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サースティールート

制服の彼と私服の私の日

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 月曜日、というわけで今日は学校だ。
 いつも以上に授業に全く身が入らない。けれど、着々と近づいて来ている期末試験に備えて、気持ちだけは真面目に授業を受けていた。

(さすがに明日からは本気で勉強しよう……)

 まだ一年なので、平均以上の成績を残せれば御の字なのだけど、赤点でも取ってしまった日には夏休みの補習が組み込まれてしまう。

(夏休みかぁ……)

 あっという間に時間が過ぎて行く。
 夏休み前に発売されるゲームの続編のことを思い出す。

(あれは、どんな内容のゲームなんだろう……)

 散々やり込んだ前作の純粋な続きなんだろうか。
 考えたところで何も分からないのだけど……。

(それに、夏休み)

 サースに、毎日会えたりするのかな。
 もともとは夏休みは公式お布施のためにアルバイトをしようと思っていたのだけど、今となっては向こうに遊びに行きたい……じゃなくてあの世界を知りに行きたい。
 期末試験が終わったら、サースに予定を聞いてみようと思う。




 昼休みになってから、改めて谷口くんに昨日のお礼を送った。するとすぐに返信が来る。

『普通に楽しかったから気にしないで。それに実は、彼のおじいさんに借りがあるんだ。もう返せないと思ってたけど、ちょっとでも返せた気持ちになれて僕も良かった。今日サースさん、迎えに行くって言ってたよ』

 ……サース本当にやってくるのかな。朝おはようの連絡をした時には、今日は一人で東京を見物していると言っていたけれど。どこに行ってるんだろう。

 ペンダントをはずした私は心の中でサースに伝言を送る。

『お昼ご飯食べましたか?』

 一瞬で返事が来て、私の周りをキラキラと光が舞う。この光は伝言を受け取った本人にしか見えないらしい。

『コンビニで、悪魔とか爆弾とか書かれていたおにぎりとチキンを買った。今はユズルに聞いた図書館に来ている』

 サースがまた食を攻めている……!?
 それにしても、図書館。本を読みたかったんだ。すごくサースっぽいなって思う。

『一人で大丈夫?』
『ああ、いくらいても飽きない。学ぶことばかりだな』
『今日は学校の後で会える?』
『もちろんだ。ユズルに地図を書いてもらっている。迎えに行く』

 わわわ。やっぱり本気だ、この人来る気だ。

(どうしようかな。さすがに校門前だと目立つし)

『駅まで来てくれるので大丈夫だよ』
『問題ない、早く会えるなら学校に迎えに行きたいと思う』

 くっ……!?
 そんなことを言われたら私だって。

『私も早く会いたいよ』
『俺もだサリーナ』

 駄目だ、サースの事が好きすぎて、最後には何も考えられなくなってしまった。

「成田……なんで顔が赤いの?」

 昼休みの終わり際、席に戻って来た鈴木くんが怪訝な顔をして言った。
 鈴木くんって、いつもちょっと目ざとい。

「ちょっと良いことがあって……」
「へぇ」

 本当に。学校が終わったらすぐにサースに会えるんだ。こんなに素敵なことってないだろうと思う。





 一日の授業が終わったあと、私は逃げるように教室を抜け出した。

(本当に来てるのかな。サース)

 駆け足で下駄箱へ向かいながら、心の中でサースに伝言を送る。

『授業終わったよ。サースどこにいますか?』
『校門の前だが、校門は一つだけか?』
『うん。一か所だけ』

 うひょう。もう来てる。
 下駄箱に生徒はまばらだった。きっと一階の教室の生徒くらいしかまだ居ないだろう。
 目立たず済むかもしれない。

 スニーカーに履き替え、校門へ向けて走る。今日の私はシャツにガウチョパンツというカジュアルな格好に、白の帆布リュックを背負っていた。

 校門前に近づくと、周辺がざわりとどよめいているのが分かる。

(……嫌な予感が)

 息を切らして校門をくぐり抜けると、早い時間なのでまだ少ないとは言え、生徒たちの視線が一点に集中していた。
 校門の向かい側の壁に寄りかかり、足を交差させるようにして立つ、晴嵐学園の制服を着たサースがいた。
 谷口くんの通っている学校の、グレーのブレザーの制服を、モデルのように着こなしている。
 髪を無造作に束ねて、黒縁の眼鏡まで掛けている。
 それは整った美しい顔立ちの上の、知的で聡明な瞳の輝きを際立たせているようだった。

 顔をあげ、私に気が付いたサースは、いつものように微笑んだ。

「――――砂里」

(……!?)

