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第十五話(餃子を売るコツ)

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「……って、あれ……これ、どっちだ?」

食料品売り場の中央に足を運んでみれば、用意してあるスペースが二つあって、そのどっちを使用すればいいのか分からない。
というか、あと一組が片方のスペースを使用することになってるのか。
だとすれば相当面倒なことになるぞ。客の取り合いになるかもしれない。
いや、絶対になる。

「お兄ちゃん、どっちにするんです?」

「好きな方でいいんじゃないか。どっちでも条件は同じだろ」

慈愛とそんな話をしていたら、後方からよく知る人物の声が聞こえてきた。

「あれ、日影達も此処だったのかよ」

「デブちゃんさん」

振り返って見れば、よく見慣れたおデブの姿とそのペアのつるぎの姿。

「おデブ、まさかお前の所も餃子を売るんじゃねぇだろうな」

「ちげーよ。俺んところは厚焼き玉子を売る。しかもお前等とは違って一日限定。ノルマ無しだ。はは。羨ましいだろ」

「変われよデブ。お前餃子の売り子経験者だよな。俺達が厚焼き玉子売ってやるから」

「そんなこと言ったってお前、厚焼き玉子作れるのかよ?」

「ぐっ……」

デブの言う通り厚焼き玉子何て作ったこともない初心者の俺にはそっちの仕事を変わるのは無理そうで、さっそく諦めモードに入った。

楽しようとしても人生思うようにはいかないな。

「ひーくん、これパックに詰めていいの?」

「ああ。頼む」

発泡スチロールの箱に入った餃子達をパックに詰めて用意した台の上に並べていく。
会社の旗やらレジを準備して、試食用の餃子をホットプレートの上で焼いて配れる状態にしたら開店準備完了だ。

「お、つるぎ上手いな」

隣を見れば試食用に厚焼き玉子を調理している元相棒が箸と専用のフライパンを巧みに使って玉子をくるんくるんと華麗にひっくり返している。
そういえば、俺とペアやってた頃も料理の腕前はプロ顔負けで、飲食店の奉仕作業は彼女に調理を担当してもらえば困ることはなかった。

「これくらい慣れちゃえば誰だって出来るようになるから」

四角い形に見栄えよく完成した厚焼き玉子を一口サイズにカットし、大きめな丸皿に盛り付ける。
その美味しそうな厚焼き玉子をうちの銀髪小学生が食べたそうにじっと見つめていた。
それを察してくれたのか、つるぎが「お一つどうぞ」と慈愛に爪楊枝で刺した一口サイズを一つ差し出した。

「味見してくれる?美味しく仕上がってるか確認して欲しいの」

「いいんですか?ありがとうございます」

口にふくんだ瞬間、笑顔になった慈愛を見るに、味も見た目も問題ないことをすぐに理解した。

やっぱ、子供の感情は素直でいいものだ。

「どう?」

「甘くて柔らかくて優しい味です。ご馳走様でした」

慈愛の純粋無垢な気持ちを耳にして、つるぎは嬉しくなったのか目の前にいる小さな銀髪少女の頭を優しく撫でていた。

「日影、前々から思っていたのだけど、慈愛ちゃんって可愛過ぎよね。うちのおデブちゃんと交換してくれない?」

「駄目。慈愛必要。おデブ不必要」

さらっとそんなことを聞いてくるつるぎの要望を俺は完全に拒否ってやった。
おデブのビジュアルが救いようのないくらい最悪だということは随分前からよく知っている。
客寄せをするなら可愛い慈愛の方が商売の戦力になると考えての行動だろうが、そうはさせるか。うちに体重百キロを越える野郎はいらん。

「へい、らっしゃい!安いよ!安いよぉ~!甘くて美味しい玉子焼きはいかがかなぁ~っ!」

活気にあふれた、うるさいとも感じ取れる程元気なおデブの客寄せが店内に響き渡る。
周りの野菜やら魚、肉コーナーを物色している客達の視線が一斉にこちらへと集まった。
この男が隣に居るだけで、俺等が客寄せをする必要はなさそうだ。
厚焼き玉子の方に群がる客達は自然と隣の餃子にも興味を持って近寄って来る。

「餃子一パック頂けるかしら?」

此処の餃子は何気に知名度が高いらしく、試食もしないで買ってくれる客が何人か存在する。いわゆるリピーターというやつだ。
奉仕作業として何人もの囚人がこの仕事を経験してりゃ、ちょっとばかし有名になっても不思議じゃない。

「ママ~、餃子食べたい」

子供の餃子を求める声が俺を呼んでいる。
デブから聞いた話を参考にするならば、子供連れのママさんは高確率で餃子を買ってくれる。愛する我が子が食べたいと口にすれば、買わないで帰る親はほとんどいないみたいだ。

「よかったら試食どうぞ~」

すぐ様親子をロックオン。使い捨ての発泡容器に入れた餃子を二つ持って母親と子供に手渡した。

「ママ~、餃子買ってぇ~」

「はいはい。それじゃ二パック貰えるかしら」

「あざっす。ルナ、二つお買い上げ」

ルナのレジ捌きは見事なもので、迷うことなくボタンをピッピッとプッシュしていた。

「ありがとうございます。お口直しにお茶どうぞ」

餃子を買ってくれたお客には予め用意しておいた冷たいお茶を紙コップに注いで提供するサービス付きだ。これにはお礼の気持ちが篭っている。脂っこいものを食べた後のお口直しだ。

