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「ぇ、嫌だよ。 そんなの要らない。 なんだか気持ちわるいなぁ~、もう。 行こうフランツ」

 顔をしかめながらバルトルトは席を立ち共に来ていたフランツに訴えた。

「このように礼を尽くしていると言うのに、何が不満だと言うのですか!!」

 リービヒ公爵が焦りながらも声を荒立て席を立ちあがり椅子を倒せば、老婦人が穏やかな声でとどめた。

「まぁまぁ、そう急がないで、貴方のために特別な料理を準備したのよ。 うふふ」

「ふぅ~ん」

 美味しそうな肉の塊。
 様々な食材を煮込み、香草を使ってある。

 バルトルトはフランツに水を要求し、ソレで口をすすいでグラスにはきだした。

「まぁ、なんて行儀が悪いのかしら。 一度口に入れたものをはきだすのは行儀が悪い事なのよ。 独特な香りが口に合わなかったのかしら? 代わりを準備してあげるわ。 そうねぇ~柑橘系のソースはどうかしら?」

 穏やかで包容力のある声だった。

「必要ないよ」

「貴方は……礼を尽くしていると言うのが、理解できないのですか……」

 リービヒ公爵の心は焦りから呆れを変化させた。 ストロープ伯爵夫人の穏やかで心地よい声に、リービヒ公爵は落ち着きを取り戻していたのだ。

 バルトルトは口元を拭い首を傾げる。

 おやおやふぉふぉふぉと寛容で落ち着いた声で笑い語るストロープ伯爵。

「殿下……私はリービヒ公爵の相談を受けて、お互いが理解しあう場を作ろうとしたのです。 今までお話をする事はございませんでしたが、私は今の殿下と同じように広く商売を行っています。 ですが、代々の専門は薬師でございます」

「そう……で?」

 席を立ったままでバルトルトは、はきだした肉を小さく切り、フォークに取り、側に控えるフランツに差し出した。

「なんでございましょう」

「食べて」

 嫌そうにフランツは顔をしかめるものの、フォークに差し出された肉料理をフランツは口にした。 あぁ、とフランツは息を吐く。

「安定作用の強い物が数種類使われていますね」

「害がある?」

「全部食べれば問題でしょうが、少量であれば問題無いでしょう。 貴方の素行が余りにも悪いため不安に思われたのでしょうか? それとも他の食べ物に、とても相性の良いものが含まれており、反応を望んだのかもしれません。 どうしましょう?」

「別に……いい。 帰ろう」

「お待ちください!! まさか!! 殿下にそのような事をするはず等ありません!! 私は、薬師として殿下を幼い頃から見てきました。 その行動……貴方は、かつて王族が所有していた万能薬を復活させようとしている。 私はそう考えたのです。 ですから、機会を伺い貴方との接触を考えておりました。 貴方との接触を求める理由にはなりませんか? なのに、そんな事をするでしょうか?」

「そんなの建国神話だよ。 もし、そんなのが可能だと思っているなら、陛下に報告してみたらどう。 本当にそんなものがあるならだけどさ。 じゃぁ、僕は行くね」

 我侭、我が道を行くとばかりに暴れられると思う者は少なくはない。 彼が人々の目につくときは何時だって変わった行動をしている時に限られるから。

「確かに!! 不安でした……冷静な話し合いが出来ないかと……」

 最高級の料理、酒を容易した。
 時間をかけじっくりと煮込んだ肉はホロホロと口の中でとける。

 まさか拒否されるとは思わなかった。

 バルトルトを懐柔しようとする者の多くは、彼等が提示する物にバルトルトは涙ながらに感謝する姿ばかり。 誰もが荒唐無稽な言動をするためか、なぜか彼を幼児だと考える者が多いらしい。

 子供だ……そう扱っている癖に、大人の都合を押し付ける。 いや、子供だと思うからこそ押し付けるのかもしれない。 バルトルトが想定外の行動をとった事で彼等は、次の言葉も行動も思い浮かばなかったらしい。



