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第二十一話(日影からの一通の手紙)
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数ヶ月前。木ノ下日影に対し自分のせいで迷惑をかけたと深く後悔していた籐野慈愛は、普段通っている駄菓子屋のおばあちゃんに、どうすれば刑務所に入れるのか相談に向かった。
(お兄ちゃんにまた会いたいな……)
慈愛は駄菓子屋の一つ十円のお菓子を手に取って、う~んと唸っていた。
そうだ。おばあちゃんが警察に電話してくれたら……?
小学生の少女が幼いなりに導き出した答えは、駄菓子を食い逃げされたと嘘を付いて貰うことだった。
************************
「……あら、あなただあれ?可笑しいわねぇ。ウチに警察にお世話になるような悪い子は居ない筈よ」
ーー予想通りの結果だった。
児童相談所の職員である日影のおばあちゃんに連れられて保護者である筈の叔母の自宅へ帰ってみれば、顔を見るなり知らない子扱い。
嫌いな相手を睨むように、冷たく鋭い視線を浴びせられた慈愛は、目の前の叔母の態度に涙し自宅を飛び出した。
「ちょっと慈愛ちゃん!?何処に行くの!」
急に家の中から飛び出して来て走って行ってしまった少女に、光子は驚きを隠せなかった。
まだ再開して何分も経過していないというのに、あそこまで子供に不快な思いをさせ悲しませる大人がいるのかと。
「お腹、空いたな……」
やっぱりこんな結果になっちゃった。何となく分かってたけど。
慈愛が走って向かった先は、よくあの家から逃げ出してやってきた最寄りの公園だ。
此処には飲み水や体を洗える水道もあれば、用を足すトイレもある。屋根は無いけど、眠るのに必要なベンチまでもあった。お小遣いは殆ど持たされていなかったしお腹は空いたけど、水をいっぱい飲めば一週間くらいは
空腹を我慢出来る。叔母さんの所へはもう帰りたくない。
そう思っていたんだけど……現実は残酷で、まだ三日しか経っていないというのにすぐに駄菓子屋のおばあちゃんを頼ってしまった。
迷惑をかけていることは承知してたのに、やっぱり空腹には勝てなくて……。
「……お兄ちゃんに、会いたいな」
日影に叔母の手から離れ児童相談所で暮らせばいいと勧められたものの、実を言うと慈愛は他人のお世話になるのをあまり気乗りがしなかった。
現に、駄菓子屋のおばあちゃんの所でいつまでもお世話になるのも迷惑と勝手に考えて、一日泊まらせて貰った次の日にはこの公園に戻ってきていた。
「誰に会いたいって?」
「……へ?」
公園のベンチに座って途方に暮れていた少女へ背後からかけられた一人の知らない女性の声。振り返ってみれば、そこには女優に引けを取らない美貌を持った年上の女性が小さな少女の顔をじっと覗き込んでいた。
見た感じはお兄ちゃんやルナさんと同い年かちょっと上くらいでしょうか?
「慈愛ちゃん、みーつけた♪」
空を連想させる水色の腰まで伸びた長くて綺麗な髪。左右のリボン型髪飾りは見方によっては猫の耳のようにも見えなくもない。
初対面の筈のお姉さんが自分の名前を知っていることに恐怖と驚きを隠せなかった慈愛は、当然のようにこう言葉を返す。
「えっと……どちら様、ですか?」
「どちら様って、悲しいなぁ……あたしってTVじゃ結構有名なアイドル何だけど、知らない子も居るんだね。もっと頑張らないと」
アイドルと名乗る彼女を慈愛が知らないのは当然と言えば当然だった。
慈愛がTVをまともに観れたのは産みの親と一緒に暮らしていた頃だけで、親が死に叔母と暮らすようになってからはTV鑑賞はおろか家の中で遊ぶことさえ許されはしなかったのだから。
「あたしはね、木ノ下歌。木ノ下日影の家族って言ったら信じて貰えるのかな」
木ノ下という姓には聞き覚えがあった。
確か、お兄ちゃんの苗字が「木ノ下」だったような……。
この人は、お兄ちゃんのお姉さんか妹のどちらかなのかな?
