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土用の丑の日
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休日の昼下がり。満たされたお腹と心でソファに転がりながら奈々はお気に入りの短編集をペラペラと捲る。
特に予定のない休日は昼前くらいに潤と遅めのブランチを取って、後は各々好きに過ごすことが多い。
在宅ワーカーの潤は仕事をしていることもあるようだが、基本的には奈々に合わせて仕事はせずに、一緒にリビングで過ごす様にしてくれている。
今も潤はフローリングに引かれたラグに腰を下ろし、ソファの肘掛けにもたれる様にして雑誌を捲っていた。
静かな部屋で聞こえるのは雑誌のページを捲る音と、エアコンの微かな稼働音。
何か会話があるわけでもなく、お互いがお互いのやりたいことをして、ただ同じ空間にいる。それだけのことだが、この穏やかに過ぎていく時間が奈々は好きだった。
ちらりと何の気なしに潤の捲る雑誌を目にとめる。この辺りの店を色々紹介しているタウン誌で、そこに載っていたのは……。
「美味しそう……!」
「ん?このプリンアラモード?」
「うん!」
それはとあるホテルのラウンジが掲載されているページだった。
卵の黄色とカラメルの褐色のコントラストが映えるカスタードプリンを中心にリンゴやバナナやメロンにオレンジ、それからバニラアイスとホイップクリーム、プリンの上には真っ赤なチェリーが飾られた正統派ともいえるプリンアラモードの写真と人気メニューの文字が踊る。
「食べに行く?」
「行くー!!」
潤の問いかけに奈々は即答する。今日のおやつはこれに決まりだ。
出かける準備をして2人揃って外に出た。目的のホテルは徒歩10分程の近所にある。ついでに夕飯の買い出しに付き合ってと笑う潤に奈々は頷く。
「今日の夕飯なに?」
「内緒ー」
「えー!一緒に買いに行くのに?」
「ヒントは土用の丑の日でーす」
「あ!わかった!」
歩きながら交わす他愛もない会話が楽しくて、奈々と潤はクスクス笑った。
ホテルのラウンジでプリンアラモードとコーヒーを堪能し、ふかふかのソファで優雅な気分を味わい、窓から見える中庭の緑に癒されて。午後の一時をのんびり過ごした奈々と潤は少し遠回りをして、潤が予約していた蒲焼きを鰻屋へと取りに行った。
それを片手に帰路につき、夕飯の準備を始めた潤の背中を奈々はリビングから見つめる。
平日は仕事に出ていて出来ないから、これは休日だけの楽しみだ。
料理をしている潤を眺めているのが奈々は好きだ。
リズミカルな包丁の音。炒めものの油がはぜる音や煮物のくつくつとした煮炊きの音とか。野菜、肉、魚、それぞれの食材が潤の手で色々な料理に変わっていく。その過程を見ているのは面白い。
あぁでも。今日はそんなに作るものはないようだ。そうだな。今日はメインは買ってきている。
大きな蒲焼き1枚をフライパンで温めて、適当な大きさに切ったら炊きたてのご飯にのせれば完成だ。
鰻丼とワカメと豆腐のおすましにレタスとキュウリのグリーンサラダ。それから白菜のお新香。
ダイニングテーブルに並んだメニューに奈々はいただきますと手を合わせた。
「あ!待って。これも」
そう言って潤が持ってきたのはわさびとネギと刻み海苔。それからお銚子にはいったお出汁だ。
「鰻丼もいいけど、私はこれでうな茶にするのも好き」
「それ美味しそう!」
「美味しいよー。おすすめ」
笑いながら箸を取り、潤もいただきますと手を合わせた。
ふっくらとした鰻は肉厚で柔らかく、甘辛いタレとの相性も抜群だ。ご飯と一緒に口の中に入れれば鰻の香ばしさとタレの甘さとしょっぱさが広がる。
