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第六十一話(奉仕作業。蜂の巣退治)
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ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
こちらを恫喝させるような凄まじい羽音を響かせ宙を舞っているのは、黄色と黒二色の体をした毒針を所有する生物。二回程刺されればアナフィラキシーショックを起こし死に至る凶悪な害虫。
ーーそう。蜂だ。
雀蜂の大群である。
「ひ、ひかげ……、本当にやるの?やらなくちゃ、駄目?」
本日の奉仕作業は蜂の巣を駆除するという、そんじょそこらの素人には無理難題な内容で、日影とテイル両名は老後の一人暮らしを満喫中のお婆さんの自宅にお邪魔していた。
護送車に乗せられてやってきたのは山奥の田舎町で、周りには田んぼ、川、林というのどかな風景が広がっている。
日影が縁側に腰掛け呑気にスイカを頬張っている中、テイルは殺虫スプレーと虫取り網を両手に険しい表情で蜂の巣と睨めっこ。
先程から一歩も動き出す気配はなく、一定の距離を保って真夏の空の下に佇んでいるばかりだ。
「駄目だろうな。これが俺達に与えられた使命だ。刺されようが死のうが蜂の巣は駆除しなくちゃならない」
かれこれ三時間近く奴等と格闘しているが、難攻不落の巣窟は未だに勢力を弱めない。
ぼけ~っと、相棒の勇姿を観戦している日影は別に横着を決め込んでいる訳ではない。蜂の巣に恐れず怯まず果敢に挑んで行ったが、執拗なまでの猛攻に撃沈。腕に一針貰って戦意を喪失した。
依頼主の婆さんが「おしっこかけときゃ治るよ」とか、迷信話を口にした時はひやっとさせられたな。
「……ふっ、ふわっ!?」
勇気を振り絞りスプレーを噴射したところ、憤怒した蜂達が怒涛の如く進撃を始める。すぐさま身の危険を感じたテイルが田んぼ道を脱兎の勢いで駆け出した。
(……やれやれ。もう無理。お手上げだ)
そもそもの話、虫取り網と殺虫スプレーのみの支給しかされてないんだから質が悪い。
甘んじて受け入れたのが間違いだった。防護服や専用の掃除機くらいは用意してくれなきゃ身の安全が確保出来ないだろ。
俺達に「死ね」って言ってるようなもんだ。
(……あ、あれ?可笑しいな……)
テイルのやつが蜂から逃げて行ったきり帰って来ない。
あまり遠くまで奉仕作業先(この家)から距離を取れば、脱獄行為と誤認され、片手錠がその脅威を発動する可能性がある。
あいつは狼の本能を制御するのが困難で、片手錠を両手に嵌められているから、もはや片手とは呼べないのだが、あの手錠型アクセサリーで手首を切断される姿は見て面白いものでもないし、絶対に見たくない。
(しゃあない……、ちょっと様子を見てくるか)
此処らは山に囲まれた田園地帯だし、熊でも出そうないかにもな場所だし、あいつ一人ぶらつかせておくのは危険だ。
いくら狼娘が獣の血を引いているからとは言っても、獣耳以外は普通の人間と変わらない見た目のか弱そうな体では勝敗は見えてる。
お得意の噛み付きをおみまいしたところで森のクマさんは怯まない。
「ねぇ日影。これって食べられる?美味そうな魚……」
「は、魚……?」
テイルの双眸が捉えていたのは田んぼに張られた水の中を気持ち良さそうに泳いでいるオタマジャクシの群れ。
はて、こいつにはコレが美味そうに見えるのか。腹の減りすぎで幻覚でも見てるんじゃ……?