 ただ一人を除いて、



「ちょっと待ちなさいよ!! 折角、パパが頭を下げているのよ!! 貴方の味方になってくれる人なんて誰がいるって言うのよ。 感謝する人こそあっても、本当、なんなのよ!! あの態度!!」

「だって……貴方が僕に好意を抱くなんてあり得ないでしょ。 貴方だってそうだ。 でも、それが貴方の愛情のしめし方なのかなぁ?」

 不思議そうにバルトルトが見つめれば、躊躇った。 流石にソレはあり得ないとミリヤムは大笑いし始めた。

「ばっかじゃないの!! そんな事あり得ないわよ!! 自意識過剰もいいところだわ!!」

「よかったぁ~!! なら、当然婚姻披露も嫌だよね? ねっ? そうでしょう」

「当たり前でしょう!! 貴方が王族に対して協力的な態度を示していれば、国王陛下、王妃様、王太子殿下、貴方の兄弟達は婚姻披露に参加し、貴方を王族として認めたはずよ!!」

 バルトルトは笑って見せた。

「どうでもいいよ。 僕が今重視するのは、君が僕との婚姻披露を望んでいるかどうかって事だよ?」

 首を傾けキョトンとした顔を向け、ミリヤムがジッと見つめればニッコリと笑って見せた。

「望まないわよ。 最悪よ。 貴方さえ馬鹿をしなければ国王夫婦に認められるはずだった。 王族の一員になれるはずだった。 だけど貴方が王家に頭を下げなかったせいで、商人の娘と同じに落とされたわ!! 最悪……えぇ、最悪よ、最悪だわ!! 商人の娘の時よりも余計に悪いわ!! リービヒ公爵家の名に人が大勢集まるんですからね。 うちは!!」

「うちは?」

「……何でもないわ……」

 冷害による飢饉が起こった際に、上級貴族の多くは広大な領地に植えられた米や麦作りを芋に変える事は無く、そして……急成長した庶民上がりの男爵との取引を良しとしない者は多かった。

『進呈するなら貰ってやろう』

 そんな態度を向けられて頭を下げ貰って下さいお願いします等とおもねる事を良しとする者はいなかった。

 結果として上位貴族の多くは借金を負っていた。 リービヒ公爵家には公爵家に相応しい財産は無い。 むしろ借金で身動き取れない状態となっている。

 婚姻披露だってまともに開けるはずがない。
 どうするつもりなのか? 等とバルトルトは聞かない。
 元々側妃なんてものは望んでいなかったし、王宮に戻る気すらなかった。

 そもそも妃等と言うのは違う気がする。

 だけど、全てリービヒ公爵が決めた事なのだからと同情する気もない。

「婚姻も披露宴も望まない。 これが僕と貴方の共通認識でいいんだよね?」

「えぇ……」

「なら、僕は参加しない」

「何を言っているのよ!! そんな事許される訳がない!! 私に恥をかかせようって気なの?!」

「別に貴方をあえて落とそうなんて事はないよ。 でもさぁ、僕、すっごく嫌な状況に置かれて、何をしでかすか分からないよ? 想像つくよね?」

「そ、れは……」

 ミリヤムが、想像できる範囲の嫌な事が次々と脳裏を過ぎって行った。 お祝いの言葉の最中にケーキを食べ始めたり、スープ皿をひっくり返して歩いたり、花が綺麗だからと全部集め始めるかもしれない。

 ゾッとする。

 顔色が悪くなり唇が震えるのを見たバルトルトは提案を申し出た。

「それでさ。 僕の偽物を準備するといいよ。 貴方が本当に婚姻したかった相手に頼みこみ、可哀そうな君との間に愛を芽生えさせるのも悪くないよね。 例えソレをしても貴方を責める人はいないだろうし。 公爵だってソレはいい考えだと言うと思わないかい?」

「それは……」

「もし、僕が思う以上に、僕の姿が世間で周知されていて、そう言う訳にはいかないと言うのなら、貴方自身も代理を立てればいい。 誰だって仕方がないなぁって思うだろうからね」

「まぁ……そうでしょうね」

「なら、それで決まり。 僕は可愛いお嫁さんの元に帰る事にするよ」

 鼻歌交じりにバルトルトはその場を去った。
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