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サースティールート
あの人ならきっとの日
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朝。ベッドの上で目を覚ました私は、寝ぼけた頭でサースのことを思い浮かべる。
(サース……どうしてるかなぁ……)
昨日の夜から、返事がなかった。
用事があるって言っていたし、疲れて寝ているのかもしれない。
伝言を送るのは、迷惑じゃ……ないよね。だって言ってくれていた。いつでも話したいと思ってるって。
(ああ、恥ずかしい……!)
布団を抱き抱えてゴロゴロと転げ回ってしまう。うう。いつでも話したいなんて私の妄想じゃないよね。
(今でも夢を見ているみたい……)
あんなに素敵な、ずっと大好きだった人が、私ととても親しくしてくれている。いつも私を……気に掛けてくれている。私を優しく……見つめてくれる。
(……っ)
転がり過ぎて壁にぶつかってしまった……起きよう。
むくりと上半身を起こすと、ペンダントを外して、早速サースに伝言を送る。
『おはよう、サース』
昨日早く寝ているなら、もう起きているかもしれない。そう思ったけれど、返事はすぐには来なかった。
私はそのまま学校に登校したのだけど、結局、放課後になっても返事が来ることはなかった。
夕方になると、だんだんと心配になってきてしまう。
昨日の夜だけじゃなくて、今日も連絡がないなんて、病気で倒れているのか、事故にでもあってるんじゃないかって。
谷口くんにメッセをしようかと思ったけど、まずは学校に見に行ってみよう。
誰かに寮のサースの部屋を見に行ってもらってもいいし。
制服に着替えて、今日も押入れから異世界へ!
(こんなに不安な気持ちでこの世界に来たのは、初めてかもしれない)
いつだって笑顔で迎えてくれるサースがいたから、私はなにも心配せずにこの世界に来ることが出来ていた。彼に何かあったら……拒絶されていたら……そう思うだけでとても怖かった。
学園の屋上に立ち上がると、サースに伝言を送る。
『サース来ました。今日は会えますか?』
返事はやはりなかった。
(まずは魔法研究室と寮かな)
サースの居所として思い付く場所なんてその二つだけだった。
思えば私は、彼のことをほとんど知らないのかもしれない。
魔法研究室は閉まっていたし、男子寮には入れず、中の様子は分からなかった。
(……はっ!)
そうだ、サースと伝言を送り合えるようになってから、もうすっかり完全に忘れていた。
私には万能ナビゲーターが居たではないか!!
「ミューラー」
私の呼びかけに、ミュトラスの使いは空から降るような声を落として来る。
『なんだいサリーナ』
「サースの居場所を教えて?」
『運命を変えることは教えられないよ』
「……え?」
サースの居場所を聞いたときに、今までミューラーがそんなことを言ったことは一度もなかった。
「居場所、だよ?運命を変えるんじゃないよ」
『教えられないよサリーナ』
心の中の不安が膨れ上がり、心臓が早鐘を打つようだった。
私は声を絞り出すようにして言う。
「何が起こってるの?ミューラー」
『変わったことは起きていないよ』
ミューラーの言葉は私にはまるで意味が分からない。
諦めて、私は校舎に駆け戻り、知り合いを探す。
サースの教室に行ったけれど、ロデリック様の姿はなかった。聖女教室にはもう誰も居ない。夕食の時間になれば会えるだろうけれど、出来るだけ早くサースの無事を確認したかった。
(寮じゃなくて、家に帰っているのかもしれないけれど)
それなら、サースは私に連絡をくれるはずだと思う。
連絡も出来ない事態が起きているのかもしれない。
廊下を駆けるように移動していると、裏庭にラザレスの赤髪が見えた。私は急いで裏庭に出るとラザレスに駆け寄った。
彼は裏庭のベンチに足を組んで座り、剣を手に持って何かをしていた。
