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第九十一話(バトンタッチ)

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ーー時は再び遡り、二年前の某日。
舞台は昼下がりの河原。

芋蔓式に繰り出される数多の機鋒が、敵を射抜こうと雨霰と降り注いだ。
滝登ツクネの念動力が発動し、河原の周辺に散らばる幾つもの小石が空中に浮遊。矢継ぎ早に吉沢大地を奇襲する。

「ちょっと待てっ、俺はお前等の敵じゃねぇ……」

「うるせぇ!蜂の巣になりたくなきゃ今すぐこの場から失せろ!」

そうかりかりするなよ、同類。
こっちは遠路はるばる、態々説得しに来てやったんだぜ。

殺気を察知した瞬間に、後天的に授かった能力を行使して体中を堅牢に強固化した。
今の俺は、例え巨人に踏み潰されようが、高層ビルの最上階から落下しようが傷一つ負わないだろう。地味な能力だが、これが案外役に立つ。
熱り立った奴の猛攻が激しさを増した。
キリが無く飛んで来るを、つるぎに手渡されたちゃちなフライパンで軽々と弾き落としていく。
まあ、仮に顔面や急所に当たろうが、ダメージは限りなくゼロに近いんだけどな。

ーーしかし、どうしてこんなもん持たせやがった?

つるぎは何も無い空間から自分の好きなように物を取り出せる。そんな独特な能力を行使して、何の変哲もないフライパンを俺に差し出した。
十中八九戦闘になると予想していたんなら、こんな調理道具じゃなくて、もっと相応しい武器を預けて欲しいもんだ。
まさか、俺が料理好きだからって理由じゃないだろうな……?

「のこのことあたしらの領域に足を踏み入れやがったんだ。挽肉にされようが文句は言えねぇよなぁ。だろ?ずんぐりむっくりな醜いおデブちゃんよぉ」

「上等だ、クソガキ。黙って聞いてりゃイケメンな俺を捕まえてデブだの醜いだの心にもないことほざきやがって。こりゃお仕置きが必要みたいだな」

「はあ?イケメンが何処に居るって?此処にいるのは超絶可愛いツクネちゃんと豚みたいな体型したブサメンの二人だけだぞ」

自分がイケメンかブサメンかは自分でよーくわかっていた大地だが、
ツクネに本当のことを告げられた挙句、その上虚仮にされて酷く憤懣した。

「ああん?今何て言ったんだお嬢ちゃん。よく聞こえなかったなぁ………… 、あんま調子こいてっとギャン泣きさせんぞ」

「はんっ、やれるもんならやってみろよ。掛かって来い、おっさん。返り討ちにしてやる」

「大人びてるってのは認めるがな、俺はまだおっさんって罵られるような歳じゃねぇんだ」

こんな役立たずなフライパンでも、失礼極まりないクソガキの頭を小突くくらいには使えるだろう。
そうと決まればと、天壌無窮に繰り出される小石群を避けることなく我が身に受けて、少しずつ前進を敢行した。
そんな俺の飛び抜けた荒技に奴は舌を捲いている。
次はこっちの番だ。
宋襄の仁になるのは何としても避けたい。……いや、もうなってると言っても過言じゃないか。
最早、過ぎたことはどうでもいい。
こんな益体もない戦闘なんざとっとと終わらして、話を聞いてもらうからな。




ーー火の手が上がる森の中、桜葉つるぎと森羅万の両名が干戈を交えていた。

突如始まった一戦は熾烈を極め、雄大な自然に莫大な損害を齎した。
界隈には根本から破壊された大木が横たわり、歪曲した樹木や生々しい刀痕が刻まれた木々が所狭しと並んでいる。
本来なら堅甲利兵を体現させる人型兵器を相手に伯仲可能な人類など存在しえない。
森羅万と同様に桜葉つるぎもまたそちら側の範疇に分類される存在だ。
だからこそ、一度相対すれば数分と持たない異常な戦争兵器を相手に、互角異常に丁々発止継続を維持出来ていた。

「僕と此処まで渡り合えた人間は君が初めてだよ。そろそろくたばってくれると助かるんだけどな。 ……ちょっとしつこ過ぎるよね」

「そう宣う貴女も大概だけどね。別にあたしは好きで殺りあってる訳じゃないのだけど。そっちが先に仕掛けてきたからやむを得ずこんな状態になってるだけ」

「僕達に、相談…… があるんだっけ? ……良いよ。聞くだけ聞いてあげる。もう立ってるの疲れちゃってさ……。 流石の僕も、半分くらいは人間みたいなものだからね」

万が近場に転がっている大木を背もたれ代わりに腰を下ろしたことで、長時間張り詰めていた空気が久方ぶりに緩和した。
それを確認したつるぎは、造次顛沛の休戦に吐息し、愁眉を開いた。