「んー!美味しい!」
眉尻を下げながらほんのりと頬を上気させる奈々。緩む口元が幸せそうで潤も見ているだけで幸せな気持ちになってくる。
「でもなんで土用って鰻食べるの?夏バテ防止だっけ?」
「そうだね。丑の日に『う』の字がつく物を食べると夏負けしないなんて言われてるし」
でも鰻を推したのは平賀源内だよと潤。
「知人の鰻屋さんに暑くて売れない、どうしようって相談されて『本日丑の日』ってのぼり立てたら?って提案したのがきっかけだとか」
「そうなの?」
「らしいよー。『う』のつくものでいいならうどんや梅干しなんかが夏にはさっぱり食べれていいよね」
「梅うどん!美味しそう!!」
「じゃあ二の丑は梅うどんにしようね」
「やったー!」
楽しみだー!と笑いながら、奈々は鰻を口に運ぶ。半分ほど食べたところで薬味をのせて一口。ネギが鰻を引き立てるいいアクセントのなっていて、わさびの爽やかな風味がタレと絡み合い鼻を抜けていく。美味しい。最後はだし汁をかけて。タレの深い味わいと薬味のアクセントはそのままにさっぱりとした味わいになる。さらさらと食べられるお茶漬けは締めには最強だ。
「ごちそうさまでした!美味しかったー」
一つの丼で三つの味を楽しめるとは思わなかった。満足げに息をつく奈々に潤もごちそうさまと手を合わせる。
「はぁー。ご飯が美味しいって幸せだね。いつもありがとね、潤」
「どういたしまして。奈々が喜んでくれたら私も嬉しいよ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。今日も明日も明後日も。二人で食卓を囲んで、一緒に食べるご飯は美味しくて幸せだ。
ご飯を美味しいと思えるうちは夏バテなんてしないだろうなと奈々は思う。
あれ?潤のご飯が美味しくなかったことある?ないな。
それなら、この夏もきっと潤と二人、夏バテ知らずで楽しく過ごしていけるだろうな。そんな予感を胸に奈々は食器をキッチンへと運んで行った。
特に予定のない休日は昼前くらいに潤と遅めのブランチを取って、後は各々好きに過ごすことが多い。
在宅ワーカーの潤は仕事をしていることもあるようだが、基本的には奈々に合わせて仕事はせずに、一緒にリビングで過ごす様にしてくれている。
今も潤はフローリングに引かれたラグに腰を下ろし、ソファの肘掛けにもたれる様にして雑誌を捲っていた。
静かな部屋で聞こえるのは雑誌のページを捲る音と、エアコンの微かな稼働音。
何か会話があるわけでもなく、お互いがお互いのやりたいことをして、ただ同じ空間にいる。それだけのことだが、この穏やかに過ぎていく時間が奈々は好きだった。
ちらりと何の気なしに潤の捲る雑誌を目にとめる。この辺りの店を色々紹介しているタウン誌で、そこに載っていたのは……。
「美味しそう……!」
「ん?このプリンアラモード?」
「うん!」
それはとあるホテルのラウンジが掲載されているページだった。
卵の黄色とカラメルの褐色のコントラストが映えるカスタードプリンを中心にリンゴやバナナやメロンにオレンジ、それからバニラアイスとホイップクリーム、プリンの上には真っ赤なチェリーが飾られた正統派ともいえるプリンアラモードの写真と人気メニューの文字が踊る。
「食べに行く?」
「行くー!!」
潤の問いかけに奈々は即答する。今日のおやつはこれに決まりだ。
出かける準備をして2人揃って外に出た。目的のホテルは徒歩10分程の近所にある。ついでに夕飯の買い出しに付き合ってと笑う潤に奈々は頷く。
「今日の夕飯なに?」
「内緒ー」
「えー!一緒に買いに行くのに?」
「ヒントは土用の丑の日でーす」
「あ!わかった!」
