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第1章:第三音楽室のピアノは君に会いたがっている
#6:気持
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あの事件以降、登下校はいつも一ノ瀬が付き添ってくれた。後藤先生も一ノ瀬の目を警戒して、優に近付く事は無くなった。
「一ノ瀬君、いつもありがとね。家が逆方向なのに、わざわざ送り迎えしてくれて。……あの、大変だし、無理しなくていいよ」
「無理はしていません。朝比奈君が大切だから。もうあんな顔見たくありません」
「一ノ瀬君……」
申し訳無さそうにする優に対して、一ノ瀬は真剣な顔で返答した。何か話題を出さなきゃと焦る優だが、一ノ瀬は微笑むと、大丈夫だよと言ってくれた。
「あ、あのさ、僕達もう少しで三年になるね」
「そうですね」
「今更なんだけど、そろそろタメ口に……しない? 別に大した意味は無いんだけどさ。なんか友達なんだけど、友達じゃないような……そんな気がして」
「朝比奈君がそういうのなら。でも、僕は朝比奈の苗字好きだから、朝比奈と呼び捨てでもいいですか?」
「なんかあんまり変わらないけど、全然大丈夫! 僕は……、ふ、楓雅……君。なんか馴れ馴れしいかな? あははっ」
優は自分で言っておきながら、頬を少し赤く、顔を掻いた。そんな照れる優を愛くるしいと思った楓雅はニヤけるのを必死に堪え、優の頭をポンポンと優しく撫でた。
「え? え? なになに?」
「……いや、可愛いなと思って」
「どこが? 今、可愛いポイント全然無かったよ!」
「ふふっ……。そうですね、朝比奈」
「楓雅君は時々よく分かんないとこで笑うんだから」
二人はお互いの顔を見て、声を出して、笑った。いつものように談笑しながら、楓雅は優を自宅まで送った。そして、楓雅が押していた自転車に乗って帰ろうとした時、優は楓雅の事を引き留めた。
「あ、楓雅君!」
「ん? 何ですか?」
「良かったらで良いんだけど、うちに上がってかない? あ、でも、帰り遅くなっちゃうから、無理とは言わないけどさ」
「……ううん、大丈夫ですよ。お言葉に甘えて、お邪魔させて頂きます」
「本当! やった! 嬉しいなぁ」
優は嬉しそうに笑った。楓雅は玄関横に自転車を止めると、優の自宅へ入った。優が飲み物を準備している間に、楓雅は教えてもらった二階にある優の部屋へ上がった。
優の部屋にはアップライトピアノと学習机とベッドがあり、本棚には表彰楯が並べてあった。楓雅が並べられた表彰楯を眺めていると、階段を上がってくる足音がした。
(ここが朝比奈の部屋か……。それにしても、ピアノの表彰楯が多いな)
「お待たせ! えへへ、何にも無いでしょ」
「いえ、コンクールの表彰楯が沢山あるなと思って。ピアノやっていたんですか?」
「うん。でも、高校入る前に辞めちゃったから」
「そうなんですね」
「でもね、辞めたくなかったんだよね……本当は」
優はテーブルに菓子と飲み物を置くと、布が掛けられたピアノを触りながら、少し切なそうな顔をした。楓雅が声を掛けようとしたが、優はいつもの顔を戻り、持って来た菓子の袋を開けた。
「実は、僕もピアノやってるんです」
「えっ、本当に! 楓雅君の演奏している姿は様になるんだろうなぁ」
「朝比奈みたいにコンクールで賞を獲るような程ではないですけど。……そのピアノ弾いても良いですか?」
「あぁ、うん。調律してないから、音おかしかったりするかもしれないけど。でも、楓雅君の弾いてる姿見てみたい!」
優は嬉しそうにピアノに掛かっている布を外した。楓雅がピアノの前に座ると、子供のように嬉しそうに見てくる優がいた。楓雅は一度深呼吸をし、肩の力を抜き、ピアノを弾き始めた。ゆったりとしたテンポの曲をカッコ良く弾いている楓雅の姿に優は心揺り動かされた。一曲弾き終り、後ろを振り返ると、優が立ち上がって、拍手をしていた。
