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サースティールート
願いの先にあるものはの日
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サースは今日は朝から向こうの世界へ飛んで、谷口くんと合流して行動しているらしい。
(一緒に行きたかったな……)
そう私はいつだってサースの側に居たいと思っているけれど……。
なにぶん、ただの学生なので、本分をおろそかにしては生きていけない。
学校生活は期末試験を終えたばかりで、もう夏休みを迎えるだけのこの時期、私もだけどまわりの生徒も、緊張感に欠けた様子で登校していた。
返って来た答案用紙は、まずまずの出来だった。
今回はサースが勉強をよく見てくれていたからだと思う。
あの人は、自分が大変な時なのに、いつだって私を気にかけてくれている。
本当に、世界で一番、優しい人だ。
サースがずっと笑っていられるように、私は、今を頑張りたい。
サースのまわりの世界を変えて、私は学校を卒業して、いつか、ちゃんと二人で過ごしていけるように……。
きっと、現実的に越えなくちゃいけないことは、まだまだ出てくるんだろうけれど、一つ一つ、解決していけばいい。
(今頃、サースはどうしてるんだろうな……)
ほんのちょっとだけ、今サースの側に居られる谷口くんにヤキモチを妬くような気持ちになってしまうのは、恋心ゆえに許してほしい。
待ってましたの放課後、サースに伝言を出してから、私は自分の部屋から魔法で異世界へ!
魔法で飛ぶのにも慣れてきた気がする。
たどり着いた先に、目の前にサースの匂いを感じた。こんなにもいい匂いはサースしか居ない。
パフンと、音を立てるように彼の胸にぶつかった。
「……砂里」
穏やかな声が頭上から響いて来る。
う、また体当たりしてしまった、本能怖いな……と思いながら顔を上げると、とても美しい微笑が艶めかしく私を見下ろしていた。
好き……。
心臓が高鳴り過ぎていつか死んじゃうんじゃないかと心配になる。慌てて体を離してから、照れ臭い気持ちを隠すように言った。
「いつもぶつかってごめんね」
「構わない。抱きつくように言ったのは俺だ」
抱き……っ。
あれ……どこかで聞いたような……?これも本人公認だったっけ……!?
「……いいの?」
「ああ」
そう言うとサースは、私の身体を引き寄せるようにして、再度私を彼の胸に抱きつかせた。
再びむせ返るようないい匂いに包まれて目眩がしそうになる。
「いつでも砂里を抱きしめたいと思っている」
……?
脳が理解出来ないレベルの言葉が聞こえて来た気がする。
そろりと顔を上げると、少しだけ頬を染めるようにして微笑むサースが私を見つめている。
白く長い指で、私の髪の毛を絡みこませるようにしながら、ゆっくりと頭を撫でた。
「触れたいと思っている」
ふれる……振れる狂れる。
「もっと、近くに感じたいと思っている」
かんじる……観じる漢字る。
心を無にするように脳内漢字辞書をめくっているところで、彼の長い指は私の首筋に降りてきた。
うなじの所から髪の毛に絡んでいた指が降りてきて、ひやりとした感触を感じる。
びくりとした身体に驚いて、私は目を丸くしながらサースを見上げる。
彼の細められた瞳は、潤むように煌きながら私に向けられている。
「砂里、ペンダントを……」
頭を真っ白にしながらポケットから取り出すと、サースは奪うように受け取った。
サースの形の良い指が、ゆっくりと、首筋を確かめるように触れながらペンダントを付けて行く。
「サ、サース……」
動揺する私の声は震えている。
その声に応えるように、サースは私から手を離した。
そして暫く私の瞳を覗き込むように見つめていた。
「……嫌なら、言って欲しい」
長い睫毛を伏せるようにしてそう言う彼は、少しだけ傷ついた子供のようにも見えて。
私はやっと、ちょっと怖いようにも思えたサースに安心するような気持ちになって、ぎこちなくも笑顔を浮かべた。
「嫌じゃないよ」
本当に、びっくりしただけだ。
元々、私は世界をまたいで推しに会いに来た熱狂的ファンだったのだ。
サースが向けてくれている好意を感じていても、頭がちゃんと理解出来ていないみたいで、いちいち驚いてしまう。
それに……。
たぶん……。
私は、ちらり、とサースの表情を確認する。
「……なんだ?」
「あのね」
「ああ」
「心臓がもたなくて……」
私の台詞にサースは少しだけ片眉を上げる。
「ドキドキして、身体が熱くなって、倒れそうになっちゃって……」
「……」
「時々息が止まりそうになっちゃって、幸せ過ぎてお迎えが来たのではないかと思っちゃって……」
「……」
「嬉しいのだけど、身体が追い付かなくて」
「……分かった、善処する」
善処?と思っていると、眉根を寄せ何か考えている様子のサースと目が合い、少ししてから苦笑と共に手を繋がれた。
「……行こう」
はて。
そう言えば私はどこにいるのだっけ、と辺りを見回すと、そこは聖女団体の施設の前の木陰だった。
これまでのやり取りを思い出して赤面する。目立たない場所で良かった……。
受付で用件を伝えると、昨日の話を伝えてくれていたらしく、団体について詳しく話を聞ける人に会わせてくれると言う。
なんでもこんな風に新人聖女がやってくることは珍しくないんだそう。
そしてサースの同伴もOK。優しいな聖女団体!
