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サースティールート

魔法の雪の中の日

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 昨晩は、ラザレス様ルートをやって驚いた。
 あのラザレス様の魔法剣は、ラザレス様ルートではラスボスサース大魔王を倒す時に使われるものだった。

(あんなに興奮して見ていたのに。まさかのとどめ魔法剣とか……!)

 カッコ良かったけど、とっても複雑な気持ちになってしまう。
 炎が生き物みたいに長く伸びて行く迫力に手に汗握るようだったけれど。

(本当にカッコ良かったけど……)

 もう一回見たいけれど……。






 そんな気持ちでいたせいだろうか。
 学校が終わって制服に着替えてから異世界にたどり着くと、今日も屋上にラザレス様が居た。
 私の足音に気付いたラザレス様は、振り向くと陽気に笑う。

「いつもどこから来るの?」

 片手剣を手にしたラザレス様は、面白そうな笑顔を向ける。

「……秘密の場所からですよ?」

 押入れから来ていると言っても信じてもらえないだろうし、リアル「ナル〇ア国物語」ごっこですよ、と言っても意味も分からないだろう。

「そっか、まぁ、いいけど。今日も見て行く?」

 本当に気にしていないようにラザレス様は爽やかに笑った。
 気持ちがいいくらい、自然にそう言ってくれるから、私も見たくなってしまう。

「……その剣で、魔王様殺さないでくれるなら、見たいです」
「何言ってるの!?」

 ラザレス様が噴出して笑った。冗談を言われたと思ったみたいだ。
 ラザレス様は片手剣に手をかざすと、ブンと音を立てて振りかざし、炎を剣のように長く伸ばした。

「魔王なんて居ないし、こんな威力じゃ、今は普通の魔法剣士にもなれないよ」
「そうなんだ?ラザレス様は魔法剣士を目指してるの?」
「ん?ああ、様いらないよ、そんな風に呼ばれることなんてないし。ラザレスでいいよ」
「ラザレス」
「魔法剣士目指してるよ、成れるといいんだけど。剣術は得意なんだけどさ、魔法がちょっと苦手で」

 そう言うとラザレスはため息を吐く。剣を床に置くとあぐらをかくように座った。

「魔法だけは、剣と違って、肉体を鍛えるんじゃなくて、精神のコントロールが必要になるんだけど、上手く出来ないんだよね」

 私もラザレスの少し離れた所に座った。

「でも夢だから、がんばるよ」

 そんな風に心のうちをあけすけに語りながら、笑う顔がとっても爽やかで清々しかった。

「成れるといいね」
「ああ」

 私は鞄から、包み紙を取り出した。

「まぁまぁ、元気出してください。クッキーでも一つどうぞ」
「ん?いいの?」
「今日みんなで作ったの。友達にあげるつもりで持って来たんだけど……」

 作ったのは学校の調理実習だったのだけど。たくさんあるから一つくらいいいだろう。
 ラザレスは不思議そうに、手作りクッキーを手に取ると、口に含んだ。

「ん、おいしいな!」
「良かった」

 笑顔のラザレスに、賄賂を渡したあとの私はもう一度言う。

「くれぐれも魔王様を倒さないでくださいね」
「だから、なんなのそれ!?」

 ラザレスがおかしそうに笑う。

「でもいいな、俺の剣で魔王倒すのかぁ」
「だめですってば……!」

 おかしい、火を付けてしまったのか。炎の魔法剣だけに。
 私は立ち上がると「絶対だめですからね!」と謎の捨て台詞を残して、屋上を後にした。





 5時半になっていたので、そのまま魔法研究室に向かった。
 覗き込むとサースは先に来ていた。

「サース」

 今日も本を読んでいる彼に呼び掛ける。

「サリーナ……」

 真面目な顔つきで本を読んでいたサースが、私の声に表情をやわらげて振り返る。
 その一瞬が、私は心の底から好きだった。

 大好き。

 また外に漏れそうになる心の声に、気を引き締める。
 誤魔化すようにえへへと笑ってから、私はサースのところに歩いて行く。

 椅子に座ると膝の上の鞄から、猫のぬいぐるみを出した。

「じゃーん!」

 サースの顔の前に、この間彼にあげたのと同じ猫のぬいぐるみをつきだした。

「今日同じの買ってきたの。お揃いだよ」
「…………そうか」
「この間の猫どこにいるの?」
「鞄の中だな」

 私の言葉に、サースが自分の鞄の中から出してくれた。まさか持ち歩いているとは思わなくてちょっと驚く。
 受け取ると、二つの猫のぬいぐるみを机の上に並べて置いた。

「かわいいね……」
「そうか……?」
「この悪そうな目つきがときめくの」
「……似てるって言われていた気がするが」
「はっ!」

 勢いよく顔を上げると、サースはたじろぐように少し身を引いた。

「……なんだ」
「サースの髪のリボンどこで売ってるの?」
「リボン?」

 サースは、時々、黒いビロードの細いリボンで髪を結んでいる。
 たぶん、研究をするときとか本を読むときに結んでいるんだと思うのだけど、私は髪を結んでいる彼の姿も大好きだった。

「同じのを買ってきて、猫の首輪にしようかと思って……」
「お前は一体何を求めているんだ……」
「だって、サースだと思って部屋に置いておいたら、一緒にいられるような気持になれるでしょう……?」

 それってきっと、また来られない期間が出来ても、寂しくならないと思うんだけどなぁ。

 サースは渋い表情を作り顔を逸らせてから、ため息を吐く。

「お前は……」

 低い声でそう言ってから、するりと、自分の髪からリボンを抜いた。

「やるから、好きにしろ」
「いいの!?」
「ああ」

 まさか髪から抜きたてのリボンをこの手に持つことになるとは思わず、私は匂いを嗅がせて貰いたくて堪らなくなったのだけど、サースがじっとこちらを見ているからとても嗅げなかった。
 仕方なく、心では泣く泣く……ハサミでリボンを半分に切ると、二つの猫のぬいぐるみの首に巻いた。

