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おまけのおまけ

絵里奈の16歳の誕生日・前編

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*砂里とサースの娘、絵里奈の16歳の誕生日の話
(歳の差OKの方お読みください)
(番外編終了から10年後 砂里39 サース40 ラザレス??)
ーーー






 小さな頃、冒険に出る前のおじさまにあたしは言った。

「エリナの誕生日までに帰ってくる?」

 あたしはまだ6歳で、その時おじさまは30歳だった。

「あー、もちろん。誕生日プレゼントは何が良い?」
「無事に帰って来てくれたら、それだけでいいよ」
「……たまに大人びたこと言い出すから調子狂うな。欲しいものないの?」
「いっぱい!お話聞かせて欲しい!どんなところに行って来て、どんなことがあったのか!」
「うん……なんでも聞かせるよ。お土産も買ってくる。遠い世界の、見た事ないようなもの、たくさん」
「わーー!!」
「お姫様の誕生日は期待してて」
「うん!」

 小さなあたしには、おじさまが聞かせてくれる冒険談はまるで空想の世界の夢物語みたいに思えて、どんな話もいつもわくわくしながら聞いていた。

 あたしはおじさまが大好きだった。

 おじさまとは、ラザレスおじさまのこと。
 パパのお友達。若い頃同じ学校の同級生だったんだって。

 鍛えられた筋肉の、逞しい体つきをしているおじさまは、普段は騎士の仕事をこなしながら、お休みの度にいろんな場所に出かけている。
 本人はそれを『冒険』と呼んでる。こっちの世界に遊びに来るのも冒険だったんだって。こうして出会えたのだから、おじさまが冒険好きで良かったなって思う。

 社交的で、いつもニコニコした笑顔で優しくて、側にいるとお日様に温められているような気持ちになって、あたしはおじさまが大好きだった。

 パパやママを好きなのとも、ユズルおじさんを好きなのとも、全然違った。
 一緒にいると幸せだ―って心から思う。
 皆まだそれは恋とは違うんだよって言ってくるけれど、でも、あたしはこれはいつか恋になるんじゃないのかなって思っていた。

 おじさまに鍛えて貰って、大人になっていつか向こうの世界であたしも冒険を出来るようになれたら、おじさまに一緒に連れて行ってもらうんだって思ってた。

 恋でも、そうじゃなかったとしても、どっちでも構わなくて。
 あたしはただ、ラザレスおじさまが大好きだったのだ。

 ――けれど。

 6歳のあたしがおじさまを冒険に送り出したその日が、おじさまと会った最後の日となった。










 そして、10年。
 今日はあたしの、16歳の誕生日です。

 学校から帰って来ると、パパがリビングで待っていた。
 コーヒーを飲みながらパソコンをいじっている。いつもなら部屋で仕事をしているから、あたしを待っていたのだと思う。

 ママはまだお店だ。小さなカフェをやってる。お店が終わったら誕生日会をしようねと言われていた。

 ただいまー、と言った後に、手を洗ってからお茶を入れてパパの元に戻る。

「絵里奈……おかえり。誕生日おめでとう」

 そう言うとパパは立ち上がって、あたしをハグしてから頬にキスを落す。
 パパは、家族がとっても大好きな人だ。
 年頃のあたしには、こういうのは友達にも見せられないし恥ずかしいのだけど、パパがやってしまうと様になっていて嫌だとも言い出せなくなってしまう。

 ちなみにママにもやっているけどママが嫌がるそぶりなんて見たことない。

 あたしをソファに座らせると、パパはパソコンの前ではなくあたしの隣に腰を下ろした。
 ママに似て茶色の髪や目をしているあたしとは違う、漆黒の瞳にまっすぐに見つめられる。

 パパの髪がサラサラと揺れる。ママが気合を入れてお手入れをしているパパの髪。パパはあたしが子供の頃から変わらず、とても美しい人だ。

「……なぁに、パパ」
「とても大事な話なんだ」
「……うん」
「春人ハルトはもう知っている。あの子にも、同じ16歳の誕生日に話をしてあるから」
「……え?」

 16歳の誕生日に、お兄ちゃんにも大事な話をしてあるの?
 一体なんのことだか分からずパパの顔を見つめると、安心させるような微笑みが返された。

「まだ『彼』とは会っていないようだな」
「彼?」
「そう。ミュトラスの使い。人と神を繋ぐもの」

 ミュトラスは、向こうの世界の神様の名前だ。
 あたしは向こうの世界について、ママよりずっと詳しい。小さな頃から休日になる度に向こうの世界のおじいちゃんおばあちゃんの家で過ごさせてもらった。半分は向こうで育ったも同然だった。