「ラザレス……!」
「うっわ、びっくりした」
目をまんまるにさせて、ベンチにしがみ付いた私を見つめる。
「サースが居ないの」
「へ?」
ラザレスは少し腰をあげて座っていた場所を移動すると、私に座るように促した。
「……うん?あいつ居ないの?」
「昨日から連絡がなくて、今日も返事がないの。今までそんなこと、一度もなかったの」
「ええ?」
少し首を傾げながら、ラザレスは「ホント仲良いんだな」と呟いた。
「何か知らない?」
「さぁ、今日学校に来てなかったし、そもそも最近夕食にしか来てないよな。お前と」
「うん……」
「うーん……寮の部屋見てこようか?」
「お願いします!」
私の必死な様子に、ラザレスがたじろぐ。
「じゃあ、ちょっと見てくるから、待っててよ」
「うん」
ラザレスは10分くらい掛けて寮のようすを見て来てくれた。
「居なかった。ちょっとロデリックにも聞いたけど、知らないって言ってたよ」
「そう……」
うなだれる私の頭を、ラザレスがポンポンと叩いた。
「すぐ連絡来るでしょ?あいつお前のこと放っておく感じに見えないし」
「うん……」
寮に居なくて、何かを知っている人も居ない。私はこの世界で、どこでサースの姿を探したらいいんだろう。
「あとで……また来ると思うから、何か分かったら教えてね」
「分かった。他のやつにも聞いておいてやるよ」
「ありがとうラザレス……」
ラザレスと別れると、寮の部屋から押入れをくぐり抜けて自分の部屋に戻ってきた。
谷口くんにメッセを送る。
『相談したいことがあるの。塾が終わったら話せないかな?』
谷口くんからは当分返事が来ないだろうと思い、私は椅子に座ると途方にくれた。
(忙しいだけなのかもしれない。出掛けているだけなのかも。私が考え過ぎなのかもしれないけど)
どうしてこんなに不安になるのだろう。
壁に貼られている、私が描いたサースの絵を見上げる。
あの優しい微笑みの人は、今どこにいるんだろう。
(……あれ?)
私ってもしかして馬鹿なのかもしれない。
思い出した!
私にはミュトラスの願いが、回数を忘れたけれどたくさん残っているはず!
「ミューラー」
『なんだいサリーナ』
「今、願いはどれだけ残ってるの?」
『37回だよ。譲渡7回』
「じゃあ、願いを一つ使って、サースの居場所教えて」
『運命を変えることは出来ないよサリーナ』
「……運命、なの?」
いつもいつも、サースの魔王になる運命を変えられないと言っていたミューラー。
そして今もまた、運命という言葉を使っている。
「……じゃあサースが今生きて健康にしているかを教えて」
『生きて健康にしてる。願いは必要ないよ』
「……」
そうか、質問を変えれば、ミューラーは答えてくれるのかと思う。
(サース、無事なんだ……良かった)
気が付くと視界がぼんやり歪み、涙が零れ落ちそうになっていた。
(少なくとも、どこかで倒れているわけでも、病気でもない)
それなら、あの賢い人だ。きっとなんとかなる。
私は睨むような気持で顔を上げて、言った。
「願いを使って、私の望みを叶えて、ミューラー」
『なんだい、サリーナ』
「サースに、譲渡の願いがあることと、その使い方を説明してきて」
『了解したよサリーナ』
私は立ち上がると、机の上のスケッチブックを手に取った。一枚ずつビリビリと剥がした。
どれが願いの叶う絵なのかすら、私には分からないけれど。
「ミュラー、この中の願いの叶えられる絵から、15枚、サースに譲渡します。それで、私とサースの願いの件数半分ずつになるよね」
『そうだね。ただしサリーナが今一回消費したから21回、譲渡22回だね』
「うん」
ずっと何に使ったらいいのか分からなくて貯めて来てしまった、聖女が使えると言う奇跡の願いを、半分サースに譲渡することにした。
私にはどうしたらいいのか分からなくても、サースなら、きっと何か良い方向に向かうことに使ってくれるはず。
(そう……困ったときは、サース様に丸投げ!です!!)