「やめておけ。それは魚じゃない。やがてカエルへと姿を変える生き物だ。食ったら腹を壊すかもだぞ」
ヨダレを垂らしながら獲物を狙う姿は正に犬っころと同じ。
オタマジャクシを知らない人間がこの世にいるとはな。
「ほら、現実逃避してないで早く作業に戻るぞ。腹減ってるなら、婆さんが出してくれたスイカ食えば良いだろ」
日影はテイルの手を引いて、震度5クラスの地震で容易に倒壊しそうなボロ屋へと足を進めた。
「スイカ美味しい。オタマジャクシも美味しい。……気がする」
「何言ってんだお前。それ食ったら蜂の巣駆除再開するからな」
「もうやだ。蜂怖い」
「俺だってこえーよ」
もう一度刺されたらどうなるか、考えただけで背筋が凍る。
駄々っ子のように、いやいやと首を振るテイルには忍耐力が無さ過ぎるんだ。
俺達は奉仕作業として此処に蜂の巣を駆除しにやって来た。経ったの一日でとんぼ返りしなきゃならないんだから、あれは看過出来ない問題だ。
「やるしかねーだろ。依頼放棄して帰り何てしたら、懲罰確定だ」
何か良い案はないかと困窮していた中、日影の目に止まったのはボロ屋の居間に大切そうに飾られている剣道着。あれを防護服の代わりとして使用するのはどうだろう。
「おっ。ピッタリにフィットしてんじゃねぇか」
「日影かっこいー。それで蜂を退治しに行くの?」
お婆さんに相談を持ちかけた所、快く了承してくれた。
面に胴に小手に垂。剣道着特有の汗臭さが気になるが、形振り構っちゃいられない。着ないよりは安全だ。
「お前も協力しろよ。蜂の巣の真下でゴミ袋広げてるだけでいいから」
「ゴミ袋の中に巣を落とすの?何か怖い」
「安心しろ。蜂は黒い物に襲いかかる習性がある。攻撃の対象になるのは全身真っ黒な装備を纏った俺の方だ」
テイルに身の安全を保証してやると怯えた表情ながらもこくりと頷いた。
何だか服従させているみたいで悪いが、ミッション遂行の為には多少の危険は及ぶものだ。
100%とは約束できないが、取り逃がした数匹の蜂は俺が威嚇しておびき寄せれば問題ないだろ。
相棒の心の準備が完了したところで、日影も竹刀を両手で握りしめ臨戦態勢に入った。
「くっ、…………うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
意を決してやる気の雄叫びを上げる。
こちらに凶暴な蜂達の警戒心を向けるにはこれが最適な方法かと思った。
日影が強烈な威圧感を放ちながら蜂の巣向かって全速力で走り出す。それに反応した何匹かの敵兵が襲いに掛かるが、剣道着で頑丈に守護されている彼の動きは止まらない。
突然察知した咆哮に腰を抜かした婆を気にしている暇もない。
狙うはただ一つ、女王蜂が支配下に置いている穴だらけにデザインされた不気味な城だけだ。
頭上に竹刀を振り上げた状態を保ちジャンプ。ビーチでスイカを割るような勢いですぐさま急降下させる。
叩く力が強すぎたのか、蜂の巣は空中で真っ二つに割れて袋の中に落ちた。
「やった。やったよ日影!」
「……ふぅ~。だな。上手くいったみたいで良かったわ」
地面へ華麗に着地。二人してミッション成功を大いに喜んでいたのも束の間だった。
ーーぷすっ。
「ぴぎゃああああああああっ!!」
剣道着は全身を防護してくれている訳ではなかった。肌が露わになっている部分も少なからず存在する。
日影は本日二度目の毒針を喰らって、ボロ屋の庭に倒れ伏した。
「ひ、日影……大丈夫?」
テイルは倒れた日影に駆け寄って、無事かどうかを尋ね聞く。
勇敢に立ち向かって瀕死の状態となった兵士は、片手を相棒に差し出しながら、こう訴えかける。
「きゅう……きゅ……ゃ……」
「ーーへ?」
「救急、車……を、呼んで、くれ……」
ーーパタリ。
「どうしよう……日影が死んじゃう」
黒電話すら存在するか怪しいボロ屋を後にし、狼娘は公衆電話を探して田舎町を駆け出した。
こちらを恫喝させるような凄まじい羽音を響かせ宙を舞っているのは、黄色と黒二色の体をした毒針を所有する生物。二回程刺されればアナフィラキシーショックを起こし死に至る凶悪な害虫。
ーーそう。蜂だ。
雀蜂の大群である。
「ひ、ひかげ……、本当にやるの?やらなくちゃ、駄目?」
本日の奉仕作業は蜂の巣を駆除するという、そんじょそこらの素人には無理難題な内容で、日影とテイル両名は老後の一人暮らしを満喫中のお婆さんの自宅にお邪魔していた。
護送車に乗せられてやってきたのは山奥の田舎町で、周りには田んぼ、川、林というのどかな風景が広がっている。
日影が縁側に腰掛け呑気にスイカを頬張っている中、テイルは殺虫スプレーと虫取り網を両手に険しい表情で蜂の巣と睨めっこ。
先程から一歩も動き出す気配はなく、一定の距離を保って真夏の空の下に佇んでいるばかりだ。
「駄目だろうな。これが俺達に与えられた使命だ。刺されようが死のうが蜂の巣は駆除しなくちゃならない」
かれこれ三時間近く奴等と格闘しているが、難攻不落の巣窟は未だに勢力を弱めない。
ぼけ~っと、相棒の勇姿を観戦している日影は別に横着を決め込んでいる訳ではない。蜂の巣に恐れず怯まず果敢に挑んで行ったが、執拗なまでの猛攻に撃沈。腕に一針貰って戦意を喪失した。
依頼主の婆さんが「おしっこかけときゃ治るよ」とか、迷信話を口にした時はひやっとさせられたな。
「……ふっ、ふわっ!?」
勇気を振り絞りスプレーを噴射したところ、憤怒した蜂達が怒涛の如く進撃を始める。すぐさま身の危険を感じたテイルが田んぼ道を脱兎の勢いで駆け出した。
(……やれやれ。もう無理。お手上げだ)
そもそもの話、虫取り網と殺虫スプレーのみの支給しかされてないんだから質が悪い。
甘んじて受け入れたのが間違いだった。防護服や専用の掃除機くらいは用意してくれなきゃ身の安全が確保出来ないだろ。
俺達に「死ね」って言ってるようなもんだ。
(……あ、あれ?可笑しいな……)
テイルのやつが蜂から逃げて行ったきり帰って来ない。
あまり遠くまで奉仕作業先(この家)から距離を取れば、脱獄行為と誤認され、片手錠がその脅威を発動する可能性がある。
あいつは狼の本能を制御するのが困難で、片手錠を両手に嵌められているから、もはや片手とは呼べないのだが、あの手錠型アクセサリーで手首を切断される姿は見て面白いものでもないし、絶対に見たくない。
(しゃあない……、ちょっと様子を見てくるか)
此処らは山に囲まれた田園地帯だし、熊でも出そうないかにもな場所だし、あいつ一人ぶらつかせておくのは危険だ。
いくら狼娘が獣の血を引いているからとは言っても、獣耳以外は普通の人間と変わらない見た目のか弱そうな体では勝敗は見えてる。
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「ねぇ日影。これって食べられる?美味そうな魚……」
「は、魚……?」
テイルの双眸が捉えていたのは田んぼに張られた水の中を気持ち良さそうに泳いでいるオタマジャクシの群れ。
はて、こいつにはコレが美味そうに見えるのか。腹の減りすぎで幻覚でも見てるんじゃ……?