「そう。頑張った甲斐があってよかった。ようやく話を聞いてくれる気になったのね」

「君、ほんとーに涼しい顔を崩さないね。僕みたいな化け物を相手にしておいて終始余裕だった。敵ながら脱帽するよ」

先の戦闘ですでに満身創痍だった僕の前に現れた新手の敵。
眼前でこちらの顔を覗き込むようにして観察していたのは、自分と同い年くらいの桃色髪の少女だった。
一瞬で息の根を止めるつもりで放った一撃は軽くで受け止められ、未遂に終わり、そこから殺し合いが始まった。
……もっとも、向こうから殺意は一ミリも感じ取れなかったんだけどね。
確か、って名乗ってたかな?
この子は僕の容赦ない一撃一撃を悉く回避して、結局一つも傷を負うことなく現在に至っている。どこからともなく盾みたいなやつとか焼き鳥の竹串みたいな武器を出現させて守りに徹してた。話を聞いて欲しいって執拗に訴えかけてきて、相当鬱陶しかった。
話を聞く気になったのは単に疲れたからって理由だけじゃなくて、この子に自分と似た部分を感じ取ったからかな。

桜葉つるぎもおそらく、不当に実験台にされた人型兵器の一つなのだろう。
でなきゃ、凄まじい機鋒の数々に畏怖することなく向かってくる何て早々出来ない。
大胆不敵で余裕綽々な姿勢にも合点が行く。
僕と比肩出来る存在は高確率で同類だ。

「それで、話って何かな? 大人しく命を投げ出せって類の内容なら、悪いけど肯定しかねるよ。……まあ、君の戦い方を拝見して察するに、そのつもりは無いって何となくわかるけどね。一応は言っとくよ。君に目的があるようにこっちにも歴とした目的があるんだ。是が非でも叶えたい悲願。僕達にとっての終着点がね」

「是が非でも叶えたい悲願ね。それってもしかして、をこの世から葬り去るってこと?」

「君っ、あいつを知ってるの……!? まさか、君もあいつに、不当に人生を弄ばれてっーー」

文字通り相手の話題が飛び出して、思わず身を乗り出してしまった。

「いいえ、違うわ。あたしたち便利屋へあなた達三人の捕縛を依頼してきたのがそいつなの。三億の莫大な金と三枚の手配書を置いて行ってね。最初は依頼を喜んで引き受けるつもりだった。これでにようやく恩返しが出来るって、そう思って。……でもね、の温情溢れる助言に気持ちが変わった。あたし達はその依頼を破棄した」

「えっと…………どういう、こと?」

あいつが僕達を手に負えないと察して、便利屋に大金を積んで依頼を懇願した。
そこまでは何となく分かる。
桜葉つるぎがその誰かの言葉を聞いて気持ちを変えたことも。
……でも、だったらどうして、あいつの馬鹿げた依頼を一蹴した彼女達は此処へ来た?

「歌ちゃんはあたしに、確かにこう言ったわ。って。復讐何て馬鹿な真似は止めて、あなた達は早いとこ自首して罪を償うのが得策。何時までも逃避行や殺人を続けても割りを食うだけ。捕まって死刑にでもなったら元も子もないでしょ?」

「どっちにしても僕達は死刑になる。むざむざ捕まるくらいなら自害した方がマシだ」

「あなた達は死刑にならない。ううん……死刑に何てさせない」

「何を根拠にそんなことが言い切れるのかな」

「そんなの簡単なことじゃない。そいつを引っ捕まえて有無を言わせず吐かせるわよ。あなた達は何も悪くないんだって明瞭な証拠をね」

「そう簡単に事が進むかな。そもそも、どうしてその人は僕達を助けようとするのさ。見ず知らずの赤の他人を救ったところで意味何か何も見出せないと思うんだけど」

その問いの答えはすぐに返ってきた。

「奇遇にも、あたしも昔あなたと同じことを問いかけたわ。あたしが歌ちゃんに救われたのと同じように、歌ちゃんにも手を差し伸べてくれた人が居たんだって。それ以来、困っている人を見掛けたら放っておけない体質になったんだって、そう教えてくれたわ。歌ちゃんに命令されれば、あたしは何だってやるの。今度はあたしが誰かを救ってあげなきゃ。そうでしょ?」

あの日、桜葉つるぎは約束してくれた。

『だから、此処でバトンタッチしましょう。そいつに対する報復はこっちで何とかするから』

その自信に満ち溢れた言葉が、現在の僕の、刑務所生活の細やかな支えとなっていた。

































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