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サースティールート

あなたと一緒の夜景の日

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 その朝、早くに目を覚ましてしまう。気持ちが急いていたみたい。

 もう眠れそうもなかったのでそのまま起きてお弁当を作ることにした。と言っても、今日は簡単なものだけ少し作って行って、おかずは町で買ってもいいかなって思う。

 折角日本に居るからには、米を食べてもらおうと思って、ご飯を炊いておにぎりを大量に作り出す。
 お父さんとお母さんの分も作ったから、結構な量になった。
 今日のおにぎりの中身は、鮭と、明太マヨと、すごくしょっぱい梅干しだ。

 うーん。おかずどうしようかなぁ。またケンタで買おうかなぁ。谷口くんちの最寄り駅ならなんのお店でもありそうだけれど……。

「今日はどこに行くんだ?」

 台所でおにぎりを握っている私に、起きて来たお父さんが声を掛ける。

「友達と遊びに行く約束してるの。場所はまだ決まってないんだ」

 お父さんは「そうか……」とまだなにか言いたそうな顔をして並べられたおにぎりを見つめている。

「どうかしたの?」
「いや、気を付けてな……」

 先に起きて来ていたお母さんがくすくす笑った。

「最近よく出かけているみたいだから、お父さん心配なのよ」

 両親ともに忙しい共働きで夜遅くにしか顔を合わせないのに、日頃家にいないことがバレていたらしい。
 まぁ、家でご飯食べてないのは分かっちゃうだろうしなぁ。

「大丈夫だよ。今日はちょっと帰るの遅くなるかもしれないけれど」
「お母さん達も出かけるから、お友達が一緒なら外で晩御飯食べてきてもいいのよ」
「本当?」
「ええ、これ持って行きなさい」

 そう言うとお母さんは食費と言う名の臨時収入まで渡してくれた。

「あまり遅くならないようにね」
「うん。ありがとうおかあさん」

 両親は私が子供の頃から仕事が忙しく、二人は子供との時間をあまり取れていないことを気に掛けてくれていた。小さい頃は寂しいと思ったこともあったけれど、でも、家族の仲が悪いとは思わないし、愛されているということは感じていたから、何も不満は持っていなかった。
 食費もちゃんとくれていて、自分で作っても、食べに行っても、友達と食べててもいいと言ってくれている。とても有難いことだ。

(でも――それでも。最初の頃、ゲームの世界にあんなにものめり込んだのは、やっぱり寂しいと思っていたからなのかもしれないな)

 中学に入った頃は特に、両親ともに仕事の都合で帰宅時間がとても遅かった。

 寂しかったころに大好きになって、心に寄り添ってくれていた彼は、今確かに、私の前に居る。
 こんな奇跡が私の身に起こるなんて、今でも信じられないと思う。




 9時を過ぎてから、谷口くんとサースに連絡をして家を出る。
 梅雨の時期だけれど、今日は晴れている夏日だった。蒸し暑さの中、私は白いワンピースを着て出掛ける。おにぎりを詰めたランチバッグを手に持って。

 約束の10時前、中野駅に着く。ここには何度か、ゲームの関連本やグッズを求めて下り立ったことがあった。サブカル関連のお店が多くある町だ。
 駅の改札を出ると、まわりの人たちが振り返りながら、改札の脇の方へ視線を寄せているのに気が付いた。なんだろう、と思いながら振り向いて、噴出しそうになった。

 黒い髪をサラサラとなびかせながら、Tシャツにジーンズというなんでもない恰好を王様のように着こなしている、引き締まった体躯の美しい男の人が立っている。

(迎えに行くって言っていたけど……まさかのサースが一人で待ってる~~~!?)

