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第二十四話(当たり前の日常)

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「……ああ。やっぱ自宅が一番落ち着くわぁ~」

慈愛のおかげで晴れて刑務所生活から解放された日影は、自分の部屋で座布団に座りながらそんな台詞を呟く。
ちなみに彼の膝の上には最近本当の家族となった妹が座っていて、その台詞にいちゃもんをつけていた。

「日影お兄ちゃん、その台詞これで三回目ですよね。一体何度口にしたら気が済むんですか?」

「ほんとよねー。よっぽど囚人生活から解放されて嬉しいんでしょうねぇ~」

姉と妹は休みの日で暇だったのか、日影の部屋に集まってTVを眺めたりお菓子を食べながらのんびりとした時を過ごしていた。
一方でシャバに戻ってこられてハイテンションな日影は、やんわりと妹である慈愛を抱えながら唐突にこんな奇声を上げ始める。

「よっしゃ!俺にも可愛い自慢の妹が出来たぜ!しかも銀髪で短髪の容姿端麗な女子小学生だ。さっそく皆に自慢しようっと」

他人が聞いていたらロリコン、いやシスコンと思われても可笑しくない台詞だった。
それを近くで……兄の膝の上で聞いていた慈愛がほんのりと顔を赤らめる。

「皆って言うけど、日影、あんたに友達何か居たっけ?」

姉の容赦ない鋭いツッコミに大幅にテンションが下がった。もうだだ下がりだ。
どうしてこうも姉と妹で自分に対する態度が違うのか、日影には理解出来ない。
釈放されて帰ってきた日にも慈愛は涙を流して喜んでくれたが、歌はにこりともせずにただぱちぱちと手を叩いていただけだった。
しかも無表情&無言で。
相変わらずこの姉、男という生き物に興味がないだけあって弟である俺につれない態度を取るのは昔から変わらない。

「おいおい歌姉。いきなりテンション下げるようなこと言うなよな。日影君の友達だろ?そんなもんいっぱいいすぎて困るくらいだろうが。友達千人は余裕でいるね」

「友達千人出来るかなぁ~」

慈愛が日影の「友達千人」に反応して、膝の上で楽しそうに可愛らしく歌っていた。
日影は自分の友達の数を指折り数えてみる。ルナ、デブちゃん、つるぎ。慈愛ちゃんは妹だから友達とは言えないしぃ…………あれぇ、可笑しいぞ。何度数えても三人しか浮かんでこない。しかも、その全員が刑務所で出会ったメンツである。

「小学生の頃のとか言わないわよね?小六で転校して、それから連絡が途絶えた人達のことを友達と語るのは無理があるわ。そういうのは旧友って言うのよ。五年も音信不通な相手があんたの顔を憶えているとはとても思えないしね」

「歌姉。あんたの毒舌はいつも決まって俺を不幸にする。そういう言動はなるべく慎みたまえ。なあ慈愛ちゃん。酷いお姉ちゃんですねぇ」

日影は自分の膝の上に座っているお兄ちゃん大好きな妹に同意を求める。
その口振りを耳にした歌は仕返しとばかりにベッドの上に寝転がっていた体を起こし、こんな罵声を弟相手に浴びせた。

「ねぇ日影。あんまり慈愛ちゃんにべたべたするのはよしたら?また豚箱にぶち込まれても知らないからね」

「うっせーな。これからはとことん慈愛ちゃん可愛がるって決めたんだよ。だってこれ、俺の妹だぜ」

慈愛の両脇を掴んでその小さな体を軽く持ち上げて見せる。
兄の「これ」という言葉に妹は納得がいかなかったようで、

「お兄ちゃんに「これ」呼ばわりされました。酷いです。私は「物」扱いですか」

やってしまった……、可愛い妹の機嫌を損ねてしまった。
と、日影がバツが悪そうな表情を浮かべていると、歌が目の前にやって来て慈愛の両手を掴んだ。

「慈愛ちゃん、そいつから離れてお姉ちゃんの方へ来なさい。その紛い物の兄は危険な香りがするわ。具体的に言えばロリコン臭がね!」

大好きな妹を弟から取り上げようと、とにかく無理矢理に手を引っ張る。

「ふざけんな!俺はロリコンじゃねぇ!シスコンだ!」

日影が慈愛のお腹、歌が腕に力を込める。
二人が同時に妹の体を引っ張り合うという擬似綱引きが始まった。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん。……痛いです。引っ張らないで下さい……」

