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聖女side
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しおりを挟む20歳、1度目の満月の日。
神殿での昼の祈りが終えると、神官たちは私を取り囲み、恭しく頭を下げるとこう言った。
「今まで、長きに亘るお勤めをありがとうございました」
長きに亘るお勤め――?
突然の彼らの言葉に呆気に取られる。
「本日で、聖女様のお役目はおしまいでございます」
「……聞いてないわ」
掠れた声で言う。
今日で、終わり?聖女ではなくなる?
これはどう言うことなのだろう。
「シャーリャン様からのお告げがございました。魔法球はすでに満たされております。あなた様の祈りはもう必要ないとのこと。聖女様には退任されたのち、ハーレィム公とご成婚頂き、次代の聖女を迎えるためのお子をお作り頂きます」
――結婚して次代の聖女を迎えるための子を作る?
何を言っているのかも分からない。
そんな馬鹿なと思いながらも、けれど彼らが冗談など言うはずがないことも知っていた。
「嫌よ!」
咄嗟に叫んでいた。
心のどこかでは、願っていたのだ。いつか聖女ではなくなったときには、あの人を探しに行けるのではないかと、自由になれるのではないかと。
まさか聖女を退任したあとに、それ以上のものを課せられるようになるのだとは思いもしていなかった。
「シャーリャン様のお言葉は私どもの全てでございます」
彼らのゆったりと語る言葉に、背筋が凍るように思う。
違う。
本能的に私はそれを理解する。この世界で一番に神に近い私ですら、神の声など聞いたことはない。彼らに聞こえるわけがないのだ!
前任の聖女も20歳で退任した。初めから決まっていたに違いない。
彼らは神を信仰している。
いや違う、信仰している集団に属している。
もはや彼らの神の声は、その集団の意思の言葉なのだ。
神殿に必要なものを、神の言葉を代弁するように語るだけ。
神を信じているようでいて、神の名を偽れるほど、神への信仰を無くしている。
こんな世界では、聖力が欠乏して当然なのではないか!
心に絶望が渦巻く。
私はこれまでの人生、こんな人たちのために尽くして来たのか。
「嫌よ……嘘よ、嫌ぁ!!」
「聖女様」
「私を自由にして、叶わないなら、永遠にここに閉じ込めて!神に祈るわ。力を分けてもらうわ。それが私に出来ることなのでしょう?ずっとそう言って来たでしょう?そのために、私を攫って来たのでしょう!?」
神官たちは困ったような顔で立ち尽くしている。
「何をおっしゃっているのですか」
「聖女様どうされたのですか?」
「そのようなことをおっしゃられるものではありません……」
誰一人責められていると言う表情すらしていない。
そのことに私の方が困惑する。
「私の両親はどこの誰なの?誰も答えられないでしょう?それはあなた達が、聖女の力を持った私を、どこか遠い場所から攫って来たからなのでしょう?だれも私に前任の聖女の話をしなかったわ。私を都合よく使い倒すつもりだったからでしょう?ねぇ、私は役にたったでしょう?私のおかげで、たくさんの魔法が使えて多くの人が救えたのでしょう?これからも役に立てるのよ。祈らせてくれてもいいじゃない?結婚?子供?なんの話?私は、なに一つ聞いていないのよ!」
すると、神官たちの奥から、高位の神官が前に出てくると言った。
「聖女様。聖女様のお力は20歳を過ぎますと、徐々に失われて行くのです。ですから我々は、力の無くなってしまった聖女の代わりに、次代のお子が必要なのでございます」
それは最初から最後まで、彼らの都合だけの話だった。
「……私は人間よ」
そんな風に扱われたことは、たぶん一度もなかったけれど。
「私は人間なの!両親の子供で、人を愛する自由がある、ただの一人の女なのよ……」
困ったような顔をするだけで、彼らには少しも言葉が届いている気がしない。彼らは顔を見合わせ合った後、私に向けて腕を伸ばしてくる。
「聖女様向こうで休まれましょう」
「いや、離して!」
「落ち着き下さいませ」
「いや!」
「皆、聖女様を押さえて」
「いやぁ!!」
体を何本もの腕に拘束されて、身動きが取れなくなる。私は、そのまま心まで捕らえられてしまうような恐怖に襲われる。
今までもこれからも、私には自由はかけらも与えられず、神のためという名目のために使い倒されるだけ――
「いやぁ!!月人……月人!助けて、お願い助けに来て……!!月人……っ」
狂ったように彼の名を呼んだ。
どこに住んでいるのかも分からない人。
本当の名前だって、顔すら分からない。
けれどこの5年、確かに私の心を救ってくれた人。
あの人がいるから祈ることが出来た。
だけどもう祈ることが出来ないのだと言う。聖女の力は失われてしまうのだと言う。誰だか分からぬ人と、子供を作らなければならないのだと言う。
「もうやだ……もう、頑張れない……。月人……会いたかった……」
涙がポトリと床に落ちた瞬間。
涙から光が生まれる。
小さな光の粒が段々と大きくなり、神殿を包み込んでいく。神官たちが呆然としている。
「なんだ?」
「光?」
「ああ、シャーリャン様!」
光に飲み込まれると目が開けていられなくなる。
きつく目を瞑り、光に耐える。
いつの間にか、神官たちが私を拘束する腕を離していた。
両手で瞼を覆い、影を作る。どれほどの時間が過ぎたのだろう。
「……だれだ?」
「神ではない……」
「黒髪……?」
神官たちのざわめきが広がり、そろりと目を開ける。もう、光は消えていた。
目の前にうずくまっているのは、一人の青年だった。
黒い髪に黒いシャツ、艶やかな黒髪がさらさらと風に揺れている。
「なんだ!?」
「何者だ!」
彼は動かない。体を押さえ、何かに耐えるようにしていた。
「取り押さえろ!」
神殿長の声が響くと、彼はゆっくりと立ち上がった。
長身の青年は、整った目鼻立ちをしていた。
彫りの深い顔立ちの、その美しい顔で、彼は真っ直ぐに私を見つめている。
「……聖女」
それは私の故郷の言葉。
私は心のどこかで、もしかして、と思う。
「迎えに来たよ」
形の良い唇がそう紡ぐ。
「……月人」
確信を持って彼の名を呼ぶ。
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