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月人side

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「落ち人……最初の聖女が、祈った。すると、世界に聖力が増した。その力はどうやら落ち人の元の世界のものだった。こっちの世界のことだが、実際に有り余っている。誰も魔法など使えないからな」

 聖力が有り余っている!?

「ならお前は魔法を使い放題じゃないのか?」
「あー、そう上手くはいかねぇ。元の世界でならそうだったかもしれないが、ここでは違う。魔法を使うのは良いが、この世界で使うと実際には命が削られていく。魔力の元となるものは余っているが、肉体が耐えられない。使えば使うだけ、俺の寿命が短くなる」
「……」
「だから俺だって、使わないようにしてんだよ」
「役に立たないな」
「立たないんだよ」

 ビールを飲み終わった彼は2本目を開けていく。

「俺は12歳だった。聖女召喚の儀式を手伝うように言われた。嫌な予感はした。すると彼らは言った。俺を向こうに送り、代わりに300年ぶりの聖女を呼び寄せるのだと。ふざけるなと暴れたが、まぁ、気が付いたらこの世界に落ちていた」

 彼はふぅ、とため息を付いた。

「一度保護施設に入ったんだけど、そこが酷いところでさあ、最後には逃げ出したんだよ。拾ってくれた親父が居たんだけど、まともな商売をしてないところで、俺は生きるためになんでもやってきたさ」

 俺の前の生贄にされた子供が飯村真二だったのだ。
 彼が語る半生は、まるでこれからの俺の人生のような気がする。

「母が」
「ん?」
「母が、その時の聖女でした」
「……えぇ、ええ!?」

 飯村はまじまじと俺を見つめる。

「……え?もうこんなに大きな子供が……?」
「……」
「え?聖女の子をまた召喚に使っちゃうの?酷い話過ぎないか……」

 ひとしきり驚いてから、飯村は生まれた家で知っていた知識を俺に教えてくれた。

 先祖の聖女は、度々、荷物を引き寄せることが出来たと記録が残っていたこと。

「元の世界からもって来た荷物と引き換えに、元の世界のものを持ってこれたんだ」

 例えば、持ってきたノートと引き換えに、別の本を呼び寄せられたという。

「だから恐らく、元の世界の血を引いた俺たちと引き換えなら、聖女を呼び寄せられると思ったんだろう。取り替え子だ。そう言うことだったんだと思う」
「……」

 母の儚い笑顔を思い出す。

 ――『お母さんはあなたに会えて幸せになれたの』

「……くそ!!許せない……許せない、許せない!!」

 がんっと床を叩いて叫ぶ。

 無理やり連れてこられた母は、同じように俺が飛ばされることを見越していた。悲しげな笑顔で愛してると語りながら、死を待つようにベッドに横になり続けた。

 あんな風に死ななければならない人ではなかったはずだ。

「どうしたら……やつらに復讐出来るんだ!?お願いだ、飯村……魔法を教えて欲しい。俺にも使えないのか?命などいくらでも削ってもいい!」

 縋るように飯村のシャツを両手で掴む。

「飯村……俺がお前の仇も打つ!あいつらを殺してくる!!お願いだ、俺に魔法を教えてくれ……!」

 飯村は困惑したように俺を見つめ、そして俺の両腕を掴んだ。

「頭ぁ、はっきりしろ!」

 彼の怒声が部屋に響く。

「俺は復讐など、望んでいねぇー!!」
「……」
「自分の復讐なら、自分でしろ!俺を巻き込むな!子供に命削らせる真似なんてさせねぇよ!」
「……飯村!ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!」

 飯村に掴みかかり、床に押し倒しもみあう。

「大人しくしろやー!!」
「飯村……!」

 すると玄関から激しい音が聞こえて扉が開いた。

「しんちゃん……!?」

 髪の長い、色白の女性が杖を持ち立っていた。
 彼女は杖を転がせると、這うようにして部屋に転がり込んで来た。

「しんちゃん!?しんちゃん!?無事?どうしたの!?」

 彼女は恐らく盲目だ。
 焦点の合わない目線で、両腕だけで飯村を探している。
 彼女に気圧されるように俺は飛び退くと、飯村は彼女を掻き抱いた。

「大丈夫だよ、心配いらねぇ……」
「しんちゃん……良かった」

 そこにあるのは、思い合う一組の恋人たちの姿だった。

「同郷の子が来てたんだよ」
「同郷……?魔法の国の?」
「ああ」

 魔法の国……。

 飯村は俺を見上げて言った。

「こいつにはなんでも話してある。お前も気にせず話せ。嫁だよ。静子だ。こいつが入院していたから、俺はお前を探し出すのにこんなに時間がかかっちまった」

 少なからず俺はショックを受けた。

 この世界で恋人を作り、そしてその相手にも全てを打ち明けている――?

 そんなことを想像もしていなかった。

「俺ぁ良いんだよ、あんな俺たちを人とも思わない世界にいるよりは、こいつに出逢えて、ここに来れて、これで良かったんだと思ってんだよ」
「しんちゃん……」

 すっかり、毒気は抜かれた。

 その日飯村は、帰り際に言った。

「俺だって初めは憎んでたさ。世界の全てをな。でも今は、そんな必要はなかったんだって分かるんだ。お前にはまだ分からないだろうが、ただ後で後悔するようなことだけはするなよ」






 内面の苛立ちは抑えられなかったけれど、いたずらに何かに当たるのはやめた。

 何が心境の変化になっていたのかは分からない。ただ、決めつけるのをやめただけだ。

 この世界に落とされてから、安穏な世界で俺だけが弾かれているのだと、二つの世界でたった一人の被害者であるのだと……ずっと心のどこかでそう考えて来た。

 飯村と静子が抱き合う姿を見た時。

 確かに、俺は、少しだけ自分を恥じていたのだ。






 それでも心は冷えて行く。
 満たされない心に雪が降り積もる。
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