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真実はひとつ

15:あぁ、無情

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 ダヴィドとエマール伯爵の諍いは、誰も止めない為にまだ続いている。
 特務部隊は、二人の動向を見守る事にしたらしい。

 エマール伯爵がダヴィドの胸元から手を離し、そのまま強く突き飛ばした。
 ダヴィドは無様ぶざまに尻もちを突く。

「前ファビウス伯爵であるフルールが結婚する1年前に、侯爵家の仮面夫婦が、それぞれ愛人との子が正当な後継者だと訴える裁判があっただろうが!」
 エマール伯爵が、ダヴィドを見下すようにして叫んだ。
 そう。法律が改正されるのには、理由がある。


 侯爵家の一人娘と、伯爵家から婿入りした侯爵。前侯爵が流行病で亡くなり、既に婿入りした夫に爵位が譲られていた。
 仮面夫婦は前侯爵がいなくなった事で、それぞれ愛人との間に子を成した。

 血筋では妻の子、法律上では夫の子が、正当な後継者となる。
 そして裁判が行われ、妻の子が正式な後継者に認められた。貴族は血筋を重んじるからだ。
 そして夫は貴族の義務を怠ったとして、侯爵家から離縁された。

 そして法律が改正され、血筋が優先になり、女性でも爵位が継げるようになったのだ。

 しかし慣例で婿を伯爵と呼び、正当な当主である妻を夫人と呼ぶ者は多い。特に古い人間は、まだ頭の切り替えが出来ないのだ。
 だから公の場では、フルールを伴うダヴィドを「ファビウス伯爵」と呼ぶ者が殆どだった。
 法律が施行されて、まだ数年しか経っていなかった頃である。


 そしてフルールは、出産と子育ての為に社交から離れた。更に体調を崩して益々表舞台には出なくなる。
 フルールが出席を断るのだから、当然ダヴィドが参加するはずもない。

 その後、フルールが亡くなり、単なる当主の後見人であるダヴィドの所へ、招待状は一切届かなくなった。届け出ていないのだから、無論サロメの所にも。
 それでも元々社交に呼ばれる事の少なかった子爵家四男と男爵令嬢は、その異常性に気付いていなかった。



「モルガンには、いくら遊んでも良いけど、結婚だけはフローラとするように言い含めていたのよ。それなのに、シルヴィと結婚するですって?!」
 パァンと小気味好い音が響いた。
 金切り声を上げてサロメの頬を叩いたのは、肩で息をしているエマール伯爵夫人である。やっと追い付いたが、息も整っていない。

「私の娘を遊びですって!?」
 サロメが夫人へと掴みかかる。
「他人の婚約者に手を出す女はね、阿婆擦れって言うのよ! 母子おやこでソックリね!」
 夫人も負けじとサロメの髪を鷲掴みにする。

「こっちだって、アンタの息子と結婚しなければ、ファビウス伯爵家を継げないって言われなきゃ、あんな野暮ったい男なんて」
 サロメの爪が夫人の頬を引っ掻く。
「はぁあ!? うちの息子はフローラと婚姻しなきゃ将来は我が家に寄生するか、平民落ちしかないのよ!?」
 夫人がサロメを張り倒した。
 サロメは呆然と夫人を見上げている。


「エマール伯爵家のモルガンとの婚姻が、ファビウス伯爵家当主を継ぐ条件なのだろう?!」
 叫んだのは、サロメではなくダヴィドだった。
 視線の先にはセバスティアン。

「なぜ他家が、伯爵家の継承問題に干渉出来るのでしょうか? さすが平民は学が無く、おかしな事を言いますね」
 鼻で笑ったセバスティアンは、蔑みの視線をダヴィドに向けた。


 セバスティアンはダヴィドを最初から信用していなかったし、サロメと再婚してからはファビウス伯爵家の人間とは認めていなかった。
 当然である。

 そして、フローラが婚約者なのにないがしろにするモルガンも、それを注意しないエマール伯爵家も、全て敵だと認識していた。
 それは、フルールが存命の時から勤める使用人の共通認識だった。



「醜いな」
 ポツリと言葉を零したのは、特務部隊隊長のリオネルである。
「何だと! 貴様、どこの部隊所属だ! 厳重に抗議して、貴様の家など潰してやるからな!」
 エマール伯爵がリオネルを指差し、威嚇する。

「どうぞご勝手に。私は特務部隊隊長リオネル・グリニーです。グリニー侯爵家嫡男ですよ。潰せると良いですね」
 爽やかな笑みは、とても高位貴族らしい。
 エマール伯爵の顔からサッと血の気が引いた。

 エマール伯爵夫妻とダヴィドとサロメが争っている間も、作業は進んでいた。
 調度品は全て運び出され、当主夫妻の部屋とシルヴィの部屋からも、金になる物は全て消えた。
 エントランスでの査定が終わった物は、業者の荷車に積まれていた。


 何も無くなった屋敷内で、使用人達が右往左往していた。
 その後ろで、正式な使用人達が占拠者達の荷物をシーツに包み、廊下へと出していく。
 そう。使用人部屋の掃除である。

 さすがに本邸の使用人達もおかしいと気付いたのか、逆らう者はいなかった。
 シーツを広げ、鞄の中に自分の荷物を詰め、いつでも出ていけるように準備をする。
「今月分のお給金と紹介状をください」
 本邸執事がダヴィドへと頼みに来た。

「そのようなお金はありませんし、罪人が平民を雇っていたので紹介状はありませんよ」
 セバスティアンがダヴィドに代わり、とても良い笑顔で答えた。


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