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 侯爵家の娘として生まれた私は、侯爵家に相応しくあれと教育を受けた。

「相応しいとはどんな事でしょう?」

 教師だった方々の意見は、ソレゾレだった。

「貴族に相応しいふるまいでしょう」
「不安や疑問を持つ者を導ける知識です」
「社交界を率先できるセンスではないでしょうか?」
「民を守る強さと優しさ、慈悲深さではないでしょうか?」
「領民の幸福度を高める先見性だと私は思います」
「安らぎを与える知識も大切でしょう」

 私は私の目標を見つけられないままに、王立学園へと入学した。 そして……私は、私の目指す所を見つけたのです!! 教師達が語っていたのは王子様に相応しい女性こそが侯爵家に相応しい娘なのだと!!

 現に、私の知識と、選択した教科の多くが王子と同じでした。 そうして私は王子の学友……いいえ、最も彼を理解する友人となったのです。



 でも……私は友人よりも……彼に愛される人になりたかったのです。

「ルドルフ殿下、お疲れのようですね。 お茶の時間にしませんか?」

「そうだね……少し根を詰め過ぎたようだ」

 ぐるるるうる。

 殿下のお腹が鳴るのを聞いて、私は聞いてないふりと共にお茶菓子と、昼食用にと準備していたサンドイッチを出した。

「君は、何時も僕の不足を補ってくれる。 ありがとう」

「いいえ、当然の事をしたまでです」

 受講する講義は一緒ではあるけれど、私は彼から距離を置くようにしていた。 彼は生まれながらの王子様ではあるけれど、決して完璧ではなく、完璧ではないところが彼の魅力だと理解したからです。 だって、いつだって彼は人の中心にいましたから。

 だけれど人の中心にいると言う事は、何処かが足りなくなると言う事でもあります。

「殿下、休息を取られませんか?」

「いや、課題が終わらないから」

 そう、人心を集め人気者であるために殿下は、勉学をおろそかにしてしまったのです。

「僭越ながら……」

 私は殿下がお茶をする間、課題のポイントとなるところをまとめ上げた。 資料となるべき書籍の題材とそのページ、ポイントとなる単語。 ソレをそっと残して、殿下が飲み終えたお茶と共に席を外すのが日課のようになっていました。

 貴族の一員であるなら、彼の役に立つべきであり、足を引っ張るべきではありませんから。



 殿下のために……。



 そうして過ごした私に王宮から打診がありました。

「王立学園で最も高い成績を納め、殿下の影になり、尊厳を支え続けた貴方こそ未来の王妃に相応しい方です。 ルドルフ殿下との婚約をお受けいただけるでしょうか?」

「私は、貴族に生まれた者の責務として当然な事をしてきただけです。 そして他の多くの者も同様なはずでございます。 より相応しい相手をお選びになられた方がよろしいでそう」

 正直言えば、

 私の努力が報われた!! 

 そう歓喜しましたよ。 だけど……日頃殿下の周囲の方を見ていれば、私が相応しくない事は分かります。 日常的に殿下が側に置かれるのは見目麗しい方だけなのですから。

 卒業も間近な日。

 私は中庭の庭園でボンヤリとしていました。

 卒業してしまえば、殿下との会話の機会が失われる……いいえ、姿も容易に見る事は出来なくなるでしょう。 それが少しだけ切なかったのです。

「ラーレ……。 君は僕との婚約話を拒否したそうだね」

「殿下……」

「私のような者が、殿下の妻になるなど相応しくありません」

「どうして、そんな事を言うんだい。 誰か愛する人がいるとでも?」

「いえ……決してそのような訳では……ただ、私のような無粋な人間が殿下に相応しいとは思えないからです」

 僕に必要なのは見た目だけの女性ではなく、君のように僕を支えてくれる人なんだ。 そのように言ってくれる事を期待したのです。

「そう……君は、そんな風に考えているのか……」

「はい……」

 私は期待でドキドキしていました。

「そうか……だけど、そんな君だからこそ僕に相応しい女性なんだ。 君は知っているだろうか? この国は王族・貴族の争いを極端に嫌う。 嫌うために……王族の妻は1人と決まっている。 側妃を持つことも許されていない。 優秀な妃を娶り、優秀な子を持つ、それが王の子として生まれた僕の役目の1つでもある」

「はい……」

 拒絶ではない。
 むしろ、私は求められている。

 なのに……不安ばかりが心を覆っていた。

「君は丁度良いんだ。 自らをわきまえている。 そして……君は学生の間ずっと僕を支えてくれていた。 君は僕を愛していたね?」

 端正な顔が寄せられ、微かな香水の匂いが分かる距離に鼓動が早くなる。 頬は熱く……きっと赤く染まっているに違いない……羞恥を隠すのに私は俯いた。

「……そんな大それたこと……考えた事等ありません。 私は、ただ……貴方の力になりたかった」

「あぁ、ソレでいい。 君はソレで言い、ソレこそ僕が望んでいた女性だ。 僕との婚約を受けて欲しい」



 愛している。

 そんな言葉1つ無かったにも関わらず、私は勘違いしてしまったのです。 余りにも彼を愛し……いいえ、慕っていたせいかもしれません。



 そして……私達の婚約は交わされました。
 お披露目のために卒業を待つばかりと言う頃……私は一人の女性に声をかけられたのです。



「ラーレ様、お話がございます。 お時間を頂けますか?」



 連れていかれたのは人の居ない紅葉が舞い落ちる静かな庭。
 中央にそびえる1本の巨木の影。

 空を覆う暗い雲は肌寒く、私は彼女の非常識さに不満を持ちました。



 彼女は、たしか……グレーテル・ベッカー男爵令嬢。
 殿下の取り巻きの1人でしたよね?

「私はルドルフ殿下を愛しております。 そして殿下は私を受け入れ一夜を共にしてくださいました。 彼も私を愛してくれていたのです」

 殿下の取り巻きには女性も多い。

 だからと言って、その多くは……妻となるには、何かが足りない方々です。 いえ……このように殿下のご学友を見下した言い方をしては……殿下に嫌われてしまいますね。

 それでも……殿下は……社交として、国を統治する者として、彼等との交流を行っていたはず……えぇ、だって……殿下と彼等の付き合いは何時だって薄っぺらで、彼等が居ない場で、殿下は王太子の役割を果たすために何時だって苦労していたのですから。

 殿下が彼女を愛しているはずはない……。
 殿下が彼女を必要としている訳等ない……。

 そう、彼女は嘘を言っているのよ。 きっとそうに違いないわ。



 ぐらぐらと様々な思考が脳裏を巡る。
 だって……私は婚約者になるのですから。

「大丈夫ですか? ラーレ様? お顔の色が悪いですわよ。 こんなに寒いのに汗までかいて、真実を受け入れるのがツライのですね」

 グレーテルは、心の底から私を案じるように労い……殿下と同じ香りのするハンカチで私の汗を拭って来たのです。
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