歩きながら交わす他愛もない会話が楽しくて、奈々と潤はクスクス笑った。
ホテルのラウンジでプリンアラモードとコーヒーを堪能し、ふかふかのソファで優雅な気分を味わい、窓から見える中庭の緑に癒されて。午後の一時をのんびり過ごした奈々と潤は少し遠回りをして、潤が予約していた蒲焼きを鰻屋へと取りに行った。
それを片手に帰路につき、夕飯の準備を始めた潤の背中を奈々はリビングから見つめる。
平日は仕事に出ていて出来ないから、これは休日だけの楽しみだ。
料理をしている潤を眺めているのが奈々は好きだ。
リズミカルな包丁の音。炒めものの油がはぜる音や煮物のくつくつとした煮炊きの音とか。野菜、肉、魚、それぞれの食材が潤の手で色々な料理に変わっていく。その過程を見ているのは面白い。
あぁでも。今日はそんなに作るものはないようだ。そうだな。今日はメインは買ってきている。
大きな蒲焼き1枚をフライパンで温めて、適当な大きさに切ったら炊きたてのご飯にのせれば完成だ。
鰻丼とワカメと豆腐のおすましにレタスとキュウリのグリーンサラダ。それから白菜のお新香。
ダイニングテーブルに並んだメニューに奈々はいただきますと手を合わせた。
「あ!待って。これも」
そう言って潤が持ってきたのはわさびとネギと刻み海苔。それからお銚子にはいったお出汁だ。
「鰻丼もいいけど、私はこれでうな茶にするのも好き」
「それ美味しそう!」
「美味しいよー。おすすめ」
笑いながら箸を取り、潤もいただきますと手を合わせた。
ふっくらとした鰻は肉厚で柔らかく、甘辛いタレとの相性も抜群だ。ご飯と一緒に口の中に入れれば鰻の香ばしさとタレの甘さとしょっぱさが広がる。
「んー!美味しい!」
眉尻を下げながらほんのりと頬を上気させる奈々。緩む口元が幸せそうで潤も見ているだけで幸せな気持ちになってくる。
「でもなんで土用って鰻食べるの?夏バテ防止だっけ?」
「そうだね。丑の日に『う』の字がつく物を食べると夏負けしないなんて言われてるし」
でも鰻を推したのは平賀源内だよと潤。
「知人の鰻屋さんに暑くて売れない、どうしようって相談されて『本日丑の日』ってのぼり立てたら?って提案したのがきっかけだとか」
「そうなの?」
「らしいよー。『う』のつくものでいいならうどんや梅干しなんかが夏にはさっぱり食べれていいよね」
「梅うどん!美味しそう!!」
「じゃあ二の丑は梅うどんにしようね」
「やったー!」
楽しみだー!と笑いながら、奈々は鰻を口に運ぶ。半分ほど食べたところで薬味をのせて一口。ネギが鰻を引き立てるいいアクセントのなっていて、わさびの爽やかな風味がタレと絡み合い鼻を抜けていく。美味しい。最後はだし汁をかけて。タレの深い味わいと薬味のアクセントはそのままにさっぱりとした味わいになる。さらさらと食べられるお茶漬けは締めには最強だ。
「ごちそうさまでした!美味しかったー」
一つの丼で三つの味を楽しめるとは思わなかった。満足げに息をつく奈々に潤もごちそうさまと手を合わせる。
「はぁー。ご飯が美味しいって幸せだね。いつもありがとね、潤」
「どういたしまして。奈々が喜んでくれたら私も嬉しいよ」
二人で顔を見合わせて笑い合う。今日も明日も明後日も。二人で食卓を囲んで、一緒に食べるご飯は美味しくて幸せだ。
ご飯を美味しいと思えるうちは夏バテなんてしないだろうなと奈々は思う。
あれ?潤のご飯が美味しくなかったことある?ないな。
それなら、この夏もきっと潤と二人、夏バテ知らずで楽しく過ごしていけるだろうな。そんな予感を胸に奈々は食器をキッチンへと運んで行った。
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