 いつか冒険者になりたくて、魔法院で働いているライおじさまに魔法を習ったり、ラザレスおじさまの師匠だったダレルさんに剣の修行をさせてもらったりしていた。

「ママが昔聖女だったのは知ってるね?」
「うん」

 ママはすごく普通の日本人だけど、とっても綺麗なオーラを放ってる。オーラはあたしとお兄ちゃんにしか見えないそうだけど、あの特別に綺麗なオーラを持っている人は他にはいないから、聖女だったとしてもおかしくないなって思えてしまう。

「聖女は神の力を使った見返りに……願い事を叶えてもらえるんだ」
「願い事?」
「そう。神にも変えられない運命を妨げない限りは、どんなことでも叶えてもらえる」
「……どんなこと、でも?」

 あたしの頭の中に、叶えたい願い事なんてたった一つしかなかった。
 パパはそれを知っている。
 だからパパは、とても真剣な表情であたしを見つめていた。

「そう、どんなことでも」
「……」
「ママの願い事はパパに渡され、そしてパパに渡された願い事は、子供たちが小さな頃に既に引き継がせていた」
「……え?」

 パパは腕を伸ばしてくると、ぎゅっとあたしを抱きしめた。
 頭を優しく撫でながら、もう片方の手では背中を撫でる。

「今、なんでも叶えられる願い事は、絵里奈に譲渡されている」
「……」

 あたしは頭の中がチカチカする。
 今日は、ママが用意してくれたケーキと料理を食べて、楽しい誕生日会をするはずだった。
 だけどパパは、今とんでもない爆弾発言をしたのだ。
 あたしにはなんでも叶えられる願い事があるのだって。

「パパ……あたし、行かなきゃ……」
「絵里奈」
「すぐに、すぐに、行かなきゃ……!」
「絵里奈」

 パパの腕を振りほどきソファから立ち上がる。着替えて、荷づくりして、そうして、願い事を叶えてもらって……そして……。

「絵里奈!」

 強い力で腕を引かれ、ソファに座らせられる。あたしの両肩を掴んだパパが、強い口調で言った。

「話を聞きなさい。ラザレスの居所は既に、聖女の願いを使い探ったが分からなかったんだ」
「……」

 パパは話してくれた。
 それはこの10年の、長い話だった。





 あたしが6歳のとき。
 冒険に出たラザレスおじさまはそのまま行方不明になった。
 あたしの誕生日になっても帰って来なくて、パパが暫くこの世界での仕事をお休みして、向こうの世界で彼を探してくれた。何か月も掛けて、ラザレスの足取りと魔力の気配を追って『あの世界で一番の魔法使い』であるパパに分かったことは、ラザレスの痕跡が世界から消えている、ということだった。

 「死んだの?」と震える声で聞くと「違う」とパパは答えた。
 「肉体が焼失した跡すらない」「まるで違う世界に飛んで行ったように」と。

 ちいさなあたしはそれを聞いても受け入れられなくて、いやだいやだと泣き叫びながらパパに抱き付いた。
 誰よりも強くて賢いパパにも探し出せなかった。それでも諦められなかった。いつか冒険者になって、自分の力で探そうと思っていた。

 もう、冒険者登録はしてある。休みの度に、向こうで出来た知り合いに手伝って貰いながら少しずつ仕事を請け負っていた。こっちの世界の高校を卒業したら向こうで暮らすつもりだった。

 あの時からずっと、あたしはラザレスおじさまの背中を追うようにして生きてる。
 もう、声も顔も、思い出すことが難しい。
 あの時の気持ちが恋だったのかも、分からない。
 ただ、優しい思い出しか残っていない。

 なのに。今ここで、なんでも叶えられる願い事が手に入ったのだ。






「……居所を探ったの?」
「ああ、ラザレスは愛されていた。みなが彼を探した。聖女たちも、何人も、彼の為に願いを使ってくれた」
「それでどうだったの?」
「運命は変えられない、としか言われなかった」
「運命?」
「そう、神の力の及ばない場所に、ラザレスはいるのだろう」
「……」