「凄いよ! 楓雅君、とっても良かった!」
「ありがとうございます」
「やっぱり、ピアノ良いよね。……うん、良いよね」
「こんな事言っていいのか分かりませんが、僕も朝比奈が弾いているところを見たいです」
「えっ……、でも……」
喜んでいたはずの優の顔が再び切なそうな顔になった。楓雅は椅子から立ち上がると、ゆっくりと優の方へ近付き、優の両手を取った。優は楓雅の行動にぽかんとした表情で楓雅を見た。
「僕は朝比奈の弾くピアノが聴きたい」
「あははぁ……、そんな真剣な顔で言われちゃうと、困っちゃうな。…………でも、楓雅君がそこまで言うなら、少しだけ弾こうかな」
「でも、無理にとは言いません」
「ううん、大丈夫。そうだなぁ、何弾こうかな? ……あ、そうだ!」
優は思い出したかのように、本棚の一番下にあった楽譜ノートを取り出し、懐かしそうにページをめくった。そして、曲を決めると、譜面台に楽譜を置き、椅子に座った。そして、鍵盤の触感や音色を確認し終えると、大きく深呼吸をした。
「昔、見よう見まねで書いた楽譜なんだけど、周りにピアノを本格的にやっている人がいなくて、誰からも感想が聞けず、そのままになっちゃって。……何年ぶりだろう? こうやって誰かに弾いてる姿見られるの。なんか恥ずかしい」
「大丈夫ですよ。楽しみです」
優は楽譜を見ながら、弾き始めた。そして、間もなくして、優が歌い始めたのに、楓雅は驚いた。今まで控え目で内向的だと思っていた優のイメージとは遠い、春の陽だまりのように明るく、優しくて、心が落ち着くような歌声だった。そんな優に楓雅は心奪われた。
優が弾き語りを終え、楓雅の方を振り返ると、楓雅はいつものように優しく微笑み返してくれた。
「とても良かったです。朝比奈の歌声をもっと聴いていたいと思いました」
「えへへ……、なんか恥ずかしいな。これはね、いつか大事な人が出来たら、その人の前で弾いてみたいなって思ってたんだ」
「朝比奈……、それって……」
「楓雅君、いつもありがとう」
「一ノ瀬君、いつもありがとね。家が逆方向なのに、わざわざ送り迎えしてくれて。……あの、大変だし、無理しなくていいよ」
「無理はしていません。朝比奈君が大切だから。もうあんな顔見たくありません」
「一ノ瀬君……」
申し訳無さそうにする優に対して、一ノ瀬は真剣な顔で返答した。何か話題を出さなきゃと焦る優だが、一ノ瀬は微笑むと、大丈夫だよと言ってくれた。
「あ、あのさ、僕達もう少しで三年になるね」
「そうですね」
「今更なんだけど、そろそろタメ口に……しない? 別に大した意味は無いんだけどさ。なんか友達なんだけど、友達じゃないような……そんな気がして」
「朝比奈君がそういうのなら。でも、僕は朝比奈の苗字好きだから、朝比奈と呼び捨てでもいいですか?」
「なんかあんまり変わらないけど、全然大丈夫! 僕は……、ふ、楓雅……君。なんか馴れ馴れしいかな? あははっ」
優は自分で言っておきながら、頬を少し赤く、顔を掻いた。そんな照れる優を愛くるしいと思った楓雅はニヤけるのを必死に堪え、優の頭をポンポンと優しく撫でた。
「え? え? なになに?」
「……いや、可愛いなと思って」
「どこが? 今、可愛いポイント全然無かったよ!」
「ふふっ……。そうですね、朝比奈」
「楓雅君は時々よく分かんないとこで笑うんだから」
二人はお互いの顔を見て、声を出して、笑った。いつものように談笑しながら、楓雅は優を自宅まで送った。そして、楓雅が押していた自転車に乗って帰ろうとした時、優は楓雅の事を引き留めた。
「あ、楓雅君!」
「ん? 何ですか?」
「良かったらで良いんだけど、うちに上がってかない? あ、でも、帰り遅くなっちゃうから、無理とは言わないけどさ」
「……ううん、大丈夫ですよ。お言葉に甘えて、お邪魔させて頂きます」
