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第五十二話(別れの日の前日に1)

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「お兄ちゃん。朝ですよ。起きてください」

「……んんっ……お、慈愛ちゃんか。今日も可愛いな」

「えへへ。そうですか。お兄ちゃんは妹のご機嫌を取るのが上手ですね。おはようございます」

ーーいつもの朝。平日の午前六時。
妹である慈愛の元気な声で深い眠りから目が覚める。

俺達兄妹は入院生活一ヶ月を経て仲良く我が家に帰って来た。
今ではそれぞれの頭と腕に巻かれていた見るからに痛々しい包帯は解かれ、怪我は無事に完治している。
本来なら逮捕を控えている兄とは違って、小学生の慈愛ちゃんは学校に向かわなくてはならないのだが、今日という一日だけは特別に休みを取った。

その理由は……、入院先でお世話になった大先生の粋な計らいにある。

「お兄ちゃん、今日は私にたっぷりと付き合って貰いますからね。覚悟は出来てますか」

「おう。今日は慈愛ちゃんと一緒に居られる最後の日だからな。そっちこそたっぷりと可愛がってやるから覚悟しとけよ~」

俺達兄妹の複雑な事情を不憫に思ってくれた大学病院の先生は、情けとして退院日を一日ずらしてくれたのだ。警察に察知されないよう念の為に身代わりまで用意して。
犯罪者に手を差し伸べて、そんなことが明るみになれば自分が逮捕されるリスクがあるってのにな。優しい人だ。

今日一日、慈愛ちゃんと楽しく過ごせれば良いなと日影は切望した。

「さあて。それじゃあさっそく」

「へっ……さっそく?」

日影がニヤニヤといやらしい顔つきで慈愛にお願いしたのは、一緒に水風呂に入ることだった。

「もー、どうしてこうなってるんですか。お兄ちゃんには私のお願いをたっぷり聞いて貰うつもりだったんですからね。……まあ、別に良いですけど」

「いやー、そういえばと思ったんだよ。慈愛ちゃんのスク水生で見たことなかったなってさ」

日影が思い出したのは輝斗が撮りためた盗撮写真コレクションの一枚。スク水姿の慈愛。

あの写真を見てからスク水良いなって考えるようになったね。
ウチの妹は可愛いし、何着ても似合うからなぁ。

「お兄ちゃんとお風呂入るのも久しぶりな気がします。刑務所でペアになった頃以来でしょうか」

「だなぁ……懐かしいわ」

あの日はお互い裸だったし風呂のお湯も温かかったから、今回とはちょっと違うけどな。
水着着てるし浸かってるのはお湯じゃなくて水に近いぬるま湯だ。
本当はプールに行きたかったけど、表に出て警察に発見されることだけは何としても避けたかったんだ。
折角作って貰った貴重な時間を無駄にしたくなかったし。

「慈愛ちゃんが浮き輪とか使ってたらまた可愛いさが増すだろうなぁ」

「あの、何の話です?」

「プール行きたかったなぁ~って」

「そうですか、それで浮き輪ですか。私は泳げないので深い場所では必須です。無いと困ります」

プールサイドで体育座りしていた妹のスク水写真。
その表情は泳いでいるクラスの皆を羨ましそうに眺めているようにも見えた。

「そっか。泳げない妹って何か萌えるわ。溺れそうになった慈愛ちゃん助けるのも中々面白そうだ」

「全然面白くないです。泳げないこっちからしたら水に浸かれないしつまらないです」

当たり前のように泳げてしまう人からしたら、泳げない人がいる何て不思議で仕方が無いんだが。

一緒にプールに行けたら泳ぎ方教えてあげられるのに。残念だな。


************************



「あのさ日影。あんた朝っぱらから慈愛ちゃん連れて何やってんの?」

朝方の水風呂からあがって脱衣所にいたところ現れた、眠りから覚めて間もない姉。
ふわふわなタオルで妹の濡れた体を拭いてやっている姿は、訝しげに眼差しを向けられようが何も言い訳が出来ない。