「歌さんは、お兄ちゃんの家族……何ですか?」
「うん。そうなの。あたしは日影の姉。ほら、これが証拠」
そう言って歌はスマホの写真を慈愛に見せる。
確かにそこには慈愛と同い年くらいの小さな日影と歌が仲良さそうにツーショットで映っていた。
「本当にお兄ちゃんです。見てすぐに分かりました」
「これで信じてもらえたかな?あたしが怪しい者じゃないって」
「ごめんなさい。私の名前を知っていたので少しだけビックリしちゃいました。……あの、それで歌さんは、私に何か御用ですか?」
「おばあちゃんから電話があってね。慈愛ちゃんを探してきてって頼まれたの。あたしと一緒に付いてきてくれるかな?」
お兄ちゃんの家族の人ならきっと優しい筈。
歌が差し伸べてきた手を取ってから慈愛が尋ねる。
「あの、何処に行くんですか?歌さん」
儚げな少女の質問に、歌は迷うことなくはっきりと答える。
「何処って、あたしのおばあちゃんの家だよ。今日から慈愛ちゃんはあたしとおばあちゃんと三人で暮らすの。これもう決定だから」
彼女の話によれば光子は慈愛の着ていた服に盗聴器を仕掛けていたようで、慈愛が叔母から浴びせられた保護者らしからぬ罵声は全て録音済み。虐待の証拠を押さえることに成功したとの報告が歌にも伝えられた。
「……大丈夫、何でしょうか?私何かがお兄ちゃんの家族の方達のお世話になっちゃっても」
「どうしてそう思うの?」
「お兄ちゃんが刑務所に入る切っ掛けを作ってしまったのは私です。歌さんは恨んでないんですか?」
「日影が好きでしたことにあたしが怒る必要ないからね。それにあいつは慈愛ちゃんを頼むってこんな手紙まで送ってきたんだよ。弟にそんなお願いされたら断れる訳ないじゃん」
歌が取り出して見せてくれたのは日影が面会に来た光子に手渡した一通の手紙。
そこには「慈愛のこと宜しく頼む。可愛がってあげてくれ」と、そう記してあった。
「こんなこと、慈愛ちゃんが嫌いだったら書いたりしないよ」
ーーすごいサプライズです。
手紙を書いてくれていた何て全く知りませんでした。お兄ちゃんは本当にお節介で優しい人です。
歌に手渡された手紙を見て、慈愛の瞳に涙が浮かんだ。零れ落ちる水滴で汚してしまわないようにと泣くのをぐっと堪えていたが、こんなに思いやりのある気持ちが籠った文章を読んでしまったらそれはかなり難しい。
「これからよろしくね。慈愛ちゃん」
「は、はい……よろしく、お願い……します……」
(お兄ちゃんにまた会いたいな……)
慈愛は駄菓子屋の一つ十円のお菓子を手に取って、う~んと唸っていた。
そうだ。おばあちゃんが警察に電話してくれたら……?
小学生の少女が幼いなりに導き出した答えは、駄菓子を食い逃げされたと嘘を付いて貰うことだった。
************************
「……あら、あなただあれ?可笑しいわねぇ。ウチに警察にお世話になるような悪い子は居ない筈よ」
ーー予想通りの結果だった。
児童相談所の職員である日影のおばあちゃんに連れられて保護者である筈の叔母の自宅へ帰ってみれば、顔を見るなり知らない子扱い。
嫌いな相手を睨むように、冷たく鋭い視線を浴びせられた慈愛は、目の前の叔母の態度に涙し自宅を飛び出した。
「ちょっと慈愛ちゃん!?何処に行くの!」
急に家の中から飛び出して来て走って行ってしまった少女に、光子は驚きを隠せなかった。
まだ再開して何分も経過していないというのに、あそこまで子供に不快な思いをさせ悲しませる大人がいるのかと。
「お腹、空いたな……」
やっぱりこんな結果になっちゃった。何となく分かってたけど。
慈愛が走って向かった先は、よくあの家から逃げ出してやってきた最寄りの公園だ。
此処には飲み水や体を洗える水道もあれば、用を足すトイレもある。屋根は無いけど、眠るのに必要なベンチまでもあった。お小遣いは殆ど持たされていなかったしお腹は空いたけど、水をいっぱい飲めば一週間くらいは
空腹を我慢出来る。叔母さんの所へはもう帰りたくない。
そう思っていたんだけど……現実は残酷で、まだ三日しか経っていないというのにすぐに駄菓子屋のおばあちゃんを頼ってしまった。
迷惑をかけていることは承知してたのに、やっぱり空腹には勝てなくて……。
「……お兄ちゃんに、会いたいな」
日影に叔母の手から離れ児童相談所で暮らせばいいと勧められたものの、実を言うと慈愛は他人のお世話になるのをあまり気乗りがしなかった。
現に、駄菓子屋のおばあちゃんの所でいつまでもお世話になるのも迷惑と勝手に考えて、一日泊まらせて貰った次の日にはこの公園に戻ってきていた。
「誰に会いたいって?」
「……へ?」
公園のベンチに座って途方に暮れていた少女へ背後からかけられた一人の知らない女性の声。振り返ってみれば、そこには女優に引けを取らない美貌を持った年上の女性が小さな少女の顔をじっと覗き込んでいた。
見た感じはお兄ちゃんやルナさんと同い年かちょっと上くらいでしょうか?
