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第百話(テイルズ)

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「驚きました。テイルさんって七つ子だったんですね」


学校から帰ってきた慈愛ちゃんの周りには、テイルズの”赤青黄”三人の姿があった。
歌姉の言う護衛とは、どうやらナオ達のことだったらしい。
憶測だが人数的に考えて三人ずつに分けた交代制なのだろう。


「だな。俺も初めてお目に掛かったときは驚いた……」


姉妹と明言しても強ち間違っちゃいないとは思うが、正確に言うならテイルズの面々は、テイルと瓜二つに生み出されたクローンだ。
いちいち説明するのもあれだしな。
本当のことを教えたとしても妹を混乱させるだけだろうと、あえて黙っておいた。


「”ベルウッドの森”出現ポイントを突き止めたの。今夜24時に作戦決行」


慈愛ちゃんが庭から家の中に入って行ってすぐ、てくてくとこちらに歩いてきたナオに袖をくいくいっと引っ張られる。
話の内容から察するに、ベルウッド討伐に関することだろう。
俺を見上げるマゼンタの双眸は真剣そのもので、暗に突入に参加するしないの選択を促しているようにも感じた。
本当にお前は、姉を自らの手で救わなくても良いのかと……。


「わざわざ知らせに来てくれたのか。ありがとうな」


ナオはそれ以上、何も口にはしなかった。
俺が考えを改めると一縷の期待でもしていたのだろうか。

ーー仮にだ。

俺が便利屋に介入したところで、戦う手段を持ち合わせていない器量の何一つ操ることができないただの凡人……、そんな奴がどうやってベルウッドと対抗するのか?
断言できる。足手まといになるだけだ。
かてて加えて化け物の仲間入りを果たす危険性まであるとなれば尚更だろう。


それでも、本音を言ったらーー


「助けたい……よな」


……だってさ、この瞬間も歌姉はベルウッドに一挙手一投足を監視されて、自由に制限がかけられているんだろ?
おまけに一時も心の休まらない生活を余儀なくされている。
そんな様子は噯にも出さないが、内心じゃ不安で怖くて仕方ない筈だ。

ーー肩や俺はどうだ?

碌に働きもしないでのらりくらり。お気楽なもんだよな。時間を無駄に浪費して、何一つ不自由ない日々を過ごしてる。そうやってのんびり暮らしていられるのも歌姉の助力あってこそだというのに。
俺に対する態度や口調こそ変わったものの、なんだかんだで面倒見が良くて甘やかしてくれる歌姉は、何ら以前のうたちゃんと変わらない。
これまで幾度となく陰になり日向になり助けてくれたじゃないか。


「やるかやらないか何て迷ってる場合じゃなかったな……」


俺の独り言に、踵を返し始めていたナオの獣耳がぴくりと反応する。


「魔物になるのが何だ、死ぬわけでもない」


虐められて泣いている弟を放っておけなくて、いじめっ子へ果敢に向かっていくうたちゃんが好きだ。
本当なら、姉を殴って泣かせたいじめっ子に憤る場面なんだろうけれど……返り討ちにあって自分まで泣いて帰ってきたうたちゃんは、何だか愛おしかったな。


「今度は俺が、うたちゃんを助ける番だ」


ーーアーティファクトである森の中に突入し、そこを守護する魔物との戦闘が本格的におっぱじまれば、ベルウッドは必ず異変に気付く。
最悪な事態を死守しようと躍起になって、妨害しに姿を現わす筈だ。
そこで便利屋とテイルズは二手に分かれる必要があった。
端的に言うと、ベルウッドを足止めする組と本体を叩く組だ。


「で……どうよ、紫紺。俺とつるぎの二人だけで、ベルウッドは押さえられそうか?お前の見立てを教えてくれ」


作戦開始一時間前。午後23時。
便利屋一階の事務所にはメンバー三人が集まって、最後のミーティングが行われていた。
これから戦場に向かおうというのに、まったく緊張感のない紫紺は呑気に焼き芋を頬張っている。
紫紺曰く、腹が減っては戦はできないらしい。


「問題ない。こちらにはしゅがーの助力が付いてる。万が一大地とつるぎが駄目でもしゅがーがほろーしてくれる筈」

「当然の話だが、俺達とシュガーじゃ戦闘能力も使える器量の数も雲泥の差だからなぁ……あと、ホローじゃなくてフォローな」

「大地は細かい。意味が伝わってるなら御の字」

「現にシュガーは別の器量図鑑だって歯牙にも掛けないくらいに強いんだものね。彼にとってあたし達便利屋の存在は邪魔なだけかもしれない」

「いくらそいつが強くたって関係ねぇ。それでもやるんだろ。歌を助けるために」

「おデブちゃんに言われるまでもないわ。うたちゃんの人生は紛れもなくうたちゃん自身のものなの。他人が身勝手に左右する何て言語道断。ベルウッドだか何だか知らないけれど、これ以上好きにはさせない」