「本当! やった! 嬉しいなぁ」
優は嬉しそうに笑った。楓雅は玄関横に自転車を止めると、優の自宅へ入った。優が飲み物を準備している間に、楓雅は教えてもらった二階にある優の部屋へ上がった。
優の部屋にはアップライトピアノと学習机とベッドがあり、本棚には表彰楯が並べてあった。楓雅が並べられた表彰楯を眺めていると、階段を上がってくる足音がした。
(ここが朝比奈の部屋か……。それにしても、ピアノの表彰楯が多いな)
「お待たせ! えへへ、何にも無いでしょ」
「いえ、コンクールの表彰楯が沢山あるなと思って。ピアノやっていたんですか?」
「うん。でも、高校入る前に辞めちゃったから」
「そうなんですね」
「でもね、辞めたくなかったんだよね……本当は」
優はテーブルに菓子と飲み物を置くと、布が掛けられたピアノを触りながら、少し切なそうな顔をした。楓雅が声を掛けようとしたが、優はいつもの顔を戻り、持って来た菓子の袋を開けた。
「実は、僕もピアノやってるんです」
「えっ、本当に! 楓雅君の演奏している姿は様になるんだろうなぁ」
「朝比奈みたいにコンクールで賞を獲るような程ではないですけど。……そのピアノ弾いても良いですか?」
「あぁ、うん。調律してないから、音おかしかったりするかもしれないけど。でも、楓雅君の弾いてる姿見てみたい!」
優は嬉しそうにピアノに掛かっている布を外した。楓雅がピアノの前に座ると、子供のように嬉しそうに見てくる優がいた。楓雅は一度深呼吸をし、肩の力を抜き、ピアノを弾き始めた。ゆったりとしたテンポの曲をカッコ良く弾いている楓雅の姿に優は心揺り動かされた。一曲弾き終り、後ろを振り返ると、優が立ち上がって、拍手をしていた。
「凄いよ! 楓雅君、とっても良かった!」
「ありがとうございます」
「やっぱり、ピアノ良いよね。……うん、良いよね」
「こんな事言っていいのか分かりませんが、僕も朝比奈が弾いているところを見たいです」
「えっ……、でも……」
喜んでいたはずの優の顔が再び切なそうな顔になった。楓雅は椅子から立ち上がると、ゆっくりと優の方へ近付き、優の両手を取った。優は楓雅の行動にぽかんとした表情で楓雅を見た。
「僕は朝比奈の弾くピアノが聴きたい」
「あははぁ……、そんな真剣な顔で言われちゃうと、困っちゃうな。…………でも、楓雅君がそこまで言うなら、少しだけ弾こうかな」
「でも、無理にとは言いません」
「ううん、大丈夫。そうだなぁ、何弾こうかな? ……あ、そうだ!」
優は思い出したかのように、本棚の一番下にあった楽譜ノートを取り出し、懐かしそうにページをめくった。そして、曲を決めると、譜面台に楽譜を置き、椅子に座った。そして、鍵盤の触感や音色を確認し終えると、大きく深呼吸をした。
「昔、見よう見まねで書いた楽譜なんだけど、周りにピアノを本格的にやっている人がいなくて、誰からも感想が聞けず、そのままになっちゃって。……何年ぶりだろう? こうやって誰かに弾いてる姿見られるの。なんか恥ずかしい」
「大丈夫ですよ。楽しみです」
優は楽譜を見ながら、弾き始めた。そして、間もなくして、優が歌い始めたのに、楓雅は驚いた。今まで控え目で内向的だと思っていた優のイメージとは遠い、春の陽だまりのように明るく、優しくて、心が落ち着くような歌声だった。そんな優に楓雅は心奪われた。
優が弾き語りを終え、楓雅の方を振り返ると、楓雅はいつものように優しく微笑み返してくれた。
「とても良かったです。朝比奈の歌声をもっと聴いていたいと思いました」
「えへへ……、なんか恥ずかしいな。これはね、いつか大事な人が出来たら、その人の前で弾いてみたいなって思ってたんだ」
「朝比奈……、それって……」
「楓雅君、いつもありがとう」
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