案内されて、施設の奥にある個室の前に着くと、丁寧にノックされた後に部屋の中へと通された。
品の良い家具が置かれ、応接設備の整ったその部屋の雰囲気は、偉い方の部屋なのかな、と思えた
もっと、事務所みたいな場所で、若い聖女さんがフレンドリーにお話ししてくれるのかと思っていたら、ご年配の気品のある女性が柔和な笑顔で迎えてくれた。
「私はこの団代の長、マーシャ・モルガンです。詳しいお話は私から致しましょう」
団体長様!?
思わずサースを見上げると、彼は彼女に挨拶とお礼を伝えていた。
私も慌てて名前を名乗り挨拶をする。
「ええ、存じています」
どれだけいるのか分からないけれど、新人聖女まで把握されていらっしゃるのかしら?
不思議な気持ちで彼女を見つめると、とても優しい笑みが返された。
マーシャさんは、聖女団体のことについて教えてくれた。
聖女については基本的なことから話してくれた。
ミュトラスの力を使えるものであり、使った対価に願いが与えられること、そこまでは、私も知っていたことだった。
「ミュトラスの力がどんなものか想像されたことはありますか?」
マーシャさんのその言葉に、考えたことがなかったな、と思う。
サースはどうなんだろうかと、隣に座るサースの顔を見上げると、彼は向かいの席に座るマーシャさんを真剣な表情で見つめていた。
「ミュトラス自体は……人の意思の彼方にある、神の次元の力なのだろうと思う」
「そうですね」
サースの言葉に、マーシャさんは嬉しそうに微笑む。
「資料室でかつての聖女たちの願いを確認したが、彼女たちの願いの持つ意味は、ほとんど変わらないものに思えた」
「と言うと?」
願いの持つ意味……?
私は二人のやり取りをただ見守っていた。
「自分のための願いすら少なく、あったとしても結果的には他者の幸福に繋がることに思えるようなことばかりだった」
「例えば?」
マーシャさんに促されるように、サースが答えていく。
「病気を治すもの、飢えを解消する手段を作るもの、異世界の者に限っては、悲劇を解消させようと動いた痕跡すら感じられる」
……悲劇、というのは、サースにも関係したことを言っているのだろうかと私は思う。
「そして彼女は……俺の幸せに関わること以外で、一度も願いを使っていない」
サースは私の肩を抱き、愛しいものを見つめるような眼差しを向ける。
近い……!
