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月人side
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しおりを挟む(*月人sideだけで単独で読んで頂けます。その為、聖女sideと手紙の内容と終盤の会話が重複します)
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俺は、ぽとりと、落とされた。
まるで一つの異物が紛れ込むように、見知らぬ世界で一人尻餅をつく。
顔を上げると、驚愕するような光景が広がっていた。
(ここ……どこ?)
見たことのない乗り物が行き交う。何かの騒音。高過ぎる建物。人人人。着ているものも見たことがない。
「あっぶねーな!」
「きゃ!汚い」
「ぼうや?迷子……?」
ふらふらと彷徨い歩くと、罵声や、訝しみ、戸惑いの言葉が掛けられる。
――『神の言葉』で。
聖女である母しか知らなかったはずのその言葉が、世界に飛び交っている。
「……お母さん?」
死んだ母を呼ぶ。
けれど返事が返ってくることはない。
「お母さんの国なの……?」
まだ10歳。
母が死んでからは孤児院で育った俺は、身の回りのことは出来るけれど、一人で生きて行くことまで出来ない。
(確かに神殿に居たのに……)
無理やり連れて来られて、逃げ出そうとはしていたけど、逃げられなかったのに。
神官が手を振り上げた直後、景色が変わったのだ。
彼はあの時なんと言っていた?
―― 『神の国のお力を分け与えてくれる聖女様を、どうか、神の血を引くこの子供と引き換えにお送りください』
(引き換え……?)
ぞわりと寒気がした。
とてもとても、嫌な予感がした。
神事の最中に、見知らぬ土地に飛ばされた。
まさか、と思う。
けれど愕然と辺りを見回しても、ここはどう見ても自分の生まれた国ではなかった。
(……白い?)
何か白いものが視界を遮る。
空から、綿のような塊が降ってきていた。
体にあたるとヒヤリと冷たく、溶ける。
「わぁ、雪だね」
「あ。雪!」
(ゆき……)
おそらく、この白い塊のことを言うのだろうと思う。
呆然と空を見上げていると、体も、心も、冷えてゆく。
ゆきが降る。
降り続ける。
まるで俺を消すように、世界を、白く染めて行く。
そして数日後、道端に倒れていた俺は、この国の役人に保護された。そして知る。ここは真実神の世界で、生まれた世界とは別の世界だと。
日本、という、かつて聖女だった母が生まれた国であるのだと。
そしてこの日からずっと――
心に、冷たい雪が降り続けている気がしている。
小さな俺は母に聞いた。
「どうして神の言葉を僕に教えるの?」
神の言葉は、聖女であった母が引退するまでの間、神に祈りを捧げるために使っていた特別な言葉だ。ただの子供である俺には必要のないもの。
「月人はいずれこの言葉が必要になるからよ」
「僕が?」
母は体が弱く、ほとんど寝たきりだった。
けれどベッドの上に懸命に起き上がると、俺を抱きしめながら、言葉を一つずつ教えてくれた。
「覚えたらきっと、いつか大切な人と、この言葉で想いを伝え合えるようになれるわ」
「ふうん。お母さんも?」
「……そうね。私は、月人と伝え合えるわ」
俺は幼少期、父の姿をほとんど見たことがなかった。
体の弱い母と俺は、屋敷の離れに閉じ込められるように暮らしていた。
「後どれくらい、あなたに教えられるのかしら……」
母はきっと知っていた。
自分の命は長くないこと。子供の俺が、いつか新たな聖女を呼び出すための生贄にされるだろうこと。
「愛してるわ、月人……。覚えて置いてね。お母さんはあなたに会えて幸せになれたの。でもね、月人も幸せなら、お母さんはもっと嬉しい。いつかお母さんが居なくなっても、あなたが幸せでいてくれたら、お母さんも幸せなんだって、忘れないでね」
「嫌だよ、居なくならないでよ」
「ふふ、そうね。でもね、誰でも親の方が先に亡くなるのよ。忘れないでね。あなたが大人になっても、月人の幸せがお母さんの幸せなんだって、覚えていてね」
母は俺を愛してくれていた。
世界で一人、俺を慈しんでくれた人。
そして7歳の10度目の月。母は死んだ。
母が亡くなった後は父は俺を領内管轄の孤児院に預けた。母に愛がなければ子供にもなかったらしい。
俺はそこで他の子供たちと同じように育てられ、母がいない寂しさ以外には、孤児院には不満など何もなかった。
院長や世話役の女性は、穏やかで思慮深い人たちだった。この世界で黒髪であることは忌み嫌われるのに、彼らは戸惑いながらも受け入れてくれていた。
「院長たちは俺が怖くないの?」
そう聞いたことがある。
「怖くはありません。たとえ怖かったとしても、それはあなたが怖いわけではありません。私たちはいつも、神に心を問われているのです」
院長は、祈りの時間をとても大切にしていた。
心を無垢にするように、熱心に祈る彼の姿をよく見ていた。
そんなある日のことだった。
「なんだよ!お前らは!!」
神殿からの使いがやってきた。
神官の衣に身を包んだ者たちが、俺の両腕を拘束して連れ去ろうとする。
「お待ちください。一体どういうことでしょう?」
「神事を行うにあたり、前聖女様のお子の立ち合いが必要になりました」
「そんな……手荒な……」
引き止めようとする院長が俺たちに追い縋るように駆け寄って来たけれど、俺は無理やり馬車に乗せられた。
そして神殿にたどり着くと、神事はすぐに行われたのだ。
「これより、聖女様召喚の儀を行います――」
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