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第百七話(駄菓子屋×再会)
しおりを挟む「夏だねぇ……あつ~」
「何を今更……もう夏になってから随分経ってるぞ」
暑かろうが寒かろうが関係無しに、囚人達には夏休みなど皆無で休める日は限られている。
森羅万と滝登ツクネの二人が派遣された奉仕作業先には棚や台の上にずらりと並べられたお菓子が大量に売っている手狭な店内。
つまりは、子供が大好きな駄菓子屋だ。
クーラーの代わりに稼働する扇風機の風は生暖かく、全く涼しくない。
万は近場にあった椅子に腰掛けて、ツクネは畳の上にだらんと寝転がりながら、暇そうに客の来店まで時間を潰していた。
「なんか腹減ったな。こんなにたくさんあるんだし、駄菓子でも頂戴するか」
「食べちゃダメだよ。食べるならちゃんとお金を払わないと。それに10円や20円くらい僕達でも余裕で買える金額なんだから」
「わーってるって。固いこと言うなよ。ほら、よろずのばあさんや。受け取れ」
ツクネはポケットに忍ばせていた10円玉を万に手渡し、駄菓子選びに精を出していた。
「今は駄菓子屋の奉仕作業中だけど、僕はおばあさんじゃないよ」
「……ちっ、ハズレか」
「それきなこの有名なやつだよね。当たりが出たらもう一つ貰えるってシステムだったかな」
「そうだぞ。当たりを引き続ければ永遠にタダで食い放題よ。んまあ、大概途中で飽きてこっちからお断りするパターンが多いがな。今日は運が悪かったらしい」
数日前、万のところへ便利屋の桜葉つるぎから手紙が届いた。
二人がシャバの世界を必死で走り回り追いかけ続けてきた仇敵はもうこの世にはいない。
依頼完了の知らせを貰ってもすぐには信じられなかった二人だが、それが本当に本当のことだと考えてみると、何だか、無性に胸がスカッとした。
これでようやく長かった目的を果たせたのだと心から安堵できた。
(テイルも牢の中から無事に解放されて、僕に取っての心残りはツクネの存在だけとなった。その最期の望みさえ成就すれば、僕はいつ死んでも構わないと思ってる……)
「どうしたよ、ぼーっとして。何か考え事か?」
「ううん、なんでもない。お客さん一人も来ないなーと思ってね」
「ま、来ない方が楽でいいんだけどな。接客しないですむし、のんびり畳に寝転がってテレビ観てられるし」
ツクネを延命させる手立ては残念ながら僕にはない。都合よくツクネが抱える病を除去できる凄腕の医師が現れるとも思えない。僕にできることは何か無いのだろうか。
……そういえば、便利屋のあの二人は『器量』と呼ばれる不思議な能力を使って僕達との戦闘に臨んでいた。
もしかすると、ツクネの使う念動力もその類なのかもしれない。
器量に目覚めた治療系の能力を行使できる者が存在すれば、まだ望みはあるかも……なんて、楽観的な考えが脳裏に浮かんでいた。
「これだけクソ暑いんだ。ガキ共だって冷房の効いた室内からわざわざ出てこないだろうさ。出掛けるにしてもプールとか飲食店とか涼を取れる場所にーー」
「おばあちゃん、お菓子買いに来ました」
「……行くもんだと思ってたんだがな。どうやら物好きなガキがいたらしい」
一目見て、なんだか見覚えのある子だなと……そう思った。
ーーあれ?
僕はどこかでこの子と会ったことが……、
「せっかく来てくれたお客さんにそういうこと言わないの。ごめんね、このお姉ちゃん口が悪くて……」
「……いえ、全然平気です。それよりも、一つ聞いてもいいですか?」
「うん、何かな」
「夏祭りのときにぬいぐるみをくれたお姉さんですよね」
迷うことなく断言されて、すぐに思い出した。
そうだ、あの日だ。
以前夏祭りで屋台の奉仕作業中に出会った、銀髪のちっちゃ可愛い女の子。
短い時間だったけれどこの子のことはよく覚えている。
自由時間に皆で別の屋台を見て回っていた折に迷子っぽい子がたまたま目に入ったんだよね。なんか心底困ってるように思えたし、声をかけて話を聞いてみると僕の勘は的中していた。
勝手に決めつけてただけだけどやっぱり迷子だった。どうやら一緒に来てた知り合いのお姉さんとはぐれて探していたらしい。僕の方も屋台をはしごしてはしゃぐツクネ達を見失っていたから人助けにはちょうどよかったのかもしれない。
彼女が言うぬいぐるみは射的の景品で僕がお近付きの印にプレゼントしたものだ。
「なんだ、お前ら知り合いだったのか?ガキと親しくなるような奉仕作業先なんてあんまし記憶にないんだが」
「夏祭りの時だよ。屋台の仕事が終わったあとに自由時間があったでしょ。会場を見て回ってて僕だけが皆とはぐれてさ」
「あぁ……そういやあったなー、そんなこと。懐いわー」