突然のドキドキに心臓が飛び出しそうになる。
「資料から読み解けるものは、彼女の願いと大差がないように思えた。他者のため、悲しみのため、苦しみのため、より良くしようとする慈しみのような願いばかりだった。願い、というよりは、元々はただの祈りだったのかもしれない。私利私欲に動く性質の者が聖女に選ばれないのか、それとも、願いの本質がそれなのか」
「その通りです」
マーシャさんは頷くと、説明をしてくれた。
「そもそも、ミュトラスの力は、一定の条件を満たしていないと発動されないものなのです」
条件とは、と続けて言う。
「他者や、何かの物事の幸福を、自分を捨てて願えたときだけです」
自分を捨てて願う……。
ピンと来ない台詞を頭の中で反芻させる。
「そうか……」
だけどサースには思い当たることがあるように、私の肩を抱く手に力を込めた。
「前提が自身の欲望の為ではありませんから、その後に自由に使えるようになる願いも、おのずと似たものになるのでしょう」
「なるほど……」
私を置き去りにして話が進んでいく。
「聖女の願いは、まるで、ミュトラスが望んでいたことのように、世界をほんの少しずつ変えて行きます。その答えのように、ミュトラスの使いも、聖女の望むとおりに動くことが多いです。神は何を願って、何を望んでいるのでしょうか。それを知ることは出来ませんが、私たちは、聖女たちの願いを記録として残しておくことは出来ます。知識を蓄え、後世に伝えることが出来ます。いつか役立てる日の為に」
考えるように、サースがしばらく黙りこむ。
私も少しだけ考えてみたけれど……。
私の願いは最初から最後まで私利私欲の為だけだと思うんだけど、発言した方がいいのだろうか。
「聖女たちには、全ての情報を開示しています。聖女の同伴者にも同じように。それは、ミュトラスの望む未来を妨げないためです。そして、未来へ続く道を私たちも知りたいからです。もし、聖女たちに不都合が起こったときには、私たち団体は力にもなります。また、何か行動を起こしたいときの、場所の提供も可能です。私たちは、よほどのことがない限り、聖女たちの願いを見守り、力になっています」
少しだけ目を見開くようにしたサースが息を飲んだ。
それって、今、追われているサースの力になってもらえるってことなんだろうか。
「……何を知っているのか、聞いても?」
「情報だけなら入ってきますから……。ここには宿泊施設もありますし、身柄の安全も保障出来るかと思います」
「なぜ、危険に陥っているかは?」
「そこまでは存じておりません」
サースが追われていることを知っているってことなのかな?
「女性ばかりの施設に、男性を匿うことに問題は?」
「……女性ばかりでは、ありません」
マーシャさんの台詞に私は首を傾げる。女性ばかりではない?
「歴代の聖女には……いえ、聖人になりますが、男性もおりました。聖女になる素養として、女性が多いだけなのでしょう。今は存在しませんが」
「……そうなのか」
おお、男性の聖女さんも……あれ、聖人さん?も居たってことだよね。
「……力を借りるかもしれない」
「ええ、了承しました」
マーシャさんは、聖女団体の身分証や宿泊施設の手配をする旨を約束してくれ、また自分の連絡先などをサースに教え、いつでも力になると言ってくれた。
外が暗くなるまでもう少しだけお話をお伺いしてから、私たちは日本へと帰った。
今日も家まで送ってくれたサースに、私は玄関前で、ポツリと言った。
「私、自分の為にしか願い使ってないよね?」
「……え?」
不思議なくらい驚いた表情をしたサースが私を見下ろしていた。
「え?」
「……」
奇妙な沈黙が私たちの間に訪れた。
「好きな人の絵を描いて、会いたいと願って、一緒にいるための願いしか使ってなくて」
あ、ダメだ、口に出したら、ストーカー極まりない事例ばかりで、穴があったら入りたくなってきてしまう。
恥ずかしすぎて涙も出てくる……。
「……そう思っていたのか?」
「え?」
なんだか会話が噛み合っていないときのようなぎこちなさを私たちの間に感じる。
「……なるほど。だからこその聖女か」
サースは納得するように言うと、とても美しい笑顔を浮かべた。
暗闇の中に、輝く花が咲くようだった。
「砂里……」
「うん」
「俺もいつか、お前のような願いが使えるようになりたいと、そう心から憧れる」
憧れる……!?
とんでもない言葉が出て来て、目を白黒させてしまう。
憧れの全要素が詰まり切った、生きる憧れ、最高の推し、奇跡のような麗しの存在サースティー・ギアン様にも憧れるものがあると……?
「ひ……えぇっ!?」
変な奇声を上げてしまう。
まさかの私!?