なんて名案なんだろう。あの人がおかしなことに使うはずなんてない。自分の運命を切り開くことさえ、この願いを使えば出来るのかもしれない。
(もっと早くこの話をして、譲渡してしまえば良かった……)
いつもいつも、肝心なことが思い浮かばなくて、私はなんの役にも立たない。
どうしたらもっと、彼の力になれるんだろう。
さっき涙を溢れさせたからなんだろう、涙腺が緩んでいたみたいで、そんなことを考えるだけでも泣けて来てしまう。
机につっぷしてめそめそと泣いていたら、急に部屋の中に薄い光が舞いだした。
(――え?伝言!?)
慌てて確認すると、サースのイケボが再生された。
『今から行く』
「ふぇぇ!?」
慌てて立ち上がると、目の前の空間が歪み出し、黒っぽい影が見えてきた。長身の男性のシルエットが浮かび上がる。細身で髪が長くて、とても美しい顔立ちの――
空間が閉ざされると、サースは私をまっすぐに見つめ、そして一瞬苦しそうな表情をしてから、両腕を広げ私を強く抱きしめた。
「砂里……砂里!」
「サー、ス……?」
サースの胸に顔をむぎゅっと抑え込まれて、匂いと暖かさと幸福感で三回くらい成仏しそうになった。
(……)
力強く抱きしめる腕が、彼に何かがあったことを物語っていた。心の中の激しい思いを抑えきれないかのように彼は私を抱きしめる。
小さな声で、何度も私の名前を呼んだ。
そっと彼の背中に手を回し、ゆっくりと撫でた。
(もしかしたら、サースは泣いているのかもしれない)
苦しそうな息遣いと、頭に感じる彼の熱が、私にそう思わせていた。
(……何が?)
サースは、病気でも怪我でもなく、連絡が途絶えた。
私を拒絶していたわけでもなかった。
願いの譲渡をしたとたんに、飛んできたのだから。
(たったの一晩で、何があったの……?)
冷静な彼が、すがり付くように私を抱きしめるようなことがあったと言うのだろうか。
「サース……大丈夫だよ」
「……」
「サース、一緒にいるよ?」
「ああ」
そんなことを言いながら、私はずっとサースの背中をさすっていた。
彼の体が震えているような気がした。
しばらくそうしていたら、サースの方がゆっくりと顔を上げた。
小さな声で「すまない……」そう言うと靴を脱ぎ出す。
こんな時にも律義にそんなことを謝ってくれるサースに、私はますます優しくしたくなってしまう。
ベッドの上に座ってもらって、サースの手を強く握って言った。
「願い使えた?」
「ああ、おかげで助けられた」
「そう……」
サースは表情のない顔で俯き、そのまま黙り込んでしまう。
長い睫毛が、彼の整った顔立ちに影を落としている。
私はずっと隣で、彼に体を寄せるようにして座り、彼の手をさすっていた。
日が暮れていく。
7時を過ぎた頃、夕食を食べるか聞いたら、なんと昨日の昼間から食べていなかったとのこと。
慌てて夕食を作ると言うと、サースは何も言わずにキッチンに付いて来た。
まるで一人になることを怖がっているみたいに。
(うーん……8~9時には両親が帰ってくるけど、鉢合わせするかなぁ)
そんなことを少し考えたけれど、今はサースの方がずっと心配で、目が離せない……。
言い訳なんてなんとでもなるし。
早く作れるもの、と思って、肉うどんを作った。
体を温められるし、うどん、体に優しそうだし。
食卓に置くと、サースは小さく「頂く」と言って食べてくれた。
私も一緒に食べながら、ずっとサースのようすを心配していた。
8時頃、谷口くんから返信があった。
『どうかしたの?電話しようか?』
『あのね、今サースが来てて』
谷口くんは慌てた感じで電話を掛けてきてくれて「今日はどうするの?うち泊まってもいいけど」と言ってくれた。
「サース、谷口くんが家に泊まってもいいって」
そう言うと、サースはゆっくりと顔を上げて少し考えるようにしてから言った。
「しばらくの間泊めさせてもらえないか、聞いてもらえないだろうか」
「……ふぇ?」
思わず変な声が出た。しばらく。し・ば・ら・く。
