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第八十六話(運命を左右する一年間)
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仮釈放の期間は一年間だ。
この与えられた365日という機会を、問題を起こさずに乗り切れば、俺達は晴れて自由の身となる。
言わばこれは、テイルに課せられた試練なのかもしれない。
一つ気になるのは、万の悲愴な面持ち。
これ以上無いくらいの吉報だというのに、彼女は何処か寂しげな表情を露呈させていて、仲間の門出を心から喜べていない様にも感じた。
テイルの一時解放は、彼女達の宿願を後押ししたと言っても過言ではない。
幼い頃から苦楽を共にした三人の望みは生きて檻の中から脱すること。
ならば今回の僥倖は、前途に光明を見出した筈だ。一歩前進したとも断言出来る。
あの疲弊した表情が、テイルと暫く離れるのが悲しいのだと仮定するのなら合点がいくのだが……、万の意味深な言い回しがどうも引っかかる。何んだか釈然としないのは確かだ。
(……でもま、何んとかなるだろ)
天使国色という四字熟語は、我が妹の為にあるかの様な相応しい言葉だと熟思った。
兄と突然の邂逅を果たした愛らしい妹は、最初こそきょとんとしていたが、徐々にその表情は変化を見せた。
眦に溜まった涙が頬を伝い、袖を絞る様にしゃくりあげ始める。
嗚咽はすぐに慟哭になって、周りを憚らず、声を上げて泣いた。
俺の胸に抱きついてきた慈愛ちゃんは、背が少しばかり伸びていて、髪型の印象も僅かに変わっていた。
兄の仮釈放を自分以上に喜んでくれる妹もそうはいない。
「餃子に納豆入れるんですか?」
「うん。昔に……と言っても子供の時にだけど、歌姉と婆ちゃんと三人で手作り餃子作ったことあってさ」
「こんなこと言うと差し出がましいですけど、その組み合わせって美味しいんですか?」
「ああ。仕込んでみたら予想以上に美味かったんだよ。歌姉には不評だったけどな」
慈愛ちゃんの話によれば、今日は餃子が食べたい気分だったらしく、学校帰りにスーパーに行って、タネになる材料と皮を買ってきたとのことだ。
各々が好きな具材を皮に包んでいく。二人がシーチキンやチーズの餃子を量産する一方で、俺だけは場違いなバナナやアンコといったデザート系の餃子まで量産している。美味しく仕上がるかどうかは実食するまでは不明である。
「私の勘違いかもしれませんが、テイルさんとは一度、何処かでお会いしている気がするんです」
テイルに餃子の包み方を伝授している慈愛ちゃんが、唐突に不思議な話題を振って来た。無論、俺にはちんぷんかんぷんだ。
皆目見当が付かないが……可能性があるとするなら、それはおそらく奉仕作業先での出来事に限定される。
だとしても、慈愛ちゃんと外の世界で会っていたのなら覚えていない筈がない。
もし偶然にもばったり何て状況になったら、喜びのあまり卒倒する自信がある。
「テイルも慈愛に何処かで会ってる気がする。喉まで出掛かってるんだけど……」
「そっか。二人の意見がそこまで吻合するってことは、存外、本当に会ってるのかもな」
「はい。テイルさんの可愛らしい犬耳を以前、何処かで拝見している筈何です」
最初こそ、テイルという存在を受け入れて貰えるかどうか、毫末の不安があった俺だが、楽しそうに歓談する二人を見て、そんなアホみたいな由無し心は一瞬で霧散した。
テイルの身の上話を、話の腰を折ることなく傾聴する慈愛ちゃんは、とても小学生とは思えない。
ウチの妹は豪放磊落で、その上に優しく思いやりがある。何時ぞやのいじめっ子達とは違って、人を簡単に冷笑したり傷付けたりしない。
ーー時刻はあっという間に過ぎ去って、夜の帳が下りた。
「そうです……思い出しました」
「慈愛、尻尾ばっかり洗ってる。くすぐったい」
「あっ、すいません。触り心地が良かったのと、考え事に耽っていたので、つい重点的に……」
「別に良い。それで、何を思い出したの?」
二人仲良くバスタイム中、テイルの身体を懇切丁寧に洗っていた慈愛が、ふと、何かに閃いて顔を綻ばせる。
気付けばテイルの身体は、異常に泡立ったボディソープによって真っ白になっていた。
ちなみに日影は、キッチンにて一人寂しく餃子を焼いている真っ最中。
一緒に入ろうと誘われたが、丁重にお断りした。
今日は歌姉も婆ちゃんも仕事で帰って来ないっぽいし、テイルの紹介とその他諸々についての報告は後日になりそうだ。
一応、仮釈放されたから家に戻って来てるって話は、電話で伝えておいた方が良いかもしれない。
「ケーキ屋さんです。奉仕作業でケーキ屋さんに行きませんでしたか?」
「……ケーキ屋?」
「双子の姉妹で、シロさんとクロさんというお二人が有名なケーキ屋さんですね。私はそこで、確かに犬耳の可愛らしい店員さんとお会いしています。片手には囚人の証でもある片手錠が嵌っていました」