森の中の何処にベルウッドの本体が隠匿されているのかはっきりしない以上、シュガーがベルウッドを塞き止める側へ回るのは不可能だ。
潜入組のテイルズ達がミッションを成し遂げるまでの時間稼ぎは、意地でも大地とつるぎの二人だけで持ちこたえるしかないだろう。
テイルズそれぞれが所有する器量はそこら辺の器量持ちが所有する器量を大きく凌駕する。
シュガーからの情報によれば、森に潜んでいる魔物の数は優に3桁を超えているというし、当初こそテイルズを半分に分散させることも考えていたが、その腹積りは机上の空論で終わった。
紫紺を抜いた五人のテイルズ達は、普段からシュガーと寝食を共にし、実親のように慕っている。
ベルウッドの森ではシュガーが司令塔を請け負い、テイルズに指示を出して魔物を一掃していく。
コーヒーショップの店主である優男が、爽やかな笑顔で楽観的なスケジュールを語っていたが、果たしてそんなに上手く事が進むだろうか?
トレントやゴブリンといった魔物がうじゃうじゃ生息している敵地にたったの七人。無敵の器量図鑑が味方とはいえ、多勢に無勢な形で挑んで勝機はあるのか、多少は疑ってしまう。
聞いたところによると今回、天下の佐藤軍は動かさないらしい。
シュガーは他の器量図鑑と違って滅多に軍を使役しない質だ。
専ら単独かテイルズを引き連れて行動する。
少数精鋭。というか、それだけの人数で十二分に敵を圧倒することができる。


「さて、そろそろだな」


これから彼等が対峙するのは、残忍な行いを平気でやって退ける器量図鑑。
何千年も昔から今に至るまで、器量を悪用し数多の命を奪ってきた最低最悪の相手だ。
生きて帰って来れる保証は何処にもない。それでも構わないと彼等は行動を開始する。
自分達に衣食住を与えてくれた、優しく手を差し伸べてくれた恩人のために。



「やあ、よく来てくれたね。ナオちゃんから聞いたよ。危険を犯してまでお姉ちゃんを助けたいんだってね」

「虎穴に入らずんば虎子を得ずってことわざあるだろ。これ、何気に好きな言葉なんだよな」

「なるほどね。大きな成功を得るために勇気を出して危険に立ち向かいに来たってことか。中々できることじゃない。君の決断は賞賛に値するよ。そういう我武者羅な気持ち嫌いじゃないな」


ーー現時刻23時45分。

ナオに指定された場所に到着すると、そこは慈愛ちゃんの通っている小学校の校門前だった。
こんな場所にあの不気味なトンネルが現れるなんて、俄かには信じられない。
まさか、姉に続いて妹にまで危険が差し迫っていたとは予想もしなかった。
登校してくる児童をまとめて誘い込み、魔物を量産しようと企んでいる思惑が透けて見える。
現場にはシュガーとテイルズ六人の姿が確認できた。どうやらデブちゃんとつるぎの二人は別行動らしい。


「それで、俺は何をしたらいい?」

「君にはこの子達に指示を出す隊長を任せるよ」

「指示?隊長……?」


白髪の爽やかイケメンが、屈託のない顔で唐突に無茶な役割を提示した。
最初に同調し始めたのは便利屋に所属する紫紺だ。
紫紺を皮切りに、続々とテイルズ達が賛成の声をあげていく。


「おとーとがたいちょう」

「たいちょーなの」

「いいよー。なんでもゆってー」

「隊長のめいれーに従うであります!」

「従うです」

「御意」


こんなこと思ってる場合じゃないが、周りに集まって来たテイルズ達はどいつもこいつも無邪気な性格で可愛らしい。
見た目からしてちっこくてか弱そうなマスコット連中が、百戦錬磨の精鋭とは甚だ疑問だ。


「指示っつったって、具体的に何をしたらいいんだよ……?」

「彼女達は優秀で従順だ。好きなように使うがいい。君が目的を達する為に、あるいは君が生き延びる為にね」


戸惑っている俺をよそに、シュガーは適当なことを言って退ける。
戦闘経験が全く無い俺が戦闘経験豊富なテイルズを使役するとか、アルバイトが社員に指示を出すようなものだぞ。


「そろそろお出ましの時間みたいだね。日影君、心の準備はいいかい?」


そんなもん現場へ赴いている時点で問われるまでもない。
テイルズの件はぶっつけ本番もいいところだが、意地でもベルウッドを討伐し、凱歌をあげてやる。

ベルウッドの森へ繋がるトンネルが現出したのは、シュガーの宣言通りジャスト24時。
シュガーの命で五人のテイルズが戦闘準備に入る。


ーー無謀な戦いが、今始まろうとしていた。









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