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第1章:第三音楽室のピアノは君に会いたがっている
#8:動揺
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高校三年生になり、最後のクラス替えで優は楓雅と一緒のクラスになった。楓雅は優と同じクラスになった事をすごく喜んでいた。勿論、優も教室という同じ空間に心の許せる人がいるという事自体、喜ばしい事だったが、今は別の意味で心が休まらないと思った。
あれ以降、楓雅からは悪戯をされるが、告白される事は無かった。一緒に登校して、下校して、時々、お互いにピアノを弾き合って、昔の事を話したりと、いつもと変わらない日々が続いた。
予鈴が鳴り、優は窓際の自分の席に着いた。今日はあいにくの雨だ。桜が咲いているのに、嫌な天気だなと優は思った。優は先生の話を聞かず、桜の花弁から垂れる雫をぼんやりと見ていた。
(はぁ……、この時期は嫌になる。昔の記憶が降って湧いたように出てくるの、やめて欲しい)
「――という訳で、今日は転校生を紹介します。入ってきて」
優は転校生なんてどうでもいいから、さっさと授業が始めればいいのにと、溜め息をつき、ずっと窓の外を眺めていた。転校生が教室へ入ってくるなり、クラスの女子達が恍惚とした様子で、転校生を見入っているのがなんとなく分かった。
「皆さん、初めまして。小向井春人って言います。春人とか春とかって呼ばれてました。中一位までこの町に住んでいて、親の事情で最近まで海外にいました。分からない事だらけですが、よろしくお願いします!」
「ヤバッ、超カッコ良くない? あ、彼女いるんですかぁ?」
「いや、いないです」
「うちら、高校生活最後にして、超絶ラッキーじゃない?」
「小向井春人……っ!」
先生が静かにするように注意するも、色んな人が春人に質問をし、教室の盛り上がりは最高潮だった。優は聞き覚えのある名前にハッとし、ようやく気付いたのか、椅子を倒す勢いで立ち上がり、声がする方へ向いた。そこには昔の面影はあるものの、背は高く、体つきが良い春人の姿があった。ワックスをつけているせいなのか、艶のある黒髪で健康的に焼けた肌は美しく、にかっと笑った時に見せる白い歯で、より爽やかな感じがした。
優は喋ろうとするも、うまく口が動かせず、パクパクとさせた。そんな魚の口をして驚く優を見た春人は嬉しそうに笑った。
「お、優じゃん。なんだお前はこのクラスだったのかよ。よろしくなぁ」
「え、え、春人……なんだよね? え、どういう事? いつ戻ってきたの?」
「あ、先生。俺の席はあいつの隣が良いです。小さい頃、仲良かったんで、話しやすいし」
「だったら、そうしましょうか。朝比奈君の隣の席が空いているから、そうしましょう」
春人は優の隣の席に座るなり、にかっと笑い、机をくっつけてきた。優は自分の隣に春人が居る事が信じ切れず、驚きが隠せないまま、力が抜けるように席に座った。春人はヘラヘラしながら、コソコソと話し出した。
「ただいま。サプライズ帰国でしたぁ。お前、髪がだいぶボサボサだな。昔は女の子みたいに可愛かったのに。ま、俺の大好……ゴホンッ、とりあえずよろしくな」
「あ、うん。……また、よろしく」
「あ、あと、朝比奈君、あとで小向井君に学校案内してあげて。先生、会議があるから、手が回らないの。頼んだわよ」
「……あ、はい。分かりました」
漫画で見た事あるような展開に、優は急に顔が熱くなり、俯いた。優の気持ちが落ち着かないまま、授業は始まった。優はどうしていいか分からず、体が緊張して、いつもに増して、シャーペンを持つ手に力が入った。
(忘れられたと思ってたのに……。急に帰ってくるのは無いよ!)
春人は嬉しそうに、優の机に自分の机をくっつけた。春人が教科書を覗き込む度に、ウッディムスクの落ち着いた柔らかな甘い香りがほのかに香ってきた。お互いの肘が触れそうで触れない距離で、優は変に意識して、ずっと緊張しっぱなしだった。
そんな緊張している優をよそ目に、春人は優の教科書の隅に下手くそな動物の落書きをしたり、優が自分の方を向いた時はにかっと笑いかけたりした。
「おい、優。……これ、猫。うまくね?」
(なんかいい香りするしさ。何ドキドキしてんの? 授業に集中! これは幻覚だ!)