「砂里……」
私の名前を呟いたサースは、瞳を細めるようにしながら、そっと私の頬に手を当てる。
形の良い白い指は、私の憧れそのもので、推しの御手がすぐそこにあるだけで私はいつだって倒れそうに興奮できた。欲望の塊JK、それが私の全てだ。
「……顔が赤くなったな」
面白そうにサースはそう言い、少しだけ笑った。
確かに間違いなく私の顔は今ゆでだこになっている。本来なら美しい方にこんな至近距離でお見せ出来るたぐいのものではないと思う。
だけどサースは満足そうに微笑むと、ゆっくりと手を離した。
「……少しずつだな」
何が少しずつなのか、私は聞けなかった。聞くのが怖かった……。
「また明日だ、砂里」
「ま、また明日ねサース」
今夜は眠れるのかしら、そう思うほど、今日は一日中刺激的だったなって、沸騰しそうな頭で思っていた。
(少しずつ……少しずつってなんだろうなって、妄想の中ではすでに旦那様になりつつあるサースとの未来を思い浮かべて、悶え転げまわって眠れぬ深夜を過ごした日)
(一緒に行きたかったな……)
そう私はいつだってサースの側に居たいと思っているけれど……。
なにぶん、ただの学生なので、本分をおろそかにしては生きていけない。
学校生活は期末試験を終えたばかりで、もう夏休みを迎えるだけのこの時期、私もだけどまわりの生徒も、緊張感に欠けた様子で登校していた。
返って来た答案用紙は、まずまずの出来だった。
今回はサースが勉強をよく見てくれていたからだと思う。
あの人は、自分が大変な時なのに、いつだって私を気にかけてくれている。
本当に、世界で一番、優しい人だ。
サースがずっと笑っていられるように、私は、今を頑張りたい。
サースのまわりの世界を変えて、私は学校を卒業して、いつか、ちゃんと二人で過ごしていけるように……。
きっと、現実的に越えなくちゃいけないことは、まだまだ出てくるんだろうけれど、一つ一つ、解決していけばいい。
(今頃、サースはどうしてるんだろうな……)
ほんのちょっとだけ、今サースの側に居られる谷口くんにヤキモチを妬くような気持ちになってしまうのは、恋心ゆえに許してほしい。
待ってましたの放課後、サースに伝言を出してから、私は自分の部屋から魔法で異世界へ!
魔法で飛ぶのにも慣れてきた気がする。
たどり着いた先に、目の前にサースの匂いを感じた。こんなにもいい匂いはサースしか居ない。
パフンと、音を立てるように彼の胸にぶつかった。
「……砂里」
穏やかな声が頭上から響いて来る。
う、また体当たりしてしまった、本能怖いな……と思いながら顔を上げると、とても美しい微笑が艶めかしく私を見下ろしていた。
好き……。
心臓が高鳴り過ぎていつか死んじゃうんじゃないかと心配になる。慌てて体を離してから、照れ臭い気持ちを隠すように言った。
「いつもぶつかってごめんね」
「構わない。抱きつくように言ったのは俺だ」
抱き……っ。
あれ……どこかで聞いたような……?これも本人公認だったっけ……!?
「……いいの?」
「ああ」
そう言うとサースは、私の身体を引き寄せるようにして、再度私を彼の胸に抱きつかせた。
再びむせ返るようないい匂いに包まれて目眩がしそうになる。
「いつでも砂里を抱きしめたいと思っている」
……?
脳が理解出来ないレベルの言葉が聞こえて来た気がする。
そろりと顔を上げると、少しだけ頬を染めるようにして微笑むサースが私を見つめている。
白く長い指で、私の髪の毛を絡みこませるようにしながら、ゆっくりと頭を撫でた。
「触れたいと思っている」
ふれる……振れる狂れる。
「もっと、近くに感じたいと思っている」
かんじる……観じる漢字る。
心を無にするように脳内漢字辞書をめくっているところで、彼の長い指は私の首筋に降りてきた。
うなじの所から髪の毛に絡んでいた指が降りてきて、ひやりとした感触を感じる。
びくりとした身体に驚いて、私は目を丸くしながらサースを見上げる。
彼の細められた瞳は、潤むように煌きながら私に向けられている。
「砂里、ペンダントを……」
頭を真っ白にしながらポケットから取り出すと、サースは奪うように受け取った。
サースの形の良い指が、ゆっくりと、首筋を確かめるように触れながらペンダントを付けて行く。
「サ、サース……」
動揺する私の声は震えている。
その声に応えるように、サースは私から手を離した。
そして暫く私の瞳を覗き込むように見つめていた。
「……嫌なら、言って欲しい」
長い睫毛を伏せるようにしてそう言う彼は、少しだけ傷ついた子供のようにも見えて。
私はやっと、ちょっと怖いようにも思えたサースに安心するような気持ちになって、ぎこちなくも笑顔を浮かべた。
「嫌じゃないよ」
本当に、びっくりしただけだ。
元々、私は世界をまたいで推しに会いに来た熱狂的ファンだったのだ。
サースが向けてくれている好意を感じていても、頭がちゃんと理解出来ていないみたいで、いちいち驚いてしまう。
それに……。
たぶん……。
私は、ちらり、とサースの表情を確認する。
「……なんだ?」
「あのね」
「ああ」
「心臓がもたなくて……」
私の台詞にサースは少しだけ片眉を上げる。
「ドキドキして、身体が熱くなって、倒れそうになっちゃって……」
「……」
「時々息が止まりそうになっちゃって、幸せ過ぎてお迎えが来たのではないかと思っちゃって……」
「……」
「嬉しいのだけど、身体が追い付かなくて」
「……分かった、善処する」
善処?と思っていると、眉根を寄せ何か考えている様子のサースと目が合い、少ししてから苦笑と共に手を繋がれた。
「……行こう」
はて。
そう言えば私はどこにいるのだっけ、と辺りを見回すと、そこは聖女団体の施設の前の木陰だった。
これまでのやり取りを思い出して赤面する。目立たない場所で良かった……。
受付で用件を伝えると、昨日の話を伝えてくれていたらしく、団体について詳しく話を聞ける人に会わせてくれると言う。
なんでもこんな風に新人聖女がやってくることは珍しくないんだそう。
そしてサースの同伴もOK。優しいな聖女団体!