 慌てて駆け寄ると、私に気が付いたサースが、頬を緩めて微笑んだ。

「サリーナ……おはよう」
「お、おはようサース……」

 近寄るとサースは私の荷物を受け取り、そうしてもう片方の手で私の手を握る。

「行こう、ユズルは家で待っている」
「う、うん」

 雑多な人ごみの駅前でも、サースはとんでもなく綺麗で、鼻血が出そうな気持になる。
 こんなに顔立ちの整っている人間も、こんなに睫毛が長い人間も、こんなにスタイルの良い人間も、この世界で見たことがない。
 手を引かれて歩いていても、まわりの視線が隣に向けられているのを感じていた。
 たぶん、振り向いている人たちも皆同じことを思っているに違いない……。 

「もう道覚えたの?」
「ああ、一度歩けば覚える。ユズルも、一人で歩いても心配ないだろうと言ってた」
「……」

 確かにサースには前からこの世界のことを教えていたし、昨日基本的なことも説明したから、海外からの旅行者レベルくらいには知識もあるのかもしれない。

「谷口くんち遠い?」
「南側に10分ほどだな」

 10分の道のりを一度で覚えるのは私には無理かもしれない……。

「昨日は寝れた?」
「ああ、遅くまで、ユズルがやっている格闘ゲームとやらに付き合わされたが……」
「……『二つの月の輝く下で……』じゃないんだ」
「昨日は出来なかったな、折角貸してもらっていたんだが」
「ううん。急がなくて大丈夫だよ」
「サリーナは、あのゲームを毎日やっていたんだろう?」
「……うん。でも、もういいの」

 私は握った手に、ちょっとだけ力を入れる。温かくて優しいサースの手がここにある。

「サースに会えたから、もうゲームはやらなくていいの」

 そう言うと、サースはしばらく黙ってしまった。
 顔を仰ぎ見ると、少し頬を染めるようにして視線を逸らされる。

「どうしたの?」
「いや……」
「……?」
「……今日ユズルに、どこに行きたいか聞かれたんだが」
「うん」
「ずっと考えていたんだが、そうすると、以前お前に言われた言葉が浮かんだ」
「うん?」
「誕生日の祝いの話だ。どこに行きたいか聞いた俺に、お前は、俺がいつも行く場所に連れて行って欲しいと答えた。いつも食べてるもの、いつも行く場所が知りたいと。不思議だが、この世界に来てどこに行きたいか聞かれたときに、全く同じことが頭に浮かんだ。サリーナの、いつも見ている風景が知りたいと。それしか、思い浮かばなかった」

 そう言って、私を見つめて微笑むサースの瞳は、とても甘く輝いていて、私はとてもどきどきする。

「あの時のお前も、同じ気持ちだったのだろうか……」

 サースは返事を求めない呟きのように溢したけれど、私はにこにこと答えてしまう。

「同じじゃないよ。私の方がサースのこと知りたいって思ってるよ」
「そんなことはないが……」
「また行きたいね。町歩き」
「ああ、だが、ここも、サリーナの世界の町だろう」
「うん」

 谷口くんのいつも見てる風景の町なんだけども。

「楽しんで帰ってね」
「ああ、またいつでも、来れる。これからは」
「……そうだね」

 そんなことを話していたら、あっという間に谷口くんの家に着いてしまった。





「ごめんね、ちょっと掃除してて、迎えにいけなくて」

 谷口くんは掃除機を片付けながらそう言ってくれた。
 谷口くんの家は、うちと違って洋風の新しそうな一軒家だった。

「ねえちゃんが結婚して家出てから、男しかいないから、ちょっと汚いかもだけど」
「あ、お姉さんって……」

 例のゲームをやっていたというお姉さん、サースと鉢合わせしたらまずいことになっていたのでは、とやっと気が付く。

「今アメリカにいるから、急には帰って来ないから大丈夫」

 谷口くんは苦笑しながらそう言い、私たちをリビングのソファに案内してくれた。
 お昼用におにぎりだけたくさん作って来たことを伝えて冷蔵庫に入れさせてもらった。

「悪いね、飯食べさせてもらってばっかりだね」
「ううん。サースがお世話になってるし」
「いや、連れてきたの俺だし。ほんとに」

 谷口くんがテーブルにペットボトルを数本置いて、好きなの飲んで、と言ってくれた。
 私は強炭酸コーラを手に取るとサースを振り向く。

「サースこれ飲んだ?」
「いや……」
「ねぇ、なんかナチュラルに飲ませようとしてるけど、強炭酸が初めてはどうかと思うよ」
「サース、今までの傾向から、クセが強いもの好む傾向があるんだよね」
「へぇ」