 どっから出て来た、わたしの本名!?

 サースの側に駆け寄ると、真上に彼の顔を見上げる。

「待っていた」
「……お、ま、たせ。あの、名前」
「ユズルが、連絡先アプリを開きながら、書き方も教えてくれた」

 彼は腕を上げて私の頭を撫でようとして――手を止めた。
 戸惑うような視線に促されるように周りに見ると、生徒たちの注目を一身に浴びてしまっていた。

 私は顔を真っ赤にさせて「行こう?」と言う。サースも微笑んで一緒に歩き出してくれた。

(やっぱり目立ってしまった)

 そう思いながらも横目にサースの姿をチラチラ見ながら、その姿を心に焼き付けてしまう。
 この学生コーデは間違いなく谷口くんの仕業だと思うけれど、制服サイズから言ってお兄さんも一枚かんでそうだ。心からグッジョブ……っと言いたい。あと写真撮りたい。

「制服……どうしたの?」
「ユズルの兄の古着だそうだ。もう使わないから着て帰っていいと言われているが……」

 いつでもまたこの姿を拝めるってこと!?
 この興奮はいつまでも冷めやらない……!?

「……あとで絵を描かせてもらってもいい?」
「構わないが。久しぶりだな。絵を描くところを見るのは」

 そう。このところ、ゲームのことを打ち明けたりこっちの世界に来たりとバタバタしていて、長い間絵を描けていなかった。

「サース、今日はもう帰るの?」
「ああ、荷物も全部持ってきている」

 彼は黒のナイロンバッグを片方の肩に掛けていた。きっとこれも谷口くんちのだろう。

「ちゃんと帰れるかな?」
「大丈夫だと思うが。心配なら、砂里が向こうで待っていてくれれば、そこを軸にして間違いなく飛べるだろう」
「うん?」
「俺が砂里を見失うことはない」
「うぇ……っ」

 変な奇声を上げてしまう。

「契約しているから……?」
「……そうだな」

 ああ、びっくりした。まるで愛の告白を受けているような気持ちになってしまった。

 話しているうちに駅に着いてしまい、私は慌てて聞く。

「今日はどこにいく?」
「もう帰るつもりで来たから、砂里の家まで送って行こう」
「じゃあ、うちでゆっくりしていける?」
「ああ」

 確かに少し話したいと思っていたし、絵も描かせてもらえるし、うちでちょうどいいのかもしれない。

 混雑している構内に入ると、サースは私の手を握り、慣れたように地下鉄の改札まで連れていってくれた。
 制服を着ていても、彼の美しさはとびきり目立っている。
 その点では異質な存在ではあったけれど、まるでこの世界の人みたいに人ごみを縫うように歩いている彼がとても不思議だった。

 地下鉄の短い乗車時間はあっという間だったけど、制服のサース姿を目に焼き付けるようにと至近距離でマジマジと見つめる私に、彼は少しだけ照れるように視線を伏せた。

「……おかしいか?」
「とてもかっこいいです」
「……そうか」

 自宅の最寄り駅に着いたらスーパーに寄ってもらって、今日の晩御飯の食材を買った。何が食べたいか聞くと、なんでも食べてみたい、と意欲的な返事が返って来る。
 なんでも……!?
 思い切り悩みはじめる。和を感じさせる、この世界ならではの料理……とは。
 そんな私を見て、買い物かごを持ってくれているサースが、面白そうに笑う。

