ヤバい奴に好かれてます。

たいら

文字の大きさ
上 下
35 / 37
          3

1

しおりを挟む
「初めて会った時から僕にはあなたしかいないんです」
「…………」
「だから早く諦めてください」
「…………」
「これ以上僕から離れないでください」
 これがこいつのやり方だ。
 こんな普通の恋人みたいなことを言って、こいつは俺の逃げ場所を埋めているだけなんだ。真綿で首を絞められるように、いつの間にか逃げられなくなってしまったんだ。







 ジンジンと蝉が鳴く夏の真っ昼間。俺はTシャツ一枚で、会社員がランチで集まるうどん屋に来ていた。
 ここは前にも三人で来たことのある店で、村上は天ぷらうどん、森田はわかめうどん、俺は天ぷらうどんとカツ丼のセットを食べていた。
「おいしい!」
 天ぷらはサクサクでうどんはモチモチしているし、カツ丼も分厚いカツに甘辛い出汁と卵が絶妙に絡んでいて、最高に美味しく仕上がっている。
 久保田以外が作った料理というだけでも嬉しいのに、本当に美味しくて、箸を持つ手が止まらなかった。
「野坂さん太りましたよね?」
 カツ丼をかき込んでいると、村上に聞かれた。
「そう? 村上くんも太ったんじゃない?」
「あ、わかります?」
 村上が嬉しそうに笑った。
 村上は久保田がいなくなったことでストレスが激減したらしい。元々色白だった顔は、日に焼けて血色が良くなっているし、表情も明るくなっている。前はねずみ男みたいだったのに。
「最近すぐお腹が減るんだよ」
「俺もです」
 村上がにこにこと笑いながら言った。
 たしかに夏なのに食欲が全く落ちていなかった。去年の今ごろは、暑さで体重が減ったのに。なんでだろう?
「いっすね、無職は。のん気で」
「…………」
 猫目の森田が俺をじっと見ながら言った。
 そうか。無職だからか。こんなに心と体が軽いのは。
 村上と同じようにネクタイをはずし、腕まくりしている森田は、村上と違って痩せたように見えた。まるで毛づくろいを忘れた猫みたいだ。
「野坂さん。来週、海行きません?」
「海?」
「はい。お盆休みなんです」
「…………」
 村上の嬉しそうな顔を見ていると言いにくくなった。今日はできるだけ久保田の話はしなないでおこうと思っていたのに。
「実は久保田が家を建てたんだ」
「えっ?」
 二人が同時に驚いた。
「山奥に」
「なんで山奥に?」
「……俺を閉じ込めるため?」
「あー!」
「なるほど」
 適当に言ったつもりだったのに二人はあっさりと納得してしまった。
「でも久保田さんまだ仕事辞めてませんよね?」
 村上に聞かれた。
「うん。だからまずはお盆休みに」
 その後はきっと、毎週末に。
 猫目でうどんを啜る森田に聞かれた。
「野坂さんて今ヒモですよね?」
「…………」
 俺がヒモなのは社会のためなのだが、そんなことを言っても世間に通用しないのは分かっていた。人によっては生産性のない俺を人間とみなさないだろう。
 これも久保田の戦略なんだ。俺をまともな人間社会から引き離そうとしている。それに俺はまんまと引っかかっているんだ。
「ヒモを育てながら家を建てるって、久保田さんのお金ってどうなってるんですか?」
「分からない」
 あいつは人脈という名の人の弱みを使って、思い通りに人を動かしている。ただのサラリーマンではありえないほどに。金の出処もかなり怪しい。
「その謎もこれから解明していくつもりだよ」
 あいつの謎は俺が解くんだ。絶対に。
「帰ってきたら話聞かせてくださいね」
「うん」
 少し日に焼けてふっくらとした村上の笑顔はすごく元気そうだ。仕事が順調みたいだ。生気がみなぎっている。
 反対に、隣の猫目の森田はにやにやと口を歪め、陰気な声で言った。
「帰ってこられなかったりして」
「…………」
 久しぶりに会った森田は、なぜか捨て猫のようにやさぐれていた。