 パパの話を頭の中で整理する。それって、それってつまり……。

「ラザレスおじさまは、生きてるの……?」
「かもしれない」
「……」

 おじさまが居なくなってから、初めて、目の前が開けるような明るい気持ちになれた。

「パパ、彼を助けに行くときは、一緒に行ってくれる?」
「……いつでも行けるように、準備をしてある」
「え?」

 パパはあたしの頭を撫でながら微笑むと、リビングの一角を見つめる。
 そこにはパパの旅支度が用意されているようだった。

「……今日、行ってもいいの?」
「ああ」
「でも、ママの料理が」
「大丈夫だ。ママは、おいしいご飯を用意して待ってると言っていた」
「……お兄ちゃんは」
「春人は連れて行けない。あの子は、この世界で生きることを決めている。絵里奈のように向こうで戦えるわけではない」

 お兄ちゃん、こっちで生きることを決めてたの?年頃の兄妹の会話は少なく、あたしはちっとも知らなかった。

「良いの?」
「ああ。ただし、俺を連れて行くことが条件だ」
「そんなの当たり前だよ……!」

 パパに抱き着いてから、あたしは部屋に戻ると旅支度をする。
 と言っても、冒険者生活も長いから既に用意されているものをまとめるだけだ。
 あたしは、魔法が使える。ライおじさまとパパに英才教育されたようなものだった。あっちの世界にだって一人で飛んでいける。

(だから……パパは、あたしが一人で飛んで行かないように、用意してくれてたんだろうな)

 きっと願い事が使えると知ったら、何がなんでも一人で行こうとしてしまっただろう。

 でも……既に聖女の願い事では探せなかったって言ってた。
 あたしに、彼の元へ辿り着けるのだろうか。





 用意してパパの元に戻ると、パパはカバンに食事を詰めていた。
 ママが用意してくれていたおにぎりとお茶みたい。そう言えば夕食もまだだった。

「お待たせパパ」
「準備は良いか?」
「うん……どうやって願い事をするの?」
「神の使いを呼び出すんだ」
「神の使い?」
「名前は、ミューラーと言う」

 神の使いにも名前があるんだ……と思いながら、あたしはその名を口にした。

「ミューラー?」

 すると、空から降って来るような声が聞こえて来た。

『久しぶりだね、サースティー・ギアン。今は違う名前なんだっけ』

 その不思議な声はパパの向こうの世界での名前を呼んでいた。

「……ああ、久しぶりだミューラー」

 声の主は、やっぱり神の使いなんだ。

「初めまして、絵里奈です」
『小さな赤子が大きくなった。今回は僕が説明する前に説明してくれてたね』
「春人の時に懲りたからな」

 お兄ちゃんのときに……一体何があったんだろう……。

『さぁ、小さき人。どんな願いを望むんだい?』
「どんなことでもいいの?」
『運命を変えないことならね』

 うーん。パパの言っていた通り、運命って言葉を言い出した。

「質問なんだけど」
『うん?』
「願い事は何回叶えられるの?」
『君に譲渡されてるのは三回だね』
「三回も!」

 一体ママはどれだけ奇跡を生み出して来ていたんだろう。考えるのが怖い。

「叶える前に、言った願い事が叶えられるかどうかを先に教えてもらえる?」
『構わないよ』

 良かった!間違った願い事をしてしまわずに済みそうだ。

「ラザレス・バーンのところに連れて行って」
「絵里奈……」

 直球で言ったあたしの肩をパパが嗜めるように抱きしめる。

『運命には手が届かないよ』
「え?」
『叶えられないってこと』
「……」

 息が出来ないような気持ちになって急速に心が萎んでいく。さっきまで彼に手が届くかもしれないと思っていたのに。

「絵里奈、彼は言い方を変えれば願いを叶えることがある」
「言い方?」
「そうだ。かつて運命に関わる場所に祖母がたどり着いた時に願った事は『祖父の苦しみの原因が知りたい』だった」
「……」

 苦しみの原因が知りたい……。

 あたしは、ラザレスの居場所が知りたいけれど、直球では叶えて貰えない。

「ラザレスは生きてる……?」
『生きてるよ』
「え……」
「……なに」
「え、今願い事使っちゃった?」
『使ってないよ』

 パパと顔を見合わせる。パパも驚いた顔をしてる。

「あなたは質問に答えてくれるの?」
『君は引き継いだ者だからね……僕のことをナビって言っていたよ、君のお母さんは。娘なら特別にいいかなって』
「ありがとう!」

 神様の使いをナビ扱いしていたおかあさんもありがとう……!