「優、そこ間違ってるぞ。そこはこの公式使って、こうやって解くんだよ」
「あ、……うん。あ、ありがと……」
昼休みのチャイムと同時に、優は大きくため息をついて、机に項垂れた。それを見た春人は優にちょっかいを出して、優の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「そんな疲れる事かぁ?」
「ああ、もう! 頭撫でないでよ! そうやってすぐ子供扱いするんだから!」
「なんだよぉ、このこのぉ」
優は威嚇する猫のように怒り、春人をポカポカと叩いた。二人でじゃれ合っていると、クラスメイトの数人が春人の傍にやってきた。声を掛けたそうにしていたので、優は空気を読んで、春人に言い聞かせた。
「はいはい、僕で遊ぶのはこの辺にして他のクラスメイトとも話しなよ。ほら、春人と話したそうだよ」
「あー、わりぃ。昼飯は優と食うんだ」
「だーかーらー、他の子とも話せって言ってるだろ!」
「そんな怒んなよ。……分かったよ、じゃ、学食行ってくるわ。優も来るだろ?」
「僕は一人で静かにゆっくり食べるのが好きなの。あと、お弁当だから」
「なんだよ、つれねぇな」
春人は少し不満気な顔をしつつ、優に言われた通り、クラスメイトと学生食堂へ行った。優は春人を見送ると、一息ついて、弁当を持って、人気のない校舎奥の階段へ向かった。誰もいない事を確認すると、階段に座り、弁当を食べ始めた。
(また突然いなくなったりするんだよ、絶対! 好きになっちゃダメ。……なるべく距離を取らないと)
あれ以降、楓雅からは悪戯をされるが、告白される事は無かった。一緒に登校して、下校して、時々、お互いにピアノを弾き合って、昔の事を話したりと、いつもと変わらない日々が続いた。
予鈴が鳴り、優は窓際の自分の席に着いた。今日はあいにくの雨だ。桜が咲いているのに、嫌な天気だなと優は思った。優は先生の話を聞かず、桜の花弁から垂れる雫をぼんやりと見ていた。
(はぁ……、この時期は嫌になる。昔の記憶が降って湧いたように出てくるの、やめて欲しい)
「――という訳で、今日は転校生を紹介します。入ってきて」
優は転校生なんてどうでもいいから、さっさと授業が始めればいいのにと、溜め息をつき、ずっと窓の外を眺めていた。転校生が教室へ入ってくるなり、クラスの女子達が恍惚とした様子で、転校生を見入っているのがなんとなく分かった。
「皆さん、初めまして。小向井春人って言います。春人とか春とかって呼ばれてました。中一位までこの町に住んでいて、親の事情で最近まで海外にいました。分からない事だらけですが、よろしくお願いします!」
「ヤバッ、超カッコ良くない? あ、彼女いるんですかぁ?」
「いや、いないです」
「うちら、高校生活最後にして、超絶ラッキーじゃない?」
「小向井春人……っ!」
先生が静かにするように注意するも、色んな人が春人に質問をし、教室の盛り上がりは最高潮だった。優は聞き覚えのある名前にハッとし、ようやく気付いたのか、椅子を倒す勢いで立ち上がり、声がする方へ向いた。そこには昔の面影はあるものの、背は高く、体つきが良い春人の姿があった。ワックスをつけているせいなのか、艶のある黒髪で健康的に焼けた肌は美しく、にかっと笑った時に見せる白い歯で、より爽やかな感じがした。
優は喋ろうとするも、うまく口が動かせず、パクパクとさせた。そんな魚の口をして驚く優を見た春人は嬉しそうに笑った。
「お、優じゃん。なんだお前はこのクラスだったのかよ。よろしくなぁ」
「え、え、春人……なんだよね? え、どういう事? いつ戻ってきたの?」
「あ、先生。俺の席はあいつの隣が良いです。小さい頃、仲良かったんで、話しやすいし」
「だったら、そうしましょうか。朝比奈君の隣の席が空いているから、そうしましょう」
春人は優の隣の席に座るなり、にかっと笑い、机をくっつけてきた。優は自分の隣に春人が居る事が信じ切れず、驚きが隠せないまま、力が抜けるように席に座った。春人はヘラヘラしながら、コソコソと話し出した。
「ただいま。サプライズ帰国でしたぁ。お前、髪がだいぶボサボサだな。昔は女の子みたいに可愛かったのに。ま、俺の大好……ゴホンッ、とりあえずよろしくな」
「あ、うん。……また、よろしく」
「あ、あと、朝比奈君、あとで小向井君に学校案内してあげて。先生、会議があるから、手が回らないの。頼んだわよ」
「……あ、はい。分かりました」
漫画で見た事あるような展開に、優は急に顔が熱くなり、俯いた。優の気持ちが落ち着かないまま、授業は始まった。優はどうしていいか分からず、体が緊張して、いつもに増して、シャーペンを持つ手に力が入った。
(忘れられたと思ってたのに……。急に帰ってくるのは無いよ!)
春人は嬉しそうに、優の机に自分の机をくっつけた。春人が教科書を覗き込む度に、ウッディムスクの落ち着いた柔らかな甘い香りがほのかに香ってきた。お互いの肘が触れそうで触れない距離で、優は変に意識して、ずっと緊張しっぱなしだった。
そんな緊張している優をよそ目に、春人は優の教科書の隅に下手くそな動物の落書きをしたり、優が自分の方を向いた時はにかっと笑いかけたりした。
「おい、優。……これ、猫。うまくね?」
(なんかいい香りするしさ。何ドキドキしてんの? 授業に集中! これは幻覚だ!)
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「あ、……うん。あ、ありがと……」
昼休みのチャイムと同時に、優は大きくため息をついて、机に項垂れた。それを見た春人は優にちょっかいを出して、優の頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
「そんな疲れる事かぁ?」
「ああ、もう! 頭撫でないでよ! そうやってすぐ子供扱いするんだから!」
「なんだよぉ、このこのぉ」
優は威嚇する猫のように怒り、春人をポカポカと叩いた。二人でじゃれ合っていると、クラスメイトの数人が春人の傍にやってきた。声を掛けたそうにしていたので、優は空気を読んで、春人に言い聞かせた。
「はいはい、僕で遊ぶのはこの辺にして他のクラスメイトとも話しなよ。ほら、春人と話したそうだよ」
「あー、わりぃ。昼飯は優と食うんだ」
「だーかーらー、他の子とも話せって言ってるだろ!」
「そんな怒んなよ。……分かったよ、じゃ、学食行ってくるわ。優も来るだろ?」
「僕は一人で静かにゆっくり食べるのが好きなの。あと、お弁当だから」
「なんだよ、つれねぇな」
春人は少し不満気な顔をしつつ、優に言われた通り、クラスメイトと学生食堂へ行った。優は春人を見送ると、一息ついて、弁当を持って、人気のない校舎奥の階段へ向かった。誰もいない事を確認すると、階段に座り、弁当を食べ始めた。
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