「野坂さん、行きますよ? 大丈夫ですか?」
「うん」
 三日分の用意を鞄に詰めて、車に乗った。横でハンドルを握る久保田は、いつもの眼鏡ではなく、サングラスをしていた。マネキン顔の久保田がサングラスをしていると、まるでSF映画の世界だ。
 久保田の家から別荘まで、通常なら車で四時間かかるらしいが、渋滞を考慮した久保田が作ってくれたおにぎりを食べ切り、眠くなってきたところで久保田の謎の解明に取りかかることにした。
「お前って人間だよな?」
「はい」
「人間から生まれた?」
「はい」
「じゃあ両親はどこにいる?」
「両親はアメリカにいます」
「二人とも?」
「はい」
 久保田が前を向いたまま返事をした。
「兄弟は?」
「腹違いの兄が三人います」
 ……絶対に嘘だ。そんな漫画みたいな家族がそうそういるわけない。こいつは俺を思い通りに動かすためならどんな嘘でもつく奴なんだ。
「初恋は?」
「あなたです」
「…………」
 ……これも嘘だったら良いのに。
「僕に愛も恋も教えてくれたのはあなたです。あなたと出会うまで僕は愛も恋も信じていませんでした」
 すべてが嘘であってくれって思うけど、目が覚めるといつもこいつが隣にいて、俺に現実を突きつけるんだ。
「でも僕とあなたが出会えたことは運命だと思います」
「…………」
 よくそんな恥ずかしいことを臆面もなく言えるもんだ。どんな顔で言ってるんだと顔を見てみたが、もうマトリッ◯スにしか見えなかった。
 高速を降りてようやく渋滞を抜け、車は畑ばかりの田舎道を走り出した。
「まだ着かないの?」
「まだです」
 ラジオをつけ、窓の外を眺めていると、車が田舎道から山道に入っていくのが分かった。木々が横を流れていき、緩いカーブを曲がりながら、山を登っていく。どこまで登るんだろう?
 窓を開け、土の匂いを嗅いだ。虫の音を聞きながらゲームでもしようとスマホを見たら驚いた。
「嘘だ」
「どうしました?」
「電波がない」
 まさかここまで田舎だとは思わなかった。
「家にWi-Fiあるよな?」
「ありません」
「…………」
「野坂さん」
 さっきからずっと、車は揺れながら舗装されていない道を進んでいる。すれ違う車もない。どんどんと人間界から離れていくみたいだ。
「夜の森は素敵ですよ? 真っ暗で何も見えませんから」
「……そこで何をするつもりだ?」
「…………」
 久保田が俺の質問に黙るときは何かを企んでいる証拠だ。まただ。また始まった。久保田がまた何かを企んでいる。
「この先に何がある?」
「愛の巣ですよ。僕があなたのことだけを考えて建てた家です」
「だったらなんで俺に黙って建てたんだよ!」
「僕にはあなただけが人間に見えるんです」
 久保田の念仏がまた始まった。
「…………」
「あなたにだけには優しくしたい。あなただけは傷つくところを見たくないんです。だから僕はあなたを幽閉したい」
 恐ろしい言葉を聞いたところで、ようやく車が止まった。
 森の中で突然現れたログハウスが久保田の別荘だった。太い丸太を組み合わせて作られた、まるでアルプスでヤギを飼っていそうな家だ。
「ご近所さんは?」
 ここに来るまで一軒も家を見なかったぞ。
「ここは三年ほど前に山ごと買いました。設計から始めてやっと今月、家が完成しました」
「山ごと⁉」
 車から荷物を出した久保田が玄関前の階段を上りながら言った。
「小さいですし、長いこと買い手がつかなかった山なので、それほど高くはないですよ?」
 久保田は飄々とした口調で言うけど、山が安いわけないだろ。……ちょっと待て。今、三年前って言ったか?
 鍵を開け、ドアのノブに手をかけた久保田が振り返った。
「ここは僕とあなたが住むために建てた家です。さて、中に入りましょうか」
「…………」
 久保田がドアを開けると、まずは吹き抜けの玄関が現れた。二階建てだと思っていたが、天井が高いだけだった。まるで巨人の家に来たみたいだ。
 そして驚くべきことに、この家には仕切りやドアというものがなかった。キッチンからベッドまで玄関からほぼ全てが見渡せる。靴を脱いで家に上がり、家の中を確認した。
「……どうしてトイレにドアがない?」
「必要ありますか?」
「浴槽も丸見えだが?」
 トイレの横に浴室があるが、水よけに透明のガラスで区切られているだけだった。
「あなたと住むために僕が一から設計しました。素敵でしょう?」
 久保田はいかにも満足げに頷いて見せたが、……やっぱりこいつは異常者だ。
 家の奥に進むほどに、この家の欠陥が目について止まらなかった。本来あるべきものがない。何もかもが丸見えで、絶対にかくれんぼができない家だ。
「お前は俺も変態にするつもりか?」
「二人だけの場所で二人で何をしようが、誰も知ることはできません。ここはあなたと僕の家ですから、あなたが僕にどんな姿を見せようが、僕しか見ることができません。まさに二人だけの世界です」
「…………」
 ポケットに入れていたスマホを確認した。……やはりこの家に、Wi-Fiはなかった。
「まさか三年前に、俺と出会ってすぐに俺と住むためにこの山を買ったっていうのか?」
「はい」
「…………」
 まだそれほど話してもいなかった俺と住むために?
 見た目は牧歌的ではあるが、中身は変態の家を建て、こいつはこれから三日間この家で、文字通り俺を丸裸にするつもりだ。
 この隔離された、完全犯罪もできそうな家で。
 久保田がいつもの能面のような表情に眉だけをひそめて、俺の両肩を掴んで言った。
「長いドライブで疲れたでしょう? まずはシャワーでも浴びて一休みしませんか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