「テイル、片手錠嫌い……あれ、重いんだもん」
「はい。私もです。というか、好きな人何ていないと思います」
シャワーでテイルの身体に付着した泡を洗い流しながら、慈愛は敷衍して話を続けた。
テイルと慈愛が風呂に入っていた時間は大体一時間前後。
シャンプーや石鹸の良い香りを漂わせながら二人がキッチンへと戻って来た。
烏の行水と比喩される男の入浴とは全くの別物で、長めの入浴は全ての女子に普遍するのかもしれない。
宛ら、デートの時間に遅れて来た彼女のような口振りで「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」と上目遣いに尋ねて来る妹。
そりゃちょっとは暇を持て余したが、素直に「待った」と意地の悪い言葉を告げるつもりは毛頭ない。待ったとしてもほんの五分程度だ。餃子から立ち上る細やかな湯気がそれを証明している。
「全然待ってない。餃子も今焼けたところだよ」
調子に乗って作り過ぎた餃子は、ダイニングテーブルの上に所狭しと並んでいる。俺の作ったゲテモノ餃子を反故にしたとしても、それでも三人で食べきれるか分からないくらいの量があった。
「あの、お兄ちゃん、テイルさんとお風呂の中で話したんですが……」
「どっちの胸が扁平か凹凸があるかって話か?」
「……違いますよ。胸の話何て一切してません」
予想外の兄の返事に、妹は数瞬の間だけ唖然とした。
「日影。気になる?」
僅かも顔を赤らめることなく、平然とした表情でテイルが問いかけてくる。
こいつの羞恥心は崩壊しているのか、此の手の話には本当に疎すぎる。
最初こそふざけて聞いてみただけだったのだが、気にならないと言ったら嘘になる。
「ああ。妹の成長は大いに気になるね。……まあ、何となく結果は想像出来るが」
「強いて言うなら、団栗の背比べって感じでしょうか。私の胸は言うなれば男の子同然なので、見ても面白くないですよ。将来に期待して下さい。……そんなことより、先刻の会話での謎が解けました」
「解けたってぇと、テイルと慈愛ちゃんが何処かで邂逅したとかどうとかって話か?」
「はい。心して聞いてください」
「あ、ああ…………」
我が妹は何時に無く真剣な面持ちで俺を見据える。愛嬌に満ち溢れた円らな双眸には、真正面に座る俺の姿が映し出されていた。
「私とお兄ちゃんは、タイミングさえ一致していれば、今日よりも早く再開出来ていたかも知れないんです」
慈愛ちゃんは身を乗り出して、そんな衝撃的な台詞を言い放った。
この与えられた365日という機会を、問題を起こさずに乗り切れば、俺達は晴れて自由の身となる。
言わばこれは、テイルに課せられた試練なのかもしれない。
一つ気になるのは、万の悲愴な面持ち。
これ以上無いくらいの吉報だというのに、彼女は何処か寂しげな表情を露呈させていて、仲間の門出を心から喜べていない様にも感じた。
テイルの一時解放は、彼女達の宿願を後押ししたと言っても過言ではない。
幼い頃から苦楽を共にした三人の望みは生きて檻の中から脱すること。
ならば今回の僥倖は、前途に光明を見出した筈だ。一歩前進したとも断言出来る。
あの疲弊した表情が、テイルと暫く離れるのが悲しいのだと仮定するのなら合点がいくのだが……、万の意味深な言い回しがどうも引っかかる。何んだか釈然としないのは確かだ。
(……でもま、何んとかなるだろ)
天使国色という四字熟語は、我が妹の為にあるかの様な相応しい言葉だと熟思った。
兄と突然の邂逅を果たした愛らしい妹は、最初こそきょとんとしていたが、徐々にその表情は変化を見せた。
眦に溜まった涙が頬を伝い、袖を絞る様にしゃくりあげ始める。
嗚咽はすぐに慟哭になって、周りを憚らず、声を上げて泣いた。
俺の胸に抱きついてきた慈愛ちゃんは、背が少しばかり伸びていて、髪型の印象も僅かに変わっていた。
兄の仮釈放を自分以上に喜んでくれる妹もそうはいない。
「餃子に納豆入れるんですか?」
「うん。昔に……と言っても子供の時にだけど、歌姉と婆ちゃんと三人で手作り餃子作ったことあってさ」
「こんなこと言うと差し出がましいですけど、その組み合わせって美味しいんですか?」
「ああ。仕込んでみたら予想以上に美味かったんだよ。歌姉には不評だったけどな」
慈愛ちゃんの話によれば、今日は餃子が食べたい気分だったらしく、学校帰りにスーパーに行って、タネになる材料と皮を買ってきたとのことだ。
各々が好きな具材を皮に包んでいく。二人がシーチキンやチーズの餃子を量産する一方で、俺だけは場違いなバナナやアンコといったデザート系の餃子まで量産している。美味しく仕上がるかどうかは実食するまでは不明である。
「私の勘違いかもしれませんが、テイルさんとは一度、何処かでお会いしている気がするんです」