「お前が今食べたいものはなんだ?」
「今……?」

 それはさっきどこかの家庭で作っている美味しそうな匂いが漂ってきていたアレだ。

「カレーが食べたい……」
「じゃあそれだ」
「カレー食べたことある?」
「無いと思うが」

 うーん、折角だし、カレーうどんにしようかな。うどん!日本っぽいよね。
 長ネギ、豚肉、とカレーうどんっぽい材料をカゴに入れて行く。

「今金を稼ぐ手段を検討している」

 サースの突然の言葉に噴出した。

「え?」
「金銭的に負担をかけているだろう」
「大丈夫だよ。いつも寮で食べているおかげで食費が浮いているから」
「すまないな」

 そっか、気にしてくれていたんだなって気が付く。
 私はあっちの世界では、聖女枠として優遇されていて、金銭的にも援助されていたんだよね。

「ユズルにも、まずは身分を手に入れてからだろう、と止められた」

 一体どんな会話をしていたんだろう、二人は。

「よく分からないけど、法律の勉強もしてね……?」
「ああ」

 買い物を済ませて家に帰ると、私は制服のサースの写真を数枚撮らせてもらう。
 眼福!引き延ばして壁に貼りたい!

 ご飯を作り出す前に、部屋でサースの絵を描かせてもらうことにした。

「ゲームでもしてていいよ」

 と言ったけれど、

「構わない」

 とじっと私を見つめながら、絵を描き終わるのを待っていてくれた。
 その視線がちょっと恥ずかしかった。私が顔を赤くしているのをサースに気付かれないといいなと思う。

「あ、そうだ。急にこの世界に来たくなったときに、この部屋に飛んで来てもいいよ。充電が出来るからゲームの続きも出来るでしょう?」
「……いいのか?」
「(ヤバいものは鍵付きのスーツケースにしまってあるから)全然大丈夫だよ」
「家族は」
「えっと平日は夜9時くらいまで帰って来なくて、日曜日だけ休みでお家にいるかも」
「そうか」

 サースは少し考えるようにしてから言う。

「とは言え不在時には来ないようにするが、しかし、ゲームがクリア出来るまでの間は来させてもらうかも知れないがいいだろうか」
「うん」

 あ、そうだ、と私は思いつく。

「前にサースに渡したスマホあるじゃない?」
「ああ」
「あれを持ってきたら、ここからインターネットに繋がるようにしておくから、調べ物が何でもできるようになるよ」
「ああ、ネットか。あれはすごいな。ユズルの家で長い時間触らせてもらった」

 やっぱりもう触れてるのね。

「ゲームの攻略サイトとかもあるんだよ」
「そうか」

 あ……話してたら急に思い出してしまった。

「残念なお知らせですが……」
「なんだ?」
「そろそろ次の試験勉強に専念しなくてはならないのでまたそっちに行けなくなるかも」
「そうか」

 サースはふっと笑って私を見る。

「勉強自体は今まで以上に教えよう」
「サース先生(涙)」

 絵を描き上げた私は、とても満足した気持ちでカレーうどんの調理をはじめた。7時ごろ私たちはおいしく頂いた。サースに聞くととてもおいしかったそうだ。

「カレーは辛口も甘口も作れるんだけど、もっと辛くてもいい?」
「そうだな、辛いとうまそうに思うが」

 ああ、サースの味覚はやっぱり期待を裏切らない。さすがにLE〇の辛さ数十倍カレーにはまだ早いと思うけれど。

 サースが片づけを手伝ってくれたころには、私の気分はすっかり新婚さんゴッコだった。
 遠くからテレビのニュースの音声が聞こえてくる。
 キッチンに二人で立つと少し狭くて、彼の体温をほんのりと感じてしまう。
 食器を洗う水の音とか、全部が私の気持ちを幸せにさせていた。

「今日も一緒にご飯食べられて嬉しいなぁ」

 いつも言っていることをポロリと口から出してしまうと、サースも「そうだな」と笑ってくれた。





 片付け終わった私は、今日は私服のまま、押入れをくぐり異世界へ!久しぶり!
 学園の屋上に着いて、立ち上がるとペンダントを外しながらサースを待つ。

『気を付けて帰って来てね』

 心の中で伝言を送るとすぐに返事が来た。

『ああ』

 空はもう真っ暗で、夜空には無数の星々が輝いている。この世界は星が良く見える。
 ペンダントを付け直していると、目の前の空間が少しの光と共に歪みだした。
 少しずつ、グレーのブレザーの制服姿のサースが現れだした。

