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出会い

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「さぁ、リュウの生涯の相棒を呼び出しますよ。心の準備は良いですか?」

「は、はい! お願いしましゅ!!」

 シスターさんに言われて飛びあがってしまった。気持ちを落ち着けるために深呼吸する。

 今日は生涯共に連れそう相棒を決める、10歳の特別な日。
 僕は相棒を呼び出すために教会にきていた。教会の一室で召喚を行い、魔法陣から召喚獣を呼び出す。
 同い年のみんなは大熊を召喚してみたり、天使を召喚したりと良い結果を残している。


 部屋から出てきたみんなは笑顔だ。ここで良いものを召喚することで将来は安泰になる。
 有名な冒険者はペガサスやドラゴンなんかを召喚して村に襲ってくるモンスターから村を守ったり、戦争が多いこの世界ではすごく重宝されたりしている。逆に、ここで質の悪い召喚獣を呼び出してしまったらお先真っ暗だ。人が一生に一度しか発動させられない魔法なので、取り返しもつかない。


 ひどい家庭では家から追い出される、なんてことも多くある。役に立たないのが確定してしまった子供は一族の恥ってよく言われていた。僕の友達もお父さんから外に連れ出され、そのまま捨てられるのを見てしまった。僕には何もできなかったけど、すごくつらかった。


 それぐらい良い召喚獣を呼び出すということは大切なこと。なので緊張して昨日なんて緊張して眠ることもできなかった。もしかしたら僕も追い出されるかもしれない。もしお外に放りだされたりしたら僕は生きていけない、と思う。1人で社会に放り出されて生きていける気がしない。

「ほら、中に入って」

「はい……」

 僕がドギマギしてる間に扉は開かれていた。シスターさんに促されてしまったので意を決して中に入る。中は四隅に蝋燭が置かれており、ゆらゆらと揺れる炎が怪しく部屋を照らされていた。部屋はとても小さく、床に、壁に、天井に魔法陣がぎっしり書き込まれている。

 神聖な雰囲気はそこには感じられず、不気味な部屋に入れられてしまったことに恐怖を覚える。ただ、それでも召喚は行わないといけない。

「やり方はわかるわよね?」

「はい……。わかります」

「それなら良かった。頑張ってね」

 木製のドアが音を立てて閉められ、シスターも部屋から出ていった。普段は何も思わないような音も、この緊張状態では普段とは感じ方が違う。普段よりも鼓動の早い胸を押さえ、部屋の中心に移動する。

 ここで召喚の魔法を唱えれば僕の目の前には生涯を共にするパートナーが呼び出される。生涯を共にする、というか障害にならないといいけどな、なんて。

 そんなふうに自分をちゃかしていても仕方がない。同年代で僕が一番最後に召喚するから急かされることはないだろうけど、この緊張から早く解放されたい気持ちもある。

 一度気持ちを落ち着かせる。2回、3回と深呼吸すると少しはマシになった。
 ナイフで自分の血を魔法陣に垂らし、同時に召喚魔法を詠唱する。

「我が盟友、呼びかけに答え現れよ! 召喚サモン!」

 召喚魔法の発動と同時に部屋中に書かれていた魔法陣が赤黒く輝き、部屋の中を嫌な色で照らした。
 魔法陣が輝き、暗くなり、輝き、暗くなる。何度か点滅したあとに僕の前に黒い球体が現れた。
 話に聞いている通りならこの球体が徐々に形を変え、召喚獣になっていくのだという。

 ただ、僕の前にある球体は一向に姿を変えない。しばらく待っていてもそのままだ。
 何かミスでもしていて、召喚魔法の発動が失敗しているのかもしれない。
 空中で止まったまま微動だにしない球体を見ているとそう思わざるを得なかった。

 このことをシスターに伝えよう。そう思って部屋を出るために扉のほうを向こうとしたら球体はポトリと地面に落ちた。そのままならよかったのに、落ちたものは形を変え、僕の足元にじわじわと近寄ってくる。