案内されて、施設の奥にある個室の前に着くと、丁寧にノックされた後に部屋の中へと通された。
品の良い家具が置かれ、応接設備の整ったその部屋の雰囲気は、偉い方の部屋なのかな、と思えた
もっと、事務所みたいな場所で、若い聖女さんがフレンドリーにお話ししてくれるのかと思っていたら、ご年配の気品のある女性が柔和な笑顔で迎えてくれた。
「私はこの団代の長、マーシャ・モルガンです。詳しいお話は私から致しましょう」
団体長様!?
思わずサースを見上げると、彼は彼女に挨拶とお礼を伝えていた。
私も慌てて名前を名乗り挨拶をする。
「ええ、存じています」
どれだけいるのか分からないけれど、新人聖女まで把握されていらっしゃるのかしら?
不思議な気持ちで彼女を見つめると、とても優しい笑みが返された。
マーシャさんは、聖女団体のことについて教えてくれた。
聖女については基本的なことから話してくれた。
ミュトラスの力を使えるものであり、使った対価に願いが与えられること、そこまでは、私も知っていたことだった。
「ミュトラスの力がどんなものか想像されたことはありますか?」
マーシャさんのその言葉に、考えたことがなかったな、と思う。
サースはどうなんだろうかと、隣に座るサースの顔を見上げると、彼は向かいの席に座るマーシャさんを真剣な表情で見つめていた。
「ミュトラス自体は……人の意思の彼方にある、神の次元の力なのだろうと思う」
「そうですね」
サースの言葉に、マーシャさんは嬉しそうに微笑む。
「資料室でかつての聖女たちの願いを確認したが、彼女たちの願いの持つ意味は、ほとんど変わらないものに思えた」
「と言うと?」
願いの持つ意味……?
私は二人のやり取りをただ見守っていた。
「自分のための願いすら少なく、あったとしても結果的には他者の幸福に繋がることに思えるようなことばかりだった」
「例えば?」
マーシャさんに促されるように、サースが答えていく。
「病気を治すもの、飢えを解消する手段を作るもの、異世界の者に限っては、悲劇を解消させようと動いた痕跡すら感じられる」
……悲劇、というのは、サースにも関係したことを言っているのだろうかと私は思う。
「そして彼女は……俺の幸せに関わること以外で、一度も願いを使っていない」
サースは私の肩を抱き、愛しいものを見つめるような眼差しを向ける。
近い……!