「ラザレスは、消えてしまう前にどこに行っていたの?」
『雪山だね。魔法の花が欲しかったみたい。君の誕生日プレゼントにするつもりだったみたいだね』
「……あたしの?」
『小さな姫君にあげたいと思っていたようだよ』
「……」

 心臓がどきどきと音を立てる。しばらくすると体が切り刻まれそうに痛んで来る。
 彼は、あたしのせいで、居なくなったの?

「花は手に入ったの?」
『その直前に、ラザレスは雪山の頂上から落ちたよ』
「……それで?」
『体を守るために最大出力の魔法を使い、彼の火の魔法は、周囲の結界すら解いてしまった』
「結界?」
『古代からの魔法結界だよ』
「それでどうなったの?」
『運命に関わることは教えられないよ』
「……」

 足取りが掴めたようで、けれど何も分からなかった。
 不安が膨らみ胸を押さえていると、パパが床に置いてあった荷物を背負いだした。

「絵里奈、用意して」
「え?」
「向こうに飛ぶ」
「え!?」
「ラザレスの足取りが掴めた」

 そうなの!?さすがパパ!天才!賢い!

「願い事はあとでお願いしてもいい?」
『いつでもいいよ』

 あたしはそう言うと荷物を背負って用意する。

 パパが魔法を唱え出す。あたしとパパの体に寒さや熱さにも耐えられる魔法が重ねがけされた。

「絵里奈、俺が同じ場所に飛ばす」
「うん」

 パパが移動魔法をあたしにかける。目を瞑っているうちに、あたしは世界を越えた――。








 猛吹雪に出迎えられた。
 視界が真っ白で何も見えない。けどパパの魔法でちっとも寒くなかった。

「ここは俺がラザレスの行方を捜している時に最後に辿り着いた場所だ。彼の痕跡は確かにここで途絶えていた」
「そうだったんだ……」

 ラザレスが魔法の花を探していたと言う、雪山に来ていた。

「魔法の花ってどれなんだろう」

 あたしの独り言に、空から降って来る声が答えた。

『それはあの崖に咲いている輝く花だよ』
「ナビ居たー!」

 視界が真っ白でよく分からないけど崖ってどっちなんだろう?そう思っているとパパがあたしの手を引きながら歩き出した。ザクザクと踏みしめる雪の音がする。暫く歩くと、目の前の斜面に、うっすらと輝くものが見えて来た。

「絵里奈、ちょっと待っていて」

 パパはそう言うと、自身に魔法を掛けてから崖を少しだけ降りて行く。

「パパ大丈夫?」
「ああ」

 パパは偉大な魔法使いだから心配はないと思うけど、ラザレスが行方不明になった場所なのだ。

「……なるほど」
「え?」
「これは、手厳しい花だな」

 なんだか笑い声のようなものが聞こえて来た。しばらくするとパパがあたしに呼び掛けた。

「絵里奈、魔法でここに呼ぶ、暴れないでいてくれるか?」
「うん」

 パパの魔法があたしの体に掛かるのを感じると、ふわっと体が浮いて、気が付くとパパの腕の中に収まっていた。
 目の前には虹色に輝く美しい花。

「これ?」
「ああそうだ。この花は、男性には触れられないようだ」
「え?」
「絵里奈なら触れられる」
「触れてもいいの?」
「ああ、折角だ持っておきなさい」
「……」

 ラザレスがくれようとしていた花。感慨深い気持ちでそっと手を触れると、虹色の輝く光があたしの体の中に沁み込むように広がって消えた。

「え?」
「大丈夫だ。幸運のお守りのような魔力だ」
「お守り?」
「そうだ。この魔法の花は幸運を呼ぶ花と呼ばれている。噂でしか知らなかったが、冒険者の間では伝説のように語られていた。ラザレスなら興味を示してもおかしくないだろう」
「……うん」

 小さな子供の誕生日に、幸運のお守りをくれようとしていた、優しいラザレスのことを思い出す。

「……ただし、男には牙をむく、恐ろしい花のようだが」
「……分かるの?」
「ああ、少し解析してみたが、触ったとたんに凍らされるようだ。ラザレスなら火の使い手だ、黙って凍らされることはないだろうが……代わりに何かがあった」
「うん」