 動くたびに色が変わり、最終的に青色になったそれは僕の足元までくると動きを止めた。
 自分の意識をもって動いた、ということは召喚自体は成功したということになる。その姿は僕にはすごく見覚えのあるものだった。

 1匹いたら100匹いると思え。木を溶かし、農作物を食い漁るだけ。害しかなく知能もない雑魚モンスターのスライムだ。僕は背筋が凍るのを感じた。

 心の中ではペガサスとかドラゴンとか、かっこいいのを召喚できたらどうしよう。そんなことも思っていたりしたのだ。こんな害獣なんていやだ。捨てられたくない。

「やだ。やだ。やだよ! なんでだよ! どっかいけよ! 僕はお前なんか呼んでない!」

 部屋の隅にあり、蝋燭を置いてあった椅子で思い切りスライムを殴る。強引に引き抜いたせいで蝋燭が地面に落ち、部屋がさっきよりも暗くなる。こいつがいなくなればもしかしたら新しい召喚獣がくるかもしれない。

 そんな話は聞いたことないが、スライムが呼び出されるなんていう話も聞いたことがないんだ。もしかしたらこいつを殺せば新しく呼び出せるかもしれない。こんなのは召喚獣じゃない!

 荒れる心をそのままスライムにぶつける。木製の椅子を何度も叩きつけたりしていたので、椅子が負荷に耐え切れずに折れた。


「アァァア!!! やだ! いやだよ!」

「どうかしましたか?」

 大声で叫んだり、大きな物音を立ててしまったせいで部屋の外からシスターが僕に声をかけてきた。
 ドクンと心臓が大きな音を立てた。これを見られてしまったら僕はどうなるんだろう。

 絶対に見られたくない。こいつを殺して新しいのを呼び出すんだ。
 こんなのは絶対に間違ってる。

「い、いえ! なんでもないです! 気にしないでください」

 務めて平静な声でシスターに伝える。
 なんとかこの状況を打開しなければいけない。

「いえ、召喚は終わっていると思いますので部屋から出てください。入りますよ」

「ま、まって!」

 僕がなんとか頭を振り絞って打開策を生みだそうとしていたのに、無情にもシスターは扉を開けてきた。
 僕が最後だからそんなに急ぐ必要ないじゃないか。恨みを込めながらシスターを睨みつけたが、事態は好転しない。

「これは……。残念でしたね」

 僕の足元で跳ねているスライムを見てシスターが憐みの言葉を告げてきた。
 あれだけボコボコに殴ったのに何にも効いてないらしい。こいつ!!

 シスターに後ろから支えられ、部屋から出される。
 外には僕と同い年の子供たちが、先ほど呼び出した召喚獣と対話を試みていた。

 部屋から出てきたことで子供たちが一斉に僕の方をみる。
 最初は悪意がある視線ではなかったが、呵責を覚えた。すごくここから逃げ出したい。
 こんなのを連れているところを見られたくない。顔を伏せて、みんなから逃げるように早足で教会から出ていこうとした。


「あれなに? もしかしてスライム?」

「うわー! 気持ちわるっ! なんだよあいつ」

 僕の前に天使を呼び出した少年がこちらを指さして罵倒してきた。
 隣にいる天使も僕のことを哀れんだ目で見てくる。くそっ! くそっ!

 どうしようもないことは分かっていたが、これ以上馬鹿にされるのが嫌で教会を飛び出した。
 目から涙が零れ落ち、顔をぐちゃぐちゃにしながらも闇雲に走っていると村の近くにある湖についていた。妙な気配を感じて振り向くと僕のすぐ後ろには先ほど呼び出したスライムがいた。


「なんで、付いてきてるんだよ!! お前のせいでぼくは、ぼくは!!」

 恨み言を言っても何も状況は変わらない。そんなことは分かっていても口から出てくるのはスライムへの暴言だけだ。何を言っても低能なスライムには何も伝わらない。どうせ僕の後ろをつけてきたのは僕が召喚主だからだろう。

