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第六十三話(奉仕作業。夏祭りで屋台)

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融合実験。そんな身の毛がよだつWordを俺が耳にしたのは先日のプールでの奉仕作業中の合間だ。
森羅万から一切合切聞かされた三人の少女の凄惨な過去。他聞を憚れる様な秘密。奴隷という、漫画の世界でしか触れる機会の無いあり得ない単語。商人が売り物として幼い少年少女等に付けた安価な値段。
人間が人間を物や道具として取り扱い、買ったり売ったり捨てたりする惨たらしいリアル。
戦争用の人型兵器にと断りも無しに身体を好き勝手弄られ、人間から化け物へと変わり果てたと彼女は包み隠さず確かに口にした。
おかげであの日の仕事はずっと上の空。折角支給された昼食もあまり喉を通らなかった。
本調子なら心から笑えた筈のテイルの犬掻き姿も苦笑い。
そんな感じに我が相棒はツクネと一緒になって勝手気儘に終始遊んでばかりいたが、万の話を聞いた後では注意する気にもなれなかったな。

「最近俺達ってさ、何処にでも出張させられるよな。弁当屋に銭湯に田舎町にプール。今度は夏祭りの会場で屋台かよ。奉仕作業な訳で、文句は言えないし断れないんだけど……ちょっとハード過ぎないか?」

色とりどりの花火が打ち上がる夜空の下に林立する種類豊富な屋台達。
焼きそば、たこ焼き、チョコバナナ。
アンズ飴やお好み焼きや綿飴。
お面に射的に金魚すくい。
まるで昔の自分と重ねるように、子供達が楽しそうにはしゃいで走り回る姿を懐かしく感じてしまう。
あちらこちらから美味しそうな匂いが漂って来るお祭りの風景の一角に、日影とテイルは浴衣を纏って焼きそばを調理していた。

ズルルッ。ズルルルル。

何かをすする音が聞こえて隣を一瞥した。その行為が一瞥からガン見に変わったのは、相棒の狼娘が悪びれもなく売り物の焼きそばに手を出し食しているアホ面に気付いてしまったからである。

「……ん?」

何でしょう?
とでも言いたげに首を捻る。
汗水垂らしながらも日影が一生懸命に作った焼きそばは、相棒の胃袋の中にほとんど収められてしまったようで、作り置きしておいた二十個程のプラ容器全てが消失している。
この大食らいの姿が一瞬だけ妹の姿と被って見えたくらいだ。

「ん?じゃねぇよ。何を平然な顔して食ってやがる。今すぐ全部吐き出して時間を巻き戻しやがれ」

「日影は随分と無茶なことを言う。そんなの出来る筈ない」

大勢の人が屋台眼前を通過する中、よくこんな目立った行動が取れたものだな。
見てみろよ。何人かの浴衣娘達がお前のマヌケ面眺めて笑ってるぞ。

「焼きそば二つ下さい」

「ありがとうございます。あと少しで出来上がるんで少々お待ちを」

うちの相棒の食べっぷりを見て心を惹かれたのかソースの香ばしい匂いにつられたのかは分からないが、高校生くらいの女の子が屋台まで足を運んで焼きそばを注文した。
先程にテイルを見て笑顔を浮かべていた浴衣娘の一人である。

「その犬耳可愛いですね。ぴくぴく動いてて、何だか本物みたい」

浴衣娘の視線はテイルの頭に生えたリアルな獣耳に夢中になっていた。
本物みたいじゃなくて、それは間違いなく本物です。
日影は何とか誤魔化そうとして、作り笑いを浮かべていた。

