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因果応報

16:夢は覚めるもの

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 旅行から帰ったシルヴィとモルガンが最初にあった災難は、ファビウス伯爵家の屋敷へ入る事が出来なかった事だろう。
 屋敷の建物どころか、敷地内に入る事も出来なかった。
 門番がエマール伯爵家の馬車を見て「当家との婚約が破棄されている為、絶対に入れないようにと命令されている」と、取り付く島もないのだ。

「私と婚約したんだから、問題ないでしょう!」
 シルヴィが門番を怒鳴りつけるが、門番は首を傾げる。
「エマール伯爵子息、平民を愛人にするのなら、もう少し教育をされた方が良いですよ」
「我らは平民上がりの騎士爵なのでそこまでではないですが、公侯爵家は門番と言えど生粋の貴族の場合が多いですからね」

 セバスティアンがスチュアートに頼んで領地から呼び寄せた騎士は、当然シルヴィの顔など知らない。
 ただフローラの元婚約者が平民にうつつを抜かして婚約破棄をした、とだけは情報として聞いていた。


 門番はシルヴィの事を完全に無視しているし、絶対に門を開けるつもりが無いと理解したモルガンは、馭者にエマール伯爵家へ向かうように指示を出した。

「なんなの!? 見た事も無いし、そもそもうちには今まで門番なんて居なかったじゃない!」
 シルヴィが馬車の中で癇癪を起こす。
「門番が居なかった?」
 今までは止められる事が無かったので気にしなかったが、モルガンはエマール伯爵家の馬車だからすんなり通れるのだと勝手に思い込んでいた。

「そうよ! フローラだけは一人暮らしだからと別邸の入り口に常に二人も護衛を置いて、屋敷の中にも二人居たらしいわよ」
 あんな地味な女、誰が襲うのよ! とシルヴィが馬鹿にしたように笑う。
「シルヴィは? シルヴィに護衛は何人付いていた?」
 モルガンに聞かれ、シルヴィは首を傾げる。
「常にメイドが二名一緒に行動してるじゃない。知ってるでしょ?」
 シルヴィの答えにモルガンは、眉間に深い皺を刻んで黙り込んだ。



 エマール伯爵邸に着くと、モルガンは門番が居るのを確認する。
 高位貴族ならば、屋敷に門番を置くのは当然の事だ。
 なぜ伯爵令嬢のシルヴィがその事を知らないのだろうか。
 そのような疑問がモルガンの頭に浮かぶ。

 後ろには、旅行に同行していた使用人の乗る馬車が付いて来ている。
 護衛騎士はエマール伯爵家の二人だけ。
 シルヴィにはメイドが二人付いて来た。

 婚約者の交流会を思い出す。
 ファビウス伯爵家の馭者と護衛は、平気でシルヴィを置いて帰っていた。
 シルヴィには、いつもメイドが二名。
 フローラには、侍女と護衛騎士が二名、必ず付いていた。

 学園への通学も、シルヴィはモルガンが迎えに行っていた。
 ファビウス伯爵家の馬車を使っているのを、モルガンは見た事が無い事に気付く。
 いや、乗っているのを見た事はあるが、その時は必ずフローラが一緒だった。

 何かがおかしい。
 もしかして、自分は何か大きな間違いを犯してしまったのでは?

 焦ったモルガンは、使用人が扉を開ける前に馬車を飛び降りた。
 屋敷の扉を開け、エントランスに飛び込む。
 モルガンを迎えたのは、使用人達のよそよそしい態度だった。

「おかえりなさいませ、モルガン様。ご当主様が執務室でお待ちです」
 他の使用人が声を掛けられないように逃げる中、執事だけがモルガンを出迎えた。
 執務室へ行くように告げるその顔は、伏せられている為に見えない。

 モルガンはまだ馬車の中にシルヴィが居る事も忘れ、父親の居る執務室へと急いだ。
 執事の案内を待たず、走って執務室まで行き、ノックもそこそこに扉を開ける。
 そこには父親だけでなく、二人の兄も揃っていた。



「ファビウス伯爵との婚約破棄、ですか」
「しかも公の場で宣言し、不貞していた事まで知らしめた。馬鹿なのか?」
「他国からの輸入品で、今までの不義理な態度も全て記録されていた。司法省でそれを見せられ、言い訳のしようも無かった」
「さすが、ファビウス伯爵家、としか言えないですね」
「そのような素晴らしい家との縁が切れるだけでなく、今や敵認識ですよ」

 モルガンが入って来た事に気付いていないはずは無いのに、三人の会話は止まらない。
 執務机ではなく、来客対応用のローテーブルに書類を広げ、それぞれ別の書類に目を通しながら会話を続けている。

「あぁ、ここも取引停止です」
「ファビウス伯爵家と関係無い所は、貴族としての信用問題が原因でしょうね」
「家からは出て行くからと、甘やかし過ぎたな」

 書類を見ていた三人の視線が、やっとモルガンへと向いた。
 そのあまりの冷たさに、入り口付近で立ち尽くしていたモルガンの体がビクリと揺れる。

「慰謝料を取られた上に、収入も減るのです。コイツは早々に放り出しましょう」
 長兄が言う。将来的に養うつもりなど無いと。
「ファビウス伯爵家から派遣されていた教師からは、授業をさぼってばかりで仕事に関する事は何も習っていないらしい。役立ずが」
 憎々しげに次兄に睨まれる。

 シルヴィと旅行に行っていた一ヶ月の間に、モルガンだけでなく、エマール伯爵家の立場もかなり変わっていたようである。


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