「あれ、でもスライムってなんで追いついてこれたの?」

 スライムといえば鈍く遅く弱い。そんなモンスターだ。
 いくら僕の足が速くないと言っても、普通なら全力疾走に追いついてこれるはずがない。
 本来ならとろとろと動くはずだし、未だに教会にいたとしても何も疑問に思わない。

 普通とは違うスライムに若干恐怖を覚える。
 あれだけボコボコにしたのだ。もしかしたら何かやり返されるかもしれない。
 普通のスライムなら簡単に潰せるが、こいつはさっき椅子でぶん殴っても全然効いてるように思えなかった。

 途端に気持ち悪くなって一歩距離を後ろに下がる。
 するとスライムは僕が離れた分だけ距離をつめてきた。気持ち悪い。
 意思疎通が全くとれないこいつは今何を考えているのか。

 少しでも動物の形を取ってくれていれば何かつかみ取れるのだろうけど、こいつは水分が固まっただけだ。理解できる要素が何もない。じりじりと後ろに下がっていくと片足が水につかった。

「なんだよ。何がしたいんだよお前!」

 追いついてこれるということはもしかしたら僕よりも早く動けるのかもしれない。
 何度も攻撃してきた僕を溶かすためにこうやって追いかけてきたのか?

 そんなことを思ってしまうと足が震えてきた。もしかしたらこんな奴に僕は殺されるのかもしれない。こんなゴミみたいなモンスターに殺されて、村のみんなの笑いものになる。いやだ。絶対そんなのいや。

 じりじりと詰められて膝まで水につかってしまった。もしかしたらスライムは泳げないかもしれない、そんな風に思って水に入ったのにこいつは普通に水面を移動してきた。全力疾走ですら追いつかれたのだから、今全力で移動しても絶対に捕まる。


「もう好きにしろよ! 村に戻ってもどうせ僕の居場所なんてなくなってる! 全部お前のせいだ!」

 自暴自棄になって大声を出すと静かな湖に僕の声が響いた。僕が声を発した直後に、後ろから大きな音が聞こえる。振り向くとそこには巨大な蛇がいた。大きさ数メートルはあるだろう巨大な蛇。

 黒く、鈍い光を放つ鱗を持ち、鋭い目つきで僕のことを睨んでいる。
 この湖には怖いモンスターがいるという話を大人から聞いたことがあったが、近づかせないための冗談だと思っていた。あまりの迫力に腰を抜かしてしまった。

「あぁ、やだ! 誰か助けてよ!!」

 僕のことが気に入らないのか、蛇は僕の方に突っ込んできた。
 あまりの恐怖に目を瞑り、死を覚悟した。

 何秒たっただろうか。僕は痛みを感じないので不思議に思い、ゆっくりと目を開く。
 僕のすぐ目の前には巨大蛇が湖に横たわっていた。その頭は丸く打ち抜かれており、頭に大きな穴が開いている。奥が見えたので貫通しているようだ。その少し先には蛇の血で赤くなっているものの、先ほどと同じようにスライムが水面に立っていた。

「もしかして、お前がやったのか? た、助けてくれたの?」

 返事は返ってこない。ただ、ついた血を払い落し、僕の足元までぷよぷよと飛んできた。僕に攻撃することもなく、足元にきた後は先ほどと同じように止まったままだ。
 意思の疎通が取れないので怖いが、僕のことを攻撃する気はないらしい。


「あ、ありがとう」

 妙な間があったので、一応お礼を言うと嬉しかったのか水面をピョンピョンとはねた。言葉が通じてるんだろうか。もしかしたら、良い奴?


 スライムだからと言って出てきた直後から馬鹿にした。こいつのことを知ろうともしなかったし、一方的に感情をぶつけた。ただ、こうして命を助けてもらったし、こいつはさっきまでのことなんて気にしてないみたいだ。
 スライムだから、こいつは低能だ。能力がない。そんな風に決めつけていた僕の方がもしかしたら馬鹿だったのかもしれない。


 だから、村の奴らに馬鹿にされても。家から追い出されたとしても。
 こいつと一緒に、少し頑張ってみようかなって思った。もしかしたら、その先で何か見つけられるかもしれない。
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