愚行は犯さなかった。
おそらくモルガンはこれから裁判で、衆目を集める事になる。
真面目な裁判の中で、人々は笑いを堪えるのに苦労するだろう。
自死や自傷を避ける為に、被疑者や被告人には絶対に刃物を渡さない。
だからモルガンが「いっその事、丸坊主の方がましだ!」と主張しても、今の髪型を変える事は出来ないのである。
とてもくだらなく、しかし、とても効果的な嫌がらせだった。
シルヴィ達が連行された後、貴賓室は徹底的に掃除された。
お茶もお菓子も出していないので大して汚れていない。しかし、あの二人が足を踏み入れたという事実だけで、害虫でも発生したのかと勘違いしてしまいそうな程の大掃除である。
「害虫ですよ。しかも毒持ちの」
掃除の件をフローラが笑って話すと、侍女のローズは作業の手を止めずに応える。
フローラは自室でハーブティーを飲みながら、アルベールが戻って来るのを待っていた。
ローズは、貴賓室に置いてあった小物を磨いている。
「未成年だからと甘い処罰にしなければ良かったのです」
常にフローラと行動を共にしていたローズは、シルヴィの悪行を全て見ていた。
フローラと違い、シルヴィ達家族が本当はただの平民だと知っていたローズは、何度もセバスティアンやスチュアートに、法的に追い出せないのかと訴えていた。
最後には秘密裏に処理してしまえば良いのでは? とまで、提案していた。
「ローズが私の代わりに怒ってくれるから、私は悲しくならなくて済んでいるわ」
フフッと笑ってから、フローラがローズを見る。
「それともお母様の代わりかしら?」
フローラが悪戯っぽく首を傾げる。
「まあ! フローラお嬢様にはワタクシがそれほど年上に見えておりますの?」
ローズが態とらしく、妙に丁寧で驚いた声をあげる。
「では、お姉様かしら?」
フローラが笑う。
「光栄でございます」
ローズも笑い返した。
アルベールは、特務部隊本部にモルガンとシルヴィを預け、上司に概要を伝えると、すぐにファビウス伯爵邸へと戻って来た。
エマール伯爵家とカイユテ男爵家にも、事件のあらましは連絡が行くだろう。
その先の処理は、同僚や上司が上手くやってくれるはずだ、と丸投げしてきた。
屋敷に到着すると、既に門番が門を開けてくれていた。
先程はファビウス家からの連絡があった為に職場の馬車で来たのだが、本来アルベールは通勤には馬を使っている。
アルベールに見合う馬なので、やはり通常よりもかなり大きい。
遠くからでも、アルベールが帰って来たとすぐに判る程度には。
「今日はもう、誰も入れるな」
アルベールが門番へ声を掛ける。
いくら婚約者といえど、普通ならば越権行為だと反発されそうだが、アルベールの原動力はフローラだと使用人達も知っているので、逆らわずに大人しく従う。
実際にこの後、エマール伯爵家とカイユテ男爵家が訪ねて来た。
カイユテ男爵など、絶対に特務部隊本部よりも先にこちらへ来ただろう、という程の迅速さだった。
「おかえりなさい、アル」
事件の説明もあるので、制服のままのアルベールが本邸を訪ねると、フローラが笑顔で迎えてくれた。
まだ、婚約者になれただけなのに。
いつもは別邸で制服を脱いでから本邸を訪ね、時間が合えば夕食を共にしていた。
だからフローラから掛けられる言葉は「お仕事お疲れ様でした」という、アルベールを労うものだった。
結婚すれば、これが毎日……。
「ただいま、フローラ」
自然とアルベールの口から、言葉が零れていた。
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