突然のドキドキに心臓が飛び出しそうになる。
「資料から読み解けるものは、彼女の願いと大差がないように思えた。他者のため、悲しみのため、苦しみのため、より良くしようとする慈しみのような願いばかりだった。願い、というよりは、元々はただの祈りだったのかもしれない。私利私欲に動く性質の者が聖女に選ばれないのか、それとも、願いの本質がそれなのか」
「その通りです」
マーシャさんは頷くと、説明をしてくれた。
「そもそも、ミュトラスの力は、一定の条件を満たしていないと発動されないものなのです」
条件とは、と続けて言う。
「他者や、何かの物事の幸福を、自分を捨てて願えたときだけです」
自分を捨てて願う……。
ピンと来ない台詞を頭の中で反芻させる。
「そうか……」
だけどサースには思い当たることがあるように、私の肩を抱く手に力を込めた。
「前提が自身の欲望の為ではありませんから、その後に自由に使えるようになる願いも、おのずと似たものになるのでしょう」
「なるほど……」
私を置き去りにして話が進んでいく。
「聖女の願いは、まるで、ミュトラスが望んでいたことのように、世界をほんの少しずつ変えて行きます。その答えのように、ミュトラスの使いも、聖女の望むとおりに動くことが多いです。神は何を願って、何を望んでいるのでしょうか。それを知ることは出来ませんが、私たちは、聖女たちの願いを記録として残しておくことは出来ます。知識を蓄え、後世に伝えることが出来ます。いつか役立てる日の為に」
考えるように、サースがしばらく黙りこむ。
私も少しだけ考えてみたけれど……。
私の願いは最初から最後まで私利私欲の為だけだと思うんだけど、発言した方がいいのだろうか。
「聖女たちには、全ての情報を開示しています。聖女の同伴者にも同じように。それは、ミュトラスの望む未来を妨げないためです。そして、未来へ続く道を私たちも知りたいからです。もし、聖女たちに不都合が起こったときには、私たち団体は力にもなります。また、何か行動を起こしたいときの、場所の提供も可能です。私たちは、よほどのことがない限り、聖女たちの願いを見守り、力になっています」
少しだけ目を見開くようにしたサースが息を飲んだ。
それって、今、追われているサースの力になってもらえるってことなんだろうか。
「……何を知っているのか、聞いても?」
「情報だけなら入ってきますから……。ここには宿泊施設もありますし、身柄の安全も保障出来るかと思います」
「なぜ、危険に陥っているかは?」
「そこまでは存じておりません」
サースが追われていることを知っているってことなのかな?
「女性ばかりの施設に、男性を匿うことに問題は?」
「……女性ばかりでは、ありません」
マーシャさんの台詞に私は首を傾げる。女性ばかりではない?
「歴代の聖女には……いえ、聖人になりますが、男性もおりました。聖女になる素養として、女性が多いだけなのでしょう。今は存在しませんが」
「……そうなのか」
おお、男性の聖女さんも……あれ、聖人さん?も居たってことだよね。
「……力を借りるかもしれない」
「ええ、了承しました」
マーシャさんは、聖女団体の身分証や宿泊施設の手配をする旨を約束してくれ、また自分の連絡先などをサースに教え、いつでも力になると言ってくれた。
外が暗くなるまでもう少しだけお話をお伺いしてから、私たちは日本へと帰った。
今日も家まで送ってくれたサースに、私は玄関前で、ポツリと言った。
「私、自分の為にしか願い使ってないよね?」
「……え?」
不思議なくらい驚いた表情をしたサースが私を見下ろしていた。
「え?」
「……」
奇妙な沈黙が私たちの間に訪れた。
「好きな人の絵を描いて、会いたいと願って、一緒にいるための願いしか使ってなくて」
あ、ダメだ、口に出したら、ストーカー極まりない事例ばかりで、穴があったら入りたくなってきてしまう。
恥ずかしすぎて涙も出てくる……。
「……そう思っていたのか?」
「え?」
なんだか会話が噛み合っていないときのようなぎこちなさを私たちの間に感じる。
「……なるほど。だからこその聖女か」
サースは納得するように言うと、とても美しい笑顔を浮かべた。
暗闇の中に、輝く花が咲くようだった。
「砂里……」
「うん」
「俺もいつか、お前のような願いが使えるようになりたいと、そう心から憧れる」
憧れる……!?
とんでもない言葉が出て来て、目を白黒させてしまう。
憧れの全要素が詰まり切った、生きる憧れ、最高の推し、奇跡のような麗しの存在サースティー・ギアン様にも憧れるものがあると……?
「ひ……えぇっ!?」
変な奇声を上げてしまう。
まさかの私!?
「砂里……」
私の名前を呟いたサースは、瞳を細めるようにしながら、そっと私の頬に手を当てる。
形の良い白い指は、私の憧れそのもので、推しの御手がすぐそこにあるだけで私はいつだって倒れそうに興奮できた。欲望の塊JK、それが私の全てだ。
「……顔が赤くなったな」
面白そうにサースはそう言い、少しだけ笑った。
確かに間違いなく私の顔は今ゆでだこになっている。本来なら美しい方にこんな至近距離でお見せ出来るたぐいのものではないと思う。
だけどサースは満足そうに微笑むと、ゆっくりと手を離した。
「……少しずつだな」
何が少しずつなのか、私は聞けなかった。聞くのが怖かった……。
「また明日だ、砂里」
「ま、また明日ねサース」
今夜は眠れるのかしら、そう思うほど、今日は一日中刺激的だったなって、沸騰しそうな頭で思っていた。
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