「可愛い妹と水風呂でいちゃいちゃしてた。何か問題でも?」

「何開き直ってんのよ。今日はあんたが慈愛ちゃんと居られる最後の日だから大目に見てあげるけど、これ以上妹にエッチなことするのはよしなさいよね。このロリコン」

「べっ、別にえっちなこと何かしてねーよ。朝から暑かったから冷たい水に浸かりたくなっただけじゃねぇか」

スク水の妹と水風呂はどっちかで言ったらセーフだろ。
俺は裸の慈愛ちゃんと風呂に入ったことがあるんだぞ。洗いっこだってした。そっちの方が十分にエロい。

「歌お姉ちゃん、おはようございます」

「慈愛ちゃん、おはよ。変態なお兄ちゃんにえっちなことされてない?嫌だったら遠慮なく防犯ブザー鳴らしちゃって良いからね。お姉ちゃんが許すわ」

「わ、わかりました」

いつもは兄に過剰なまでのスキンシップをされても笑顔で否定してくれる慈愛だったが、今回は珍しく肯定の返事をした。

スク水を着せられたことがそんなに不快だったのだろうか?気付かぬ内に機嫌を損ねてしまっていたらしい。

「涼しい……」

畳の部屋へ移動した慈愛ちゃんは、濡れた髪を乾かさずに扇風機のスイッチをON。冷たい風に当たっていた。目を奪われる程に美しく綺麗な銀髪が、風に煽られ揺れている。

「慈愛ちゃん、こっちおいでー。髪乾かさないと髪が傷むぞ。お兄ちゃんが乾かしてあげるから」

「平気です。扇風機の風で乾かしてます」

珍しく言うことを聞いてくれない妹のいる畳の部屋へ、日影はドライヤーを持って向かう。
慈愛の肩を掴んで引き寄せちょこんと膝の上に座らせると、ドライヤーの温風のスイッチを入れた。

「うう……あつい~」

「我慢しなさい。折角綺麗な髪してんだからちゃんとケアしないと勿体無いぞ。今流行りのハゲを売りにしてる芸人みたくなりたくないだろ」

「誰ですか、それ。有名何ですか?」

最近の慈愛ちゃんはTV鑑賞とかあまりしてなかったかもな。いつの間にかケータイゲームにどハマリしている今時の小学生にタイプチェンジしていた。

住む環境も変われば趣味も同じか。

「まあ、有名かと問われれば有名だ。歌姉と比べたら一つも二つもそれ以上に劣っている気はするが」

俺が何年か後に刑務所からシャバに出てきた頃には、すでに芸能界から消えていそうだな。最近話題の一発屋感が芸風から滲み出ている。

「ああ、それにしても……」

「それにしても?」

「ああ、いや……慈愛ちゃんの髪さらさらで触ってて気持ち良いなって。何時迄も触ってたい」

男のごわごわした髪質と違って、慈愛ちゃんの肩くらいの長さの銀髪は触ってて飽きない。石鹸の香りがドライヤーの風に当たって漂い鼻を擽る。

「ああ、可愛いなぁ……妹最高」

「あの、お兄ちゃん。髪を褒めてくれるのは嬉しいんですが、温風が暑いのでそろそろ冷風に変えて欲しいです」

「あっ、と……そうだな。ごめんごめん。慈愛ちゃんの髪はショートだから乾くの早くて良いな」

妹の要望通りドライヤーのスイッチを温風から冷風に切り替える。
慈愛ちゃんは冷たい風に当たって心地よさそうに目を閉じた。

「涼しい……」

まるで体をマッサージされているかのように幸せそうな顔は、暑さのせいか少しばかり火照っているように見える。日影は思わず容姿端麗な妹の色っぽい姿に見惚れていた。

「ドライヤーの冷風って扇風機が吹かせる風より涼しいですよね」

「そうだな。暑苦しい空間で扇風機を回しても熱風が吹くだけだから」

クーラーと扇風機の両名は一緒に使うと効率よく部屋の中を涼しくしてくれるという噂は本当だろうか?

試してみるのも悪くない。






























































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