「慈愛ちゃん、みーつけた♪」
空を連想させる水色の腰まで伸びた長くて綺麗な髪。左右のリボン型髪飾りは見方によっては猫の耳のようにも見えなくもない。
初対面の筈のお姉さんが自分の名前を知っていることに恐怖と驚きを隠せなかった慈愛は、当然のようにこう言葉を返す。
「えっと……どちら様、ですか?」
「どちら様って、悲しいなぁ……あたしってTVじゃ結構有名なアイドル何だけど、知らない子も居るんだね。もっと頑張らないと」
アイドルと名乗る彼女を慈愛が知らないのは当然と言えば当然だった。
慈愛がTVをまともに観れたのは産みの親と一緒に暮らしていた頃だけで、親が死に叔母と暮らすようになってからはTV鑑賞はおろか家の中で遊ぶことさえ許されはしなかったのだから。
「あたしはね、木ノ下歌。木ノ下日影の家族って言ったら信じて貰えるのかな」
木ノ下という姓には聞き覚えがあった。
確か、お兄ちゃんの苗字が「木ノ下」だったような……。
この人は、お兄ちゃんのお姉さんか妹のどちらかなのかな?
「歌さんは、お兄ちゃんの家族……何ですか?」
「うん。そうなの。あたしは日影の姉。ほら、これが証拠」
そう言って歌はスマホの写真を慈愛に見せる。
確かにそこには慈愛と同い年くらいの小さな日影と歌が仲良さそうにツーショットで映っていた。
「本当にお兄ちゃんです。見てすぐに分かりました」
「これで信じてもらえたかな?あたしが怪しい者じゃないって」
「ごめんなさい。私の名前を知っていたので少しだけビックリしちゃいました。……あの、それで歌さんは、私に何か御用ですか?」
「おばあちゃんから電話があってね。慈愛ちゃんを探してきてって頼まれたの。あたしと一緒に付いてきてくれるかな?」
お兄ちゃんの家族の人ならきっと優しい筈。
歌が差し伸べてきた手を取ってから慈愛が尋ねる。
「あの、何処に行くんですか?歌さん」
儚げな少女の質問に、歌は迷うことなくはっきりと答える。
「何処って、あたしのおばあちゃんの家だよ。今日から慈愛ちゃんはあたしとおばあちゃんと三人で暮らすの。これもう決定だから」
彼女の話によれば光子は慈愛の着ていた服に盗聴器を仕掛けていたようで、慈愛が叔母から浴びせられた保護者らしからぬ罵声は全て録音済み。虐待の証拠を押さえることに成功したとの報告が歌にも伝えられた。
「……大丈夫、何でしょうか?私何かがお兄ちゃんの家族の方達のお世話になっちゃっても」
「どうしてそう思うの?」
「お兄ちゃんが刑務所に入る切っ掛けを作ってしまったのは私です。歌さんは恨んでないんですか?」
「日影が好きでしたことにあたしが怒る必要ないからね。それにあいつは慈愛ちゃんを頼むってこんな手紙まで送ってきたんだよ。弟にそんなお願いされたら断れる訳ないじゃん」
歌が取り出して見せてくれたのは日影が面会に来た光子に手渡した一通の手紙。
そこには「慈愛のこと宜しく頼む。可愛がってあげてくれ」と、そう記してあった。
「こんなこと、慈愛ちゃんが嫌いだったら書いたりしないよ」
ーーすごいサプライズです。
手紙を書いてくれていた何て全く知りませんでした。お兄ちゃんは本当にお節介で優しい人です。
歌に手渡された手紙を見て、慈愛の瞳に涙が浮かんだ。零れ落ちる水滴で汚してしまわないようにと泣くのをぐっと堪えていたが、こんなに思いやりのある気持ちが籠った文章を読んでしまったらそれはかなり難しい。
「これからよろしくね。慈愛ちゃん」
「は、はい……よろしく、お願い……します……」
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