「餃子試食させてくれるかのう」

服があちこち破けている髭面の、どうみてもホームレスにしか見えない爺さんが餃子を寄越せと日影に話しかけてきた。
この仕事は見極めも大事で、寄ってくる全ての人間に餃子を提供する必要はない。
買ってくれそうな客に餃子を渡して一パックでも多く減らす。それがこの仕事で一番の重要なポイントとなり、借金を作らずに済む方法だ。いかにも買ってくれなさそうな相手に渡しに行くのは上手い行動じゃないのだが……向こうから近寄って来られたら渡さない訳にもいかない。
拒否でもすれば他の客からの印象が悪くなるからな。

「どうぞ」

爺さんは一つ日影の手から掻っ攫って餃子を一飲み。
腹を満たすと、予想を裏切ることなく「ごっそーさん」と暗いトーンで声を出し、足早に売り場を去って行った。
あのような客は星の数程居るからいちいち気にしていたら切りが無い。
実際にそれから暫くは味見だけして買っていかない客が続出した。
此処の餃子の値段は高価だから、売れない時はとことん売れない。

「ははっ!売れて売れて笑いが止まらねぇぜっ!」

こっちの雲行きが怪しくなってきたってのにお隣さんは絶好調なようで、台に並べられていた厚焼き玉子はそのほとんどが姿を消していた。
つるぎが追加分を調理している姿はちょっとした料理ショーみたいで、客は全員くるくると玉子をひっくり返す彼女に見入っている。

「ひーくん、お客さん皆取られちゃったよ。どうするの?」

「ルナ、お前が誘惑しておっさんとかおっちゃんとか連れて来てくれよ。俺が思うに金髪の美少女に「買って」とお願いされたら男共はいちころだ。慈愛はロリコン癖のあるオタク男子を頼む。小さくて可愛い銀髪JSに「お兄ちゃん、買って」とお願いされて断る野郎は存在しない。自信を持て」

「美少女って褒めてくれたのは嬉しいけど、どうしておっさんとおっちゃん限定なのっ!?あたしだってオタク男子くらい集められるよ!」

「分かりました。お兄ちゃんみたいな人達を集めればいいんですね。了解です」

慈愛にちゃっかりと毒のある台詞を吐かれた日影だったが、彼は否定するのも面倒だったのか、そこには特に触れることは無かった。

「俺みたいなブサ面に客の呼び込みなど不可能。後はお前等に任せる」

「お兄ちゃんはよく自分を貶すような台詞を口にしますが、本当に心からそう思っているんですか?自虐する程かっこ悪くないですよ」

己のフェイスをかっこいいと思えるのは自分だけの特権だ。
俺はどっかのナルシスト芸人みたいに自分で自分をかっこいいとは口が裂けても言えんな。どうせ貶されて辱めを受けるのは目に見えてる。
デブちゃんが羨ましいぜ。自分のことをイケメン(自称)と認めていて、女と遊んだ数も計り知れない。人とコミュニケーションを取るのが上手い奴の所に客が集まるのも頷ける。

「よう。調子はどうよ」

餃子が売れる方法を悪い頭をフル活用し真剣に考えていたまさにその途中、売れ行き絶好調のお隣のデブが、俺達のコーナーへにやにやした顔を晒しながらやって来た。

「何だよ、自称イケメンのデブ。冷やかしなら持ち場に戻れ。目が腐る」

「誰が自称イケメンだ。俺は眉目秀麗で絶世の美男子。正真正銘のイケメンなの。持ち場に戻るも何も、こっちは今日の分は完売したんだ。羨ましいだろ」

「けっ。終わったならこっちの餃子売るの手伝ってけよ。どうせ暇だろ」

「慈愛ちゃん、餃子食べさせて。あーんって」

俺の誘いを華麗にスルーし、餃子を売ろうと頑張って呼び込みをしている慈愛に接近しやがった。

「分かりました。そしたら餃子買ってくれますか?」

「買っちゃう。買っちゃう。良いよ、良いよ~」

「ざけんなデブ。慈愛にあーんさせるくらいなら俺がやってやる。ほら、口開けろ」

慈愛の持っていたトレイの上から餃子を一つ爪楊枝でぶっ刺し、デブの口元へ近付ける。

「止めろ、気色悪い!男からあーんされて喜ぶ男が居るか!存在するとしたらそいつは百パーゲイだ!」

こいつとそんな関係に誤解されるとか、こっちから御免蒙りたいが、慈愛がデブに恋人紛いの行為をすることは何としても避けなければならなかった。

「あれ……もうこんな時間かよ」

「はい。そろそろ作業終了の時間ですね」

「ひーくん、餃子いっぱい余ってるよ。これどうするの?」

一日目は餃子を半分以上売れ残す最悪な結果で幕を閉じることとなった。

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