「あ、悪い……」

「ご、ごめんね、慈愛ちゃん。……あたしとしたことが、つい子供みたいな真似を」

「い、いえ……大丈夫です。お兄ちゃんの性格が刑務所に居た頃と比べ物にならないくらい違う気がしますが、私もお二人の妹になれて嬉しいです」

「あれ、日影…………あんたどうして泣いてるのよ?気持ちわるっ」

気持ち悪いとは酷い言われようだなと心中で思いながらも、日影は流れる涙を制御出来ない。
慈愛の口にした言葉を聞いて、彼はまだ自分の妹じゃなかった頃の銀髪少女が刑務所から旅立って行った日を思い出す。
もう二度と出会えない。声を聞けないと勝手に考えていただけに、現在こうして共に暮らせていることが何よりも幸せに感じる。

……そう。これは嬉し泣きだ。だから恥ずかしくも何ともない。

「どうしました、日影お兄ちゃん?」

「……いや、ほんと……本当に嬉しいよ。また慈愛ちゃんに会えて……」

唐突に涙を流し始めた兄を心配する妹に対して、服の袖で涙を拭いながら返答する。慈愛はかつて、兄が自分を慰めてくれた時と同じように頭を優しく撫でてあげた。

「日影お兄ちゃん。いい子、いい子」

「……おお、さんきゅーな……」

小さい子に慰められてる俺かっこわりー。

……でも、こういうのもたまにはいいのかも知れない。

兄妹っぽくて微笑ましい光景。刑務所に居た頃は考えることも出来なかった。後数年はあの場所で過ごして二十代半ばまでは普通の生活を送れないと考えていた日影からしたら、現在が幸せ過ぎて夢のようである。

「ねぇ、日影、話は変わるんだけどさ」

「何だよ……本当にいきなりだな。そんなに俺の泣いてる姿が気持ち悪くて見ていられなかったのかよ」

「ええ。とっても。そこで優しいお姉ちゃんであるあたしは貴方の気持ち悪い涙を止める方法は何かないかって色々と思案してたの。その結果、慈愛ちゃんとの約束を思い出してね」

「……約束?」

日影は不思議そうに首を捻る。

自分だけが知らずに姉と妹二人が知る事実。
俺がまだ刑務所にいた頃にした約束なら知らなくて当然か。

「はい。きっとカラオケの話ですね。歌お姉ちゃんが一緒に行こうって約束してくれたんです。私、一度も行ったことないので」

「そうそう。だから今すぐ行きましょ。今日はあたしも慈愛ちゃんも学校に芸能活動がお休みで暇してるの。あんたも暇よね。だってニートだもの」

「おいこら。ニートじゃねぇよ。自宅警備員と言え」

カラオケで楽しく歌って悲しい気持ち何か吹き飛ばせ。忘れろ。
姉が言いたいのはそういうことである。

「それってどっちでも意味は一緒でしょ。かっこよく決めようとしても無駄よ。自宅警備員=ニート。ニート=自宅警備員じゃない。上から読んでも下から読んでも同じ新聞紙みたいなもんよ」

「ひでぇ言いようだぜ…………そっか。慈愛ちゃんはカラオケ行ったことないんだな」

「はい。行ってみたいです」

「よし。そうと決まれば善は急げだな。おら歌姉、行くぞ、カラオケが俺達を待ってる」

「何勝手に仕切ってるのよ……まあいいわ」

という訳で、三人は日影の運転する車で最寄りのカラオケ店へ向かうことになった。












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