 谷口くんまで悪い笑顔を浮かべてコップを取りに行ってくれる。テーブルにコップを三つ並べて「ここに注いでよ」と言った。

「……なんだ?」
「まぁまぁ、どうぞ」

 安心させるために、私と谷口くんは先にコーラを飲んだのだけど、サースは怪訝な表情を浮かべながらもコップを手に取ると口に含んだ。

「……炭酸は、飲んだことがあるが」
「あるよね、あっちにも」
「刺激が強く、不思議な味がする。悪くない」
「ほらやっぱり!」
「ホントだ」

 というか、サースは本当に好き嫌いが全然ないよな~と感心する。

「今日どこに行こうか?」

 谷口くんがそう言ってくれて、私とサースは顔を見合わせる。

「私のよく行くところとか、学校とかも、見せてあげたいけど、サースにこの世界にしかないようなものも、見せてあげたいな」

 サースは私の言葉に「サリーナが行きたいところに行こう」と言ってくれた。

「もう一晩泊って行くそうだから、明日学校に来てもらえばいいんじゃない?」

 谷口くんの言葉にコーラを噴出しそうになった。
 え、うちの学校にサースがお迎えに……?そんなことをしたら校門前でとんでもない美形に向けたスマホのシャッター音が止まらなくなっちゃうんじゃないの?危険だ!

「そうしよう」

 私の不安をよそに、サースが決定事項のように言う。えええ。

「だ、大丈夫かなぁ?」
「一人で町を歩いてもサースさんならもう大丈夫だと思うよ」

 そういう問題でもないのだけど。

「あ、そうだ、今日両親帰るの遅いから、晩御飯外で食べて来ていいって言われてるの」
「そうなんだ?じゃあ三人で出かけて、外食して帰ろうか」
「うん。いいかな」
「全然」
「帰りは送って行こう」
「え、いいよ」
「送ってもらってよ。サースさん、全然一人で電車乗れると思うよ」
「なんかすごいね……」

 頭の良い人はちょっと教えただけで、何でもできるようになってしまうのだろうか。

「この世界にしかないようなものってなんだろうね」

 と、谷口くんが言った。

「うーん、コンクリートジャングル?」
「そうだね、電気も珍しいから、夜景も見せたいかも」
「スカイツリー?」
「それもいいけど、うちからだと東京の東側ってちょっと遠いから悩むな」
「都庁?」
「良いかも」
「あ、私の良く知ってる場所っていうなら、サンシャ〇ンでもいいのかな」
「俺らの学校の近くだな」
「うん」
「普通に観光スポットっぽいところも捨てがたいけど」
「渋谷スクランブル?」
「浅草?」
「埋立地もここにしかない場所だよね」
「台場か」
「ある意味中野も観光客多いみたいだけど……」
「まぁね」

 行きたい場所が次々出て来て困ってしまう。

「そう言えば朝ごはん食べた?」
「いや」
「起きたばっかり」
「そうなんだ?じゃあおにぎり食べちゃう?」
「良かったら!」
「ああ」

 谷口くんが冷蔵庫からおにぎりを持ってきてくれる。
 おかずを買おうと思っていたので持ってきていない旨を伝えると「うーん、冷蔵庫にあるもの、なんか出そうと思うんだけど」と谷口くんが悩みだした。

 「何か作ろうか?」と聞くと「ありがとう~~!誰が食べてもいい食材が入ってるからなんでも使って」と言ってくれたので、ウィンナーを焼いて、玉子焼きを作った。

 二人とも美味しそうに食べてくれて、サースにどのおにぎりが美味しかったか聞くと、やっぱり梅だった。





 早めの(朝食兼)昼食を食べた私たちは、池袋に向かう。
 私の学校の近くの街だと聞いたサースが興味を持ったからだ。

 駅前をふらふらしていたときに思い出したので、黒猫のぬいぐるみを買ったお店に彼を連れて行く。店に並べられている黒猫を見つめたサースはふっと色気のある微笑みを浮かべたから私はキュン死にしそうになった。顔を真っ赤にしている店員さんもきっと同じ気持ちだと思う。

「ここで買ったんだね」

 谷口くんも感心したように言っていた。
 それにしても店員さんもお客さんも、視線がサースにくぎ付けになっている。

「サース目立ってるね」

 小声で谷口くんに伝えると「帽子買う?」と返事が来る。

「帽子なんかじゃ隠せないかも」
「サングラスとマスクもか」
「どこのハリウッドスターかと大注目?」
「もういいか……」
「諦めよう」

 隠せぬ美貌とフェロモンは駄々洩れのまま、現代日本人に見せびらかしましょう!

