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第3章 神都アスカラーム編
第67話 ナギVSナミ ②
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神歴1012年4月7日――ギルティス大陸南東、神都アスカラーム。
午後7時55分――ラーム神殿、礼拝堂。
だんっ!
ナギとナミ、二人がほぼ同時に踏み込みの一歩を刻む。
間合いは、またたくうちに消滅した。
きぃん!
かわいた音を鳴らして、二つの刃が重なり合う。
だが、均衡は一秒と続かず弾けて消えた。
「か、は……っ!?」
前蹴り。
ナギの右足が、ナミの腹部に槍のごとく突き刺さる。ナミは胃液を散らして後方に下がったが、ナギの追撃は無論のこと雷電だった。
まっすぐに心臓を狙った、音速の突き。ナミがそれを弾くと、今度は打ち下ろすような右のロー。カットできずにまともに喰らったナミは体勢を崩したが、当然のようにひざはつけない。つけばその瞬間に、頸動脈を目掛けてビアンコの刃がいかづちのごとく振り下ろされる。
痛みをこらえて、ナミは下から突き上げるように自身のダブルを振るった。
空振り。
当たらない。
あご先をかすめて、ロッソネロが宙を泳ぐ。
が、それは想定のうちだった。
相手の視線が刃の軌道を追った瞬間、ナミは逆側の手で、懐に仕込んでおいた砂袋をつかんで投げた。
ナギの両目を目掛けて。
完璧な、タイミングだった。
が。
「ごぶっ!?」
訪れたのは、鈍い痛みと身体を浮かす鋭い衝撃。
ナミの身体は数メートルの距離を吹き飛んだ。
何が起こったのか、理解はできたが信じはられなかった。
(……掌底、だと? 投げつけられた砂つぶは避けずに目を閉じてやり過ごし、その状態のまま感覚だけでわたしの腹部に掌底を撃ち込んだ。相変わらず、非常識な戦闘センスをしている。見た目に寄らず、文字どおりの『戦鬼』だな。この千年で何を相手に、どれだけの実戦を積み重ねてきたのか。そんな必要などない立場にいたはずなのに……野蛮な男だ)
経験。
斬撃以外の攻撃に対しては、どうしても半テンポ反応が遅れる。致命傷につながる刃の一撃に細心の注意を払うのは当然で――だが、それゆえにナギはその心理を読んで斬撃をエサに使う。まともに喰らった三発は、二人の経験の差を如実に示すものだった。
「どうした? もう『ごめんなさい』をしたくなったのか? おまえは昔から威勢がいいのは最初だけで、少し痛い思いをすると、すぐ『ごめんなさい』と泣いて謝ってきた。だが、千年前ならいざ知らず――今回ばかりはそれで許してやるわけにはいかない。無駄な行為と知れ」
「……泣いて謝るつもりなどないよ。涙など、もう七百年以上も流していない。わたしの中に、もうそんな『水分』は残っていないよ」
「それ以外の『水分』はいろいろと残っているようだがな。が、まだまだこんな量では足りない。床一面に、血反吐を吐かせて眠らせてやろう」
「……いや、朱色のベッドで眠るのはおまえのほうだよ、ナギ。自らが作らせたこの虚飾の棺で、己の業を悔いて永久に眠れ」
言って。
ナミは、ロッソネロを魔法モードへと切り替えた。
慣らしの準備運動が終わり、本格的なバトルの鐘が満を持して打ち鳴らされる。
◇ ◆ ◇
同日7時56分――ラーム神殿、礼拝堂
「揺らぐ九火」
言葉と共に。
九つの火球が、流星となって降り注ぐ。各々が勝手に、不規則に、まるで意思を持っているかのように出鱈目な軌道を描きながら。
ひとたび発動されれば、かわしきることは至難の絶技。
ロッソネロに内包された、最強クラスの下級魔法である。
だが、その回避困難であるはずの攻撃が、いともたやすくかわされていく。
次元の違う反応速度。
誇張なしに残像が見えるほど、ナギの敏捷性は超抜だった。
(……くっ、ちょこまかと……だが、全てをかわしきるのは――)
不可能。
