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第3章:君の綺麗な指は鍵盤の上で踊り始める

#16:宣言

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 梅雨明けの予報も七月と平年並みであり、あと少しで夏休みだった。優は春人と楓雅に放課後、第三音楽室へ来るように伝えた。遂に告白されるんだと胸が高鳴る春人ときっと学園祭の事であろうと思っていた楓雅は音楽室へ行く途中でばったり会った。


「おい、俺を見た瞬間、すっげぇ嫌そうな顔すんじゃねぇよ」
「なんで声をかけるんですか。これから朝比奈に会えるって言うのに。会う前に目と耳が腐ってしまいます」
「え、お前も呼ばれたのかよ。最悪だ」
「……あ、もしかして、音楽室で告白されるとか思ってるんですか?」
「はぁ? もし、それが正解だったら、どうすんだよ」
「そうですね……。三回回ってワンでもしましょうか」


 相変わらず、仲が良いのか悪いのか分からない二人は不穏な空気を廊下にまき散らしながら、音楽室へ向かった。音楽室へ向かうと、中からピアノの音が聞こえ、ドアを開けると、優がピアノを弾いていた。優は訪れた二人に気付き、立ち上がった。


「あ! ごめんね、呼び出しちゃって……。用事とか無かった?」
「朝比奈、大丈夫ですよ。僕はいつでも朝比奈の為なら、時間あけますよ」
「お、俺だっていつでも大丈夫だぜ! で、伝えたい事ってなんだよ?」
「あのね、言ったら、迷惑じゃないかな? って、すごい悩んだんだけど、二人にははっきり言わなきゃなって……」
「お、おう……。で、どうするだ? どっちにするんだ?」


 謎の期待をして、固唾を呑む春人だったが、楓雅はいつも通り落ち着いている。しいて言うなら、目をキラキラさせている春人に若干引いていた。そして、優はドラムロールを口ずさみ、二人にある紙を見せた。


「ジャーン! 学園祭の有志に出てみようと思います! それで、二人にも一緒に出て欲しいと思っています!」
「遂に決心したんですね。朝比奈となら、一緒に出たいですね」
「……あぁ。学園祭の事だったのか」
「僕と朝比奈の二人なら連弾とかが考えられますが、小向井君もいるんですよね?」
「なんか俺がいちゃいけない言い方だな。優は三人でやりたいって言ってんだよ。……で、何やんの?」
「これなんだけど……」


 春人は少し落ち込んだ表情をしていたが、それよりも優が何をやりたがっているのかが気になった。そして、優は二人に何枚かの楽譜と冊子を渡した。春人と楓雅は優から受け取ると、ペラペラとめくった。


「……これ、朝比奈が全部書いたんですか? すごい量ですけど……」
「うん、なんか頑張っちゃった。僕の好きな小説を参考に簡単だけど、寸劇用に台本作ってみた。楽譜は昔書いたのをリメイクしてみたんだ。あ、でも、劇をするのが嫌だって言うのなら、やめるけど……」
「いえ、素敵だと思います。劇なら小向井君も得意ですから」
「俺もいいと思うけど。俺、劇とか木の役しかやった事無いぞ」
「えっ! 春人って演技出来るの?」
「ほら、あれが出来ますよね? 三回回って……なんでしたっけ? 小向井君、やってくださいよ」
「おい! お前! (……こいつ、調子乗りやがって!)」
「本当に! 見てみたい!」


 優は二人が賛同してくれて、安堵の表情を見せた。そして、楓雅はニヤリと笑い、春人に先程の約束をやらせようと話を振った。春人は癇に障る言い方に腹を立てたが、とても期待しているような熱い視線を優から感じたため、溜め息をついて、優の目の前でやってみせた。


「ワンッ!」
「ほら、とっても上手でしょ? 犬そのものですね」
「春人……、ごめん。犬の役は今回ないんだ」
「だーっ! 三人で劇すんのに、一人が犬役とかおかしいだろ!」
「小向井君、残念でしたね……。あれだけ意気込んでいたのに」
「おい! 俺で遊ぶな!」


