上 下
8 / 32
聖女side

8

しおりを挟む

 私に向けられる漆黒の瞳は、穏やかそうに見えながらもどこか寂しそう。心の中で想像していた彼にそっくりだと思う。

 私と彼の『神の言葉』の交わし合いに、神官たちが慌てる。

「お前はまさか10年前の」
「ああ似ている」
「不吉な子供!」

 10年前?
 私がここに連れてこられたのは10年前だ。

 月人は彼らを一瞥してから顔を伏せ、肩を揺すって笑い出した。

「……ハハッ……ハハハハハハッ!!」

 彼は人が変わったように、醜く歪んだ笑みを浮かべると、豪快に笑い出した。

「あははは!!ああ……おかしい!!」

 狂人のように彼は語る。

「聖女の祈りを、10年!受け取り続けた!凄まじい魔力量になったよ。まさかこんなに力を抱えられるとは思いもしていなかった。ああ、この世界から追い出されて本当に良かったと思ってる。今なら、お前たち全てを殺すことが出来る!何て愉快なんだ!!」

 彼の言葉に神官たちが困惑している。

「お前たちは俺を覚えていたのか?なのに、返還の儀は行わなかったのだろう?いいや、いいんだ、聞くまでも無い。廃れた儀式だ。聞いているよ。以前の、聖女の末裔からな」
「まさか……」
「生きていたことなど一度もないと……」
「我々は神のお言葉どおりに……」

 ざわめき出す神官を、彼は一喝した。

「黙れ!!」

 彼の言葉とともに、空気がどろりと暗くなる。
 魔法だろうか。世界が闇に包まれるように感じる。

「なぜ俺が魔法を使えるのか不思議そうだな。教えてないものな、歴代の聖女にも、その子にも、その使い方を!使えるのに、教えなかった。……なぜだ?」

 月人はその視線を神官たちの後ろに向ける。

「神殿長。久しぶりだな」
「……お久しぶりですございます。ツキト様」

 彼の前に、神殿長が歩み寄る。
 不機嫌そうな月人の睨みに、神殿長は礼を取ると言った。

「ご存命、心から嬉しゅうございます」
「どの口がそう語るのか。お前は殺されたいのか?」

 またどろりと空気が暗くなり、神官たちが悲鳴を上げる。

「なぜ俺が生きてると思う?育ての親は誰だと思う?お前たちの捨てた、聖女の末裔だよ」
「……まさか」
「そのまさかだ。彼は生きていた。聖女の血を引きながらも、魔法の使い方を知る者。そして捨てられた者。俺に全てを教えてくれた者。今の俺の魔力ならば、ここにいる全員を殺すことも可能なんだ。分かるよね。神の力を感じ取れるはずの君たちならば、この力を感じられるよね?俺は君たちに人間扱いされなかったから、当たり前だけど君たちのことも人間には思えないんだ。この場の人間をぺちゃんこにしても、蟻を捻り潰すくらいの罪悪感は感じるかもしれないけど、その程度なんだ」
「そのようなことをおっしゃるのはおやめください。ツキト様」

 神殿長のその口ぶりは、さっき私を諌めたときと同じ種類のものに思えた。責められることへの罪悪感などなく、清く正しい大人が子供を嗜めるような口調だ。

 月人は片手を上げると、神殿長の前にかざす。

「死ぬか?」

 彼の台詞とともに神殿長が床に倒れ込む。

「ぐはっぐはっ……!!」
「神殿長……!!」
「神殿長!」

 喉元を押さえ、呼吸が出来なくなっているであろう神殿長は、苦しさに床をのたうち回っている。

「こいつはもういい。神官長」
「……は、はい」
「無垢な聖女様に、ご説明差し上げて?彼女は何も知らないんだ。だって当然だろう?君たちが何も伝えていなかったのだから」
「そのようなこと」
「……なんだ?」

 月人が神官長に腕をかざす。

「ひぃ!」
「早く、説明しろ」

 神官長はあたふたと慌てるようにしてから私に向き直った。

「わ、私どもが返還の儀を行わなかったのは……」
「違う」

 月人が言葉を遮る。

「え?」
「もっと前からだ」
「前というと……」
「召喚の儀の話からだ」

 ――召喚の儀。

 それは初めて聞く言葉だったけれど、神官たちの表情から、彼らが皆知っているものだと分かる。

「しょ、召喚の儀は今から10年前、ツキト様が10歳、聖女様が9歳のお年に行われました。前の聖女様のお子であるツキト様と引き換えに、神の国から聖女様をお迎えするための儀式でございます」

 私とツキトを引き換えるための、儀式――?

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の夜の余韻~婚約者を奪った妹の高笑いを聞いて姉は旅に出る~

岡暁舟
恋愛
第一王子アンカロンは婚約者である公爵令嬢アンナの妹アリシアを陰で溺愛していた。そして、そのことに気が付いたアンナは二人の関係を糾弾した。 「ばれてしまっては仕方がないですわね?????」 開き直るアリシアの姿を見て、アンナはこれ以上、自分には何もできないことを悟った。そして……何か目的を見つけたアンナはそのまま旅に出るのだった……。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】私を虐げる姉が今の婚約者はいらないと押し付けてきましたが、とても優しい殿方で幸せです 〜それはそれとして、家族に復讐はします〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
侯爵家の令嬢であるシエルは、愛人との間に生まれたせいで、父や義母、異母姉妹から酷い仕打ちをされる生活を送っていた。 そんなシエルには婚約者がいた。まるで本物の兄のように仲良くしていたが、ある日突然彼は亡くなってしまった。 悲しみに暮れるシエル。そこに姉のアイシャがやってきて、とんでもない発言をした。 「ワタクシ、とある殿方と真実の愛に目覚めましたの。だから、今ワタクシが婚約している殿方との結婚を、あなたに代わりに受けさせてあげますわ」 こうしてシエルは、必死の抗議も虚しく、身勝手な理由で、新しい婚約者の元に向かうこととなった……横暴で散々虐げてきた家族に、復讐を誓いながら。 新しい婚約者は、社交界でとても恐れられている相手。うまくやっていけるのかと不安に思っていたが、なぜかとても溺愛されはじめて……!? ⭐︎全三十九話、すでに完結まで予約投稿済みです。11/12 HOTランキング一位ありがとうございます!⭐︎

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

奪われる人生とはお別れします ~婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました~

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ※他サイト様でも連載中です。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 本当にありがとうございます!

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

【R15】婚約破棄イベントを無事終えたのに「婚約破棄はなかったことにしてくれ」と言われました

あんころもちです
恋愛
やり直しした人生で無事破滅フラグを回避し婚約破棄を終えた元悪役令嬢 しかし婚約破棄後、元婚約者が部屋を尋ねに来た。

処理中です...