「谷口くんちにしばらくの間泊めさせてもらいたいって言ってます……」
「え?いいけど、なにかあったのかな……まぁ後で聞くよ」
「うん」
電話を切り谷口くんの了解が得られたことを伝えると、サースは立ち上がり、一人で中野に向かおうとした。
私は慌てて彼の腕に抱き付く。
「サース……何かあったの?」
「ああ……だが俺にもまだ、何があったのか把握出来ていないんだ」
そう言うとサースは私に向き直り、私の頭を軽く撫でた。
少し落ち込んだような顔をしたサースは、それでも優しい微笑みを浮かべて言う。
「……心配させてすまない」
「謝らなくていいよ」
「俺は砂里に救ってもらってばかりだ」
「何も出来てないよ」
私はいつも何も出来ない。今この瞬間さえも。
それがとても哀しくて、うっすらと涙が浮かび上がった私の瞳を、サースが不思議そうにのぞき込んだ。
彼は頭を撫でていた手を、私の頬に添えるようにして、少しだけ指先で触れた。
ビクリとする私の顔を見ていたサースは、ゆっくりとかがむように、私の額に彼の唇を触れさせた。
その様子を私はスローモーションで見ているように思えていた。
触れた場所からの熱が、全身を回って行く。体中が爆発しそうに熱くなる。心臓が痛い。
「……ありがとう砂里」
漆黒の瞳を煌めかせながら、まっすぐに私を見つめる彼の眼差しは、ただとても優しくて。
頭が真っ白になっているうちに、サースは「また明日」と言って我が家を後にすると、谷口くんちに向かって行った。
呆けたように台所の椅子に座っている私に、帰って来た母親が呆れたような声を掛ける。
「目を開けて寝てる!?」
その表現はなんでしょうかお母さま。
寝る前にサースに伝言を送った。
『サース大丈夫?』
『ああ、心配はいらない』
『明日会える?』
『そうだな、都合がついたら迎えに行こう。また連絡する』
『うん。おやすみなさい。サース』
『おやすみ砂里』
ペンダントを付け直して布団をかぶり、目を瞑ったのだけど、眠気が襲ってくる気配を感じられなかった。
今日はなんだっけ。何があった日だったのだっけ。えっと。肉うどんを食べた日……?
ああ、キャパをオーバーさせると物事を考えないようにするのが私の悪いところなんだ。
えっと。
ラザレスに頼んだ日。ああ、違う。違う。
サースが、私に触れた……日。
その夜、私はベッドの上を転がりまくり、何度も壁に頭をぶつけた。そうして気が付いたら眠りに落ちていた。
(サースに何があったのか、私はまだ何も知らなかった日)
(サース……どうしてるかなぁ……)
昨日の夜から、返事がなかった。
用事があるって言っていたし、疲れて寝ているのかもしれない。
伝言を送るのは、迷惑じゃ……ないよね。だって言ってくれていた。いつでも話したいと思ってるって。
(ああ、恥ずかしい……!)
布団を抱き抱えてゴロゴロと転げ回ってしまう。うう。いつでも話したいなんて私の妄想じゃないよね。
(今でも夢を見ているみたい……)
あんなに素敵な、ずっと大好きだった人が、私ととても親しくしてくれている。いつも私を……気に掛けてくれている。私を優しく……見つめてくれる。
(……っ)
転がり過ぎて壁にぶつかってしまった……起きよう。
むくりと上半身を起こすと、ペンダントを外して、早速サースに伝言を送る。
『おはよう、サース』
昨日早く寝ているなら、もう起きているかもしれない。そう思ったけれど、返事はすぐには来なかった。
私はそのまま学校に登校したのだけど、結局、放課後になっても返事が来ることはなかった。
夕方になると、だんだんと心配になってきてしまう。
昨日の夜だけじゃなくて、今日も連絡がないなんて、病気で倒れているのか、事故にでもあってるんじゃないかって。
谷口くんにメッセをしようかと思ったけど、まずは学校に見に行ってみよう。
誰かに寮のサースの部屋を見に行ってもらってもいいし。
制服に着替えて、今日も押入れから異世界へ!