 楓雅は春人を煽り、楽しんでいた。春人と楓雅が二人仲良くしているのを見て、優は二人のやり取りに腹を抱えて笑った。二人は優が初めて声を出して、笑っている姿を見て、安心したと同時に、愛おしく感じた。


「それより、あともう一つ何か違わないと思わない?」
「あ! お前、眼鏡どうしたんだよ」
「え、春人は気付いてなかったの? 僕の家に泊まりに来た時も眼鏡してなかったじゃん」
「いや、あん時は優の裸……じゃなくて、パジャマの事しか頭に残って無くて」
「へー、泊まったんですか……。僕に言わず無断で」
「そんな怒んなよ! あれは仕方なくてだな……」
「まぁ、二人ともその位にしてよ。……少しでも変わろうと思って、見た目から入ってみたんだ。髪の毛とかはまだよく分かんないから、もっと勉強しないとだけど。学園祭までにはまともな感じになりたいなぁみたいな」


(朝比奈は形から入っていくタイプなのか……可愛いな……)
(って事は風呂ん時もバッチリ見えてたって事かよ……俺が軽く勃ってたのは見られてないよな……?)
(少しは二人の隣に居ても恥ずかしくない感じになれたかな……?)


 三人は皆違う思いを持ちながら、劇についての話を進めた。楓雅は優と一緒に曲のアレンジを担当する事となり、春人は体育会系の部活のヘルプの合間を縫って、参加する形となった。三人で一緒に合わせる時間はあまり無く、スケジュール的にタイトだった。しかし、優が本気になっている姿を見て、二人は一緒に頑張る事にした。


 ◆◇◆◇◆◇


「楓雅君、今日も曲のチェックしてくれて、ありがとう! やっぱり、楓雅君は頼りになるよ」
「そんな事無いですよ。あ……、今日はこの辺で失礼します。家でもう少し考えてみてみます。僕の親が朝比奈の作曲した曲が好きみたいで、弾いてくれってうるさいんです」
「なんか嬉しいような、恥ずかしいような……。また合わせようね!」


 楓雅は鞄を持ち、教室には寄らず、帰っていった。優はもう少し練習しようかと思ったが、部活のヘルプ終わりの春人と読み合わせをする約束をすっかり忘れていた事を思い出し、急いで音楽室の片付けをして、教室へ走った。
 教室の後ろドアから入ると、部活のヘルプを終えた春人が自分の席に座って、寝ていた。優は気付かれないように、後ろから近付き、春人の背中に抱きついた。


「春人、起きて。一緒に帰るよぉ」
「…………」
「あれ、起きない。疲れちゃったのかな?」


 それにしても、部活後だからか、春人の汗と香水の香りが混ざり合った香りがし、優は妙にドキドキした。優は魅惑の香りを前にして、自然と香りがする方へ顔を近付ける。優は春人のうなじから耳の裏、首筋に沿って、唇が触れそうな位の距離まで顔を埋めて、春人の匂いを楽しんだ。


(はぁ、春人の汗の匂い。なんだか落ち着くんだよね……)
「……おい、いつまで嗅いでんだよ」


 春人は目を閉じたまま、酔い痴れている優に向かって、低い声で優しく叱る。優はびっくりした時の猫のように、飛び上がり、驚いた。優はバランスを崩し、その場に尻もちをついた。すかさず、春人は優に覆いかぶさるような体勢で、床に手を付き、優の顎に手を当て、クイッと少し持ち上げた。


「お前な、次やったらキ、キ、……気を付けろよ。ほら、早く帰って、読み合わせしようぜ」


 春人は何かを言いたそうにしていたが、諦めて、自分の鞄を持つと一足先に教室を出ていった。優は急いで、制服についた埃を手で払い、鞄を取り、春人の後を追いかけた。


「春人、待ってよ! ごめんって。あと、何て言おうとしたの?」
「うるせぇ! 何でもねぇよ!」


 廊下に夕陽が差し込むせいなのか、春人の頬が赤く染まっているような気がした。何も言わない春人に優は背中を押したりして、ちょっかいを出した。二人はいつものように帰り、優の家で読み合わせをした。時々、題材にした小説を見ながら、台詞を直したりした。そして、あっという間に夜になり、春人はまたちゃっかり優の家に泊まった。
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