「は、はは……、そうっすか?可愛いってよ、テイル。良かったな」

「これ犬の耳じゃない。狼」

「犬でも狼でも大して変わらんだろ。……お待たせてしてすいませんね。焼きそば二つで八百円になります」

素人の囚人が作った焼きそばが一つ四百円とか、ぼったくりも良い所だな。俺が客の立場だったら絶対に買わないね。コンビニで買った方がまだ安い。

「日影、焼きそば飽きた。テイルも綿飴ってお菓子食べてみたい」

テイルは道行く子供達が手にした真っ白でふわふわで雲みたいな綿菓子を物欲しそうな目で眺めていた。

「あれだけ焼きそば食べたばかりだってのに、まだ腹一杯じゃないのか?」

「好きな食べ物は別腹」

最近観たTV番組のおかげで別腹が存在することは俺だって知っているが、こいつには別腹が何十個もありそうで恐ろしい。
出店されてる屋台の食べ物をオールコンプリートしても、平気な顔を保っていそうだ。

(……綿菓子ねぇ)

過去に一度だけ食べたことあるけど、期待外れ感が半端なかったな。
正直に言って、あまり美味しいとは思えない。妙に口の中がべたべたしてさ。

「おっちゃんが言ってただろ。合計四百食売ってくれたら自由時間と小遣いをたんまりやるって。どうしても綿菓子が食べたいなら、焼きそばを売って売って売りまくるしかないな。今の所まだ三十食くらいしか売れてないから、少々難しい話かも知れないが、やる気さえありゃ人生大抵何とかなるものだぞ」

「分かった。売る。売って売って売りまくる」

「よっしゃ。その息だ。二人で頑張ろうぜ」

テイルはこくりと頷いた後、再び売り物の焼きそばに手を伸ばした。
何が「分かった」と言うのだろう。
てっきりやる気を出してくれたのかと思ったのだが、俺の勘違いだったみたいだ。
結局のところ我が相棒は、食べるばかりで仕事を手伝う様な素振りを見せることは一度も無かった。


「日影、チョコバナナ欲しい。買って買って」

ーー持ちつ持たれつ。

売り上げの結果はそんなうまい具合にはいかなかったが、勝手気儘に焼きそばを食しているテイルの姿が宣伝になって、あれから大勢の客が俺達の屋台へ押し寄せた。
目標の四百食まで届かなかったものの、それでも二百食を越える焼きそばを売りさばいた
頑張りに、おっちゃんは一万円の謝礼金と自由時間を与えてくれた。 
手始めに購入した綿菓子をぺろりと平らげたテイルが次に食欲をそそられたのはチョコバナナ。
お客が連れてきた小さな子供の遊び相手になってやっていたテイル(主に獣耳を触られたり引っ張られたりしていただけ)も多少は売り上げに貢献したと言えるだろうし、買ってやらない理由はないか。

「おっちゃん。チョコバナナ一つ」

「おっちゃんじゃねぇよ。あたしは世界美少女ランキング第一位に輝いた滝登ツクネちゃんだぞ。冷やかしなら帰れよなー」

チョコバナナの屋台で暇そうに頬杖をついてサボっているのは滝登ツクネ。
自画自賛過ぎる法螺吹きもここまではっきりしていると逆に清々しい気持ちだ。面倒なので態々否定する気も起きない。

自慢じゃないが俺の妹はお前の百万倍は可愛いぞ。

「冷やかしに何か態々来ねぇよ。テイルがチョコバナナ食べたいってさ。一つくれ」

「はいはい、此処にあるチョコバナナ全部ね。まいど~。締めて一億円になりまーす」

どうやらこいつとは会話が成立しないっぽい。

五十本は並んでいるであろう一つ二百円のチョコバナナを大人買いしたとしても、ちょうど一万円だ。一億何て数字どこから導き出した?
流石はアホの子。滝登ツクネさんだ。
屁理屈だけは達者のちんちくりんで容姿平凡。おまけに無知無能な生意気娘である。

