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第百三話(約束を果たしに)

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頻りに獰猛な蔓が乱舞し忙しなく暴れまわる。
便利屋の吉澤大地はお家芸である器量を発動し、無類飛び切りの化け物が繰り出す致命の一撃を見事に耐え抜いていた。


「これだけの殴打を受けてまだ立ち上がりますか?中々侮れませんね」

「……生温いな。どんどん来いよ。この程度の攻撃じゃ、俺の体は貫けねぇぜ」


夜陰の虚空から天壌無窮に飛び出してくる丸太を避ける素振りもみせずに、その全てを食らっては転んで何でもないような顔つきで立ち上がる。確実にダメージを受けている筈が、体には創傷一つ見受けられない。側からみたら奇妙な実に間抜けな姿を晒していた。
無論、一見無駄に思えるこの行動にも意味はあった。ベルウッドの繰り出した丸太をまともに受けて蹲っているつるぎから注意を逸らすには動ける自分が牽制するしかない。
彼の器量は自らの体を堅牢にさせる。その頑丈さは並大抵じゃない。
無敵を誇る器量図鑑が相手でも、そう簡単には突破されることは無いようだ。


「おデブちゃん……先陣を切って!あいつの迎撃からあたしを守って!」


大地の防戦一方から数分後ーー負傷し体を休めていたつるぎが腹部を抑えながらゆっくりと立ち上がる。辛そうな表情から察するに完全には痛みが引いていないのだろう。


「指示に従うのは吝かではないが、体の方は大丈夫なのか?」

「平気よ……こんなところで寝てたらうたちゃんに笑われちゃうでしょ?」

「了解。やられてばっかりじゃかっこわりーからな。次はこっちの番だ」


化け物の殺気に戦慄するくらいなら最初から挑んだりなんかしない。
蔓だけでも鬱陶しいというのに、追加される新たな脅威。次々と高速で射出される植物の種が大地とつるぎの進行を阻む。
大地は連射される種をフライパンで弾き飛ばしながら確実に距離を縮めていく。


「つるぎ!遠慮はいらねぇ!派手にやっちまえ!」


大地の巨体を足蹴にして跳躍したつるぎが、竹串による渾身の一撃を叩き込んだ。
膂力に任せて投擲した鋭利な得物がベルウッドの体を貫通する。


「強烈な一発食らわせてやったわ。さっきの仕返しよ」

「やったのか、俺達二人だけで…………いや、ちょっとまて」


まぐれで決まった一撃による勝利を確信したのも束の間、蔓の激しい鞭打ちによる意趣返しが大地とつるぎを横薙ぎに襲った。
咄嗟に大地が身を挺してつるぎに対する衝撃を和らげる。


「うそでしょ……なんで……」

「……流石の器量図鑑も、心臓砕きゃ絶命すると思ったんだけどな」

「ベリーベリースチューピットです。わたくしには急所など存在しませんよ。あなたがたがどこを狙おうと、本体を叩かない限りはね」


ベルウッドは事切れる様子を見せることなく、蔓を駆使して竹串を引き抜いた。
不気味なまでに平然としながら、邪魔だと言わんばかりに竹串をかなぐり捨てる。
急所がないと豪語したのははったりではないのだろう。
不死身の敵を相手に便利屋は打つ手がない。


「ヤローの言い分が事実なら、ナオの炎で焼き尽くしてもヤヤの冷気で氷漬けにしても復活を遂げるのか。中々面倒だな」

「あたし達より遥かに実力があるあの子達でも手に負えないならお手上げね。でも、それがなんだと言うの……? 何が何でもこいつだけは絶対に倒さないといけないわ。うたちゃんのためだけじゃない。よろずちゃんやツクネちゃん達のためにも……」


この瞬間も刑務所暮らしを余儀なくされている万とツクネ二人の為にも便利屋はベルウッドと干戈を交えることを決断した。
万が憎んでいた人物は鈴木軍から高橋軍に鞍替えした裏切り者で、ハイブリッジとその配下である高橋軍諸共すでにシュガーによって一掃されている。
シュガーからの情報によれば、そもそも彼女達を奴隷に仕立て上げたのはベルウッドで、高橋軍に『物』として購入される直接の切っ掛けを作ったのはベルウッド率いる鈴木軍だという話だ。
ならば、黒幕とも呼べるベルウッド討伐が彼女達との約束を果たすことに繋がるとつるぎは勘案していた。


