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第九十話(お迎えと寄り道)

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四年生である慈愛の下校時間は二時半と三時半の二通り合って、今日はその前者の日。三時のおやつより前の時間に授業が終わるのは週に二回だ。
それを完璧に熟知している過保護な兄は校門前に十分前にはやって来て、妹の帰還を今か今かと首を長くして待っている。
今日もその筈、だったのだが……、

「テイルさん。ただいまです」

校門前で慈愛が見つけたのは、歩道にしゃがみ込んで野良猫と戯れているテイルの姿だった。言うまでもなくそこに日影の姿はどこにも見当たらない。
声を掛けられたテイルは猫を持ち上げて、胸に抱きしめながら立ち上がり、慈愛の方へ視線を向ける。

「慈愛、迎えに来た。一緒に帰ろ」

テイルの話によれば、日影は急に便利屋からヘルプを頼まれて何日かコンビニの店員をすることになったそうで、暫くは慈愛を迎えに行けなくなったとのこと。
そういう事情で、テイルは日影から慈愛を迎えに行ってくれと頼まれた。大袈裟ではあるが、自分で迎えに行けなくなったことを相当悔やんでいたらしい。

「そうですか。お仕事なら仕方ありませんね。わざわざお迎えに来てくれてありがとうございます」

「へーき。日影も慈愛もいないから、遊んでくれる人がいなくて午前中から暇だった。野良犬と野良猫と遊ぶのが最近の日課。さっきの子は最近出来た友達」

「テイルさんは動物の言葉が理解できるんですよね。猫さんとお友達になれる何て英語が喋れるよりすごいと思います。羨ましいです。尊敬します」

「日影が言ってた。近年稀に見るバイリンガルだって」

「近年どころか、世界初じゃないですか?動物の言葉何て普通分かりませんよ?」

二人仲良く他愛ない会話をしながら自宅を目指す。
その途中「はっ」と何か用事を思い出したように慈愛が声を上げた。
それにびっくりしたテイルが僅かに体を震えさせる。

「慈愛、どうかした?」

「いえ……驚かせてしまってすいません。テイルさん。もし良かったら、私の寄り道に付き合ってくれませんか?」

「……寄り道?どっか行くの?」

「はい。ちょっと用事を思い出したので、今からハンバーガーショップにでも行こうと思います。テイルさんはひょっとして、まだお昼食べたばかりとかですか?まだお腹は減ってないですか?」

「そんなことない。お昼なら十時頃食べた」

「そうですか。だったらちょうどいいですね。晩御飯に差し支えない程度に二人で買い食いでもしましょう」

慈愛が思い出した内容は、午前中の休み時間にルナに職員室に呼び出され交わした会話の一部だ。

『今日ね、夜遅くまで残業になるかもしれないんだ~。夜の学校ってさ、幽霊とか出そうで怖いからやだな~』

『はあ。そですか。そんなこと憔悴仕切った顔で私に話されましても、共感くらいしかしてあげられること無いですが……それで用件は何でしょう?』

『「トイレのなんとかさん」って怪談有名だよね?奥から三番目だか四番目だか忘れたけど、そこに出るんでしょ?暗い廊下とか歩きたくないな~』

『あの……ルナさん、用件を』

『まだあたしが日本に来て間もない頃にね、初めて見た邦画に人体模型が動いて襲って来るシーンがあったんだ。あと、鏡の中に吸い込まれるシーンとか、おじさんの顔した犬とかね、あれは衝撃的だったなぁ……』

『これと言った用事も無いようなので、そろそろ教室に戻ります』

『慈愛たんも一緒に学校でお泊まりしようよ~!』

ガシッと、懇願するように、体を正面から抱きしめられた。
どうやら、冗談や茶化しでも何でもなく本心から恐怖しているらしい。
いつもなら「年上のくせにおばけが怖いなんて情けないです」と言葉に出すところだが、自分も少なからずその気持ちは理解できるので、嘲笑は心の中だけに留めた。

『嫌です。今日の晩御飯は私が作る予定になっていますので、定時でお先に失礼します』

そのお誘いを素気無く断った慈愛だったが、流石に少し可哀想な対応をしてしまったと地味に後悔していた。
そんな訳で慈愛は画策した。お詫びとして夜食用に差し入れでも持って行ってあげようと。
これでもハンバーガーとおにぎりどっちにしようかとか、色々と考えていたのだが、午後の授業に没頭していたためすっかり忘れてしまっていたようだ。

「それでは、私が注文してくるのでテイルさんは席の確保をお願いします」

「わかった~」

慈愛がてりやきバーガーを注文すると話したところ、テイルも同じものがいいとのこと。
ドリンクは慈愛がオレンジジュース、テイルがコーラ、ルナの差し入れ用にメロンソーダを選んだ。ポテトは人数分だ。途中で日影にも買って行こうか悩んだ末、ルナと同じセットメニューを追加。
その旨を店員に伝えて暫し待つ。
商品が出揃ったところで、お盆を慎重に掴み席へと運ぶ。
テイルがキープしていたのは見晴らしの良さげな窓際の席だ。

「お待たせしました。ハンバーガーにポテト。それとコーラです」

「ありがと。もしかして、それが用事?」

「はい。ルナさんに渡そうと思って。それと、お兄ちゃんのぶんも忘れずに買ってきました。この後また学校に向かうつもりですが……」

「一緒に行く」

「ですか。ありがとうございます。テイルさんならそう言ってくれると思ってました。では、食べ終わったら一緒に行きますか」

「うん」

慈愛もかなり食べる方の範疇に入るが、それでもテイルほど鯨飲馬食はしないし食べるのも遅い。慈愛がハンバーガーを半分ほど食べ終わった頃には全てを平らげていた。満足したのか座席の背もたれに体を預けて「美味しかった」と感想を口にする。

「美味しかったですか。それはなによりです。次回はテイルさんが行きたいお店に食べに行きましょう」

「牛丼。焼き鳥。ステーキ」

「お肉料理ばっかりですね。テイルさんらしいと言えばらしいですが……」

「慈愛、これで足りる?」

テイルが衣服のポケットから徐に取り出したのは、くしゃくしゃになった一枚の千円札だ。自分で食べた分は自分で払いたいという意思表示だったのだが、その行為はやんわりと慈愛によって拒否された。

「お金なら気にしないでください。最初からご馳走するつもりでお誘いしたので、大丈夫です」

慈愛は頻繁に歌や光子、たまに日影にもお小遣いを貰っているだけあってか、この歳にして貯金がど偉く溜まっている。
どん底だった何年か前の状況からは予想も付かない程小金持ちになり、先日は到頭「高級芝刈り機」を躊躇なく兄へ貢いだりした。
そんな訳で、ちょっとした買い食いで人数分の飲食代を纏めて払うくらい屁でもなかった。

「ほんとーにへーき?」

「はい。そのお金はテイルさんが欲しい物を見つけた時に使ってください」

一度の確認後、慈愛のお言葉に甘えることにしたテイルは差し出した千円札を渋々ポケットの中にしまい直す。
そしてハンバーガーショップから学校へ向かい、職員室を訪れた二人を襲ったのは、ルナ先生の熱い抱擁だった。

「慈愛たん、ているん、ありがと~っ♪」

「……ぐるしいです、ルナさん。そろそろ離してください。他の先生方に迷惑です」 

「お金出したのは慈愛。テイルは何もしてない」

「ううん、会いに来てくれただけでも嬉しいから全然大丈夫っ!」

差し入れを心の底から喜んだルナ先生は、暫くの間、二人を腕の中から解放してくれなかった。













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