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聖女side

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 今から10年前に行われたのは、別の世界から『聖女を召喚する』ための儀式だ。

 しかし正確に言うならば、話は32年前に前任の聖女が召喚された時まで遡る。

 世界から聖力が衰え始め、数百年ぶりに『聖女』を呼ぶことになったのだ。

 欠けた聖力は、もうこの世界だけでは補えない。
 ならば、余るほど聖力のある世界から引き寄せればいいのだと、それが、聖女召喚の発端だったのだ。

 かつて落ち人が居た。異世界からの訪問者。
 彼女は無限な聖力をこの世界にもたらし、世界に繁栄を与えた。

 人々は彼女の功績を讃え、また月の使者として神を敬った。
 けれど年月は人にそれを忘れさせる。

 神への信仰が薄れ行く世界から、魔法の力の根源が失われていき、聖女そのものを魔力を補うための手段とした。

 それがおそらく、間違いのはじまりだ。

 かつて落ち人である聖女が、自らの力で元の世界に戻れた者がいた。その時の手段は、かつての世界の自分の持ち物と、自分自身を引き換えにするというものだった。

 彼女は元の世界で、抱き枕と呼ばれる大きな枕を抱え毎晩眠っていたのだと言う。その枕と交換で、自分自身を元の世界に戻してもらえるように神に祈った。

 その願いは叶えられた。
 消えた聖女の代わりに、何かの人の形をした絵が描かれている抱き枕だけが残っていたと言う。

 そして歴史の中で幾度も聖女召喚は行われる。

 32年前の聖女召喚の儀式。

 長く儀式はしていなかったけれど、神殿の者たちは長い歴史から知っていた。何かと交換されるのであれば、聖女を召喚することが出来るのだと。

 聖女の血を引く末裔と引き換えに、新たな聖女を呼び出したのだ。末裔の子は当時12歳。何も持たされずに異世界に飛ばされた。

 そして呼ばれた聖女は、月人の母。
 彼女は当時10歳。20歳まで聖女をこなし、結婚させられ子供を産んだ。

 そして月人が10歳の年。

 新たな『聖女召喚の儀式』が行われた。聖女の子ツキトの体と引き換えに、聖女を呼び寄せるために。











「……なぜ返還の儀をしなかった」
「ひっ」

 月人が腕を一振りすると、暗闇が落ちていくように、神官たちがバタバタと床に倒れて行く。苦しそうに体を押さえながらうめく。

「都合の悪いことを、何一つ話そうとしない。何も悪いことなど知らないような顔をして、大事な話を偽り続ける。それがお前たちだ」

 月人が冷酷な表情を彼らに向けると、神官長の声が響く。

「私たちは何も悪いことなど!神に背くことなどしておりません!」
「……聖女」

 月人のまなざしが私に向けられる。

「お前は、記憶を失ったことに疑問を感じていなかったか?」
「……え?」
「不自然なほどに、故郷の記憶を思い出せなくなっただろう?」

 そう言われてみると、その通りだ。
 幼いときに寂しくて泣き続けていたら、ある日高熱を出し寝込んでから思い出せなくなったのだ。

「こいつらがしたんだ」
「え……」
「魔法だ。頭をいじる。聖女が導いてくれた聖力を使い、こいつらはお前の記憶を消した」
「……」

 私の記憶は、意図的に消されていた――?

 まさか、と思いながらも、それを否定できるものはなにもないように思えた。

「……パパとママのことを忘れさせた……?」
「そうだろう?神官長」

 振り向くと、顔を青くさせ喚いている。

「私は知らない!当時のことなど、私は関係がない」
「……」

 別の世界から連れ去られ、無理やり家族のことを忘れさせられ、この世界のために働かせられた。そして婚姻をさせられそうになっていた――?

「あなたの充たした聖力は碌なことには使われていない。多額の金を寄付させるために、貴族たちのちょっとした傷を癒すために使われるくらいだ。なあそうだろう?神官長」
「ひい」

 怯えるだけで何も答えない彼の様子が、その答えに思えた。

 他の神官たちを見つめても、自分たちには関係がないように視線を逸らせる。

 ここにいる人たちは、誰も、何も、悪行を犯した自覚すら持っていない。

「私」
「……ああ」
「私は、何のために生きていたの……?」

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