本当に覚えているのか疑わしい、曖昧な返答だった。
ツクネは忘れっぽいから数多と経験してきた奉仕作業先のことなんてすぐに記憶から抹消してしまうのかもしれない。
自由時間に遊んでいた楽しい時間の出来事さえ記憶にないのだろうか。
「人混みの中を彷徨ってる最中に出会ったんだ。ね、慈愛ちゃん」
「はい。名前覚えていてくれて嬉しいです。あの時は本当にありがとうございました。おかげで迷子になっていた連れを発見することができました」
「あはは。迷子になってたのは慈愛ちゃんじゃなくてルナお姉さんの方だったんだね」
「そうです。私は迷子になんてなりませんから。ルナさんが迷子になるから悪いんです」
慈愛ちゃんが自信ありげにそう言うのだからそうなのだろう。
僕には完全に慈愛ちゃんの方が迷子になっているようにみえたけれど……。
この問題には深く追求しないでおこう。
「そのるなねーちゃんってのは歳いくつよ?」
「ルナさんはお兄ちゃんと同い年の筈なのでお二人とだいたい同じ年齢ですね」
「そんじゃ迷子になってたのは間違いなくお前の方だろ」
ツクネは極たまに鋭いことを指摘したりする。
「いえ、私は迷子になってないです」
「お前、頑固だなぁ」
「これだけは譲れません」
「ところで一体お前は此処へ何しに来たんだ」
「さっきお菓子買いに来たって言ってたでしょ。慈愛ちゃん、どのお菓子にするか決まってたりするのかな」
「はい。お兄ちゃんのおやつ用にいろんな種類の駄菓子を少しずつ買って帰ろうかと思ってます」
「自分で食べるわけでもなく兄貴のために菓子を買って帰るって!?お前正気か!」
「えっと、はい。何か変ですか?」
「ふつう自分で食うだろ。お前みたいなガキならなおさらだ。なけなしの小遣い叩いてバカじゃねぇの?」
別にお小遣いなんだから自分の好きなように使っていいでしょ。
慈愛ちゃんのお兄さんが妹をパシリとして使ったりしていたら言語道断だとは思うけれど。
「お小遣いなら毎月お姉ちゃんがいっぱいくれるので余裕があります。心配ご無用です」
「そっか。ねーちゃんが毎月な。そりゃ、余計な心配だったな……って、お前のねーちゃん何者だよ!? 小遣いは普通親にもらうもんじゃねーのか!」
「あまり大きな声では言えませんが、うちのお姉ちゃんは結構なお金持ちで、お家のお庭には趣味で集めた自動販売機のコレクションが林立してます。つまりお金を持て余すほど稼いでいるんです」
自動販売機が庭に何台も鎮座している光景かぁ……、ちょっと見てみたいかも。
「自動販売機って集めてコレクションするもんじゃねーだろ……おめぇのねーちゃんすげー……凄すぎて何も反論できねぇ……だったらあれだな、あたしにも何か奢ってくれよ」
「ツクネ。だったらの意味がわからないよ」
いくらなんでも唐突過ぎるでしょ。
だからこそ、慈愛ちゃんの次の返答には正直驚いた。
「いいですよ」
「へっ、いいの?ツクネの言うことなんか気にしなくていいんだよ」
「あの日、お姉さんにお世話になったお礼です。私からお二人に駄菓子の差し入れをさせてください」
「本当にいいのかな……? なんか悪いな」
「よっしゃ。万、遠慮なく選びまくろうぜ」
あれもこれもと、ツクネは棚や台から駄菓子を掴んで買い物カゴに手早く放り込んでいく。
その行動には少しも躊躇や迷いがなかった。
「いや、少しは遠慮しなよ……ありがとうね、慈愛ちゃん。せっかくお姉ちゃんにもらったお小遣いこんなことに使わせちゃって」
「いえいえ。全然です。お仕事の休憩時間にでも食べてください。ところで万さん、おばあちゃんの姿が見えないんですが、今はどこかに出かけているんですか?」
「えっと、此処のおばあちゃんなら確か……」
ーー僕はこの奉仕作業先に派遣される前、事前に聞かされていた簡略な情報を思い出していた。
「すんげぇ買ってもらっちまったな。気前がいいぞ、あの慈愛ってガキ」
「ツクネ、ちゃんとありがとう言った?」
「もちろん、言ってねぇ!お前が言やそれで十分だろ」
「これだけ買ってもらっておいてそれはないでしょ」
駄菓子屋のおばあちゃんは熱中症で倒れて病院に入院しているらしい。
僕達はその代わりに此処で働いているんだよ。
そう伝えたら慈愛ちゃんは『お見舞いに行ってきます』と言って慌てて駆け出して行った。
おばあちゃんにはお世話になってるから容態が心配だって。本当にいい子だよね。
話によれば僕のあげたぬいぐるみも大事にしてくれているみたいだし、それを聞いて素直に嬉しかった。
いつ命を落とすかもわからない身の上だけれど……、
また、会えるといいな。
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