僕が玩具になった理由

Me-ya
BL
🈲R指定🈯 「俺のペットにしてやるよ」 眞司は僕を見下ろしながらそう言った。 🈲R指定🔞 ※この作品はフィクションです。 実在の人物、団体等とは一切関係ありません。 ※この小説は他の場所で書いていましたが、携帯が壊れてスマホに替えた時、小説を書いていた場所が分からなくなってしまいました😨 ので、ここで新しく書き直します…。 (他の場所でも、1カ所書いていますが…)

周りが幼馴染をヤンデレという(どこが?)

ヨミ
BL
幼馴染 隙杉 天利 (すきすぎ あまり)はヤンデレだが主人公 花畑 水華(はなばた すいか)は全く気づかない所か溺愛されていることにも気付かずに ただ友達だとしか思われていないと思い込んで悩んでいる超天然鈍感男子 天利に恋愛として好きになって欲しいと頑張るが全然効いていないと思っている。 可愛い(綺麗?)系男子でモテるが天利が男女問わず牽制してるためモテない所か自分が普通以下の顔だと思っている 天利は時折アピールする水華に対して好きすぎて理性の糸が切れそうになるが、なんとか保ち普段から好きすぎで悶え苦しんでいる。 水華はアピールしてるつもりでも普段の天然の部分でそれ以上のことをしているので何しても天然故の行動だと思われてる。 イケメンで物凄くモテるが水華に初めては全て捧げると内心勝手に誓っているが水華としかやりたいと思わないので、どんなに迫られようと見向きもしない、少し女嫌いで女子や興味、どうでもいい人物に対してはすごく冷たい、水華命の水華LOVEで水華のお願いなら何でも叶えようとする 好きになって貰えるよう努力すると同時に好き好きアピールしているが気づかれず何年も続けている内に気づくとヤンデレとかしていた 自分でもヤンデレだと気づいているが治すつもりは微塵も無い そんな2人の両片思い、もう付き合ってんじゃないのと思うような、じれ焦れイチャラブな恋物語

隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する

知世
BL
大輝は悩んでいた。 完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。 自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは? 自分は聖の邪魔なのでは? ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。 幼なじみ離れをしよう、と。 一方で、聖もまた、悩んでいた。 彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。 自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。 心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。 大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。 だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。 それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。 小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました) 受けと攻め、交互に視点が変わります。 受けは現在、攻めは過去から現在の話です。 拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。 宜しくお願い致します。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

大親友に監禁される話

だいたい石田
BL
孝之が大親友の正人の家にお泊りにいくことになった。 目覚めるとそこは大型犬用の檻だった。 R描写はありません。 トイレでないところで小用をするシーンがあります。 ※この作品はピクシブにて別名義にて投稿した小説を手直ししたものです。

ハイスペックストーカーに追われています

たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!! と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。 完結しました。

処理中です...