「ツクネ。お客さんからお金ぼったくっちゃ駄目だよ。一本って言ってるんだからお代は二百円」

まるでこっちの話に耳を傾けようとしないツクネに代わり、万がチョコバナナを一本取ってテイルに差し出した。

「ごめんね。ツクネにも悪気は無いと思うんだ。ただ小学生でも解けるような計算が出来ないだけで」

「分かってるさ。野比君並みに頭が悪いんだろ。小学生時代のテストは0点ばかり取っていたとか何とかって話だ」

「馬鹿にすんなよなー。あたしは本気出してないだけで、ほんとーは頭脳明晰の天才何だぞー」

ツクネの豪語に微塵も興味がないテイルは、買ったばかりのチョコバナナにさっそく食いついている。
もちろんのこと、俺も右に同じだ。
万は傍若無人な相棒の態度に腹が立たないのかね。

「お前等は休憩時間貰えないのか?」

「貰えるみたいだよ。本日の奉仕作業はこれにて終了。ツクネの愛想の無さとやる気の無さに呆れられてお払い箱になっちゃったんだ。真面目に接客してた僕までおじさんに怒れた」

「何て言ったら良いか、そりゃ災難だったな」

「ツクネ、万に迷惑かけちゃ駄目」

「何だよテイル~。そう言うお前はちゃんと日影の役に立ってたのか?」

「当然。テイルは日影に迷惑をかけたこと何て一度もない」

自信満々に胸を張るテイルだが、こいつが本日したことと言えば、公衆の面前で焼きそばを何十パックも暴食していただけ。
その行為が偶然的に見世物と化し、客を集める結果になった。
たまたま運が良かったから否定する気はないが、妄言もいい所だ。

「日影、たこ焼き食べたい。かき氷も食べたい。フランクフルトも食べたい」

「テイルばっかりずるいぞ。ひいきしてないであたしにも貢げよな。あんず飴買ってくれ」

「お前等、さっきから食ってばっかりじゃねぇか。どれだけ食えば気が済むんだよ」

「ごめんね。僕達の分までお金使わせちゃって」

「いいって。せっかく祭りの会場に来てるんだから楽しまないと勿体無いだろ」

ーー周りからはどんな感じに見られているのだろうか。

現在日影は美少女を三人もはべらせて祭りの会場を闊歩している。
購入したばかりのイカ焼きを遠慮深く食べる万とは反対に、ツクネは暴飲暴食。
テイルとラムネの一気飲みやかき氷の早食い競争まで始める始末だ。
毎回のように木偶の坊な相棒の我儘に振り回される万が不憫に思う。
屋台の売り上げがそこそこなら、祭りで自由に使えるお小遣いくらいは貰えた筈だ。

「万、次は何処行きたい?遠慮する必要はないからな」

「いいの?お金なくなっちゃうよ」

「いいんだよ。何回も言わせんな」

「えっと、それなら……」

万のリクエストでやって来たのは、大きな水槽の中を沢山の金魚が泳いでいる的屋定番の屋台。
興味があるからとは言っても、掬ったところで、何処で飼うつもりだろう。

「日影、このお魚食べられる?」

「お前ってほんと何でもかんでも食べようとするよな。食えるか食えないかは俺にも分からんが、とりあえず躍り食いはよせ」

まあ、焼けば大丈夫という話では無いのだが、生きたまま食ったら高い確率で腹を下しそうだ。

テイルとツクネがそれぞれにかき氷やあんず飴に舌鼓を打っている中、万の金魚掬いへの挑戦は始まった。
右手にポイ。左手にお椀。
かなり昔に俺もやったことあるけど、簡単そうにみえてこれが中々難しいのよ。
ちなみに言うなら今まで掬えた回数はゼロ。
情けとして一匹の金魚を巾着状の袋に入れておっちゃんが持たせてくれたっけ。

「あっ、破けた……」

「万の下手くそ。あたしなら十匹、いや百匹は掬えるね」

「テイルもやってみたい。日影、良い?」

「……ん、ああ。遊べ遊べ。好きなだけ遊んで来い」

信じられない、よな。……やっぱり。

こうして楽しそうに遊んでいる皆を眺めているだけで、最近知ったあの悍ましい昔話が全部嘘のように感じてしまう。

(俺に、何とか出来ないものかな……)

日影が密かに思いを巡らせていたのは、三人を刑務所から解放し自由にしてやる方法だった。






















































































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