「サリーナ」

 サースが肩を抱いて来た。

「何を話しているんだ?」

 急に近づいて来た美しい顔がすぐ目の前にあって焦ってしまう。
 なぜだか谷口くんが飛びのくように距離を置いた。
 私は小さな声で言う。

「サースが目立ってるねって話してたの」
「……異国の顔立ちだからか?」
「それだけじゃないよ。すごくカッコいいからみんな振り返ってるよ」
「……」

 サースが辺りを見まわすと、視線を注いでいた人たちがさっと目を逸らし始めた。
 サースは困惑したように私たちを見つめる。

「カッコいいからだよ」
「そうか……」

 サースは私と手を繋ぐと「お前が気にならなければいい」と言った。





 それから、ゲームセンターでしばらく時間をつぶし、めったに撮らないプリクラも撮った。そこでここまで写真を撮り忘れていたことに気がついて、スマホを鞄から出して思う存分写真を撮ることにした。

 街を歩くカッコイイサースの姿を執拗に撮っていたら、谷口くんが苦笑して「一緒に撮ってあげるよ」と言ってくれた。最初はぎこちない様子で並んで撮られた私たちの姿も、だんだん慣れて来たら、手を繋いでいる写真も撮ってもらえるようになった。

 サースはたくさんの人ごみに最初は目を瞠っていたし、電気屋の家電にも驚いていたし、高層ビルにも感嘆していたけれど、段々と順応して行くのが分かった。私とは理解の速さがまるで違うようだった。

 というか、スタ〇でのコーヒーの注文を、私と谷口くんの注文を見ていただけで理解したみたいで、自分で注文していて驚いた。もはや異世界人には思えない。






 夕方が近づいた頃、私たちはサンシャ〇ンの展望台に上った。
 夜景に移り変わる街を見下ろしたいと思っていた。
 着いた頃にはまだ明るかったので、うちはすぐ裏の方だよ、とか、谷口くんちはあの三角ビルの方向だよ、とサースに案内していた。

「空から見下ろすと凄いな」

 サースは東京の街並みから目を離せないようだった。
 明るい空が、段々と夕焼けに染まっていく。
 サースと手を繋ぎながら、その空を眺める。
 空に夜のとばりが下りると、街は光の粒の集合体で輝き出した。
 改めて見ると、宝石のようだな、と思う。
 闇の中に、色とりどりの宝石が輝いている。

 私は、寂しい時に、ここに一人で来て、ぼんやり夜景を眺めていたことがあった。

 中学生の頃。
 まだゲームをはじめる前だと思うけれど、誰も居ない家で一人でご飯を食べる静けさが辛くて、たまに外食に出ていた。そんなときに、ふっと高いところに上りたくなって来ていた。
 通っている学校や家が、おもちゃのように小さく見下ろせると、ほっとした。
 綺麗な情景は心を満たしたけれど、それでも心は寂しかった。

「サリーナ?」

 いつの間にか俯いていた私を、サースが気にするように呼び掛ける。

「……綺麗だね」
「ああ」

 繋いでいる手は温かくて、サースは隣にいてくれている。

(私寂しくないな)

 ほんの数年前の、独りぼっちだった自分に語り掛けるように、そう思う。
 今の私は、ちっとも寂しいと思っていないなって。
 一人で夜景を見下ろしていたあの時の私は、もう居ないんだって、そう感じていた。





 晩御飯は、ラーメン屋に入った。行列が出来ることで有名なラーメン屋さんの前を通り掛かったら、今日は数人しか並んでいなかったのでそのまま入ってしまった。
 背脂豚骨醤油ラーメンの店だったので、なかなか初心者にはハードルが高そうなチョイスだったけれど、サースはすごくうまかったと絶賛していた。くっ……ラーメン好きとは。期待を裏切らないな。今度カップラーメンをお土産に持って行こうと思う。

