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第二十七話(海水スープ)

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俺やタルトが慎ましく暮らしているこの世界は、ぱっと見は全くそうは見えないが歴としたのようだ。
ここを管理していると豪語する鬼の娘が断言しやがるのだからきっとそうなんだろうさ。見た目は俺よりも年下、言っても16~18歳くらいか。頭には長めのとんがったツノを二本生やし、異世界風の変わった衣装を身にまとっている。厳つい金棒こそ常に持ち歩いているが、何とも洒落た可憐な鬼であるのは確かだ。実際は何千年も生きてきたロリババアだが、こんなことは口が裂けても言えない。
鬼子とは俺がつけたあだ名で、本名はオニオノール……ええと、なんだったか忘れちまったけど、なんたらかんたらなんちゃらなんちゃらというらしい。長すぎる名前だったからややこしく覚える気もさらさらなかった。
んで、親しみを込めてそう呼ぶようにしたわけよ。
この鬼ヶ島にやって来た連中には生前生業としていた職が与えられるパターンが多い。
俺の場合は清掃業か調理系かデザイナーの三択で、最終的には人手不足であったオーガニックの経営を任されることに……。
一応希望は無いかと問われたが、あの時は死んでもなお働かされるのかと内心うんざりしてどうでもよくなっていた。
そもそも、何故天国行きではなく地獄に落とされなきゃならんのかと。
なんか悪いことしたかな。全く心当たりがない。
後に鬼子に聞いてみてわかった事実がいくつかあるので紹介しておこう。

1.最初から天国に行ける者はごく一握りであること。
2.地獄はいくつも存在し、生前の行いによって個々の行く先が異なっていること。
3.ここ鬼ヶ島はと呼ばれていて、行い次第で天国に登るのが可能なこと。
4.飛ばされる地獄によって過酷度レベルが違うこと。

ちなみに鬼ヶ島は過酷度最弱の暮らしやすい地獄で、過酷と感じる瞬間はほとんどない。週休三日制で労働時間も生前より短い良心的過ぎる環境だった。

「懐かしいな。これって、俺が初めてここに来たときにふるまってくれたスープだろ」

「うん!海水スープ!みんながマズイマズイって言う中、ももちゃんだけが美味しいって言ってくれて嬉しかったなー」

海水スープとはヒスイが海から採って来たワカメと汲んできた海水を温めただけの即席料理だ。
文字通り、ただの温めた海水である。
昔海に行って軽く溺れかけたときに味わった塩辛い味が喉をいっぱいに満たす。

ーーそして、鬼ヶ島に来て間もない日のことを思い出した。

「鬼ヶ島にようこそ。歓迎の海水スープだよ。美味しいから飲んでみて」

「やめておいた方がいいわよ。桃之介は調理師学校出身で料理が得意なんだから。そんな海水を汲んできて温めただけの品の評価なんて酷いに決まってーー」

鬼子が俺の調理師としての腕を買っていたあの頃が懐かしい。
思えば、あいつの俺に対する評価が変わっちまったのは、ヒスイの作った海水スープを飲んで感想を言ってからだった気がするぜ。

「うまい……な。文句のつけがたい一品だ。ごくごく飲めるね」

塩気の足りないトマトジュースに塩を足す癖のある俺には何の苦も無く普通に飲めてしまった。
すっぱいものを欲した際に梅干しを食いながらトマトジュースを飲んだりするが、あれに比べたらこのスープはまだまだ刺激が足りないくらいだな。
飲もうとして海水を飲んだ経験など無いが、これがまた案外美味。
せっかくヒスイが自慢の料理でもてなしてくれているんだ。
飲み干さないと失礼に当たるだろう。

「ほんとにほんとっ……!?この海水スープね、あたしが考案したオーガニックのメニューなんだけど、お客さん達の評判最悪なんだー。ももちゃんが初めてだよ!美味しいって褒めてくれたの!」