「かわいいねぇ」
「そうか……」

 私はサースに一匹を返すと、自分の分を鞄にしまう。
 そうして、調理実習のクッキーのことを思い出した。

「あ、サース、クッキー食べられる?今日ね学校で作ったんだ。手作りだからおいしいか分からないんだけど」
「食べる」

 サースの細い指がクッキーをつまむと、口に含む。
 サースの指の形は本当に綺麗だなぁって私は関係のないことを考えていた。
 最近食べるようになってきたけれど、痩せているサースの線の細さは相変わらずだった。

「うまいぞ」

 お?珍しく、うまいと言ってくれた。

「良かったー。さっきラザレスにも一個あげたんだけど」
「……ラザレス?」
「屋上で魔法剣の練習してたよ。私の部屋は、屋上と寮の部屋に繋がってるの」
「……ほう」

 サースは口元に手を当てて、何か考えるようにしてから、鋭い視線を私に寄こした。

「で、なにをしていたんだ、屋上でラザレスと」
「え?世間話……?昨日は魔法見せてもらったのだけど」

 サースのじっと見つめる視線がなんだか痛くて、私は言い訳のように言葉を続ける。

「魔法見たいなって思って。サースも魔法使えるの?」
「ああ」
「魔法見たいな……?」
「……」

 サースは私を見つめてから、手をあげると、指をパチンと鳴らした。
 すると、部屋の明かりが消えて真っ暗になった。

「ん?」

 なんだか分からなくてキョロキョロとしたけれど、ただ暗闇が広がっているだけだった。
 パチンと、もう一度指が鳴る音がした。
 すると、小さな光の粒が無数に部屋の中に湧き上がって来た。

「わぁ」

 暗闇の中に、光り輝く雪が降り注いでくるような光景が目の前に広がった。
 幻想的な、魔法としか言えない光の欠片がとても綺麗で、私はそっと触れようと手を伸ばしたけれど、指先に触れることはなく透きとおり消えて行ってしまう。
 薄く白い光に照らされたサースの横顔がぼんやりと見えた。

「……前に、ミュトラスの力を使ったときのお前は、光の粒にみとれていただろう」
「覚えてたんだね……」

 それで再現してくれようとしたんだって、サースの気持ちが伝わって来て、私は思わず言ってしまう。

「サースは世界で一番優しいねぇ」
「……お前が変わった人間なんだよ」

 私はすごく幸せな気持ちになっていて、何度もサースにありがとうと言った。
 ありがとう、という言葉には、心の中では、大好きって気持ちを込めていた。

 しばらくしてから光の雪の降り注ぐ中で、サースがポツリと言った。

「魔力測定だが……」
「ああ!」

 色々あって忘れていた。

「忘れていたのか……?」
「お、覚えていたよ?」
「今やるか?」
「うん」
「俺は、自分より低い魔力を持つものなら測定出来る」
「へぇぇ」
「俺の手にお前の手を重ねろ」
「え?」

 サースは机の上に、自分の手を掌を上にして置いた。
 え?

「手を重ねる……?」
「ああ」

 サースの、色の白い、形の良い指の、細い手が置かれていた。

「いいの……?」
「なにがだ」

 推しの御手に触れてもいいと……?

 薄い光に照らされたサースは今日もとても綺麗だし、その手も綺麗。
 私なんかが触れてもいいのだろうか。
 そうは言っても魔力測定だと言うし。

 戸惑うようにサースを見上げたけれど、漆黒の瞳が光の粒で煌めいて見えた。
 幻想的な光が私たちを照らしている。

(あれ、なんだこれ、心臓が止まりそうに緊張する)

「早くしろ」
「はい!」

 えいや、っと、サースの掌に私の掌を重ねた。
 ああ、体温が伝わる、ぞわぞわする、って思いながら思わず目を瞑ってしまった。

 すると、サースの手が一瞬、私の手を強く握った。
 驚いて目を開けると、部屋の中はいつも通りの灯りが点いていて、サースは目を見開いて繋いだ手を見つめていた。

「なんだ、これは」
「え?」

 握りしめられた手に、私はドキドキとしながら、サースの言葉を待った。

「魔力量が、分からない」
「無かったの?」
「ある。が、分からない」
「分からない?」
「……俺より、多いのだと思う」
「……?」

 サースは信じられないものを見るように私を見つめている。

「……この国で測定された魔力量で、歴代で一番多いのは俺だ。過去にもいない、桁の違う魔力量を生まれ持っている」

 握りしめた手にまた力が込められる。私はその度にドキドキとする。 

「……俺より多いのか?」

 自問自答するように、サースはそう言う。

「……測定出来ないくらいゼロなんじゃないのかな?」

 魔法なんて使えるはずもなく、私は思ったままに言ったのだけど、サースは答えることなく黙り込んでしまった。




 寮で食事をしながらも、サースは考え事をしているようで、上の空だった。
 残りのクッキーはみんなに食べてもらった。




 別れ際にも、サースは考え事をしているようだったけれど。
 それでも私を振り返って言った。

「また明日だ、サリーナ」
「うん。また明日ね」

 サースはなんであんなに考え込んでるんだろうなって思っていた。
 魔力なんてないだけだと思うのにな。




(魔法の光の雪はとても綺麗だった。サースも綺麗だった。手も綺麗だった。掌は温かかった……なんだか緊張した一日だったなって思った日)
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