「やめておけ。それは魚じゃない。やがてカエルへと姿を変える生き物だ。食ったら腹を壊すかもだぞ」
ヨダレを垂らしながら獲物を狙う姿は正に犬っころと同じ。
オタマジャクシを知らない人間がこの世にいるとはな。
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日影はテイルの手を引いて、震度5クラスの地震で容易に倒壊しそうなボロ屋へと足を進めた。
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「何言ってんだお前。それ食ったら蜂の巣駆除再開するからな」
「もうやだ。蜂怖い」
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駄々っ子のように、いやいやと首を振るテイルには忍耐力が無さ過ぎるんだ。
俺達は奉仕作業として此処に蜂の巣を駆除しにやって来た。経ったの一日でとんぼ返りしなきゃならないんだから、あれは看過出来ない問題だ。
「やるしかねーだろ。依頼放棄して帰り何てしたら、懲罰確定だ」
何か良い案はないかと困窮していた中、日影の目に止まったのはボロ屋の居間に大切そうに飾られている剣道着。あれを防護服の代わりとして使用するのはどうだろう。
「おっ。ピッタリにフィットしてんじゃねぇか」
「日影かっこいー。それで蜂を退治しに行くの?」
お婆さんに相談を持ちかけた所、快く了承してくれた。
面に胴に小手に垂。剣道着特有の汗臭さが気になるが、形振り構っちゃいられない。着ないよりは安全だ。
「お前も協力しろよ。蜂の巣の真下でゴミ袋広げてるだけでいいから」
「ゴミ袋の中に巣を落とすの?何か怖い」
「安心しろ。蜂は黒い物に襲いかかる習性がある。攻撃の対象になるのは全身真っ黒な装備を纏った俺の方だ」
テイルに身の安全を保証してやると怯えた表情ながらもこくりと頷いた。
何だか服従させているみたいで悪いが、ミッション遂行の為には多少の危険は及ぶものだ。
100%とは約束できないが、取り逃がした数匹の蜂は俺が威嚇しておびき寄せれば問題ないだろ。
相棒の心の準備が完了したところで、日影も竹刀を両手で握りしめ臨戦態勢に入った。
「くっ、…………うぉおおおおおおおおおおおおっ!!」
意を決してやる気の雄叫びを上げる。
こちらに凶暴な蜂達の警戒心を向けるにはこれが最適な方法かと思った。
日影が強烈な威圧感を放ちながら蜂の巣向かって全速力で走り出す。それに反応した何匹かの敵兵が襲いに掛かるが、剣道着で頑丈に守護されている彼の動きは止まらない。
突然察知した咆哮に腰を抜かした婆を気にしている暇もない。
狙うはただ一つ、女王蜂が支配下に置いている穴だらけにデザインされた不気味な城だけだ。
頭上に竹刀を振り上げた状態を保ちジャンプ。ビーチでスイカを割るような勢いですぐさま急降下させる。
叩く力が強すぎたのか、蜂の巣は空中で真っ二つに割れて袋の中に落ちた。
「やった。やったよ日影!」
「……ふぅ~。だな。上手くいったみたいで良かったわ」
地面へ華麗に着地。二人してミッション成功を大いに喜んでいたのも束の間だった。
ーーぷすっ。
「ぴぎゃああああああああっ!!」
剣道着は全身を防護してくれている訳ではなかった。肌が露わになっている部分も少なからず存在する。
日影は本日二度目の毒針を喰らって、ボロ屋の庭に倒れ伏した。
「ひ、日影……大丈夫?」
テイルは倒れた日影に駆け寄って、無事かどうかを尋ね聞く。
勇敢に立ち向かって瀕死の状態となった兵士は、片手を相棒に差し出しながら、こう訴えかける。
「きゅう……きゅ……ゃ……」
「ーーへ?」
「救急、車……を、呼んで、くれ……」
ーーパタリ。
「どうしよう……日影が死んじゃう」
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