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第一章:苦痛な日々からの脱却

1-6:小悪魔の手慣れた誘い方

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 食事を楽しみながら、お互いのプライベートの事を話した。希空は高校三年生で、高校に入った頃に、両親が離婚し、母親に引き取られ、生活しているそうだ。母親は希空の事を放っておいて、若い男の人と毎晩のように遊んでいて、家にはほとんどいないと言う。雫は希空に二十八歳である事を言うと、希空は凄く驚いていた。


「雫さんは何でも要領よく出来て、人気があって、こうやってリアルで会っても優しくて、……雫さんみたいな人がお兄ちゃんだったら、人生楽しかったのかな? って思います」
「希空……」
「――あっ! すみません! なんか暗くなっちゃいましたね。雫さんは趣味とか無いんですか? 僕は幼い頃からピアノやバレエの習い事をやってました。今はこんな感じなんで、やってないですけど、家で練習したりしてます」
「俺か……。趣味って言ってもゲームしかないしなぁ。しいて言うなら、高校と大学で軽音部だった位? あとは、婆ちゃんに叩き込まれた農作業が得意かな。これは流石に誰得情報」


 食事をした後は、二人で駅ビルの中を見て回った。希空は無邪気な笑顔で、雫の荒んだ心は癒された。今まで年上の男とばかり付き合ったり、体の関係を持ってきた雫だが、年のせいなのか、希空みたいな小動物みたいに可愛らしい男の子を抱き締めて、あんな事やこんな事をしたら、希空は一体どんな顔を見せてくれるのか妄想が広がった。


「――くさん、雫さん! 聞いてます? これ可愛くないですか?」
「あっ、ごめん。ボーっとしてた。ん? どれどれ……」


 希空が指差したのは、小振りのイニシャルとミニタッセルを組み合わせたキーホルダーだった。組み合わせて、自分のオリジナルキーホルダーが作れるそうだ。希空は楽しそうにああでもないこうでもないと言いながら、イニシャルであるNを選び、ピンクとアイボリーのダブルタッセルを選んでいた。希空は満面の笑みで完成したキーホルダーを雫に見せた。雫はその笑顔を見て、可愛い子にお金を出したくなる心理がなんとなく分かった。


「希空、それ買ってあげるよ」
「えっ! いやいやいや! 食事をご馳走になったのに、大丈夫ですよ。自分で買え……って、意外と高かった。どうしよう」
「いいよ、それ位なら出せるから。その代わり、俺のキーホルダーも作ってよ。色とかは任せるよ」
「ええっ、いいんですか……。お返し出来ないですけど」
「いいって。気にしないで」


 希空はブツブツと言いながら、雫のイニシャルSを取ると、ダークブラウンとベージュのミニタッセルを選んだ。真剣に選んでいる希空の姿を見て、彼氏のプレゼントを真剣に選んでいる子に見えて、雫は胸をキュンキュンさせた。


「雫さんは大人っぽいんで、落ち着いた色のタッセルにしました。どうですか? 変ですかね?」
「ううん、俺の好きな落ち着いた色で嬉しいよ。じゃ、その二つ貰っていい? ちょっと待ってて」


 雫は二つのキーホルダーを希空から受け取ると、会計をした。カードで支払っている雫を見て、希空はあれが大人なんだと思い、カッコいいなと思った。そして、支払いが終わると、希空に先程のキーホルダーを渡した。希空は袋からキーホルダーを取り出すと、目を輝かせながら、見つめた。希空は嬉しくて、その場で飛び跳ねそうになったが、それはあまりにも子供過ぎると思ったのか、止めた。希空はすぐにバックチャームとして、そのキーホルダーをつけた。


「そ、それより! また買って頂いてしまった……。本当にごめんなさい」
「大丈夫だよ、気にしなくていいよ」
「大切にします。本当に大切にします……」
「大袈裟だなぁ。俺も大切にするよ。希空と出会えた記念として」


 雫は希空に微笑み返したが、希空はじっと雫を見上げていた。その瞳は潤んでおり、何かを言いたそうな顔をしていた。雫は希空に声を掛けたかったが、こういう経験がないため、少し戸惑った。希空は頬を赤くし、クシャッと笑顔を見せた。その後は特にこれと言った事もなく、二人で服を見たり、雑貨を見たりした。二人は大きな書店に来たが、雫はどう暇を潰そうかと正直悩んでいた。それを察したのか、希空はとんでもない事をボソッと言った。



「雫さんの家に……行きたいです」
「お、俺の家! またどうして? 俺の家は何も無いよ。……むしろ散らかってるかも」
「大丈夫です。男の人の家へ行くの……好きなんで」


 希空は手に取っていた大型本を閉じ、棚に戻しながら、そんな事を言った。雫は一瞬、その意味が分からなかった。誰も興味が無さそうなジャンルの書架と書架に挟まれた細い通路。希空は照れくさそうに横にいる雫へ歩み寄り、ジャケットの裾の端をきゅっと掴むと、雫の上腕に額をつけた。
 雫は戸惑ったが、人目につくと厄介なので、小声で希空に止めるように伝えた。しかし、希空は雫の言葉なんか無視して、ずっと同じ体勢でいた。雫は希空の額をつけた部分から希空の温かさというより、熱を帯びた様な体温が伝わってくるような気がした。


「やっぱり……、こんな僕じゃ……嫌ですか?」
「嫌とか、そういうのじゃなくて……」


 雫は最近の若い子はこんなに積極的なんだと戸惑った。希空はパッと見は女の子みたいに可愛いし、笑顔も可愛いし、大人しい子だと思っていた。ワンチャンあるかもと淡い期待をしていた以上の事が今起こっていて、しかも、相手は十八歳で現役高校生、しかも、顔が可愛い。何も断る要素がなく、かなりの大当たりだ。雫が色々と考えていると、希空は雫を上目遣いで見つめてきた。雫は左右を見て、誰も居ない事を確認すると、自分と書架の間に希空を入れ、片手で希空を抱き締めた。


「雫さん、とってもいい香りがしますね。落ち着きます。そして、早く……お家に行かないと、我慢出来なくなっちゃいます」
「分かった分かった。俺の家に来るのは今回だけだぞ。あと、ゲーム内で言うなよ」


 希空は嬉しそうな顔をして、喜んだ。雫は頭に手を当て、深い溜め息をついた。そして、駅ビルを出ると、いつもの帰り道を二人で歩いた。本来ならバスでちょっと行った場所だが、歩いている途中で希空の考えが変わるかもしれないと心のどこかで思った。
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