「一度受けた依頼は必ず全うしないとね。それが便利屋ってもんでしょ」

「わーってるって。ここで俺達がやらなきゃ、あいつらに無理言って檻の中に入って貰った意味がねぇもんなぁ」


頭上に降り注ぐ丸太を避けながら接近するも、絶え間なく発射される種により押し戻されてしまう。一向に距離が埋まらなければ反撃もままならない。この状況を打破するには二人だけでは力不足と言える。便利屋サイドに味方が一人や二人増えたところで、ベルウッドは痛痒を感じないだろう。


「わたくしにあなた方を構っている寸暇はありません。ベリーベリーヒンドランスです。そろそろフィナーレと行きましょう」


ベルウッドの冷淡な宣告に呼応するかのように、四囲から悲鳴に酷似した絶叫が響き渡った。


「「「グギャアァアァアァアァアァアァア」」」


奇声を上げて次々と豹変したのは、ベルウッドがそこら辺に散りばめた種。
一気に成長した植物が見る見る内に人間の形となり、大地とつるぎの周りを包囲した。これみよがしにうじゃうじゃとのさばる異形の蔓が動きを封じようと二人に迫る。


「なんだよ、こいつら……ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ騒ぎやがって。きもちわりぃな」

「手下を捨て石にするとか、どこまで卑怯なの……? 何としてもあたし達を近づかせないつもりらしいわね」

「卑怯?ノンノンノン。あなたたちの相手などわたくし直々に手を下すまでも無いと判断しました。ベリーベリーウイークです」

「弱いってよ。落胆されてるぜ。悔しくねぇのか?」

「まるであたしだけが言われてるような口振りだけれど、おデブちゃんもお互い様だから」

「……ま、二人相手にこれだけの多勢をけしかけてくる臆病者にだけは言われたくねーけどな」

「同感。案外さっきの一撃が思いの外効いたのかもね」


大地がフライパンを豪快にぶんまわすたびに奇怪な植物人間が宙を舞う。
歩みの遅い植物人間は瞬く間につるぎの振るう竹串によって打擲され串刺しにされた。
簡単に言うとベルウッドと違って甚だしく弱かった。


「拍子抜けした。なんなの?この程度の兵隊を召喚してあたし達を塞き止められると思ったってこと?」


つるぎが片手で竹串を軽く振っただけでも、植物人間は一纏めに吹っ飛んでいく。


「弱すぎるにも程があるな……こいつらなら、一般人でも楽勝に駆逐できそうだ」


まるで害虫でもあしらっている気分を二人は味わっていた。
種を飛ばしたり蔓を絡みつけたりしてはくるが、どれもこれもが容易に防げたり振り払えるレベルで張り合いが皆無。
最初こそ三桁を上回っていた植物兵の数は、赤子の手をひねるようにあっという間に一桁まで減っていた。


「グギャギャギャギャッ……!?」

「……これで全部ね。時間にしたら五分も掛からなかったんじゃない?」

「ベルウッドさんよ、いつまでそうやって傍観してんだ?あんたきも煎りの兵隊、もう片付いちまったぜ。随分と貧弱だったがこりゃどういうことだ?まさかとは思うが、俺達を舐めてんのか?」

「ーー舐めてなどいませんよ。どうやらわたくしの股肱『カラダサガシ』が討伐されたようです。であるなら彼等が脆弱に成長したのも頷けます。わたくしの力が弱まってきている証拠ですね」

「……カラダサガシ、何じゃそりゃ……?」

「おそらくはベルウッドが使役している魔物のことでしょ。状況から察するにコンちゃん達が倒したっぽいわね。仕事が早くて助かるわ」


気付けばベルウッドの体が透けて消え掛かっている。森の攻略はそろそろ大詰めのようだ。日影達が本体を砕けば同時にこちらの戦闘も終わりを迎える。それまでベルウッドの猛攻に持ち堪えることができたら御の字と言えよう。


「……シュガー。わたくしは何としても貴方を討ち取らねばならぬのです。故に、わたくしの英断を阻もうと敢行する愚か者は全て排除します。文字通りどんな手段を使ってもね。宿願を成し遂げるためにはこんなところで死ねないのですよ。いま急ピッチでそちらに参ります。ベリーベリークイックです」


悲観したベルウッドが、独白を何やらぶつぶつと呟き始める。
それはまさに蚊の鳴くような声で、はっきりと聞き取れたのは便利屋との戦闘を中断しシュガーの元へ向かうという勝手な戯言のみだった。
そんなことはさせまいと透かさずつるぎが口を挟む。


「行かせないわよ。あなたの相手はあたし達でしょ?シュガーのところへ行きたいならーー」

「しつこいですね。どきなさい」

「つるぎっ!!」



ーーその瞬間、大地が目の当たりにしたのは、鉛筆の形に生成された無数の凶器がつるぎを串刺しにしようと上空に展開された光景だった。

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