と、そう思った次の瞬間、だがさらなる驚愕がナミの身体を襲う。
「氷の豪雨」
「――――っ!?」
現れたのは、無数の氷塊。
それらが弾丸のごとく、ナミの身体を目指して走る。
あの状況から、ナギが反撃の下級魔法を放ってきたのである。
避け続けることさえ至難であるはずの彼が、隙をついて反撃の攻撃魔法を放って寄越す。それはにわかには受け入れがたい、非常識極まるカウンターだった。
が、だからといって、当たり前だがそこで思考停止に陥るわけにはいかない。
ナミは降り注ぐ氷の雨をバックステップでかわすと、すぐさま視線をナギのほうへと差し向けた。
九つの火球、その全てが回避の憂き目に遭っていた。
ナギが、余裕のまなこで言う。
「ほぅ、今のタイミングで放たれた『氷の豪雨』をかわしきるか。身体能力だけはさすがに侮れないレベルにあるな。が、それでゴリ押しできるのは、相手が自分よりも格下の場合のみ。各上相手には、通用しないよ」
「不遜だな。おまえのほうが各上だと誰が決めた?」
「決めるも何も、おまえが私より強かったことなど一度でもあったか? 千年以上のあいだ、私は常におまえの一歩先を行っている。それが分からぬようでは……」
「分からぬようでは、なんだ? その言葉の続き、ぜひ聞かせてもらいたいものだな」
「!? ……これ、は?」
言葉の途中、怪訝な表情と共にナギの動きがピタリと止まる。
ナミは、シニカルに笑った。
「さっきの砂袋、避けなかったのは失敗だったな。リベカが調合した、飛びきり上等な毒薬だ。ほんの数粒で数時間、大型モンスターの動きを封じることができる代物らしいが――半信半疑ではあったが、おまえ相手でも少しは効果があったみたいだな。何秒動きを止めていられるかは分からないが、そのあいだにこちらも打てる最大限の手を打とう」
最大限。
つまりは――。
ナミはダブルの先端をナギのほうへと突き向けると、速やかに、だが確実に『なすべき大事』をその場に落とした。
「主を失い 虚空を漂う 全ての雷子よ 集え 我が手の中に」
逆転が、にわかに顔を覗かせる。
「雷蛇」
午後7時55分――ラーム神殿、礼拝堂。
だんっ!
ナギとナミ、二人がほぼ同時に踏み込みの一歩を刻む。
間合いは、またたくうちに消滅した。
きぃん!
かわいた音を鳴らして、二つの刃が重なり合う。
だが、均衡は一秒と続かず弾けて消えた。
「か、は……っ!?」
前蹴り。
ナギの右足が、ナミの腹部に槍のごとく突き刺さる。ナミは胃液を散らして後方に下がったが、ナギの追撃は無論のこと雷電だった。
まっすぐに心臓を狙った、音速の突き。ナミがそれを弾くと、今度は打ち下ろすような右のロー。カットできずにまともに喰らったナミは体勢を崩したが、当然のようにひざはつけない。つけばその瞬間に、頸動脈を目掛けてビアンコの刃がいかづちのごとく振り下ろされる。
痛みをこらえて、ナミは下から突き上げるように自身のダブルを振るった。
空振り。
当たらない。
あご先をかすめて、ロッソネロが宙を泳ぐ。
が、それは想定のうちだった。
相手の視線が刃の軌道を追った瞬間、ナミは逆側の手で、懐に仕込んでおいた砂袋をつかんで投げた。
ナギの両目を目掛けて。
完璧な、タイミングだった。
が。
「ごぶっ!?」
訪れたのは、鈍い痛みと身体を浮かす鋭い衝撃。
ナミの身体は数メートルの距離を吹き飛んだ。
何が起こったのか、理解はできたが信じはられなかった。
(……掌底、だと? 投げつけられた砂つぶは避けずに目を閉じてやり過ごし、その状態のまま感覚だけでわたしの腹部に掌底を撃ち込んだ。相変わらず、非常識な戦闘センスをしている。見た目に寄らず、文字どおりの『戦鬼』だな。この千年で何を相手に、どれだけの実戦を積み重ねてきたのか。そんな必要などない立場にいたはずなのに……野蛮な男だ)
経験。