 パパはあたしを抱えたまま、魔法で少しずつ移動して行く。

「落ちた、というと、この先で何かがあったのか」
「うん」

 けれどラザレスが消えたのは10年も昔。
 彼が炎で焼き尽くした何かがあったとしても、それを見つけることももう無理だろう。

「絵里奈」
「うん?」
「ミューラーに、なんでもいい、質問をしてくれ」
「あっ」

 そうだ。分からなくても、ヒントが貰えれば、きっとパパなら解決できるはずだ。

「ミューラー」
『なんだい。小さき人の子』
「ラザレスが炎を出した場所はどこ?」
『もうそのすぐ下だよ』
「……!」

 答えてくれると思わなかった。あたしを抱きしめているパパが苦笑している。だってパパはここにだってきっと何度も来たことがあったんだ。

「……ここか?」

 パパは岩の出っ張りに足を着けると、少し考えるようにして崖に手を当てる。
 すると当てたはずのパパの手の先から雪が消え、空洞が現れた。

 そこには雪がなく、洞窟のような空間が広がっていた。

「……」

 あたしは、ラザレスに少しずつ近づいている予感を感じていた。きっとパパも一緒だ。
 パパはあたしの手を引くと、警戒するようにしながら中に足を踏み入れる。

 あたしは考えていた。ミューラーが言っていたこと。
 ――『体を守るために最大出力の魔法を使い、彼の火の魔法は、周囲の結界すら解いてしまった』

 パパは壁の前に立ち止まると、壁に向かって魔法を唱え出した。
 あたしには何も感じないそこに何か見つけたのだろうか?
 そう思いながら見守っていると、壁から一冊の本が落ちて来た。

 パパはそれを拾うとパラパラとめくり出した。
 そうパパは本を読むのがとっても早い。あたしだって早い方だけどパパは一瞬で一冊の本を読んでしまう。

 しばらく待っていると、パパが本を閉じて小さな声で言った。

「……時の魔法使いか」
「え?」

 パパが本をあたしに渡してくる。受け取って開いて見ると、日記のようだった。毎日何かの研究をしてそれを書き残している。

「かつてこの世界には闇の魔力が飽和し、魔力のバランスを崩した世界は、一度終わろうとしていたんだ」
「……うん」

 それは少し大きくなってからパパやママから聞いていた。パパとママと仲間の人たちと力を合わせて回避させたんだって。

「日記の主、時の魔法使いもまた、その終焉を食い止めようと研究をしていたようだ」
「……パパと同じ?」
「そうだ。同じことをしようとして……そして力尽きて亡くなったのだろう」
「……」
「その時代、飽和した魔力を、どこかに閉じ込めて封印させればいいのではないかと考えついたそうだ。時の魔法使いはその手段を、『時間』という時の中に見出した。時空の狭間に放り込めばいいと」
「……」

 なんとも壮大な話になってきてついていけなくなっていた。

「時空の狭間なんてあるの?」
「俺は見たことがないが……だが、きっとあるのだろう。魔力だけの意識だけの世界があったというのなら……」

 パパは何かを思い出すように考え込んでしまった。

「時の魔法使いが死の直前に封印した結界を、ラザレスが解いたのだろう」
『その通りだよ、サースティー・ギアン』
「……口が軽くなったな、ミューラー」
『古い付き合いだからね』
「ラザレスは時空の狭間に落ちたのか?」
『肉体はこの世界にあるよ』
「……何?」

 パパは何もないはずの洞窟のようなこの場所を眺めまわした。

「解いた結界の、魔法式の中に囚われたとしたら……」

 パパは日記をもう一度見つめてから、魔法を唱え出した。あたしにはなんの魔法を唱えているのかも分からない聞き慣れない術式だった。

「結界を書き換え、俺がこの場の主人に成り代わった、が」

 パパは壁に手を付くと、睨むように見据えてから、少しだけ笑いながら言った。

「何年、眠り姫になっているつもりだ……ラザレス!」

 その台詞と共に、パパの手から壁に向かって魔法が展開されていく。

 すると、洞窟のように見えたこの場所が、石で固められた、人の作った部屋の中のような情景に変わっていった。ベッドも暖炉も台所のようなものも見える。ここは……あの日記の主が住んでいた場所?

 けれど、姿を露わにしたその部屋の中にも、ラザレスの姿はなかった。

 パパは黙って部屋を見回した後に、奥の部屋へと歩いて行く。付いて行くと、そこは氷漬けになった部屋だった。

 そうしてあたしはようやく、そこにラザレスの姿を見つけた。

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