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第七章:ピエトラスの村にいる穢れた少年

7-4:自分の役割が分からない

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 希空は泣くのを堪え、溢れそうな涙を乾かすように、両手で目を扇いでいた。


「今は騎士団の家事手伝いをさせて貰ってるけど、雫さんのような皆が理想とする聖女が来た訳だし、僕はもうあそこにいる必要は無いと思うんだ。だから、この遠征が終わったら、モディさんが経営している酒場に住み込みで働こうかなって。そうすれば、皆、変な気を遣わせなくて済むしさ」
「俺達の事は気にしなくていい」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、魔法もまともに出来ないし、皆みたいに剣術が出来る訳でもない人が衣食住を無償で受けるのはおかしいじゃん?」
「それは……」
「聖女らしい事が出来ないのに、『聖女』っていう肩書きにしがみ続けて生きていくなら、そんな肩書きいらない。……ってか、ごめんね。重い話しちゃって」


 希空は愛想笑いをすると、テントへ戻ろうと、手をついて立ち上がった。フィディスは希空の手を掴み、再び座るように催促し、希空は首を傾げながら、フィディスの横に座り直した。
 フィディスは希空の手に自分の手を重ねるように置いて、切なそうな顔をして、希空の顔を見つめた。


「そんなに思い詰めなくてもいい。俺もお前に聖女としての覚悟があるかと問いただした手前、説得力無いが……」
「いや、あれはフィディスが僕の事を思って、言ってくれた事だし、気にしてないよ」
「もし、希空が宿舎を出ていくとなったら、団員達もカレン達も悲しむと思う。勿論、俺だって悲しむ。今の騎士団は希空が居てこその騎士団だ。それは聖女という肩書き関係なしに、希空だからだ。皆、希空という人間が好きなんだ」
「フィディス……。でも、勝手にいる事は出来ないでしょ? 雇用もある訳だし」
「それは団長として、国に掛け合う。きっと俺がそれをしなくても、皆が連名で嘆願書を書くだろう。それでも却下されるのであれば、俺は騎士団を辞めて、お前についていく。もしかしたら、エミュもついてくるかもな」


 希空はフィディスの大袈裟に言う事に小声で笑った。
 夜風で希空の髪がサラサラと靡き、月の明かりで肌が白く冷たく見えた。フィディスは希空の頬を手の甲で撫でた。


「……んっ」
「希空、好きだ…………」


 名残惜しさが頬に残る。そして、夜風の音に紛れて、フィディスの低い声で滅多に言われない自分の名前を呼ばれ、希空は頬を赤くした。希空は体を縮めて、夜風で揺れる草木の音を聞き入った。


「お前を一生守ると言っただろう? もうそんな事も忘れたのか?」
「忘れてないよ。戸惑ってるだけで。フィディスが僕の事を好きとか……」
「嫌なら拒めばいいだろう? もしかして、他の男が好きで、俺は遊び相手と言う事か?」
「いやいや! そういう訳じゃなくて。人を好きになるとか、本気になった事が無いというか……」
「だったら、俺がお前を本気にさせればいいという事か」
「なんでそうなっちゃ……だ、ちょ、ちょっと待っ!」


 フィディスは体育座りをしている希空に跨り、希空の顎に手を当て、顔を持ち上げた。希空は頬を赤くし、フィディスが目を合わせようとすると、目を逸らす。


「冷めきった俺の身も心も焦がした希空が愛おしい。お前の全てを受け入れ、俺はお前を一生守ると誓う」
「……そ、そんなこと言われると恥ずかしいから」
「じゃ、なんて言えばいい?」
「言い方とかじゃなくて……」


 フィディスの赤色の瞳がまっすぐ見つめてくる。希空はドキッとして、目が泳いだ。そして、唇が近付いてきて、希空は咄嗟に目を瞑った。


「明日も早いんだ。早く寝ろ」


 フィディスは希空の耳元でそう言うと、立ち上がり、その場を去った。希空は呆然とした。額に残るフィディスの唇の感触と温もり。希空は唇を奪われると思っていた自分に、恥ずかしさを感じた。更に、耳にはフィディスの低い声と吐息が当たったむず痒さが残り、耳に手を当てた。


「……なんでドキドキしちゃってるんだろ」


 希空は熱を帯びた頬を手のひらや手の甲で押さえ、熱が引くのを待った。フィディスなりの励まし方なのか分からないが、希空は明日の事を考えた。


「明日はきっと雫さんが瘴気を浄化して、村の様子を見て終わりなんだろうな。僕は治療班で怪我人の処置なんだろうな。今更、ドレッド様に聞いても怒られそうだしな……」


 希空はため息をつき、立ち上がった。そして、テントに戻り、眠りについた。


◆◇◆◇◆◇


 翌日、昨日に引き続き、曇り空だった。村へは勾配のある山道を進む必要があったため、徒歩で進む事になった。
 希空は最後尾で遅れを取らないように、頑張って歩いた。雫が気にして、何度か後ろを振り返ってくれたが、それに合わせて、ドレッドが蔑むような目で見てきたため、希空は目を逸らし、歩いた。


 一時間以上歩いたところで、木で作られた門が見えてきた。ピエトラスの村は茅葺屋根の民家が並び、歴史の本によると、農作物と酪農が中心の静かな村と書いてあった。
 しかし、村は人の気配がなく、牛の鳴き声も聞こえなかった。


「雫様、瘴気避けの防御魔法をお願いします」
「はい、分かりました」


 雫は門の前で皆に詰めて集まるように伝え、防御魔法をかけた。


「光よ、あらゆる悪しきものから身を守れ。――アンチ・ミアズマ」


 防御魔法は水色の球体が一人ずつを包む。それはまるで水泡に包まれたようだった。


「瘴気は村の奥から強く感じます。その手前までなら、皆さんが入っても大丈夫だと思います」
「では、騎士団は住人がいないか確認して、亡骸は左手にある広場に集めろ」
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