 そうして池袋の駅で谷口くんと別れた。先に帰っているとのこと。

「今日はありがとう谷口くん」

 谷口くんはびっくりするくらい、私とサースのことを気に掛けてくれていた。
 もともと谷口くんには縁も所縁もないはずのサースに、こんなにも良くしてくれる。不思議なくらいだった。

「気にしないで。僕も楽しかったから」

 そう言って笑ってくれる谷口くんは、本当にいい人だ。

「じゃあ、また連絡するね」
「うん。ありがとう!気を付けて帰ってね」

 手を振って、谷口くんが帰って行く。

「サース……本当に送ってくれるの?一人で帰れる?」
「問題ない」

 サースは私と手を繋ぎ直すと、地下鉄の方へと歩いて行く。うわ、もはや、構内地図まで頭に入ってるの……?

「え、サース私の電車分かるの?」
「昨日ユズルと乗って帰った駅でいいんだろう?」
「うん……」

 驚くことに本当に地下鉄の改札前まで連れて行かれて、サースは切符を買いだした。おお、一人で買えてる。私は定期を持っていることを伝えてあるので、その様子を後ろから見ていた。

 切符売り場の前ですら、サースは目立っていた。たまにこそこそと、モデルさん?俳優?など囁かれているのも聞こえて来た。サースはただの異世界のカッコイイ人ですよー!

「行くぞ」
「うん」

 慣れたように自動改札に切符を通して行くサースを見て、確かに一人で帰れそうだなって思ってしまう。
 地下鉄のほんのちょっとの乗車時間だけじゃ、短いなって思っていた。
 もうすぐ別れの時間が来てしまう。
 本当はいつまでも一緒に居たいのに。

 自宅の最寄駅に着くと、サースがまた手を繋いでくれて、私を引っ張っていく。どう考えてもうちまでの道も覚えてしまっているみたい。

「ねぇ、サース」
「なんだ?」
「楽しかった?」
「そうだな。驚くことが多かったが、何もかもが楽しかったと思うな」
「良かった」
「サリーナは?」
「凄く楽しかった」
「そうか。なら良かった」

 サースのとても優しい声が、心から好きだなぁと思いながら、別れの時間が近づいて来ているのを感じていた。

「私ね、サースと一緒なら、寂しくないんだなぁって気が付いたの」

 私の言葉に、サースの瞳がまっすぐに私に向けられる。

「きっと、向こうの世界にいても、こっちの世界にいても、サースが一緒なら寂しくないんだ」

 なんとなく、今日夜景を見ながら感じていたことを私は口にする。

「ずっと一緒に居られたらいいのになぁ……」
「……俺もだ、サリーナ」

 サースは繋いだ手に少しだけ力を込めて言う。

「サースも……?」
「俺はもう、離れることを考えてはいない」

 だから……と、サースは続けて言った。

「何も心配はいらない」

 そう言うとサースは立ち止まって、私をまっすぐに見つめると、とても自然に抱きしめた。

「おやすみ……サリーナ」

 サースが体を離してから顔を上げると、そこは家の前だった。
 夏が近づいてきている蒸し暑い夜。
 自宅の玄関前に立つサースの漆黒の瞳が、優しく細められて私を見つめている。
 まるで夢の中のように思えた。

「おやすみ……サース」
「また明日」
「うん、また明日ね」

 玄関から入る前に「気を付けて帰ってね」と声を掛けると、サースは微笑んで手をあげてくれた。






 お風呂から出ると、谷口くんから写真付きのメッセがたくさん送られて来ていた。
 今日一日スマホで撮ってもらった写真だ。
 夜景を前にしている私たちの写真もあった。

 安心しきったような顔をして夜景を見つめる私の隣で、サースが穏やかで幸せそうな瞳で私を見つめていた。
 似ているような気がした。私の瞳も、サースが私を見つめている瞳も。
 サースのことをそんな風に感じるのは初めてだった。
 そんな風に思ってもいいのか分からず、不安になった。
 だけど、写真の中の二人は、まるで恋人同士のようだった――


 そうして私は、谷口くんにお礼の返事をして、サースにおやすみの伝言を送ってから、眠りにつく。




(……あれ?明日うちの学校の前に迎えに来るって言ってたの本気だったんだっけ?と寝る前に思い出したら眠れなくなってしまった日)
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