 シュン、と音がするようにして歪んだ空間が閉ざされると、髪をなびかせるようにしてサースは私を振り返った。漆黒の瞳の焦点が私に合うと、彼は微笑みながら言う。

「……砂里」

 その声に、無事に着いた安堵感で胸がいっぱいになって、思わずサースに抱き着いてしまった。

「良かった。無事に帰って来れた……!」
「ああ……」

 サースが笑顔で私を抱きしめ返してくれた。そうしてその大きな両手で私の頭を撫でまわす。

「見失わなかったな」

 破顔した彼の表情は、今までになく嬉しそうに見えた。

 私は抱き付いたまま言う。

「ずっと一緒に居てくれてありがとう。すごく楽しかった」
「それは俺の台詞だ。感謝している」

 そう言って、私の頭を撫でるようにしながら、サースは私を優しく見下ろしていた。

 まるで恋人を見つめるような瞳で。
 愛する者を見つめるような熱を込めて。

 長い睫毛の下の大きな漆黒の瞳は、私しか映していない。

 ――気のせいでは、ないのかもしれない。

 私は心臓をドクリと跳ねさせる。
 少しだけ、胸が痛くなる気持ちがした。

 離れがたい気持ちを抑えながらも、言った。

「また明日ね、サース」
「ああ。また明日だ……砂里」

 私の本名を、日本語のイントネーションで言ってくれる。
 私の、世界で一番、大好きな人。





 部屋に帰ってから、私は谷口くんにメッセを出した。

『谷口くん聞いてもいいかな』
『うん?いいよ』
『谷口くんがもう行かないって決めたのって、歴史を変えてしまうと思ったからなのかな』

 とたんに電話が掛かって来た。谷口くんからだ。

「成田さんどうしたの?」
「急に気が付いて。私が谷口くんだったら、そんな理由でもう行かなくなるだろうって」
「ああ~~近からず遠からずだけど、たぶん考え過ぎだよ。何かあったの?」
「分からなくなっちゃって。運命を変えるのがどういうことなのか」
「明日話そうか?学校帰りに会える?」
「うん」

 明日池袋のカフェで待ち合わせをすることにした。塾の時間まで話せるそうだ。

 電話を切ると、私は今度はミューラーを呼び出した。

「ミューラー」
『なんだい、サリーナ』
「サースの魔王堕ちを止められる?」
『運命は変えられないよサリーナ』
「そう……」
『ただ』
「……え?」

 ミューラーが続きの言葉を紡ごうとすることは、これが初めてだった。

『君の世界にいた間は運命は変わっていたよ』

 私の世界にいた間?

「この世界にいた間、魔王になる運命がなくなっていた?」
『そうだね』
「今は?」
『元の運命の輪の中だよ』
「どういうこと?この世界だと運命変わるの?」
『運命を変えることは教えられないよサリーナ』
「……」

 いつものように、言葉遊びのようなミューラーの言葉に煙に巻かれてしまう。
 だけど、たった一つ、初めて運命を変えることが出来ていたことを知る。
 居場所の問題なのか、条件があったのか、私にはなにも分からないけれど。


 私は――
 あの世界にいるだけで、この先の歴史を変えてしまうのではないかって。
 初めて、気が付いた。
 サースの運命を変えるつもりはあったけれど、だけど、それはもしかしたら、本当の意味では分かっていなかったのかもしれない。
 この先、本当は起こるはずだったいろいろな未来の可能性を、私は変えてしまえるのだ。

 私はこの先、サースと結ばれ子供を成し、紡がれていくはずの誰かの未来の運命の連鎖を断ち切る存在になりえるのではないかと。

 やっと、気が付いたのだ――



(この数日の溜まっていた疲労で、思い悩みながらもあっさり眠ってしまった。翌日学校中が謎のイケメンの話題でもちきりになっていることなど、この時の私には知る由もなかった日) 
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