(こんなに不安な気持ちでこの世界に来たのは、初めてかもしれない)
いつだって笑顔で迎えてくれるサースがいたから、私はなにも心配せずにこの世界に来ることが出来ていた。彼に何かあったら……拒絶されていたら……そう思うだけでとても怖かった。
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『サース来ました。今日は会えますか?』
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(まずは魔法研究室と寮かな)
サースの居所として思い付く場所なんてその二つだけだった。
思えば私は、彼のことをほとんど知らないのかもしれない。
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(……はっ!)
そうだ、サースと伝言を送り合えるようになってから、もうすっかり完全に忘れていた。
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「ミューラー」
私の呼びかけに、ミュトラスの使いは空から降るような声を落として来る。
『なんだいサリーナ』
「サースの居場所を教えて?」
『運命を変えることは教えられないよ』
「……え?」
サースの居場所を聞いたときに、今までミューラーがそんなことを言ったことは一度もなかった。
「居場所、だよ?運命を変えるんじゃないよ」
『教えられないよサリーナ』
心の中の不安が膨れ上がり、心臓が早鐘を打つようだった。
私は声を絞り出すようにして言う。
「何が起こってるの?ミューラー」
『変わったことは起きていないよ』
ミューラーの言葉は私にはまるで意味が分からない。
諦めて、私は校舎に駆け戻り、知り合いを探す。
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(寮じゃなくて、家に帰っているのかもしれないけれど)
それなら、サースは私に連絡をくれるはずだと思う。
連絡も出来ない事態が起きているのかもしれない。
廊下を駆けるように移動していると、裏庭にラザレスの赤髪が見えた。私は急いで裏庭に出るとラザレスに駆け寄った。
彼は裏庭のベンチに足を組んで座り、剣を手に持って何かをしていた。
「ラザレス……!」
「うっわ、びっくりした」
目をまんまるにさせて、ベンチにしがみ付いた私を見つめる。
「サースが居ないの」
「へ?」
ラザレスは少し腰をあげて座っていた場所を移動すると、私に座るように促した。
「……うん?あいつ居ないの?」
「昨日から連絡がなくて、今日も返事がないの。今までそんなこと、一度もなかったの」
「ええ?」
少し首を傾げながら、ラザレスは「ホント仲良いんだな」と呟いた。
「何か知らない?」
「さぁ、今日学校に来てなかったし、そもそも最近夕食にしか来てないよな。お前と」
「うん……」
「うーん……寮の部屋見てこようか?」
「お願いします!」
私の必死な様子に、ラザレスがたじろぐ。
「じゃあ、ちょっと見てくるから、待っててよ」
「うん」
ラザレスは10分くらい掛けて寮のようすを見て来てくれた。
「居なかった。ちょっとロデリックにも聞いたけど、知らないって言ってたよ」
「そう……」
うなだれる私の頭を、ラザレスがポンポンと叩いた。
「すぐ連絡来るでしょ?あいつお前のこと放っておく感じに見えないし」
「うん……」
寮に居なくて、何かを知っている人も居ない。私はこの世界で、どこでサースの姿を探したらいいんだろう。
「あとで……また来ると思うから、何か分かったら教えてね」
「分かった。他のやつにも聞いておいてやるよ」
「ありがとうラザレス……」
ラザレスと別れると、寮の部屋から押入れをくぐり抜けて自分の部屋に戻ってきた。
谷口くんにメッセを送る。
『相談したいことがあるの。塾が終わったら話せないかな?』
谷口くんからは当分返事が来ないだろうと思い、私は椅子に座ると途方にくれた。
(忙しいだけなのかもしれない。出掛けているだけなのかも。私が考え過ぎなのかもしれないけど)
どうしてこんなに不安になるのだろう。
壁に貼られている、私が描いたサースの絵を見上げる。
あの優しい微笑みの人は、今どこにいるんだろう。
(……あれ?)
私ってもしかして馬鹿なのかもしれない。
思い出した!
私にはミュトラスの願いが、回数を忘れたけれどたくさん残っているはず!