テイルに餃子の包み方を伝授している慈愛ちゃんが、唐突に不思議な話題を振って来た。無論、俺にはちんぷんかんぷんだ。
皆目見当が付かないが……可能性があるとするなら、それはおそらく奉仕作業先での出来事に限定される。
だとしても、慈愛ちゃんと外の世界で会っていたのなら覚えていない筈がない。
もし偶然にもばったり何て状況になったら、喜びのあまり卒倒する自信がある。
「テイルも慈愛に何処かで会ってる気がする。喉まで出掛かってるんだけど……」
「そっか。二人の意見がそこまで吻合するってことは、存外、本当に会ってるのかもな」
「はい。テイルさんの可愛らしい犬耳を以前、何処かで拝見している筈何です」
最初こそ、テイルという存在を受け入れて貰えるかどうか、毫末の不安があった俺だが、楽しそうに歓談する二人を見て、そんなアホみたいな由無し心は一瞬で霧散した。
テイルの身の上話を、話の腰を折ることなく傾聴する慈愛ちゃんは、とても小学生とは思えない。
ウチの妹は豪放磊落で、その上に優しく思いやりがある。何時ぞやのいじめっ子達とは違って、人を簡単に冷笑したり傷付けたりしない。
ーー時刻はあっという間に過ぎ去って、夜の帳が下りた。
「そうです……思い出しました」
「慈愛、尻尾ばっかり洗ってる。くすぐったい」
「あっ、すいません。触り心地が良かったのと、考え事に耽っていたので、つい重点的に……」
「別に良い。それで、何を思い出したの?」
二人仲良くバスタイム中、テイルの身体を懇切丁寧に洗っていた慈愛が、ふと、何かに閃いて顔を綻ばせる。
気付けばテイルの身体は、異常に泡立ったボディソープによって真っ白になっていた。
ちなみに日影は、キッチンにて一人寂しく餃子を焼いている真っ最中。
一緒に入ろうと誘われたが、丁重にお断りした。
今日は歌姉も婆ちゃんも仕事で帰って来ないっぽいし、テイルの紹介とその他諸々についての報告は後日になりそうだ。
一応、仮釈放されたから家に戻って来てるって話は、電話で伝えておいた方が良いかもしれない。
「ケーキ屋さんです。奉仕作業でケーキ屋さんに行きませんでしたか?」
「……ケーキ屋?」
「双子の姉妹で、シロさんとクロさんというお二人が有名なケーキ屋さんですね。私はそこで、確かに犬耳の可愛らしい店員さんとお会いしています。片手には囚人の証でもある片手錠が嵌っていました」
「テイル、片手錠嫌い……あれ、重いんだもん」
「はい。私もです。というか、好きな人何ていないと思います」
シャワーでテイルの身体に付着した泡を洗い流しながら、慈愛は敷衍して話を続けた。
テイルと慈愛が風呂に入っていた時間は大体一時間前後。
シャンプーや石鹸の良い香りを漂わせながら二人がキッチンへと戻って来た。
烏の行水と比喩される男の入浴とは全くの別物で、長めの入浴は全ての女子に普遍するのかもしれない。
宛ら、デートの時間に遅れて来た彼女のような口振りで「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」と上目遣いに尋ねて来る妹。
そりゃちょっとは暇を持て余したが、素直に「待った」と意地の悪い言葉を告げるつもりは毛頭ない。待ったとしてもほんの五分程度だ。餃子から立ち上る細やかな湯気がそれを証明している。
「全然待ってない。餃子も今焼けたところだよ」
調子に乗って作り過ぎた餃子は、ダイニングテーブルの上に所狭しと並んでいる。俺の作ったゲテモノ餃子を反故にしたとしても、それでも三人で食べきれるか分からないくらいの量があった。
「あの、お兄ちゃん、テイルさんとお風呂の中で話したんですが……」
「どっちの胸が扁平か凹凸があるかって話か?」
「……違いますよ。胸の話何て一切してません」
予想外の兄の返事に、妹は数瞬の間だけ唖然とした。
「日影。気になる?」
僅かも顔を赤らめることなく、平然とした表情でテイルが問いかけてくる。
こいつの羞恥心は崩壊しているのか、此の手の話には本当に疎すぎる。
最初こそふざけて聞いてみただけだったのだが、気にならないと言ったら嘘になる。
「ああ。妹の成長は大いに気になるね。……まあ、何となく結果は想像出来るが」
「強いて言うなら、団栗の背比べって感じでしょうか。私の胸は言うなれば男の子同然なので、見ても面白くないですよ。将来に期待して下さい。……そんなことより、先刻の会話での謎が解けました」
「解けたってぇと、テイルと慈愛ちゃんが何処かで邂逅したとかどうとかって話か?」
「はい。心して聞いてください」
「あ、ああ…………」
我が妹は何時に無く真剣な面持ちで俺を見据える。愛嬌に満ち溢れた円らな双眸には、真正面に座る俺の姿が映し出されていた。
「私とお兄ちゃんは、タイミングさえ一致していれば、今日よりも早く再開出来ていたかも知れないんです」
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