「そうなのか?俺はこれ結構好きだぞ。塩味がそれなりに利いてて好みの味だった」

「嘘でしょ……これを一滴残らず飲み干した。あたしなんか一口でも塩辛くて飲めなかったのに……桃之介、あんたの味覚ってどうなってんの?」

そこはかとなくというか、非常に失礼な物言いだな。
俺は素直に味の感想を述べただけだってのに。

「味覚なら至って普通だと思うぞ。おかわりくれ」

「はーい。ちょっと待っててね」

多少はしょっぱい気もするけど、このままでも飲めないレベルではないな。
少し真水を足して薄めたらもっとよくなりそうだが。

「あんた、これで何杯目よ……?お腹壊すわよ……」

「あ~、鬼ちゃんがまた酷いこと言ってる~。美味しいって言ってくれてるんだから何杯飲んだっていいじゃない」

「そうだぞ、鬼子。俺は決して無理はしてない。飲みたいから飲んでるんだ」

「あたしはあんたの体のことを心配して言ってあげたんだけどね……それと、鬼子って言うな」

「ももちゃん、ありがとー!あたし、何だか自信が取り戻せそうだよ!」

ーー俺からの評価は高かった海水スープだが、タルトとかラスクは一口飲んで咳き込むほどに受け付けないようだった。

タルトの方の反応は予想できたが、なんでも美味そうに食べたり飲んだりするラスクがギブアップするとは意外だったな。

「けほ……けほ……しょっぱい……」

「……右に同じです」

「そんなに言うほどか?ちょうどいい塩加減だと思うが」

このしょっぱいのが刺激的でいいんだろ。
海水なら鬼子にホームランされるたび否応なしに味わって来たが、そんときとまったく同じ味だ。
世の中には海水で飯を炊く猛者もいるんだぜ。

「あれですよ。ヒスイさんは人魚さんで海の中で生活してるから、この味にまったく違和感がないんです。……お兄ちゃんに関してはもう、救いようがないとしかーー」

「おい……!誰が救いようがないって!?」

「やっぱりお兄ちゃんの味覚は崩壊してますね……普通の人ならこれは飲めないです。ヒスイさんには申し訳ないですが、一口飲んだだけで喉が痛くなりました」

「そっかー。やっぱりももちゃんだけなのかな。海水スープ美味しいって言ってくれる人。たーちゃんはももちゃんの妹だし、十分可能性があると思ったんだけど」

「妹ってだけで、好きな食べ物が同じとは限らないですよ。今では似なくてよかったと、心の底から安堵しているくらいです」

タルトの中の俺はすっかり「味覚のおかしいなんちゃって調理師」で定着しちまってるみたいだからな。
妹の口から兄を褒め称えるような言葉は滅多に出てこない。
自分で料理を作っては酷評され、別のやつが作った料理を食してる最中に虚仮にされる。
……なんか、俺って可愛そうじゃね?

「ですが、海水をごくごく飲めるお兄ちゃんなら海で遭難しても問題なく生きていけるでしょうね。そこだけは羨ましいかもしれません」

「そんなんで羨望されても全然嬉しくねぇよっ!?」

「何日でも大丈夫そうですよね。力尽きて溺れてしまってはそこまでですが、水分補給に困らないだけでも多少は希望があります。サメさんの食事時にばったり遭遇したらお陀仏でしょうけど」

ガブガブとサメに食われている俺のイメージが頭に浮かんじまったじゃねぇか。嫌なこと想像させんな。
万が一にもトラウマになったら今後海に遊びに行く時困るだろうが。
ヒスイの話じゃ鬼ヶ島の海にはアホみたいに巨大なメガロドンが潜んでるみたいだし……。

「サメに食われたら終わりとか言ってる時点で本気で言ってないし、ふざけてるのが丸わかりだな」

「そもそも、海で遭難する確率が少ないですしね」

「ももちゃんが海で遭難したときはあたしが必ず助けてあげるね」

「おう。よろしく頼むぜ」

子供の頃に視聴してたアニメの主人公。人魚のお姫様の姿がヒスイと重なって見えるときがある。
ヒスイが俺のことを気に入ってくれたのはこの海水スープを絶賛したのがきっかけだったように思うが、人魚好きを公言したのも大きかったかもしれない。
誰かに好かれるってのは、存外嬉しいもんだ。



































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