「ミューラー」
『なんだいサリーナ』
「今、願いはどれだけ残ってるの?」
『37回だよ。譲渡7回』
「じゃあ、願いを一つ使って、サースの居場所教えて」
『運命を変えることは出来ないよサリーナ』
「……運命、なの?」
いつもいつも、サースの魔王になる運命を変えられないと言っていたミューラー。
そして今もまた、運命という言葉を使っている。
「……じゃあサースが今生きて健康にしているかを教えて」
『生きて健康にしてる。願いは必要ないよ』
「……」
そうか、質問を変えれば、ミューラーは答えてくれるのかと思う。
(サース、無事なんだ……良かった)
気が付くと視界がぼんやり歪み、涙が零れ落ちそうになっていた。
(少なくとも、どこかで倒れているわけでも、病気でもない)
それなら、あの賢い人だ。きっとなんとかなる。
私は睨むような気持で顔を上げて、言った。
「願いを使って、私の望みを叶えて、ミューラー」
『なんだい、サリーナ』
「サースに、譲渡の願いがあることと、その使い方を説明してきて」
『了解したよサリーナ』
私は立ち上がると、机の上のスケッチブックを手に取った。一枚ずつビリビリと剥がした。
どれが願いの叶う絵なのかすら、私には分からないけれど。
「ミュラー、この中の願いの叶えられる絵から、15枚、サースに譲渡します。それで、私とサースの願いの件数半分ずつになるよね」
『そうだね。ただしサリーナが今一回消費したから21回、譲渡22回だね』
「うん」
ずっと何に使ったらいいのか分からなくて貯めて来てしまった、聖女が使えると言う奇跡の願いを、半分サースに譲渡することにした。
私にはどうしたらいいのか分からなくても、サースなら、きっと何か良い方向に向かうことに使ってくれるはず。
(そう……困ったときは、サース様に丸投げ!です!!)
なんて名案なんだろう。あの人がおかしなことに使うはずなんてない。自分の運命を切り開くことさえ、この願いを使えば出来るのかもしれない。
(もっと早くこの話をして、譲渡してしまえば良かった……)
いつもいつも、肝心なことが思い浮かばなくて、私はなんの役にも立たない。
どうしたらもっと、彼の力になれるんだろう。
さっき涙を溢れさせたからなんだろう、涙腺が緩んでいたみたいで、そんなことを考えるだけでも泣けて来てしまう。
机につっぷしてめそめそと泣いていたら、急に部屋の中に薄い光が舞いだした。
(――え?伝言!?)
慌てて確認すると、サースのイケボが再生された。
『今から行く』
「ふぇぇ!?」
慌てて立ち上がると、目の前の空間が歪み出し、黒っぽい影が見えてきた。長身の男性のシルエットが浮かび上がる。細身で髪が長くて、とても美しい顔立ちの――
空間が閉ざされると、サースは私をまっすぐに見つめ、そして一瞬苦しそうな表情をしてから、両腕を広げ私を強く抱きしめた。
「砂里……砂里!」
「サー、ス……?」
サースの胸に顔をむぎゅっと抑え込まれて、匂いと暖かさと幸福感で三回くらい成仏しそうになった。
(……)
力強く抱きしめる腕が、彼に何かがあったことを物語っていた。心の中の激しい思いを抑えきれないかのように彼は私を抱きしめる。
小さな声で、何度も私の名前を呼んだ。
そっと彼の背中に手を回し、ゆっくりと撫でた。
(もしかしたら、サースは泣いているのかもしれない)
苦しそうな息遣いと、頭に感じる彼の熱が、私にそう思わせていた。
(……何が?)
サースは、病気でも怪我でもなく、連絡が途絶えた。
私を拒絶していたわけでもなかった。
願いの譲渡をしたとたんに、飛んできたのだから。
(たったの一晩で、何があったの……?)