斬撃以外の攻撃に対しては、どうしても半テンポ反応が遅れる。致命傷につながる刃の一撃に細心の注意を払うのは当然で――だが、それゆえにナギはその心理を読んで斬撃をエサに使う。まともに喰らった三発は、二人の経験の差を如実に示すものだった。
「どうした? もう『ごめんなさい』をしたくなったのか? おまえは昔から威勢がいいのは最初だけで、少し痛い思いをすると、すぐ『ごめんなさい』と泣いて謝ってきた。だが、千年前ならいざ知らず――今回ばかりはそれで許してやるわけにはいかない。無駄な行為と知れ」
「……泣いて謝るつもりなどないよ。涙など、もう七百年以上も流していない。わたしの中に、もうそんな『水分』は残っていないよ」
「それ以外の『水分』はいろいろと残っているようだがな。が、まだまだこんな量では足りない。床一面に、血反吐を吐かせて眠らせてやろう」
「……いや、朱色のベッドで眠るのはおまえのほうだよ、ナギ。自らが作らせたこの虚飾の棺で、己の業を悔いて永久に眠れ」
言って。
ナミは、ロッソネロを魔法モードへと切り替えた。
慣らしの準備運動が終わり、本格的なバトルの鐘が満を持して打ち鳴らされる。
◇ ◆ ◇
同日7時56分――ラーム神殿、礼拝堂
「揺らぐ九火」
言葉と共に。
九つの火球が、流星となって降り注ぐ。各々が勝手に、不規則に、まるで意思を持っているかのように出鱈目な軌道を描きながら。
ひとたび発動されれば、かわしきることは至難の絶技。
ロッソネロに内包された、最強クラスの下級魔法である。
だが、その回避困難であるはずの攻撃が、いともたやすくかわされていく。
次元の違う反応速度。
誇張なしに残像が見えるほど、ナギの敏捷性は超抜だった。
(……くっ、ちょこまかと……だが、全てをかわしきるのは――)
不可能。
と、そう思った次の瞬間、だがさらなる驚愕がナミの身体を襲う。
「氷の豪雨」
「――――っ!?」
現れたのは、無数の氷塊。
それらが弾丸のごとく、ナミの身体を目指して走る。
あの状況から、ナギが反撃の下級魔法を放ってきたのである。
避け続けることさえ至難であるはずの彼が、隙をついて反撃の攻撃魔法を放って寄越す。それはにわかには受け入れがたい、非常識極まるカウンターだった。
が、だからといって、当たり前だがそこで思考停止に陥るわけにはいかない。
ナミは降り注ぐ氷の雨をバックステップでかわすと、すぐさま視線をナギのほうへと差し向けた。
九つの火球、その全てが回避の憂き目に遭っていた。
ナギが、余裕のまなこで言う。
「ほぅ、今のタイミングで放たれた『氷の豪雨』をかわしきるか。身体能力だけはさすがに侮れないレベルにあるな。が、それでゴリ押しできるのは、相手が自分よりも格下の場合のみ。各上相手には、通用しないよ」
「不遜だな。おまえのほうが各上だと誰が決めた?」
「決めるも何も、おまえが私より強かったことなど一度でもあったか? 千年以上のあいだ、私は常におまえの一歩先を行っている。それが分からぬようでは……」
「分からぬようでは、なんだ? その言葉の続き、ぜひ聞かせてもらいたいものだな」
「!? ……これ、は?」
言葉の途中、怪訝な表情と共にナギの動きがピタリと止まる。
ナミは、シニカルに笑った。
「さっきの砂袋、避けなかったのは失敗だったな。リベカが調合した、飛びきり上等な毒薬だ。ほんの数粒で数時間、大型モンスターの動きを封じることができる代物らしいが――半信半疑ではあったが、おまえ相手でも少しは効果があったみたいだな。何秒動きを止めていられるかは分からないが、そのあいだにこちらも打てる最大限の手を打とう」
最大限。
つまりは――。
ナミはダブルの先端をナギのほうへと突き向けると、速やかに、だが確実に『なすべき大事』をその場に落とした。
「主を失い 虚空を漂う 全ての雷子よ 集え 我が手の中に」
逆転が、にわかに顔を覗かせる。
「雷蛇」
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