冷静な彼が、すがり付くように私を抱きしめるようなことがあったと言うのだろうか。
「サース……大丈夫だよ」
「……」
「サース、一緒にいるよ?」
「ああ」
そんなことを言いながら、私はずっとサースの背中をさすっていた。
彼の体が震えているような気がした。
しばらくそうしていたら、サースの方がゆっくりと顔を上げた。
小さな声で「すまない……」そう言うと靴を脱ぎ出す。
こんな時にも律義にそんなことを謝ってくれるサースに、私はますます優しくしたくなってしまう。
ベッドの上に座ってもらって、サースの手を強く握って言った。
「願い使えた?」
「ああ、おかげで助けられた」
「そう……」
サースは表情のない顔で俯き、そのまま黙り込んでしまう。
長い睫毛が、彼の整った顔立ちに影を落としている。
私はずっと隣で、彼に体を寄せるようにして座り、彼の手をさすっていた。
日が暮れていく。
7時を過ぎた頃、夕食を食べるか聞いたら、なんと昨日の昼間から食べていなかったとのこと。
慌てて夕食を作ると言うと、サースは何も言わずにキッチンに付いて来た。
まるで一人になることを怖がっているみたいに。
(うーん……8~9時には両親が帰ってくるけど、鉢合わせするかなぁ)
そんなことを少し考えたけれど、今はサースの方がずっと心配で、目が離せない……。
言い訳なんてなんとでもなるし。
早く作れるもの、と思って、肉うどんを作った。
体を温められるし、うどん、体に優しそうだし。
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『どうかしたの?電話しようか?』
『あのね、今サースが来てて』
谷口くんは慌てた感じで電話を掛けてきてくれて「今日はどうするの?うち泊まってもいいけど」と言ってくれた。
「サース、谷口くんが家に泊まってもいいって」
そう言うと、サースはゆっくりと顔を上げて少し考えるようにしてから言った。
「しばらくの間泊めさせてもらえないか、聞いてもらえないだろうか」
「……ふぇ?」
思わず変な声が出た。しばらく。し・ば・ら・く。
「谷口くんちにしばらくの間泊めさせてもらいたいって言ってます……」
「え?いいけど、なにかあったのかな……まぁ後で聞くよ」
「うん」
電話を切り谷口くんの了解が得られたことを伝えると、サースは立ち上がり、一人で中野に向かおうとした。
私は慌てて彼の腕に抱き付く。
「サース……何かあったの?」
「ああ……だが俺にもまだ、何があったのか把握出来ていないんだ」
そう言うとサースは私に向き直り、私の頭を軽く撫でた。
少し落ち込んだような顔をしたサースは、それでも優しい微笑みを浮かべて言う。
「……心配させてすまない」
「謝らなくていいよ」
「俺は砂里に救ってもらってばかりだ」
「何も出来てないよ」
私はいつも何も出来ない。今この瞬間さえも。
それがとても哀しくて、うっすらと涙が浮かび上がった私の瞳を、サースが不思議そうにのぞき込んだ。
彼は頭を撫でていた手を、私の頬に添えるようにして、少しだけ指先で触れた。
ビクリとする私の顔を見ていたサースは、ゆっくりとかがむように、私の額に彼の唇を触れさせた。
その様子を私はスローモーションで見ているように思えていた。
触れた場所からの熱が、全身を回って行く。体中が爆発しそうに熱くなる。心臓が痛い。
「……ありがとう砂里」
漆黒の瞳を煌めかせながら、まっすぐに私を見つめる彼の眼差しは、ただとても優しくて。
頭が真っ白になっているうちに、サースは「また明日」と言って我が家を後にすると、谷口くんちに向かって行った。
呆けたように台所の椅子に座っている私に、帰って来た母親が呆れたような声を掛ける。
「目を開けて寝てる!?」
その表現はなんでしょうかお母さま。
寝る前にサースに伝言を送った。
『サース大丈夫?』
『ああ、心配はいらない』
『明日会える?』
『そうだな、都合がついたら迎えに行こう。また連絡する』
『うん。おやすみなさい。サース』
『おやすみ砂里』
ペンダントを付け直して布団をかぶり、目を瞑ったのだけど、眠気が襲ってくる気配を感じられなかった。
今日はなんだっけ。何があった日だったのだっけ。えっと。肉うどんを食べた日……?
ああ、キャパをオーバーさせると物事を考えないようにするのが私の悪いところなんだ。
えっと。
ラザレスに頼んだ日。ああ、違う。違う。
サースが、私に触れた……日。
その夜、私はベッドの上を転がりまくり、何度も壁に頭をぶつけた。そうして気が付いたら眠りに落ちていた。
(サースに何があったのか、私はまだ何も知らなかった日)
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